昼休みの大学の学食で009-7の甥はカレーを食べながらスマホを眺めていた。画面には伯父――いや伯母――いや、もはやどう呼べばいいのかわからない009-7の記事が並んでいた。 『戦闘服写真集、売上を更新』 『秋葉原騒然』 『戦闘服美女ブーム継続』 『メイドカフェ来店でファン号泣』 甥はため息をついた。 「そこまで騒ぐか?」 確かに凄まじく美人である。しかし本人は家でジャージを着てゴロゴロしているし、ファミレスでパフェを食べているし、町内会のゴミ当番もやっている。どうしても世界的スターには見えなかった。
「失礼します」声がしたので顔を上げた。女子学生が数人立っていた。他学部の学生らしい。 なぜか全員真剣だった。 「えっと……何か?」 一人が身を乗り出した。 「あなた、レイナ様の甥よね?」 嫌な予感がした。 「女子大で戦闘服姿を披露してくださったでしょう?」 「うん」 「うちの大学にも呼んでください!」 来た。甥は頭を抱えたくなった。周囲の学生も聞き耳を立てていた。 「いや、そんな簡単に……」 「お願いします!」 「一度でいいんです!」 「生で見たいんです!」 完全にファンであった。甥は考えた。面倒な時、最も優秀な解決法は本人に丸投げである。スマホを取り出した。女子学生たちが息を呑んだ。 「今かけるの?」 「うん」 「えっ」 数秒後。 『もしもし?』 気楽な声がした。009-7だった。どうやら秋葉原にいるらしかった。 「伯父さん」 『その呼び方久しぶりだな』 「うちの大学に来てほしいんだけど」 『いいよ』 一秒で決まった。女子学生たちは固まっていた。 「え?」 「終わったの?」 「今ので?」 甥も慣れていた。 「いつ来れる?」 『来週なら空いてる』 「じゃあ来週」 『了解』 通話終了。女子学生たちは呆然としていた。 「軽っ!」 「世界的有名人だよね!?」 「国家元首だよね!?」 甥は肩をすくめた。 「本人はそんな感じだよ」 しかし、大学側はそうではなかった。話を聞いた教授が震えた。 「本当に来るのか?」 「来るそうです」 「……本当に?」 「はい」 教授会が始まった。結論は、ただ来てもらうだけではもったいない。正式名称を『009-7特別講演会 中東紛争の実態と平和構築』として開催が決定した。ニュースになってSNSが爆発した。 『戦闘服で講演!?』 『行きたい』 『絶対見る』 『配信してくれ』 『中東の現場を知る人間が語るのか』 大学側はさらに驚いた。参加申込みが異常だった。学生だけではなく、研究者、ジャーナリスト、外交官、安全保障関係者、NGO職員、海外メディア。果ては国会議員秘書まで問い合わせてきた。
そして当日となった。講堂は満員で立ち見まで出た。学長は頭を抱えた。 「学園祭より人がいる……」 開演して壇上に現れたのは、赤い戦闘服に銀髪、マフラーの009-7だった。会場がどよめいた。テレビで何度も見た姿だが実物の存在感は桁違いだった。009-7はマイクの前に立った。 「こんにちは」 拍手、大歓声。 「今日は中東の話をします」先ほどまでの熱気が嘘のように会場が静かになった。スクリーンに映像が映った。難民キャンプ、破壊された街、避難する人々、子供たち。戦争の現実だった。 「ニュースだと数字になります」 009-7は静かに言った。 「死者何人」 「避難民何人」 「でも」 少し間を置く。 「そこにいる人たちは一人一人が普通の人です」 会場は静まり返った。 「学校に行きたい子供、結婚したい若者、孫と遊びたい老人、皆さんと同じです」 「戦争は映画じゃないし、格好いいものでもない。できれば二度と見たくない」 戦場を知る者の言葉だった。
一人の学生が手を挙げた。 「ではなぜ戦うのですか?」 会場が息を呑んだ。009-7は少しだけ笑った。 「戦いたいからじゃない。戦わないと守れない人がいるからです」 講堂は完全に静まり返った。テレビカメラが回っていた。評論家たちも黙っていた。SNSではリアルタイムで拡散されていた。 『言葉の重みが違う』 『本当に戦場を見た人だ』 『戦闘服がコスプレじゃなく見える』 『涙が出た』 そして夜のニュース番組、討論番組、情報番組がこの講演を取り上げた。あるベテラン記者が番組で言った。 「私は三十年戦争報道をしてきました。今日の講演で一番印象的だったことがあります」 司会者が尋ねた。 「何でしょう」 「彼女は一度も自分を英雄と自賛しなかった」 スタジオが静かになる。 「むしろ戦争の悲惨さばかり語っていた。だからこそ言葉に説得力があった」 その夜、動画再生数は数百万回を超えた。
本人は講演後、学生食堂でカツ丼を食べていた。 「大学の学食っていいなあ」 満足そうだった。