10人目のサイボーグ   作:れぷとん

69 / 71
第67話 コンスタンチノープル

 春のある日、エレニと007はイスタンブールに降り立った。観光法人の業務だった。東ローマ帝国文化財団による歴史遺産調査、ごく普通の文化事業。少なくとも書類上は。空港に着いた瞬間、007は首を傾げた。 「なあ」 「はい?」 「後ろの連中は誰だ?」 そこには屈強な男たちがいた。黒服、筋骨隆々、いかにも軍人か警察官に見えた。五人いた。全員が一定距離を保ってついてきた。エレニは平然としていた。 「職員です」 「観光法人の?」 「そうです」 「観光法人ってあんな職員いるのか?」 「いるんじゃないですか?」 007はなんとなく納得できなかった。だが、男たちは礼儀正しかった。荷物を持ち、 道を案内、ホテルを確認した。完全に護衛だった。

 

 その夜、007は男たちの会話を偶然聞いた。「陛下がお疲れではないか」 「不敬だぞ」 「まだ即位なさっていない」 「そうだった」 007は頭を抱えた。 「職員じゃないだろ」 翌日、一行はテオドシウスの城壁を訪れた。 かつて千年にわたり都を守った大城壁、幾度もの包囲戦、幾度もの侵略。それを退け続けた伝説の防壁。エレニは静かに石壁へ触れた。風が吹いた。 「先祖たちはここを守った」 小さな声だった。すると、後ろにいた大男の一人が泣き始めた。 「うっ……」 別の男も泣いた。 「ついに……」 三人目。 「神よ……」 007は困惑した。 「なんで泣いてるんだ?」 エレニは真顔で答えた。 「歴史が好きなんでしょう」 007は絶対違うと思った。 次に訪れたのは宮殿跡だった。 かつて皇帝たちが暮らした場所。今では遺跡しか残っていない。 エレニはそこで祈った。 「主よ」 「失われた人々をお守りください」 その姿は美しかった。 男たちは再び号泣した。 007はますます困惑した。 「歴史オタクってみんなこうなのか?」

 

 その頃、トルコ政府は頭を抱えていた。 外務省で緊急会議が行われた。 「彼女は何をしている?」 「観光です」 「何の?」 「遺跡観光です」 「違う!」 担当官が机を叩いた。 「パレオロゴス家の末裔が旧都を巡礼している!」 「はい」 「支持者が護衛している!」 「はい」 「世界中でニュースになっている!」 「はい」 「問題だろう!」 しかし、法律的には問題がなかった。外国人観光客、文化財見学、宗教的祈り。どれも合法だった。結局、外交官がエレニに面会した。 「誤解を招く行為は控えていただきたい」 エレニは微笑んだ。 「もちろんです」 「政治活動ではありませんね?」 「観光です」 「帝国再興運動では?」 「観光です」 「皇帝即位の準備では?」 「観光です」 「支持者の組織化では?」 「観光です」 外交官は頭痛を覚えた。一方、世界のマスコミは大騒ぎだった。 『東ローマ帝国復活か?』 『最後の皇女が旧都巡礼』 『中東自由連邦と正教会勢力の新たな関係』 『007も同行』

 

 さらに事態は拡大した。ギリシャ、セルビア、ブルガリア、ルーマニア、ジョージア。各国の正教会関係者が声明を出し始めた。 「会見を希望する」 「お話を伺いたい」 「歴史と信仰について議論したい」 気が付けば、世界中の正教会が反応していた。 中東自由連邦で004は報告書を閉じた。 「止まらなくなったな」 009-7も苦い顔だった。 「止められるか?」 「無理だ」 「なんで?」 「彼女は何も違法なことをしていない」 「確かに」 「しかも支持者が勝手に盛り上がっている」 「厄介だな」 「非常に」

 

 一方、ホテルの屋上では、夜のボスポラス海峡を見ながら007はワインを飲んでいた。 「大変だな」 「何がです?」 「君の周り」 エレニは夜景を眺めた。遠くに見えるアヤソフィア、かつて帝国の象徴だった場所。その瞳は静かだった。 「歴史は不思議です」 「そうだな」 「人々は滅んだものを忘れません」 「そうかもしれない」 エレニは微笑んだ。だが、007が見ていない瞬間に、勝利を確信した将軍のような表情になった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。