003はかなり本気で悩んでいた。リビングのソファに座り、紅茶を飲みながら、ため息をついた。 「どうした?」 004が聞いた。 「レイナよ」 即答だった。 004は納得した。 「また何かやったのか」 「やってない」 「ならいいだろう」 「そうじゃないのよ」 003は頭を抱えた。問題はそこではないのだ。009-7本人は自分がどう見られているか気付いていないのだ。全く、恐ろしいほど気付いていなかった。銀髪、赤い瞳、完璧な容貌。映画スター、モデル、トップアイドル、そのどれよりも目立つのだ。しかも、本人は気取らない。偉そうでもない。むしろ、妙に親しみやすかった。それが問題だった。 「こんにちは」 普通に話す。 「ありがとう」 普通に笑い、励ます。本人は普通のつもりだった。だが、相手は普通ではいられないのだ。特に男性は。003は何度も見てきた。イベント会場で、ファン、記者、警備員、親衛隊員、みんな顔が緩んだ。みんな嬉しそうになった。
そして、中には妙なことを考える連中もいるのだ。当然だった。009-7はどうしようもなく魅力的だった。しかも、本人に警戒心がない。その理由もわかる。元々、五十代の男性研究者。おっさんだった。若い頃はともかく、中年になってから自分が誰かに言い寄られるなど考えたこともない。むしろ、不審者扱いされないように気を付ける側だった。それが、真逆になった。精神だけ追いついていない。
ある時、イベント会場で一人の若い男性が近付いてきた。 「ファンです」 「ありがとう」 009-7は笑顔だった。 「ぜひ食事でも」 「いいよ」 003が飛んできた。 「だめよ!」 「なぜ?」 「なぜじゃない!」 男性は逃げた。009-7は不思議そうだった。 「ファンだったよ」 「だからよ!」 003は頭を抱えた。またある日の親衛隊イベントで、男性会員「一生応援します!」 「ありがとう」 「結婚してください!」 周囲が凍った。009-7「無理だな、妻がいる」 男性「ですよね」 泣きながら去っていった。周囲は拍手した。003の心臓には悪かった。その夜、009が帰宅した。 「ただいま」 「おかえり」 003はため息をついた。 「またレイナ?」 「またレイナよ」 009も苦笑した。009-7は今、世界でも有数の有名人だ。しかし、本人の認識は未だに「私は普通だぞ」で止まっている。
当の本人がやってきた。ジャージ姿でアイスを食べていた。 「何の話?」 003が指差した。 「あなたの話」 「私は何もしていないよ」 009も頷いた。 「確かに今日はしてない」 「今日は?」 003が睨んだ。009は黙った。009-7は首を傾げる。 「よくわかんない」 本当にわかっていなかった。003は鏡を持ってきた。 「見なさい」 「見てる」 鏡の中には銀髪の美少女、完璧な容貌。世界中の人間が憧れる姿。 「何が見える?」 「私」 「それよ!」 003は叫んだ。 「その貴方が問題なの!」 「意味がわからん」 009-7は本気で困っていた。004が横から言った。 「諦めろ」 「なぜ?」 「君には一生理解できない」 「そうなの?」 「そうだ」 004はコーヒーを飲んだ。 「だが安心しろ」 「何を?」 「仮に何か企む馬鹿がいても、君より強い人間はほとんど存在しない」 009も頷いた。 「レイナの方が危険だね」 「そうだな」 002も同意した。 「襲う側のほうがかわいそうなことになるな」 全員一致だった。実際、加速装置、電子戦能力、サイボーグボディは世界最強クラス。危険なのは009-7ではなく、009-7に手を出そうとする側である。それでも003はため息をついた。強いとか弱いとか、そういう話ではない。大切な友人だから、少しは警戒してほしい。ただそれだけだった。しかし、当の009-7は「難しいな」と言いながらアイスを食べていた。003は思った。(たぶん一生このままね)