中東、某国首都。薄暗い部屋で男は静かにテレビを見ていた。幼い頃から国家に忠誠を誓うよう教育されてきた。西側は腐敗した敵、アメリカは悪、自由主義は堕落。それを疑ったことはなかった。疑う必要もなかった。彼は優秀だった。敬虔で、真面目で忠実。若くして部隊を任され周囲からも期待されていた。そんな彼の価値観を壊したのは、日本のテレビ映像だった。
『西側の都市に現れた超人兵器!』 『銀の魔女と呼ばれる女が――』 ニュース映像が流れた。爆炎、崩壊する高速道路、銃火器、ミサイル。そして、その中心で戦う一人の少女。銀色の髪、赤い戦闘服、月光のように美しい横顔、人間を超えた速度、敵を圧倒する電子戦。だが彼の心を撃ち抜いたのは強さではなかった。その孤独な目だった。疲れていた。世界中から恐れられながら、それでも戦っていた。男は息を呑んだ。 「……」 テレビの解説者は叫んでいた。 『西側の科学暴走の象徴だ!』 『神への冒涜だ!』 だが。 男には違って見えた。圧倒的な悪に立ち向かう、たった一人の戦士。まるで神話だった。 「……神の使いだ」 思わず呟いていた。
それから彼は変わった。任務の合間、夜中、誰にも隠れてネットを見るようになった。 銀の魔女、009-7。動画、戦闘記録、インタビュー、親衛隊チャンネル。 『銀の魔女さん、コンビニでプリン買ってました!!』 「……プリン」 神の使いがプリンを買う。意味が分からなかった。だが、ますます惹かれた。世界を救う存在なのに妙に人間臭い。 しかもあまりにも美しい。男は完全に夢中になった。
数週間後、彼はついに親衛隊サイトへアクセスしていた。 『銀の魔女親衛隊・国際支部』 画面を見つめた。指が震えた。 「……自分の人生は」 静かな声。 「この人のためにある」 送信。加入申請完了。
一方、日本。親衛隊本部(雑居ビルの一室)は地獄になっていた。「待って待って待って!!」 親衛隊リーダーが悲鳴を上げる。 「なんで海外から元軍人ばっか応募来るの!?」 「フランス外人部隊経験者!?」 「元PMC!?」 「えっ、この人特殊部隊!?」 世界中から、“ガチ勢”が集まり始めていた。 そして、一通の応募メール。 『某国革命防衛隊所属』 部屋が静まり返る。 「……えっ」 「えっ」 「なんで?」 添付メッセージ。 『私は銀の魔女に人生を救われました』 『命を捧げる覚悟があります』 『可能なら護衛任務を希望します』 親衛隊リーダーが頭を抱えた。 「いやいやいやいや!!」 「もうこれ普通のファンクラブじゃねえ!!」
その頃、009-7はソファでアイスを食べていた。 「……平和ね」 003が真顔でスマホを差し出す。「親衛隊、海外武装勢力化しかけてる」 「ぶふっ」 009-7がアイスを吹いた。 「なにそれ」 「元特殊部隊が続々加入希望」 「なんで」 「あなたのせい」 「理不尽」 さらに003が続けた。 「しかも某国革命防衛隊まで来た」 「……は?」 009-7が固まった。 「待って。なんで?」 「知らないわよ」 だが、世界はもう止まらなかった。銀の魔女親衛隊は、国家を超えた巨大な国際組織へ変わり始めていた。
銀の魔女親衛隊本部、と言っても実態は雑居ビル三階の狭い事務所だった。壁には009-7のポスター、机にはカップ麺、モニターには世界中から届く加入申請。そして今、部屋の空気は異様な緊張に包まれていた。なぜなら、スマホ画面に表示されている名前が 『009-7』 だったからである。 「「「うわああああああ!!」」」 親衛隊全員が直立不動になった。 「お、落ち着け!!」 「無理です隊長!!」 「本物ですよ!?」 「世界一有名な美少女サイボーグですよ!?」 リーダーは震える手で通話ボタンを押した。 「も、もしもし……!」 『……こんばんは』 静かな声。銀の魔女本人だった。全員が感動で死にそうになった。 『親衛隊の件だけど』 「は、はい!!」 『海外から変なの増えてるわよね』 「変なのって言うと語弊がありますが、だいたい合ってます!!」 003のため息が電話越しに聞こえた。 『元特殊部隊とか革命防衛隊とか、どういうことなの……』 「すみません俺たちにも分かりません!!」 009-7も困惑していた。 『……で、リスト送って』 「え?」 『本人たちと話す』 「ほ、本人と!?」 『危険人物かもしれないし』 それは正論だった。数分後、親衛隊は世界中の加入希望者データを送信した。元軍人、PMC、特殊部隊、ハッカー、革命家、なぜか僧侶。カオスだった。