テレビ局のヘリが撮影した映像は、世界中を駆け巡った。夜の高架道路での加速装置による超高速戦闘。そして、銀色の髪をなびかせた009-7の左腕が砕け、人工皮膚が裂けた瞬間、白い火花とともに露出した銀色の骨格。人間ではありえない機械の腕。 『銀の魔女の正体はアンドロイドか!?』 『政府関係者はコメントを避けています』 『サイボーグ兵器の存在を政府は把握していたのか!?』 『世界各地で確認される超人戦闘との関連は――』 ニュース番組は連日特番を組み、ネットは大炎上した。そして当然。009-7の娘の学校も大騒ぎだった。
「ねえ……やっぱりお前んちの美少女って……」 「サイボーグなの?」 「いやもう隠してないだろあれ!」 「銀の魔女、本当に人間じゃなかったんだ……」 教室の空気は妙に浮ついていた。興奮、恐怖、好奇心。動画サイトには無数の切り抜きが上がり、“解析班”とやらがフレーム単位で009-7の腕を分析している。そんな中、窓際の席で009-7の娘は頬杖をついてため息をついていた。 「……めんどくさ」 「いやいやいやいや!?」 同級生男子が叫ぶ。以前、親衛隊と揉めて003に説教された、あの男子である。 「お前、もうちょっと危機感持てよ!」 「別に今さらだし」 「今さらじゃねえよ!?世界レベルのニュースだぞ!?」 「昔からああだし」 「慣れてるのお前だけなんだよ!」 クラスがざわつく。そこへ、教室の扉が開いた。一瞬で静まり返った。入ってきたのは、009-7本人だった。銀色の長い髪、黒いコート、絶世の美貌。そして左腕には包帯。「お弁当忘れてたよ」 「あ、ありがと」 「…………」 「…………」 「…………」 教室中が凍った。009-7は周囲を見回した。 「……何?」 男子たちが一斉に目を逸らした。怖かった。あまりにも美人で、あまりにも人間離れしていて、そして普通に怖かった。だが一人だけ、例の男子が立ち上がった。 「あ、あの!」 「?」 「い、痛く……ないんですか、その腕」 教室がざわついた。なんでそんなこと聞くんだお前、と皆が思った。009-7は少しだけ目を丸くした。 「……痛いよ」 「えっ」 「感覚はあるもの」 「……」 「被弾した時、かなり痛かった」 静かな声だった。その瞬間、教室の空気が少し変わった。機械、怪物、化け物。そんなイメージが少しだけ崩れた。彼女は痛がるのだ。娘がむっとした顔になる。「だから言ったじゃん。普通だって」 「普通の人間は腕が金属製じゃないんだよ!」 「細かいなぁ」 「細かくねえ!」 教室に笑いが起きた。009-7は小さく息を吐いた。少しだけ、表情が柔らかくなった。
一方、政府某所の会議室は重苦しい空気に包まれていた。巨大スクリーンに映るのは、例の映像。停止されたフレームには金属骨格を露出した009-7。 「……どう見ても機械だな」 「だが生体反応は人間そのものです」 「脳波、DNA、代謝機能、全て人類」 「ではこれは何だ」 誰も答えられない。そこへ、一人の老人が静かに口を開いた。 「旧ブラックゴースト計画……」 全員が振り向く。 「まさか、生き残りがいたとは」 「ご存じなのですか?」 「……五十年前から、世界中の軍需企業が共同で進めていた極秘計画だ」 老人は苦々しく言った。 「人間兵器計画。“サイボーグ”」 室内が静まり返る。 「本当に存在していたとは……」
その夜、009-7はマンションのベランダに立っていた。夜風が銀の髪を揺らした。 「隠しきれなくなってきたね」 背後から003が現れた。003 「元々、無理があったのよ。テレビ出すぎなのよあなた」 「仕方ないでしょ。今どき隠密活動なんて無理」 「それはそう」 003は苦笑した。 「でも、娘さんは強いわね」 「……あの子、昔から妙に肝が据わってるのよ」 「あなたの娘だもの」 「嫌な遺伝ね」 その時、009-7の視線が夜空へ向いた。 「……来る」 「え?」 次の瞬間、電子ノイズ。高層ビルの屋上に黒い影が現れた。赤い単眼、機械化された巨体。 『009-7確認』 『抹殺を開始する』 003の顔色が変わる。 「新型……!」 009-7は静かにコートを翻した。壊れた左腕を見下ろす。 「……ほんと、休ませてくれないね」 その瞳が、赤色に輝いた。