10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第5話 日常

 榊家の二階。かつて“榊 恒一”が使っていた部屋。009-7榊レイナは、ベッドの上で頭を抱えていた。「……くさい」 小さく呟いた。部屋には古い本の匂い、電子部品、半田、古い整髪料、加齢臭、様々な臭いが充満していた。かつては何とも思わなかったが今は違う。少女型サイボーグとなった嗅覚は、人間時代の数十倍に強化されていた。結果、「……おっさんくさい……!」自分の匂いなのにダメージが大きかった。本棚には昔の専門書、学会資料、古いSF小説があった。娘が掃除していたらしく、部屋自体は綺麗だったが残り香が完全に“中年男性”であった。009-7はベッドへ顔を埋めた。「私、こんな匂いだったのか……」 その時、扉が開いて娘が入ってきた。「……何してるの?」 「人生について考えてる」 「お父さん?」 「元お父さんだ」 娘は部屋へ入り、少し笑った。「でも確かにこの部屋、お父さんの匂いする」 「やめろ。精神ダメージが大きい」 「そんなに?」 「今の身体にはキツい」 娘は吹き出した。 「なんか女子高生みたいな悩み言ってる」 「私は還暦前だったんだぞ……」 娘は少しだけ優しい顔になる。 「……でも、生きててよかった」

 

 深夜二時。 家族が寝静まった頃、009-7はふと思い立って外へ出た。「……炭酸飲みたい」 妙に人間臭い欲求だった。夜風は冷たかった。人気の少ない住宅街のコンビニの明かりだけが眩しかった。009-7は缶コーヒーと炭酸水を買い、店を出た。その時、「ねーちゃん、すげえ可愛いじゃん」 面倒そうな声がした。チンピラが三人。酒臭い。「無視だ無視」 009-7は歩き去ろうとした。だが男たちはしつこかった。 「冷たいなあ」 「ちょっと遊ぼうぜ」 「離せ」 腕を掴まれる。その瞬間、男の顔が引きつった。 「……え?」細腕のはずなのに、まるで鉄柱のように一ミリも動かない。 「おい、なんだこいつ」 009-7はため息をついて言った「帰れ」 「なめんな!」 男たちは半ば強引に彼女を物陰へ引き込もうとした。だが、009-7は微動だにしなかった。まるで地面に固定された戦車のようだった。 「う、動かねえ!?」 「だから帰れと言った」 一人が逆上してナイフを抜いた。 「このアマ!」 刃が009-7の脇腹へ突き刺さる。 ――ガキン。乾いた金属音がしてナイフの方が折れた。「……は?」 男たちの顔が凍った。009-7は心底疲れた顔をした。「だから帰れと言ったんだ」 次の瞬間、男が宙を舞った。軽く腕を払っただけ。だがサイボーグの筋力は常人の数百倍。チンピラはゴミ箱へ突っ込んで沈黙した。 「ひっ……!」 残り二人が逃げようとする。 だが009-7は加速装置の高速移動で先回りしていた。 「待て」 「うわああああ!?」

 

 「動くな!」 赤色灯が見えた。警察だった。パトロール中だった警官たちが、一部始終を見ていた。現場はカオスだった。折れたナイフ、吹き飛んだ男、壁にめり込んだ自販機、そして無傷の銀髪美少女。若い警官が青ざめた。「……何が起きた?」 009-7は真顔で答えた。「正当防衛」 「いやそうだけど!?」 別の警官が小声で言う。 「監視カメラ確認しました」 「どうだった」 「……人間じゃありません」 009-7は嫌な予感しかしなかった。 「任意同行を――」 「断る」 瞬間。 周囲のパトカーが一斉に誤作動を起こした。ライト点滅、無線ノイズ、カーナビ暴走。警官たちが凍りついた。009-7は頭を抱えた。 「……またやってしまった」

 

 数時間後。 政府情報機関特別分析室。女性エージェント・黒瀬玲子は資料を見ていた。 「確定ね」 銀髪の少女。異常な電子干渉、物理的超人能力、ブラックゴースト事件との一致率九八パーセント。彼女は静かに笑った。「やっと見つけた」 部下が言った。 「拘束しますか?」 「無理よ」 黒瀬は即答した。「真正面から戦えば警察では相手にならない」 「では?」 「まずは接触」 彼女は資料を閉じた。 「敵か味方か確認する」

 

 一方、アイザック・ギルモアは深刻な顔をしていた。 「政府に把握されたか……」 009島村ジョーが腕を組んだ。「まずい?」 「非常にまずい」 004は静かに言った。 「009-7は目立ちすぎる」 「今さらだけどな」 009が苦笑した。ギルモア博士はモニターを見た。「政府側もブラックゴースト残党を警戒している。すぐに敵対はせんだろう」 「でも放っとかないよね」 「当然だ」 004が小さく息を吐く。「面倒になる」 その時。 研究所のモニターにノイズが走り009-7の顔が映った。『助けてくれ』 全員が苦笑した。『警察と政府に追われかけてる』 009が吹き出した。 「何やったんだよ!」 『チンピラを軽く投げたら自販機に刺さった』 「軽く!?」 004は額を押さえた。 「……迎えに行く」 009-7は本気で疲れ切った顔をしていた。 『頼む。もう普通の生活がしたい……』 だが009-7に“普通”は、なかなか許されないのであった。

 

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