10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第41話 009-7のロマンス

 その日は、若手研究者向けの討論会が開かれていた。テーマはサイバネティクス。脳神経接続、AI共生。009-7にとっては原点に近い分野だった。 「質問ありますか?」 通訳が終わる前に一人の青年研究者が手を挙げた。黒髪、少し疲れた目、年齢は三十前後。 無精ひげ。典型的な研究者タイプだった。 『あなたの論文、“神経同期遅延の自己補正理論”』 009-7が止まる。 『……え?』 『あれを読んで、私はこの分野に入りました』 静まり返る会場。009-7の表情が変わった。その理論は、009-7が“まだおっさんだった頃”。つまり、サイボーグ化される前に発表した古い論文だった。マイナーだった。専門家しか知らない。しかも当時は、『理論先行すぎる』 『実現不可能』 とかなり酷評された。だが、現在のAI神経接続技術の基礎になっている。青年研究者は少し緊張しながら続けた。 『あなたは、“脳と機械の境界は曖昧になる”と予測した』 『今、それが現実になっている』 009-7は珍しく言葉に詰まった。 『……よく覚えてたね』 『もちろんです』 青年は真顔だった。 『あの論文は、私の人生を変えました』

 

 その夜、009-7は妙に静かだった。ホテルのラウンジ、窓の外には雪のモスクワ。003が不思議そうに聞く。 『どうしたの?』 「……いや」 009-7はグラスを見つめる。 「昔の論文、覚えてる人いたんだなって」 003は少し驚いた。 009-7は滅多に“おっさん時代”の話をしない。だが今は、どこか嬉しそうだった。

 

 それから、二人は頻繁に話すようになった。量子神経理論、機械倫理、AI意識。普通の人間なら五分で逃げる会話。なのに、青年研究者は楽しそうについてきた。しかも、009-7自身を、“国家元首”でも“天使”でもなく、一人の研究者として見ていた。それが、妙に心地良かった。

 

 002は真っ先に察した。 「おっ?」 食堂でニヤニヤした。 「009-7、最近機嫌よくね?」 「そう?」 「あとそのロシア研究者の話すると微妙に楽しそう」 009-7が止まった。 「……そうかな」 002が机を叩いた。 「春だぁぁぁ!!」 『うるさい』 003は少し面白そうだった。 『珍しいわね』 004も新聞越しに言った。 『あいつ、“研究者として見られる”のに弱いからな』 009-7が黙った。図星だった。

 

 さらに悪いことに、ロシア側メディアも気づき始めた。 『量子の女王に新ロマンス!?』 『お相手は無名研究者!』 『知性で落とした男』 世界中が大騒ぎ。だが、009-7は妙に否定が弱かった。 『いや別にそういうんじゃ……』 『じゃあ何で毎晩研究談義してるんですか!?』 『楽しいから……』 『はい!!』 記者たちが盛り上がった。 009-7は頭を抱えた。

 

 その夜、研究施設の屋上。雪が静かに降っていた。青年研究者がコーヒーを渡した。 『眠くないですか』 「研究者が徹夜で眠いわけないでしょ」 『それはそうだ』 二人は少し笑った。静かな時間、青年がぽつりと言った。 『あなたは、昔から孤独だったんですね』 009-7が少し止まる。 『論文読めばわかります』 『世界が追いついてなかった』 009-7は、しばらく雪を見ていた。それから小さく笑った。 「……今は、少し追いついてきたかな」 青年研究者も笑った。その空気は、これまでの“世界的美貌への憧れ”とも、“国家元首への畏怖”とも違った。もっと静かで、もっと自然なものだった。

 

 一方その頃、002は009へ言っていた。 「なぁ」 『何?』 「009-7、あれ本気かもしれん」 『えっ』 「ついに来たぞ」 003が紅茶を飲みながら頷いた。 『うん』 004だけが静かに呟いた。 『……ようやく、“自分自身”を見てくれる相手に会ったんだろう』

 

 

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