東京、霞が関。外務省の会議室は異様な空気に包まれていた。「つまり」 アメリカ側の外交官が低い声で言った。 「“銀の魔女親衛隊”は日本政府の管理下にはない、と?」 「はい」 日本側代表は冷静に答えた。 「民間NGOであり、政府とは直接関係ありません」 「しかし本部は東京にある」 「ええ」 「しかも中東地域を実効支配している」 「人道支援活動の結果です」 「戦車がありますが?」 「寄付らしいです」 「誰から?」 「……確認中です」 沈黙。 各国代表が頭を抱えていた。
ロシア代表。 「確認したい」 「はい」 「なぜ日本のオタク集団が軍閥化した?」 「我々も知りたい」 中国代表。 「銀の魔女本人はどういう立場なのか」 「本人は“平和活動中”とのことです」 「武装組織を率いているが?」 「本人は否定しています」 「だが軍隊が敬礼している」 「そうですね……」
日本政府内部でも意見は割れていた。 「危険すぎる」 「しかし現地住民から圧倒的支持があります」 「ブラックゴースト掃討にも貢献している」 「だが国家を超えた武装勢力だぞ!」 「しかもトップが日本人女性」 「いや正確にはサイボーグ……」 「そこも頭痛い!」 会議室は混乱していた。
一方、中東。銀の魔女親衛隊支配地域。そこはもはや、ただの難民キャンプではなかった。学校、病院、市場、井戸、発電設備、治安維持隊。そして、銀の魔女の巨大な壁画。 住民たちは口々に言う。 「ここは安全だ」 「子供が飢えない」 「空爆も来ない」 「親衛隊が守ってくれる」 結果、国際社会は無視できなくなった。
数日後、帰国。成田空港、到着ロビー。 「来たぁぁぁ!!」 「銀の魔女様ー!!」 「こっち向いてー!!」 「世界平和ー!!」 大混乱だった。一般人、ファン、報道陣、親衛隊志望者、SNS配信者、空港職員。全部集まっていた。 「……なにこれ」 009-7が呟く。その左右には完全武装ではないが、どう見てもヤバい雰囲気の護衛の親衛隊員たち。元デルタフォース、元SAS、元革命防衛隊。全員サングラス、全員目つきが危険。なのに「銀の魔女様、足元お気をつけください」 「押さないでくださーい」 妙に礼儀正しい。結果、余計に怖かった。 「ぎゃー!! 本物!!」 「かわいい!!」 「世界一強いのに美人!!」 「結婚してください!!」 「危険ですので下がってください」 護衛が低い声で制止する。すると群衆がさらに盛り上がる。 「SPもかっこいい!!」 「映画みたい!!」 009-7は完全に動けなくなっていた。
その時、遠くから叫び声。 「レイナたぁぁぁん!!」 「あ」 009-7が固まる。オタク本部長・坂本であった。なぜか号泣している。 「世界デビューおめでとうございますぅぅぅ!!」 「やめて」 即答だった。だが、周囲の親衛隊員たちは感動していた。 「……あの男」 「最初期メンバーか」 「古参だ……」 「銀の魔女様を最初から支えた者……!」 勝手に伝説化されていた。 「本部長!」 護衛隊員たちが一斉に背筋を伸ばした。そして、ビシッ!! 中東支部の歴戦の男たちが坂本に向かって最敬礼した。周囲が静まり返った。 「……え?」 「あの人、そんな偉い人なの?」 「オタクっぽいけど……」 坂本は涙目で009-7の前に立った。 「レイナたん……ご無事で……!」 「……誰のせいでこんな組織になったと思ってるの」 「オレです!!!」 即答だった。 「ここまで清々しいと逆に偉いわね……」 坂本は鼻息荒く続けた。 「日本本部、総力をあげて歓迎準備しております!会議室には巨大モニター、各国支部とオンライン接続、限定グッズも――」 「作ったの?」 「はい!」 「なんで?」 「愛です!」 009-7は頭を抱えた。その日の夜、銀の魔女親衛隊・日本本部。かつては普通の雑居ビルだった場所は完全に様変わりしていた。世界地図、各国支部との通信設備、NGO活動報告、炊き出し記録、難民支援資料。さらに壁一面には『銀の魔女様 世界平和演説』 『中東支部活動記録』 『009-7語録』 「なんなのこれ……」 「聖典です!」 「違う」 一方、歴戦の親衛隊員たちは本気だった。 「魔女様、シリア支部より医薬品輸送完了」 「北アフリカ支部、停戦交渉成立」 「南米支部、ブラックゴースト残党を確認」 完全に国際組織だった。坂本は誇らしげだった。 「最初はオタクの集まりだったんですけどねぇ……」 「どうしてこうなったの……」 「愛が世界を変えたんです!」 「たぶん違う」
帰国の数日後、009-7は久しぶりにかつての自宅へ戻った。玄関を開けた。 「ただいま」 家族は数秒固まった。「お、おかえり……」 妻は泣きそうだった。ニュース番組を指差した。 「あなた……この前、戦車の上に乗ってなかった?」 「乗ってた」 「そう……」 理解を諦めた。翌日、「お願い! 一回だけ学校来て!」 娘に頼み込まれ、009-7は学校へ向かった。校門につくと、一瞬で空気が変わった。 「銀の魔女だ!!」 「本物!?」 「テレビより綺麗……」 生徒たちが殺到する。男子は顔を真っ赤にし、女子は悲鳴をあげ、教師たちは頭を抱えた。娘の同級生の女子――009-7に憧れた少女は、完全に興奮していた。 「かっこいい……! 現地の動画、百回見ました!!」 「そんなに?」 「親衛隊のドキュメンタリーも全部見ました!」 横では、以前009-7に告白した男子が青ざめていた。 (無理だろこれ……) 相手はもはや世界的英雄だった。
放課後、商店街近くで。かつて009-7に絡んだチンピラの青年が、偶然009-7を見かけた。 「あ……銀の魔女……!」 勇気を出して近寄ろうとした瞬間。ガシッ!! 「止まれ」 黒服の親衛隊員が腕を掴んだ。 「ひっ!?」 さらに周囲に数人展開。殺気が凄い。 「この男、過去に魔女様へ接触履歴あり」 「危険人物か?」 「違います!! ちょっと絡んだだけです!!」 空気が凍った。 「……絡んだ?」 親衛隊員たちの目が変わる。 「貴様ァ!!」 「すみませんでしたぁぁ!!」 青年は半泣きだった。そこへ009-7がやってきた。 「……もういいから」 「しかし魔女様!」 「昔の話でしょ」 親衛隊員たちは不満そうだったが従った。青年は震えながら頭を下げた。 「……俺、今ならわかります。 あんた、本当に世界守ってたんですね……」 009-7は少し困った顔で笑った。 「そんな大したものじゃないよ」 だが、周囲の人々は思っていた。砂漠で軍勢を率い、超兵器と戦い、難民を救い、それでも普通に笑う少女。その姿は、もう“伝説”そのものだった。