一方その頃、003はニュースを見ながら紅茶を飲んでいた。 『……へぇ』 009が恐る恐る聞く。 『怒ってます?』 『別に』 『目が怖いです』 『ただ』 003は静かに微笑んだ。 『009-7が“普通に楽しそう”なの、ちょっと安心しただけ』 その頃、ネットでは既に、『#スタバ婚』というタグが世界規模で増殖していた。003への縁談騒動。009-7のスタバ騒動。相変わらず混沌としていた。そして、009は妙に落ち着かなかった。
「……」 ソファに座って新聞を読んで、三秒後、また同じ行を読んでいる。003がじっと見る。 『さっきから何回同じページ見てるの』 『えっ』 『落ち着きなさい』 『落ち着いてるよ』 『嘘』 完全に動揺していた。003に縁談。王子、お友達から。その単語が脳内をぐるぐる回っていた。一方、003は妙に落ち着いていた。その落差が余計に009を焦らせる。 『……その王子、また連絡してきた?』 『ええ』 『へぇ』 『昨日は量子農業の話してた』 『量子農業!?』 『案外面白い人よ』 009の心が死んだ。
そんな時だった。日本でとんでもないニュースが流れた。超人気女優、映画、ドラマ、CMを総なめにしている国民的美女。彼女が生放送で突然言った。 『私、009さんが好きです』 スタジオは凍結した。 『えっ』 『えっ』 『ずっと好きでした』 全国が爆発した。 『!?!?!?』 『009!?』 女優本人は止まらなかった。 『優しいし、真面目だし、あの困った顔が好きで』 『あと003さんの隣でいつも押され気味なの可愛い』 全国のお茶の間がむせた。三日後、その女優は本当に中東自由連邦へ来た。 「行動力どうなってるの!?」 009は頭を抱えた。空港には報道陣がつめかけた。SNSは大爆発。親衛隊本部ではマッチョたちが酒を吹いていた。 「009様モテ期来た!!」 「ついに!!」
女優本人は恐ろしいほど自然だった。 「初めまして♡」 笑顔が強かった。圧倒的芸能人オーラ。009はたじろいだ。 『あ、どうも……』 「会えて嬉しいです」 『いやその、何で本当に来たんですか』 「好きだからです」 『直球!?』 003の空気が少し冷えた。 夜の食事会。なぜか002、004、009-7までいた。002は完全に酒のつまみ扱いだった。 「ははははは!!」 腹抱えて笑っている。 「009お前、完全に押されてんじゃねぇか!!」 『うるさいな!!』 004は葉巻をくわえながら静かに言った。 『……そろそろ、はっきりしろ』 『えっ』 『何年やってる』 『何の話!?』 004の視線が003へ向いた。009が固まった。003はワインを飲みながら知らん顔していた。002は爆笑した。 「004、それ言うかぁ!!」 『見ていて苛立つ』 一方、009-7は全く役に立たなかった。 「え、青春じゃない?」 『お前黙ってろ』 「学生みたいで可愛い」 『他人事だと思って!!』 「他人事だし」 009-7はメロンソーダを飲みながら楽しそうだった。 「003って、009のことになるとちょっと面倒くさいよね」 『009-7』 003の声が低くなった。
その後、女優は普通に009へ距離を詰め始めた。 「今度、日本案内してください♡」 『えっ』 「二人で」 『えっ』 009のCPUが止まった。003が静かに微笑んだ。怖い。 002は机を叩いて笑っていた。 「お前ほんとポンコツだな!!」 『うるさい!!』 004は深いため息をつく。 『女を待たせるな、馬鹿者』 『004までぇ!?』 009は完全に追い詰められていた。その時、女優がふっと003を見た。 「003さん」 『何かしら』 「あなた、本当は009さんのこと好きですよね?」 空気が死んだ。009が固まった。 002が「うわぁ」と顔を覆う。004は静かに酒を飲んだ。009-7だけが「おっ」とか言っていた。本当に頼りにならなかった。
009と003の空気が妙にギスギスし始めた頃、004はいつも通りだった。葉巻、無愛想、仏頂面。いつも通り仕事をしていた。周囲は逆に怖かった。なぜなら、004だけが何も変化していないように見えたからだ。だが、実際には静かに事件は起きていた。中東自由連邦北部、紛争地帯近くの難民キャンプ。医療支援や食料供給のため多国籍NGOが活動していた。そこに一人の女性がいた。東ヨーロッパ出身、三十代前半。長い灰金色の髪、疲れた目。だが芯が強い。名前はエレナ。元々は戦争孤児だった。だからこそ、戦場で生きる人間を放っておけなかった。そして、彼女は初対面で004を見ても全く怯えなかった。 「そこ邪魔」 作業中の004に普通に言った。周囲のスタッフは凍った。相手は004だ。 あの004。冷徹、危険、近寄り難い。なのにエレナは普通だった。 『……悪かったな』 004がどいた。スタッフたちはもっと凍った。 「えっ」 「今の004だよな?」 「どいた……?」 その後も、二人は妙に遭遇した。 「怪我人運ぶの手伝って」 『……ああ』 「寝てないでしょ」 『余計なお世話だ』 「図星ね」 エレナは全然004を特別扱いしなかった。兵器でも、怪物でも、英雄でもなく、ただの不器用な男として扱った。004はそれに少しずつ毒気を抜かれていった。
一方、周囲は騒然としていた。002は最初に気づいた。 「……あいつ最近、難民キャンプ行く回数増えてね?」 009が首を傾げる。 『そう?』 「いや絶対増えてる」 003も気づいていた。 『この前なんて、エレナさんの荷物持ってたわよ』 『えっ!?』 009が変な声を出した。004が荷物を持つ。それは世界七不思議クラスだった。009-7は面白がっていた。 「004、ついに春?」 『殺すぞ』 「図星だ」
ある夜の難民キャンプ。発電機の音、遠くの銃声、冷たい風。エレナは焚火の前でコーヒーを飲んでいた。隣には004。 「……あなた、眠らないの?」 『必要最低限でいい』 「機械みたい」 『半分はな』 エレナは少し笑った。 「でも、子供見る時の顔は優しい」 004は黙った。 「今日も、泣いてる子ずっとあやしてた」 『……放っておけん』 「優しいのね」 『違う』 「照れてる」 『違う』 完全に図星だった。しばらく沈黙。 やがてエレナが静かに言った。 「私、昔はあなたみたいな人嫌いだった」 『そうか』 「戦う人。武器を持つ人。全部」 焚火が揺れる。 「でも、あなた見てると……」 少し困ったように笑う。 「戦う人にも、“守りたい”があるんだってわかった」 004は何も言わなかった。ただ、煙草を消した。それだけで彼を知る者なら十分すぎる変化だった。
翌日、002は004をじーっと見ていた。 『何だ』 「いやぁ〜?」 『殴るぞ』 「エレナさん、綺麗な人だよな〜?」 004が無言になった。002が爆笑した。 「図星!!」 003まで笑いを堪えていた。009はちょっと感動していた。 『004にもそういうのあるんだ……』 『失礼だな貴様』 009-7は真顔で言った。 「004って恋愛するんだ」 『お前は黙れ』 「最近みんな青春してるね」 『お前が言うな』