ブランド本社は数週間ほぼ戦場だった。電話は鳴り止まず、予約希望者は増え続ける。サーバーは何度も落ちた。ついに、009-7専用ライン「REINA」が正式発表された。コンセプトは明快だった。活動的でありながら優雅、強く美しく、困難に立ち向かう現代女性のために。会議室でも日常でも、前を向いて歩く女性たちへ、というものだった。なお、当人はよく理解していなかった。 「丈夫なんだろ?」 003は頭を抱えた。 「あなたねぇ……」 だが、売れたのだ。想像以上に。ブランドの社長は泣いて喜んだ。 「工場を三倍にしても足りません!」 株主総会はお祭りになった。経済誌は特集を組んだ。 『銀の魔女効果』 『REINA現象』 『女性市場を変えたブランド』
一番大変だったのは、やはり娘だった。女子大学で朝も昼も 「ねえ!」 毎日だった。 「次は何が出るの?」 「冬モデルは?」 「コートは?」 「限定色は?」 「レイナさま何か言ってなかった?」 本当に知らない。娘は何度も説明した。 「私は知らない」 「でも娘さんでしょ?」 「だから知らない!」 最近では学食でご飯を食べているだけで、「レイナ様は朝何食べた?」 と聞かれる。意味がわからない。 「トーストだったと思う」 「メモして!」 さらに意味がわからなかった。ついに娘はキレた。
その日の夜「お父さん!」 詰め寄った。009-7はリビングでくつろいでいた。 「なに?」 「なんとかして!」 「何が?」 「全部!」 009-7は困惑した。 「説明して」 十分ほど愚痴を聞かされた。聞き終わった009-7は言った。 「なるほど」 「わかった?」 「大変だね」 「他人事じゃない!」 電話の向こうで娘が叫んだ。しばらく考えた009-7は言った。 「じゃあ大学に行く」 「は?」 「直接説明する」 娘は嫌な予感しかしなかった。数日後の女子大学で情報が漏れた。親衛隊、SNS、学生、全てを経由して広まった。 『009-7来校』 講堂は満席、体育館も開放、中庭にも大型モニター。近隣大学からも人が来た。OB、 OG、教授、なぜか町内会の人まで来ていた。
009-7は普通に来た。ブランドの最新モデルを着て、長い銀髪、完璧なコーディネート。会場は静かになったと思うと、次の瞬間に「きゃあああああああ!」大歓声だった。拍手、悲鳴、泣き出す学生、気絶しかける学生。009-7は驚いた。 「なんで泣くの?」 壇上へ行きマイクを持った。 「こんにちは!」 歓声が五分くらい続いた。ようやく静かになった。 「娘が困っているから」 開口一番だった。 「だから今日は説明に来ました」 女子学生たちは真剣だった。 「まず」 009-7が言う。 「私は次に何を着るか知らないのです」 ざわめき。 「003が決めています」 さらにざわめき。 「だから娘に聞いても無意味なんです」 会場が静かになった。 「本当ですか?」 誰かが聞いた。 「本当」 「新作情報は?」 「知らない」 「限定品は?」 「わからない」 「次の色は?」 「知らない」 会場は沈黙した。娘は少しスッキリした。最前列の女子学生が立ち上がった。 「じゃあ!今のお洋服どこで買えますか!」 会場が再び爆発した。 「私も知りたい!」 「バッグは!?」 「靴は!?」 「イヤリングは!?」 「今日のコーデ解説してください!」 009-7は呆然とした。横にいる娘を見た。娘も呆然としていた。二人とも理解した。問題は何も解決していなかった。むしろ悪化した。
その日の夜のSNS『009-7女子大学降臨』 『実在した』 『神だった』 『銀の魔女は今日も美しかった』 トレンド一位。大学の広報担当は歓喜した。009-7はリビングで言った。 「次からは003が行けばいいんじゃないかな?」 003は即答した。「絶対に嫌」