10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第35話 縁談

 中東自由連邦の隣国。産油と金融で栄える古い王制国家。豪奢な宮殿の一室で、国王は深刻な顔をしていた。 「……あの国は危険だ」 王子が首を傾げる。 「敵という意味ですか?」 「逆だ」 国王はため息をついた。 「強すぎるのだ」 中東自由連邦、AI技術、軍事力、経済力。そして、009-7という“怪物”。 「戦争しても勝てん」 「はい」 「敵対しても終わる」 「はい」 「ならどうする?」 王子は少し考え。 「……婚姻ですか」 国王が静かに頷いた。 「王家は昔からそうやって生き残ってきた」 問題は相手だった。 「003か、009-7」 王子の顔が引きつる。 「難易度が高すぎませんか」 003、世界最高峰の美女。しかも超一流サイボーグ戦士。一方、009-7。国家元首、AI融合存在、宗教戦争停止実績あり。最近イメージビデオで世界を狂わせた。もう意味がわからない。国王は遠い目をした。 「だが……王家の未来のためだ」 「父上」 「うむ」 「私は普通に恋愛したいです」 「王族にそんな自由はない」 「つらい」

 

 数日後、003のもとに正式な縁談が届いた。009はその話を聞いた瞬間、落ち着きを失った。 『……へぇ』 003がじっと見る。 『何その顔』 『別に』 『すごく動揺してる』 『してません』 『してる』 009は紅茶を飲もうとして失敗した。熱かった。 『熱っ』 『わかりやすい』 一方、009-7は完全に他人事だった。 「縁談かぁ」 『反応薄いわね』 「だって元おっさんだし」 『その理屈ほんと意味不明なのよ』 「いや、結婚とか未だに感覚が……」 009-7は真顔だった。 「脳内で“俺が嫁?”ってなる」 『今さら!?』 「むしろ今だからこそ混乱してる」 003は頭を抱えた。 『あなた、自分のイメージビデオで世界狂わせた人間の発言じゃないわよ』 「他人事みたいなのよねぇ……」

 

 だが、王国側は諦めなかった。猛烈にしつこかった。 『まずはお茶会を』 『文化交流を』 『共同プロジェクトを』 『友好の証として』 外交ルート経由で毎日来る。003は疲弊した。 『断ってるでしょう』 『では友人として』 『学生じゃないのよ!?』 一方、王子本人は意外とまともだった。礼儀正しい。知性もある。しかも、かなり苦労人だった。 「すみません……本当にすみません……」 オンライン会談で頭を下げる。 『あなたが謝るの?』 「父が暴走していて……」 003は少し毒気を抜かれた。009は通信の向こうの王子を複雑な顔で見ていた。何か妙に好青年だった。余計に落ち着かない。『……003』 『何』 『あの王子、感じ良くないですか』 『あなた何なの』 『いやその敵情視察として』 『動揺しすぎ』

 

 結局、003は根負けした。 『……友人からなら』 王国側は大歓喜した。宮殿中で花火が上がった。王子は頭を抱えた。 「まだ友達ですからね!?」 「第一歩だ!!」 国王は泣いていた。 「王家は生き残れる……!!」 一方。 009-7は、その様子を見ながらメロンソーダを飲んでいた。 「青春っぽい」 『どこがよ』 「学生みたいじゃない。“まずはお友達から”って」 003は冷たい目を向けた。 『あなた本当に他人事ね』 「だって私、今さら恋愛とか言われても……」 そこへ、003がじっと見つめた。 『……あなた、自分に縁談来たらどうするの』 「えっ」 一瞬、009-7が固まった。脳内に、外交結婚、王族、ドレス、結婚式が浮かんだ。 そして。 「……無理」 『でしょうね』 「脳が“俺何してんの?”ってなる」 003は吹き出した。009も笑ってしまった。その頃、隣の王国ではなぜか王族向け恋愛マニュアル本が大量購入されていた。003への縁談騒動がようやく落ち着き始めた頃、今度は009-7に話が来た。 「……は?」 執務室で書類を見た009-7は素で変な声を出した。003が覗き込む。 『何?』 「お付き合いの申し込み」 『誰から』 「アメリカのIT企業CEO」 『規模は?』 「個人資産100億ドル」 『重い』 さらに資料が続いた。宇宙産業、量子演算、核融合、AI倫理研究、生物工学。世界中の大学や研究機関へ巨額投資。現代テクノロジー界の怪物の一人だった。 「……何で私?」 『あなたも怪物だからじゃない?』 「嫌な共通点」

 

 数週間後、009-7は極秘でアメリカへ飛んだ。カリフォルニア。青空、海風。そして、待ち合わせ場所はスターバックス。 「……ここ?」 護衛たちが困惑する。国家元首同士の会談みたいなものなのに、なぜか普通のスタバだった。しかも相手はパーカー姿だった。 「やあ」 気軽すぎた。だが、目が鋭い。世界を変えてきた人間特有の異常な知性の光があった。 「なぜスタバなの」 009-7が聞いた。男は平然と言った。 「好きだから」 「理由が普通」 「あと、研究のアイデアってこういう場所の方が出るんだ」 009-7は少し笑った。 「それはわかる」 最初はぎこちなかった。だが、話題が科学になった瞬間、空気が変わった。 「量子AIのボトルネックは?」 「演算より冷却」 「やっぱり」 「あと人間側の認知限界」 「脳直結後は?」 「怖かった」 「……それを実行したのか」 「好奇心に負けた」 「研究者だなぁ」 二人とも笑った。周囲の客たちは、最初は気づいていなかった。だが、「えっ」 「……009-7?」 「隣の人、あのCEOじゃない?」 徐々に店内がざわつき始めた。しかし、本人たちは止まらなかった。 「ナノマシン医療はどこまで行けると思う?」 「百年以内に“老化”の定義が変わる」 「だよね」 「脳の可塑性ももっと使える」 「人類、種として変質するかも」 「もう始まってるわ」 目が完全に研究者だった。護衛たちは遠い目をしていた。 「……あれ恋愛じゃないな」 「学会だな」

 

 だが、周囲はそう見なかった。スタバ店員が震えた。 「なんか……すごくいい雰囲気……」 「世界最強カップル感ある……」 誰かがSNSへ投稿。 『カリフォルニアのスタバに009-7いる』 一時間後。 世界が爆発した。 『えっ!?』 『デート!?』 『人類トップ層の知性が交際!?』 『子供が生まれたら文明が進化する』 『やめろ遺伝子が強すぎる』 トレンドが地獄になった。

 

 一方、本人たちは「で、月面都市建設だけど」 「重力環境どうする?」 まだ研究の話をしていた。CEOがふと笑った。 「君と話してると時間が消えるな」 009-7は少し驚いた顔をした。 「……珍しい」 「何が?」 「私、最近ずっと“象徴”とか“国家元首”扱いばっかりだったから」 静かな声で言った。 「普通に研究の話できる相手、久しぶり」 男は少し真面目な顔になった。 「僕は、君を“現象”じゃなくて、一人の科学者として見てる」 009-7は一瞬だけ黙った。そして、「……それ、結構嬉しい」 周囲の客たちが死んだ。 「今の聞いた!?」 「完全にデート!!」 「祝え!!」 なぜか店内に拍手まで起きた。009-7がびくっとする。 「何で!?」 CEOは吹き出していた。

 

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