その頃、SNSでは別方向に盛り上がっていた。 【待って】 【009-7関係者の若手、全員ラブコメしてない?】 【009と003】 【002とキャバ嬢】 【004も彼女っぽい人いる】 【甥っ子→CIA・FSB・公安から最終的に彼女持ち】 【009-7本人もロシア研究者とロマンス】 【あれ?】 【娘だけ何もなくない?】 世界が気づいてしまった。
009-7の娘、美由紀は不機嫌だった。 「なんなのほんと。」 従兄弟からは毎日のように連絡が来る。 【詩織と映画行った】 【手作り弁当もらった】 【今日手つないだ】 うざい。非常にうざい。 「爆発しろ……。」 友人が苦笑した。 「嫉妬しすぎ。」 「だって!」 周囲は恋愛だらけ。自分だけ何もないのだ。しかもSNSでネタにされ始めた。 【娘ちゃんにも幸せを】 とか勝手に言われていた。 「余計なお世話!!」
だったのだが、最近、少し状況が変わってきていた。まず、男子の態度が妙に優しい。 「荷物持つ?」 「寒くない?」 「これ飲む?」 チヤホヤされるようになった。さらに、他校のイケメンまで近寄ってきた。 「前から話したかった。」 「え、写真より可愛い。」 「今度遊ばない?」 美由紀は最初戸惑っていた。だが、悪い気はしない。 (……まあ?) (当然では?) 自己肯定感が上がっていった。理由は簡単だった。彼女自身が超ハイスペックだったのだ。育ちが良い、頭がいい、行動力があって美人。今までは周囲が“近寄り難い”と思っていただけだった。だが、最近、SNSやニュースで親しみやすい姿が知られ始めた。結果、「普通にモテる。」 という事実が世間に浸透してしまった。
ある日のカフェ。美由紀は友人と話していた。 「最近なんかモテる。」 「今さら気づいたの?」 「いや前はみんな距離あったし。」 すると、近くの席の大学生風イケメンが話しかけてきた。 「あの。」 「え?」 「もしよかったら連絡先――」 そこまで言った瞬間。 後ろから低い声。 「美由紀。」 全員固まった。009-7本人だった。静かな威圧感と銀色の美貌。イケメン大学生は青ざめた。 「え、あ、その……。」 009-7は穏やかに微笑んだ。 「健全な交際なら否定しない。」 「は、はい!!」 「ただし泣かせたら消す。」 空気が凍った。大学生は直立不動になった。 「すみませんでした!!」 逃げた。美由紀は頭を抱えた。 「お父さん!!」 友人たちは爆笑していた。 「過保護すぎる!」 009-7は本気で不思議そうだった。 「何か問題が?」 問題しかなかった。美由紀にこれまでまともなロマンスが発生しなかった理由は、009-7だった。
009-7は超高性能サイボーグである。電子戦能力、情報収集能力、通信傍受、監視衛星アクセス。その気になれば国家レベルで人を調査できる。そして、娘に近づく男に対して、その能力を全力で使っていた。完全に使っていた。娘にラブレターを書こうとしていた男子には、突然、スマホへ匿名メッセージ。 【数学の追試が近い】 「!?」 慌てて勉強開始、ラブレター消滅。別の男子、「告白しようかな……。」 翌日、親に隠していたゲーム課金履歴がなぜか発覚。 「なんでバレた!?」 家庭会議、恋愛どころではなくなった。さらに悪化した。美由紀へ近づこうとしていたイケメン先輩は、帰宅中に、突然、街頭モニターに自分の黒歴史写真が映る。 「なぜ!?」 パニックになった。そのまま転校した。003が呆れた。 「何してるの009-7……。」 本人は真顔だった。 「危険因子を排除した。」 「ただの男子高校生よ!?」
009はある日、偶然それを知ってしまった。 「……え。」 モニター画面。 【娘へ接近した男性リスト】 【危険度判定】 【交際可能性予測】 【精神分析】 009が青ざめた。 「やりすぎじゃない!?」 009-7は静かにコーヒーを飲んでいた。 「父親として当然だ。」 「当然じゃない!!」 004が煙草を吸いながら呟いた。 「過保護を通り越して情報機関だな。」 「実際そうだし……。」 さらに酷いことに、009-7本人に悪気が無い。 「娘はまだ若い。」 「変な男に騙される可能性がある。」 「だから事前排除する。」 合理的で重すぎたが父親だった。003は頭を抱えた。 「そのうち“娘が欲しければ私を倒してみろ”とか言い出しそう。」 009-7は少し考えた。 「……悪くない条件だ。」 「考えるな!!」
一方、美由紀本人は最近ようやく違和感に気づき始めていた。 「……おかしくない?」 友人が首を傾げる。 「何が?」 「なんか私に近づいてきた男子、途中で消える。」 「言い方怖い。」 本当に消えるのだ。転校、急に部活に集中、急に勉強開始、なぜか親に怒られる、あるいは妙に怯え始める。美由紀は疑い始めていた。 「……お父さん?」 ◇ その夜、 009-7は作戦室で静かにモニターを見ていた。 画面には、【娘へ接近中:大学生 男性】 【SNS分析:軽薄】 【交友関係:問題あり】 【排除推奨】 009-7は無言でキーボードを叩いた。数秒後、大学生のスマホへ税務署から確認通知が届いた。 「なんで!?」 パニックになった。接近は中断した。009-7は満足げに頷いた。 「よし。」 その後ろ。 003が死んだ目で立っていた。 「……あなた。」 009-7が振り返る。 「なんだ。」 「娘さん、一生結婚できないわよ。」 数秒沈黙した。009-7は真剣に考え始めた。 「……それは困る。」 「今さら!?」
翌日、美由紀はカフェで盛大に愚痴っていた。 「恋愛運ゼロなんだけど!」 友人たちは笑いを堪えていた。 「いや原因わかるでしょ。」 「お父さんだよ絶対。」 「認めたくない……。」 その頃、少し離れた席ではサングラス姿の009-7が新聞を読みながら監視していた。完全に不審者であった。美由紀の前途は、非常に多難だった。