ある日、00ナンバーサイボーグたちは、妙な違和感を覚えていた。 「……何か今日、空気柔らかくね?」 002がコーヒーを飲みながら首を傾げる。003と009-7。二人の距離感が妙に近い。並んで座る。目が合う。自然に笑う。空気が穏やかだった。004は新聞を読みながら、ちらりと二人を見る。 『……』 何か察した顔。だが何も言わない。002はニヤニヤしていた。 「おっ?」 『何よ』 「いやぁ〜? 仲良しだなぁと思って?」 003が冷たい視線を向けた。だが、いつもより殺気が薄い。002はさらに察した。 (あっこれ何かあったな) 009も感じていた。 『……最近、二人とも機嫌いいですよね』 「平和だからじゃない?」 009-7がメロンソーダを飲んだ。003も珍しく穏やかだった。 『あなた最近ちゃんと寝てる?』 「003のおかげでね」 その言い方が妙に自然だった。009の胸がなぜかざわついた。 『……へぇ』
ある夜、009は眠れずに廊下を歩いていた。すると、003が静かに009-7の部屋へ入っていくのが見えた。 『……?』 こんな時間に? 何か相談だろうか。009は少し気になった。本当にただ気になっただけだった。だから、軽い気持ちで部屋の前まで来た。ドアがほんの少しだけ開いていた。そして、中から微かな声がした。009は反射的に視線を向けてしまった。見えたのは、あまりにも近い距離で寄り添う二人だった。003が優しく009-7の頬に触れていた。009-7は普段見せないくらい無防備な顔をしていた。静かな吐息、絡む指、熱を帯びた空気。それだけで年頃の男子である009には刺激が強すぎた。 『――っ!?』 心臓が跳ねた。見てはいけない。なのに目が離せない。無機質な美貌の009-7。普段は大人っぽい003。その二人があんな表情をするなんて。009の脳が処理を拒否した。数秒後、009は自室へ逃げ帰っていた。 『な、何見てるんだ僕は……!!』 顔が熱い。頭が真っ白。だが、見てしまった光景が脳に焼き付いて離れない。普段見せない003の表情。009-7の吐息。近すぎる距離感。 『うわぁぁぁ……』 ベッドに突っ伏した。しかし、余計に意識してしまった。年頃の男子だった。無理だった。
翌朝、009は死んだ顔で食堂へ現れた。目の下に隈、寝不足、魂が抜けていた。002が即座に吹き出した。 「お前どうした!?」 『……寝不足』 「わかるけど何で」 003が紅茶を飲みながら視線を向けた。009がびくっとした。 『……』 『?』 003は一瞬だけ目を細めた。そして、全部察した。009-7も気づいた。 「……あっ」 009は死にたくなった。食卓に妙な沈黙が流れた。002だけが何も知らずに騒いでいる。 「009お前、思春期の男子みたいだぞ!」 『うるさい!!』 004は新聞の向こうで小さくため息をついた。 そして、ぼそっと言った。 『……ドアは閉めろ』 003と009-7が同時に固まった。つまり、004も気づいていた。009は本気で机に突っ伏した。 「もう嫌だぁぁぁ……」 003は静かに悩んでいた。009-7と過ごす時間は心地良い。安心できる。寄り添える。だが、それとこれとは別だった。003だって女の子なのだ。好きな人に抱きしめられたい。特別な顔を向けてほしい。そういう気持ちは、ずっと胸の奥にあった。問題は009だった。長い戦い。何度も助け合った日々。気づけば003にとって009は特別になっていた。でも、お互い不器用すぎた。近づくと照れる。素直になれない。そして最近は、009-7との奇妙な関係までできてしまった。 「……何やってるんだろ、私」 夜の廊下、003は小さくため息をついた。本当は、また009-7の部屋へ行くつもりだった。気楽だったから。甘えられたから。でも、気づけば足は別の場所へ向かっていた。
009の部屋の前。003は立ち止まった。 『……』 何しに来たのか自分でもわからない。 その時、ドアが開いた。 『003?』 009だった。寝起きらしかった。少し乱れた髪、驚いた顔。二人はしばらく見つめ合った。沈黙、妙に静かな夜。003の心臓が跳ねた。『……どうしたの?』 優しい声。それだけで胸が苦しくなった。003は何か言おうとして言葉にならなかった。代わりに一歩だけ009へ近づいた。009も動かなかった。ただ、自然に003の手を取った。 『入る?』 003は小さく頷いた。
部屋へ入った瞬間、張っていたものが切れた。勢いのまま二人はベッドへ倒れ込んだ。 『わっ』 『ご、ごめ』 顔が近かった。息がかかった。お互い真っ赤だった。でも、離れたくなかった。009が恐る恐る003へ触れた。003はその手を拒まなかった。初めてだった。ぎこちなくて、不器用で。途中で二人とも恥ずかしくなって笑ってしまって。でも、長い間、胸の奥に抱えていた想いが、少しずつほどけていくようだった。戦いでも、世界の危機でもなく、ただ好きな人と一緒にいたい。それだけだった。
翌朝、食堂。002がコーヒーを吹き出した。 「うわっ何だお前ら!!」 003と009。空気が違う。幸せオーラが隠せていない。009は妙にふわふわしているし。003は照れているのに機嫌が良い。004は新聞をめくりながら静かに呟いた。 『……やっとか』 「004気づいてたの!?」 『見ていればわかる』 002は大爆笑していた。 「青春かよお前ら!!」 009が顔を真っ赤にする。 『う、うるさいな!』 その時。少し遅れて009-7が食堂へ来た。そして、一瞬で察した。 「……あっ」 003が視線を逸らした。009はさらに赤くなった。009-7は静かに席へ座った。メロンソーダを飲んだ。ぷくっと頬が少し膨らんだ。わかりやすく不機嫌だった。002が吹き出す。 「何だよ009-7、嫉妬か?」 「違うし」 「絶対そうだろ」 「違うって」 でも、少し寂しいのは本当だった。003はそれに気づいた。 『……ごめん』 009-7は数秒黙った。それから、小さく笑った。 「いや、いいの」 「そっちの方が自然だし」 そして、ちょっとだけ意地悪そうに言った。 「でも009」 『えっ』 「昨夜、すごいうるさかった」 009が固まった。003が真っ赤になった。002が机を叩いて爆笑した。 「聞こえてたのかよ!!」 009は本気で消えたくなった。中東自由連邦国境地帯。停戦と小競り合いを繰り返す、不安定な前線。砂煙、ドローン、時折響く銃声。だが、そこにいる00ナンバーサイボーグたちは、以前より妙に雰囲気が明るかった。