10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第1.5話 改造後の訓練

 最初に感じたのは光でも音でもなく、全身を焼くような痛みだった。榊恒一はゆっくりと目を開いた。透明な液体に満たされたシリンダーの中であった。視界がぼやけた。呼吸をしようとして液体を吸い込んだが苦しくはなかった。シリンダーの蓋が開いた。液体が流れ落ちた。震える手で縁を掴み、なんとか身を起こした。 身体が軽かった。いや、軽すぎた。違和感に気づいて自分の手を見た。白く細かった。指が長い。どう見ても自分の手ではなかった。 「おお、目覚めたか!」  横から声が聞こえた。振り向くと、そこには典型的なマッドサイエンティストがいた。白衣、乱れた髪、ギラギラした目。今どき漫画でも見ないような怪しい科学者だった。 「君は……誰だ?」 「私は君の開発責任者だ!」 「開発?」 「そうだ!」  科学者は満面の笑みを浮かべた。 「君は死にかけていたのでね。最高傑作のサイボーグとして蘇らせた!」 「……」 「しかも美少女型だ!」 「……」 「自信作だぞ!」 「最悪だな」  即答だった。科学者は傷ついた顔をした。 「なぜだ!」 「五十七歳のおっさんを美少女にする理由がどこにある」 「芸術だ」 「研究費を返せ」 「研究費はブラックゴースト持ちだ」 「なお悪い」  頭が痛くなった。いや、頭痛ではない。状況が痛かった。飛行機事故、墜落、死。そこまでは覚えている。だが、その後に待っていたのが美少女サイボーグ化とは想像もしていなかった。 「ちなみにコード番号は009-7だ」 「……009?」 「そうだ」  榊は固まった。 「まさかサイボーグ009の?」 「その通り!」 「ブラックゴースト?」 「その通り!」 「実在したのか……」  思わず呟いた。若い頃に漫画を読んだことはあった。もちろんフィクションだと思っていた。まさか本当に存在していたとは。 「現実は漫画より奇なり、だな!」 「笑えない」  榊は真顔で答えた。

 

 翌日からリハビリが始まった。だが最初の問題は歩行ではなかった。トイレだった。 「……」 「どうした?」 「いや」 「?」 「女子トイレに入るのか?」  案内役の女性研究員が首を傾げた。 「当然です」 「当然じゃない」 「身体は女性です」 「心がおっさんなんだが」 「しかし身体は女性です」 「……」  どうにもならなかった。排尿は違和感があった。そもそも泌尿器の構造が違いすぎる。その後も苦労の連続だった。髪、着替え、入浴、重心、身体感覚、声。鏡を見るたびに心が追いつかなかった。だが意外にも適応は早かった。結婚30年のおっさんであったので、高校生のような初々しさはなかった。それに身体性能があまりにも高かったからだ。

 

 一か月後、リハビリはほぼ終了していた。次は戦闘訓練だった。 「走れ」  言われるまま走った。景色が流れた。風が吹いた。数秒後には訓練場の反対側まで到達していた。 「え?」  自分でも驚いた。 「時速百キロ程度だ」  教官が平然と言った。 「程度じゃない」 「まだ慣れていないな」 「慣れる人間がいるのか?」  さらに跳躍。三階建ての建物の屋上へ飛び乗り着地。無傷。 「は?」 「正常だ」 「正常じゃない」  筋力、反応速度、視力、 聴力、情報処理能力。全てが人間離れしていた。そして榊は理解した。サイバネティクス研究者だったからこそであった。 「信じられん……」  夜、一人で訓練データを見ながら呟いた。 「これだけの人工筋肉……」 「神経接続……」 「脳機械インターフェース……」  あり得なかった。少なくとも自分の知る二十一世紀技術では。しかし目の前に存在している。  しかも自分自身として。 「予算が無限で」 「倫理審査がなくて」 「国家レベルの資源を投入したら……」  もしかしたら、もしかしたら到達できた技術かもしれない。それを証明する存在が自分だった。複雑な気持ちだった。死んだはずの命。取り戻した人生。そして研究者としての好奇心。最低の状況だが、最高の技術でもあった。

 

 ある日、施設見学が許可された。案内役はブラックゴーストの科学者だった。 「こちらが訓練区画だ」  巨大なガラス越しに訓練場が見えた。そこには数人の男女がいた。一人は加速し、一人は空を飛び、一人は鋼鉄の壁を殴り砕いていた。榊は息を呑んだ。 「まさか……」 「00ナンバーサイボーグだ」  本物だった。漫画の登場人物ではない。実在していた。その姿を見て、少し感動すら覚えた。しかし、次の説明でその気持ちは吹き飛んだ。 「彼らは世界征服計画の中核戦力になる」 「……」 「各国政府を転覆させる」 「……」 「抵抗勢力は殲滅する」 「……」 「新たな秩序を作るのだ」  科学者は本気だった。悪の組織の幹部らしい目をしていた。 「素晴らしいだろう?」  榊は訓練中のサイボーグたちを見つめた。まだ若い。自分の娘と変わらない年齢の者もいる。彼らは知らないのか、知っていて従っているのか。どちらにせよ、このままではまずい。非常にまずい。研究者として、一人の人間として、そして元・普通のおっさんとして。榊恒一はその時初めて決意した。  ――この組織、潰さなければならない。もちろん、その時は知らなかった。自分が後に009たちと共に脱走し、ブラックゴーストと全面戦争を始めることになるなど。まだその少し前のことであった。

 

 

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