その夜、00ナンバーサイボーグたちの共同生活の家のリビングは空気が重かった。004は無言だった。静かな怒りほど怖いものはない。009も察していた。002ですら余計なことを言わなかった。003は紅茶を飲んでいた。 「怒ってるわね」 「怒っている」 004が即答した。ソファの端には009-7がしょんぼりしていた。 「でも喜んでくれたよ?」 004の額に青筋が浮いた。 「そこだ」 「え?」 「そこが問題だ」 004は深呼吸した。「お前は自分が何者だと思っている」 「009-7」 「そういう話ではない」 009-7は本気で分かってなかった。 「女子学生が喜んだからサービスした」 「だからだ」 004は頭を抱えた。 「もう駄目だ。私では無理だ」 003が頷いた。 「私もそう思う」 009も苦笑した。 「博士に頼もう」 その一言で全員が同意した。
翌日のギルモア邸。ギルモア博士は静かに話を聞いた。途中で何度か眼鏡を外した。頭痛がしているらしい。 「なるほど、レイナ君」 「はい」 009-7は背筋を伸ばした。この人だけは別だった。榊 恒一だった頃、ギルモア博士は憧れだった。サイバネティクス研究者として尊敬していた。だから、自然と姿勢が正しくなった。 「君はなぜ研究者になったのかね」 009-7は少し考えた。 「人を助けたかったからです」 「うむ」 「技術で人を救いたかった」 博士は優しく頷いた。 「では質問だ」 「はい」 「今の君は何人に影響を与えていると思う?」 「え?」 「千人?」 「もっとだ」 「一万人?」 「もっとだ」 「十万人?」 「もっとだ」 009-7は黙った。ギルモア博士はタブレットを差し出した。そこには数字が並んでいた。映画の観客動員、CM視聴数、ニュース、 SNS、大学訪問、世界各国の記事。数字の桁がおかしい。 「え?」 声が震えた。 「これ……」 「君だ」 「嘘だろ……」 009-7の顔が青くなった。さらに博士は続けた。 「君が大学で加速装置を見せた動画」 再生数 二億。 「は?」 「現在進行形で増えている。複数言語に翻訳されている」「国際組織になっている。寄付金も集めている。ボランティア活動もしている。」 「え?」 「君を象徴としてだ」 009-7は数分間完全停止した。「わたし、やらかした?」 004「今さらか」 003「今さらね」 009「今さらだな」 002「超今さら」 全員一致だった。
009-7は頭を抱えた。 「無理だろ」 「何がだ」 004が聞いた。 「外出。秋葉原行きたかったのに」 004「無理だ」 009「無理だな」 003「最初から無理なのよ」 002「五分で囲まれる」 「だよねえ……」 本気で落ち込んだ。研究者時代、秋葉原は聖地だった。電子部品、怪しい店、ジャンク品、中古パソコン。あの空気が好きだった。しかし今、銀髪、美少女、世界的有名人。どう考えても無理だった。 「終わった……」 ソファに沈んだ。本気でへこんでいた。その姿を見て002が肩を叩いた。 「まあいいじゃねえか」 009も笑った。 「俺たちも似たようなものだし」 004も珍しく優しい。 「どこか行くなら付き合うぞ」 009-7は顔を上げた。 「本当か?ありがたい……」 少し嬉しかった。やっぱり仲間だった。
その日の夜、四人で計画を立てた。 「どこ行く?」 「秋葉原」 「却下」 004が即答した。「温泉」 「囲まれる」 「遊園地」 「もっと囲まれる」 「映画館」 ⸻ 「上映中止になる」 「ショッピングモール」 「パニックになる」 沈黙した。どこも無理だった。002が笑い始めた。009も吹き出した。004ですら苦笑した。 「俺たち、詰んでるな」 「詰んでる」 009-7も笑った。少しだけ元気が出た。