中東自由連邦建国直後。世界中では「銀の魔女」と呼ばれる存在が話題になっていた。
圧倒的な電子戦能力。美しい銀髪。戦場に現れては戦局を変える謎の美少女。
テレビでも連日報道されていた。
その頃、009-7は日本に戻っていた。
向かう先は懐かしい場所。子供の頃から育った実家だった。
今は妹が住んでいる。
玄関の前で立ち止まった。しばらく見つめた。懐かしかった。
子供の頃、父親に怒られた場所。母親が笑っていた場所。妹と喧嘩した場所。全部覚えていた。
深呼吸した。そして呼び鈴を押した。
ピンポーン。
家の中で妹はインターホンの画面を見た。
「え?」
画面に映るのは美少女だった。
銀髪、整った顔立ち。どこかで見たことがある。
数秒後、思い出した。テレビで見た最近話題の銀の魔女。
妹は困惑した。兄のことで話がある人物が来ると聞いていた。しかし来たのは銀の魔女だった。意味が分からない。
とりあえず玄関を開けた。
「こんにちは。」
柔らかな声だった。礼儀正しい。
「兄のことでお話があると伺っています。」
「はい。」
妹は少し緊張していた。
「どうぞ。」
家に入った。009-7は靴を脱いだ。そして廊下を見た。懐かしかった。ほとんど変わっていない。父親が貼った時計、母親が選んだカーテン。全部そのままだった。
思わず目頭が熱くなった。
居間に通された。お茶が出た。
しばらく沈黙。
そして009-7は言った。
「まず謝らないといけない。」
妹は首を傾げた。
「え?」
「ごめん。」
「?」
「俺だ。」
意味が分からなかった。
「……はい?」
「お兄ちゃんだ。」
沈黙。
さらに沈黙。
妹は固まった。理解できない。目の前にいるのは絶世の美少女。
兄は五十代のおっさんだった。成立しない。
「冗談ですよね?」
「そう思うよな。」
「思います。」
当然だった。
そこで009-7は話し始めた。
子供の頃の話。
二人しか知らない話。
父親に隠れて買った模型。母親に怒られた話。庭で転んで妹が泣いた話。昔飼っていた犬の話。さらに、誰にも話していない秘密まで。
妹の顔色が変わった。
あり得ない。
知っている。全部知っている。本人しか知らないことばかりだった。
声が震えた。
「……お兄ちゃん?」
「うん。」
「本当に?」
「本当だ。」
妹の目から涙が溢れた。
次の瞬間。
泣きながら009-7を叩いた。ぽかぽか叩いた。
「バカ!」
「うん。」
「なんでもっと早く来ないの!」
「ごめん。」
「死んだと思ったんだから!」
「ごめん。」
「ずっと!」
「うん。」
「ずっと心配してたんだから!」
妹は泣いていた。
009-7も泣いていた。
何年ぶりか分からない再会だった。
しばらくして玄関の音がした。甥が帰宅したのだ。高校生だった。
「ただいまー。」
居間に入って固まった。知らない美少女がいる。ものすごく綺麗だった。銀髪だった。テレビで見たことがあった。
銀の魔女だった。脳が停止した。
「え?」
さらに母親が泣いている。状況が理解できない。
「お母さん?」
妹は涙を拭いた。
そして言った。
「おじさんよ。」
甥は頷いた。
「うん。」
数秒後。
「え?」
再び停止した。
目の前の美少女を見た。もう一度見た。さらによく見た。
完全に混乱した。
009-7は苦笑した。
「久しぶり。」
甥は挙動不審になった。
立ったり座ったりしていた。目の置き場がない。
声も裏返った。
「お、お、おじさん!?」
「うん。」
「え!?」
「うん。」
「ええええ!?」
当然だった。
突然、世界中で話題の美少女が、死んだはずの伯父だと言われたのである。理解できる方がおかしい。
009-7は懐かしい家を見回した。
妹、甥、家族。
ようやく帰って来られた。
その瞬間だけは、中東自由連邦の元首でも銀の魔女でも伝説のサイボーグでもなかった。
ただの兄であり、ただの伯父さんだった。