009-7榊レイナが榊家へ泊まり始めて、数日が経った。問題は彼女があまりにも目立つことだった。銀色の長髪、赤い瞳、整いすぎた顔立ち。しかも妙に上品な雰囲気まである。近所のスーパーマーケットへ行っただけで視線が集まる。 「あの子誰?」 「モデル?」 「ハーフかな?」 「芸能人じゃない?」 住宅街で噂が爆発的に広がった。そして当然、娘の学校にも飛び火した。 「ねえねえ、あんたん家に超美少女いるってマジ!?」 昼休み。娘は机へ突っ伏した。 「……マジ」 「姉!?」 「違う」 「親戚!?」 「まあ……遠くはない……」 説明できるわけがない。しかも009-7は、変に面倒見が良いのだ。娘の友達が遊びに来た時など、「こんにちは」 丁寧にお茶を出し、宿題まで見てしまった。 「えっ、頭良っ!?」 「理系だからな」 「理系女子だー!」 元・57歳男性研究者である。娘は頭を抱えた。 「もう何なんだよこの状況……」
問題は男子だった。特に娘の同級生男子。ある日、学校帰りの男子数人が、榊家の前でこそこそしていた。 「マジでいるの?」 「超美少女らしいぞ」 「やばくね?」 その時、門が開いて009-7がゴミ出しに出てきた。男子たちは固まった。夕日に照らされる銀髪。白い肌、静かな赤い瞳。そしてどこか人間離れした雰囲気。一人の男子が真っ赤になった。 「……す、好きだ」 「早っ!?」 友人たちは引いた。だが彼は止まらない。 「あ、あの!」 009-7が振り向く。 「なに?」 「つ、付き合ってください!!」 沈黙。009-7は完全に停止した。 「……は?」 脳内では、57歳研究者の人格が盛大に混乱していた。娘が飛び出してきた。 「何やってんのお前!?」 「だ、だって!」 「相手誰だと思ってんだ!」 「超美少女!」 「そこは合ってるけど違う!!」 009-7は額を押さえた。 「人生で初めて男子高校生に告白された……」
通りの向こうから三人の男たちが歩いてきた。アルベルト・ハインリヒ、島村ジョー、ジェット・リンク。 004、009、002。彼らは特別派手な格好ではなかったが、纏う空気が違った。戦場を越えてきた者だけが持つ気配。周囲が自然に静かになった。男子高校生たちも後ずさった。 「……なんか怖くね?」 「映画の特殊部隊みたい」 002が苦笑する。 「怖がられてるぜ」 009は009-7を見た。 「迎えに来た」 「……ありがとう」 004は男子高校生をちらりと見た。 「彼氏候補か?」 「違う!!」 009-7が全力で否定した。
男子高校生は半泣きだった。 「なんかヤバい人たちだ……」 娘は深く頷く。 「わかる」 近所の人々も妙に納得していた。 「ああ、やっぱ普通の人じゃなかったんだ……」 美少女であるだけではない。集まってくる人間までどこか現実感がない。まるで映画の登場人物だった。
夜、009-7は家族へ向き直った。 「少し行かなきゃならない」 妻は静かに頷く。 「危ないこと?」 「……たぶん」 娘は不安そうだった。 「また帰ってくる?」 009-7は少し黙った後、笑って言った。 「努力する」 「死亡フラグみたいな言い方やめてよ」 004が小さく咳払いする。 「戻るぞ」 「ああ」 玄関を出た。夜風に当たりながら009が歩きながら言った。 「有名人だったな」 「やめろ」 002はニヤニヤしていた。 「男子高校生泣かせてたぞ」 「私だって混乱してるんだ」 004が静かに呟いた。 「案外似合っていたな」 「何がだ」 「年頃の少女」 「やめろ」 009が吹き出した。009-7は盛大にため息をついた。だが少しだけ心が軽かった。帰る場所ができたからだ。たとえ姿が変わっても自分を受け入れてくれる人たちがいる。それは009-7にとって何より大きかった。その頃、政府情報機関ではエージェントの黒瀬玲子が新たな報告書を読んでいた。 「……サイボーグ、集結確認」 彼女は静かに笑う。 「いよいよ本格的ね」 戦いの気配が、再び近づいていた。