009-7の妻は落ち着いていた。娘は女子大で囲まれ、甥は大学で囲まれ、妹はスーパーで囲まれた。しかし、妻は無事だった。なぜなら、009-7がおっさん時代からの夫婦で何十年も連れ添った。009-7本人ですら頭が上がらないのだ。だから誰も近寄らなかった。妻自身も思っていた。 「私は大丈夫」 ブランド騒動もファッション騒動も適当に流しておけばいい。そう思っていた。
ある日の午後、従妹から電話が来た。久しぶりだった。子供の頃はよく遊んだが大人になって疎遠になっていた。夫の葬式で再会した。そのくらいの距離感だった。 「元気?」 「元気よ」 他愛のない話と近況報告、子供の話が続いた。そんな中、「実はね」従妹が笑った。 「うちの娘が大変なの」 「何が?」 「009-7さんの服」 妻は吹き出した。 「ああ」 またか。 「欲しいんだって」 「そういう年頃だものね」 笑い話だった。その時、後ろから声がした。 「代わって!」 電話が奪われた。従妹の娘だった。高校生。妻にとっては赤ん坊の頃に会ったきりだった。 「こんにちは!」 元気いっぱいだった。 「こんにちは」 「私、レイナさん大好きなんです!」 「そうなの」 「専用ラインも大好き!」 「そうなのね」 「次はどんなデザインなんですか!?」 妻は笑った。若いなあ、と思った。そして、軽い気持ちで言ってしまった。 「そういえば進学祝いもあげてなかったね」 「え?」 「ハンカチくらいなら買ってあげるよ」 電話の向こうで悲鳴が上がった。 「本当ですか!?」 「本当よ」 大喜びだった。電話を切った。
そして、何気なく009-7へLINEした。 『こんなことがあった』 数秒後 『進学祝いだね』 『そう』 『それなら新作のハンカチあるよ』 即答だった。 『本当?』 『ある』 妻は喜んだ。 『助かる!』 高級ブランドだ。普通に買うと高い。非常に助かった。数日後、荷物が届いた。妻は、開けて固まった。ラッピングが豪華、高級感がすごい。箱、リボン、カード付き。しかも、カードには 『進学おめでとう!レイナより』 直筆だった。妻は頭を抱えた。 「これはまずい」 絶対まずい。しかし、もう遅かった。
その週末、009-7本人が訪問した。久しぶりの親戚宅だった。従妹は緊張していた。従妹の娘は硬直していた。そこへ、銀髪、赤い瞳の世界的有名人である本人登場。 「進学おめでとう」 ハンカチを渡した。 従妹の娘は沈黙の後 「きゃあああああああ!」 近所に響いた。その日の夜、SNSには上げなかった。ちゃんと約束は守った。しかし、友達には言った。言わないはずがなかった。 「レイナさん本人から貰った」 カード、ハンカチの写真を見せた。翌日には学校中に広まった。親戚中にも広まった。さらに遠縁にも広まった。そして、数日後には妻のスマホが鳴った。親戚だった。 「久しぶり!」 久しぶりすぎた。 「娘がね」 嫌な予感がした。 「レイナさんの」 やっぱりだった。妻は悟った。自分も巻き込まれた。夜のリビングから妻が電話をかけた。009-7が聞いた。 「どうしたの?」 「あなたのせい」 「なぜ?」 「親戚中から電話来る」 009-7は少し考えた。 「人気者だな」 「他人事みたいに言わないで」 即座に返された。その時、妻のスマホがまた鳴った。知らない親戚だった。何十年も会っていない。妻は天井を見上げた。 009-7は少し申し訳なさそうな顔をした。しかし、その直後にまた電話が鳴った。完全に巻き込まれていた。