アメリカ合衆国、ワシントンD.C. CIA本部の地下会議室。大型スクリーンには中東の地図が映っていた。赤い丸、矢印、勢力図、衛星写真、そして中央には大きな文字。 『東ローマ帝国問題』 会議室は静まり返っていた。 「誰か説明してくれ」 幹部の一人が言った。 「何が起きている?」 分析官が資料をめくる。 「正直に申し上げます」 「うむ」 「我々にも分かりません」 いつものことだった。00ナンバーサイボーグが絡む案件は大体そうなる。数年前の中東自由連邦。当初の評価では『三か月で崩壊』 結果は、地域有数の安定国家になった。そして今、エレニ・パレオロゴス、予測不可能。分析官は深いため息をついた。 「調査の結果が出ました」 「聞こう」 「今回も00ナンバーが関与しています」 幹部たちは一斉に天井を見上げた。 「またか」 「またです」 「誰だ」 「007です」 沈黙。やがて誰かが呟いた。 「一番政治に興味がなさそうな奴じゃないか」 「はい」 「何をしている?」 「恋人と観光しています」 「は?」 「観光です」 「本当に?」 「衛星写真でも観光していました」 会議室全員が頭を抱えた。 「なんで観光で帝国ができるんだ」 誰も答えられなかった。一方、別の問題も発生していた。アメリカ国内のSNS、動画サイト、掲示板で妙な盛り上がりが起きていた。 『東ローマ帝国復活!?』 『最高じゃないか』 『ローマ万歳!』 『歴史が動いている!』 当初は歴史マニアだけだった。しかし、次第に支持者が増えていく。特に一部のキリスト教系保守層。そして過激な宗教運動家たち。理由は単純だった。ロマンがあった。理屈ではない。東ローマ帝国、千年続いた帝国、滅亡したはずの王朝、皇帝の末裔、古代都市、巡礼、義勇兵。物語として強すぎた。CIAの社会分析部門が報告した。 「支持者の多くは現実的な政治運動ではありません」 「なら何だ」 「歴史ロマンです」 会議室が静かになった。 「それが一番面倒だな」 誰かが呟いた。思想なら論破できる。利益なら交渉できる。しかし、ロマンは止められない。
中東の都市国家ではエレニは朝食を食べていた。新聞を読んだ。 『米国で東ローマ帝国支持運動拡大』 思わず吹き出した。 「何これ」 007も新聞を覗き込んだ。 「人気者だな」 「意味が分かりません」 「俺もだ」 本当に意味が分かっていなかった。隣では護衛たちが真顔だった。彼らは理解していた。人は理屈で動かない。歴史、伝統、象徴、信仰。それらは時として国家を動かす。エレニは窓の外を見た。広場では子供たちが遊んでいた。市場も賑わっている。ローマ帝国軍と名乗る義勇兵たちが巡回していた。誰も戦っていない。誰も征服していない。それなのに、世界は少しずつ変わっていく。エレニは紅茶を口にした。そして、誰にも聞こえないように呟いた。 「人は物語を求める」 微笑んだ。 「そして良い物語は、自分で歩き始める」
CIA本部では、最新報告書の最後の一文が読み上げられていた。 『現時点で東ローマ帝国勢力に敵対的意図は確認されない』 『ただし今後の発展は予測不能』 幹部は報告書を閉じた。 「要するに何も分からないのか」 「はい」 そして会議室では再び、「また00ナンバーか……」という諦めに満ちたため息が響いたのだった。