バチカン市国の最奥、限られた者しか入れない会議室。重厚な扉の向こうで、枢機卿たちは沈黙していた。机の中央には大型モニター。そこに映っているのは、砂漠の中で難民の子供を抱き上げる009-7、戦場で負傷兵を運ぶ009-7、国連で平和を訴える009-7。そして “元中年男性研究者”という報告書。一人の老枢機卿が呟いた。 「……理解が追いつかない」 「女性であり」 「男性であり」 「戦士であり」 「救済者でもある」 別の者が静かに言った。 「中東において、宗教と民族を超えて民衆に支持されている」 「しかも武力だけではない」 「学校、病院、食糧支援……」 「民が希望を持ち始めている」 沈黙。やがて、一人が恐る恐る口にした。「性別を超越した救済者……天使に近づいているのでは?」 全員が黙った。否定できなかった。そして、ローマ教皇自らが中東自由連邦を訪問することが決定した。世界が震撼した。
ニュース速報 『ローマ教皇、中東自由連邦訪問へ』 『銀の魔女との歴史的会談』 『イスラム圏での異例訪問』 『安全確保に各国緊張』 一方、009-7は頭を抱えていた。 「なんでそうなるの!?」 003が苦笑した。 「もう世界宗教レベルなのよ、あなた」 「嫌なんだけど!」 002が爆笑した。 「次は聖人認定か!?」 「やめて!!」 だが、現実は笑い事ではなかった。教皇訪問に反発する過激派。009-7国家を危険視する諸勢力。各国情報機関が動き。テロ組織からの暗殺予告、テロ予告、電子攻撃。世界中の緊張が中東へ集中していた。
訪問当日、首都は異様な空気だった。上空を警戒飛行する002。狙撃ポイントを監視する004。電子戦を展開する009-7。009は街中を高速移動しながら警備していた。003は超感覚で危険を探った。まるで戦場だった。そして、白い車列が到着した。ローマ教皇が降り立った。高齢ながら穏やかな目。その前に、009-7が立った。銀髪、白い軍服。世界中のカメラがその瞬間を映していた。教皇は009-7を見た。しばらく沈黙し、やがて、優しく笑った。 「あなたは、長い苦しみを経験されたのですね」 009-7は少し驚いた。 「……まあ、はい」 「それでも人を救おうとしている」 教皇はゆっくり頷いた。 「尊いことです」 会談は成功した。イスラム教徒もキリスト教徒も奇妙なほど平静だった。むしろ、両者が同じ場所で祈る光景すら生まれた。そして、運命の記者会見。世界中が中継していた。教皇は静かに壇上へ立つ。隣には009-7。フラッシュが光った。記者が叫んだ。 「法王猊下! 銀の魔女をどう評価されますか!?」 会場が静まった。教皇はゆっくり009-7を見た。そして、穏やかに言った。 「彼女は――」 数秒の沈黙。 「人間です」 世界中が息を止めた。 「苦しみ」 「迷い」 「傷つきながら」 「それでも人を救おうとしている」 教皇は微笑む。 「ですが」 「その在り方は、すでに天使の域へ近づきつつあるのかもしれません」 世界が爆発した。SNS 『法王が天使認定!?』 『えらいこと言った!!』 『宗教史変わるぞ!?』 『銀の魔女、ついに天使扱い』 『元おっさん天使爆誕』 『情報量が多い』 キリスト教圏では空前の反響が起きた。009-7の肖像画、聖画風イラスト、なぜかロウソク。祈る人々、そして、大量の巡礼希望者。一方、親衛隊本部。 本部長・坂本は会見映像を見ていた。 「……天使」 スタッフが死んだ目で言う。 「はい」 「元おっさんなのに?」 「はい」 「世界どうなってんの?」 「知りません」
その頃、009-7本人はベッドに顔を埋めていた。 「もうやだぁ……」 003が隣で笑いを堪えていた。 「ふふっ……」 「天使って何ぃ……」 そこへ009が来た。 「街、すごいよ」 「聞きたくない」 「子供たちが“銀の天使様”って歌作ってる」 「やめてぇ!!」 002の爆笑が廊下に響いた。世界に向けて声明を出したあと、009-7は深くため息をついた。巨大な執務室。かつて砂漠の難民キャンプだった場所に建設された連邦政府庁舎の最上階からは、夜の都市が見えた。高層ビル群、整備された道路、明るい街灯。最近まで武装勢力が撃ち合っていた場所とは思えない。 「……疲れた」 銀色の長髪を揺らしながら009-7はソファに沈み込む。 「お疲れ様」 003が紅茶を差し出した。009-7は受け取った。 「ありがとう」 003は少しだけ困った顔をした。 「でも、本当に大変ね。キリスト教徒からは“天使”、イスラム圏からは“異端”、西側からは“危険な超人国家”……」 「その全部に敵対する気はないんだけどな」 009-7は苦笑した。すると窓際で腕を組んでいた004が低い声で言った。 「だが、向こうはそう思わん」 004の前には大量の報告書が並んでいた。 「シリア北部で過激派が集結中。イラク西部では親衛隊の補給線を狙った攻撃が増えている。イスラエル国境方面でも不穏な動きがある」 「宗教が絡むと厄介だね」 002が肩をすくめた。 「しかも今度は“天使国家”扱いだろ? 勘弁してほしいぜ」 009は黙っていた。最近、彼は難民キャンプへ行く回数が増えていた。戦争孤児を見るたび自分の過去を思い出すからだった。
その頃、世界はさらに混迷していた。イスラム過激派は「偽りの天使国家打倒」を掲げ。 一部のキリスト教勢力は「天使を守護せよ」と叫んだ。西側諸国は「超人国家」の軍事力に恐怖していた。そして、ブラックゴーストもまた、水面下で動いていた。 「009シリーズは危険すぎる」 暗い会議室でスカールが呟いた。 「もはや国家を築き、宗教すら動かしている」 別の幹部が低く言った。 「急がねばなるまい」世界は再び、大きく動こうとしていた。