新宿 歌舞伎町。午前三時。ネオンも消え始めた裏通りで、小さなゲイバーの店主 ミカはカウンターに突っ伏していた。 「疲れたわぁ……」 グラスを磨きながらタブレットでニュースを見た。最近はどのチャンネルも同じだ。銀の魔女、00ナンバーサイボーグ、中東自由連邦、世界平和、戦争、国連。そして、今日最大の爆弾ニュース。 『銀の魔女009-7、元は日本人中年男性研究者か』 ミカは吹き出した。 「うそでしょ!?」 だが、次の瞬間、脳内で何かが繋がった。絶世の美少女、超人的戦闘能力、国家元首、優しさ、逞しさ、そして、“元おっさん”。ミカはゆっくり立ち上がった。 「……なるほど」 震えた。 「これは……」 カウンターを叩いた。 「性別を超越した存在じゃない!!」 ミカのテンションは限界突破した。 「どんな女より綺麗!」 「どんな男より強い!」 「しかも中身おっさん!」 誰もいない店内で拍手した。 「完成されてる……!」
その頃、世界中で似たような“覚醒”が発生していた。パリ、前衛芸術家。 「銀の魔女はジェンダー概念の破壊と再構築そのものだ!」 ニューヨーク、ドラァグクイーン。 「時代が009-7に追いついたのね……!」 ベルリン、哲学者。 「存在論的に興味深い」 ブラジル、筋肉系インフルエンサー。 「つまり最強ってことだろ?」 なぜか世界中のちょっと変わった人たちが、一斉に立ち上がっていた。
一方、日本・親衛隊本部。スタッフが絶望顔で報告していた。 「本部長……新規加入希望者なんですが……」 坂本は死んだ目をしていた。 「今度は何……」 「LGBT団体」 「はい」 「哲学者」 「はい」 「芸術家」 「はい」 「ドラァグクイーン世界大会優勝者」 「なんで?」 「知りません」 「あと歌舞伎町のゲイバー店主が“魂の巡礼”とか言ってます」 頭を抱えた。
そして、数日後の成田空港。009-7たちは視察から帰国した。護衛の親衛隊員たち、報道陣、大混乱。そこへ、人混みをかき分け一人の男が現れた。派手なシャツ、サングラス、妙に良い姿勢。 「銀の魔女様ァァァ!!」 009-7が固まる。 「……え?」 003が警戒し、親衛隊員が止めようとする。だが、男――ミカは、両手を胸の前で組み、涙目で叫んだ。 「あなたは魂の革命よォ!!」 「はい?」 「性別を超えた希望!!」 「えぇ……」 「どんな人間も救われるって証明してくれたのよ!!」 空港が静まり返った。009-7は完全に困惑していた。 「いや、そんな大層なものじゃ……」 「謙虚!! そこも素敵!!」 さらに、後ろを見ると似たような人たちが大量にいた。世界中から来たらしい。筋肉哲学者、芸術家、ドラァグクイーン、宗教研究家。なぜか泣いている屈強な元傭兵。009-7は遠い目をした。 「……なんで増えるの」 003が肩を震わせた。 「あなた、人類の何かのスイッチ押しちゃってるのよ」 002は腹を抱えて笑っていた。 「もう宗教じゃねーか!」 009は苦笑しながら言った。 「でも……救われた人もいるんじゃないかな」 ミカは涙を拭い、深々と頭を下げた。 「ありがとう、009-7」 「私、自分のままで生きていいって思えた」 その言葉に009-7は少しだけ表情を変えた。困惑、照れ、そして小さな苦笑。 「……うん」 「それは、よかった」
009-7の正体が“元おっさん”だと世界に知れ渡ってから数週間。日本中、いや世界中が混乱していた。娘の高校の昼休み、教室は完全に銀の魔女の話題で埋まっていた。 「いや待って!? じゃああの超美少女、元おじさんなの!?」 「でもめちゃくちゃ綺麗じゃん……」 「ていうか普通に好きなんだけど」 「脳が混乱する!」 女子たちは意外と落ち着いていた。 「まあ本人が本人だし」 「中身がおっさんでも、あれだけかっこよければねぇ」 「むしろ精神が安定してる理由わかった気がする」 「確かに」 「男子高校生より落ち着いてるもん」 一方、男子は深刻だった。 「俺たちの感情はどうなるんだよ!?」 「初恋返せ!!」 「いやでも好き……!」 「脳がバグる!!」 そして。 一部の男子は別方向へ進化していた。 「つまり……」 一人の男子が立ち上がる。 「おっさんでも美少女になれるってことだろ?」 「いや普通そうはならない」 「可能性がある!!」 「ない!!」 「俺もなりたい!!」 「やめろ!!」
さらに問題だったのは。 世界中で、“009-7に救われた”と感じる人々が急増していたことだった。SNS、『性別なんて関係ないって思えた』 『自分の身体に悩んでたけど希望が持てた』 『銀の魔女は新時代』 『いつかサイボーグ技術で自分も……』 もちろん、医療界は大混乱だった。 「いや現代技術では無理です」 「ブラックゴーストの技術なので参考になりません」 「人体倫理とは」 「そもそも脳接続どうなってるんだ」 学会が燃えた。一方、009-7本人は頭を抱えていた。 「なんでこうなるの……」 リビングのソファで完全にぐったりしていた。003が苦笑した。 「あなた、自覚ないけど影響力おかしいのよ」 「普通に生きたいだけなのに……」 「もう無理ね」 「そんなぁ」