10人目のサイボーグ   作:れぷとん

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第76話 皇帝陛下万歳

 観光都市から数百キロ離れた砂漠のオアシスで松明の灯が揺れていた。そこには数千人の人々が集まっていた。中心に立つのは一人の女性。美しい黒髪、気品ある立ち姿。彼女はパレオロゴス家の傍系を名乗っていた。そして群衆に向かって語った。 「我々は忘れられた」 「我々は見捨てられた」 「だが歴史は終わっていない」 集まった人々は熱狂していた。彼女は続けた。 「皇帝陛下の理想を実現する!」 歓声が上がった。それはエレニの理想ではなかったが、いつの間にか人々は自分たちの願望、自分たちの夢を勝手にエレニへ投影し始めていた。歴史上、何度も起きたことだった。象徴が生まれ、そして象徴自身の意思とは関係なく人々が物語を作り始める。

 

 観光都市で004は情報機関から届いた映像を見ていた。そして深いため息をついた。 「とうとう始まったか」 009-7も顔をしかめた。 「まずいな」 「非常にまずい」 003も珍しく笑っていなかった。 「エレニは?」 「まだ知らない」 数時間後にエレニも映像を見た。長い沈黙があった。群衆、旗、演説。そして、自分の名が叫ばれている。エレニは静かに画面を閉じた。 「これを私は求めていない」 誰も何も言わなかった。 「私は一度も戦争を求めていない」 「知っている」 004が答えた。 「私は一度も軍を作れと言っていない」 「知っている」 「私はただ……」 言葉が続かない。窓の外では子供たちが遊び、市場が賑わっていた。観光客が写真を撮っていた。彼女が守りたかったのは、そういう日常だった。しばらくして007が口を開いた。 「声明を出そう」 全員が彼を見た。007は真剣だった。 「エレニ」 「はい」 「お前が本当に守りたいものを言葉にしろ」 エレニは頷いた。

 

 翌日、世界中へ声明が発信された。 『私の名を用いて暴力を正当化することを認めません』 『私は戦争を望みません』 『誰であれ、私の支持者を名乗るなら人命を守ってください』 『帝国とは人々が平和に暮らせる場所のことであり、他者を支配することではありません』 その声明は瞬く間に世界へ広がった。支持者の間でも反応は分かれた。失望する者、安心する者。そして、初めて立ち止まって考える者。歴史は確かに動いていた。しかし、その行き先はまだ決まっていなかった。エレニは城壁の上から朝日を見つめた。物語を生み出すのは難しい。だが、生まれてしまった物語を正しい方向へ導くのはもっと難しかった。遠くで教会の鐘が鳴った。そしてエレニは静かに呟いた。 「今度は、本当に私が責任を取らなくちゃいけないのね」 その横で004は「ようやく気付いたか」と小さくため息をついた。

 

 エレニの声明は世界中に配信された。 『人を守るために力を使ってください』 『平和を守ってください』 それは明確な言葉だった。少なくともエレニ本人はそう思っていた。 だが、オアシスの野営地の例の武装集団は違う解釈をした。将校らしき男が拳を握った。 「聞いたか!」 数千人の視線が集まった。 「皇帝陛下は人を守れと仰った!」 「おお!」 「皇帝陛下の理想を守る力が必要だ!」 「その通りだ!」 「ならば誰が守る!」 一斉に叫び声が上がった。 「我々だ!」 「皇帝陛下万歳!」 歓声が砂漠に響いた。その場にいた誰一人として、自分たちがエレニの意思に逆らっているとは思っていなかった。忠誠を尽くしているつもりだった。

 

 中東自由連邦で004は録画映像を見終えた。そして頭を抱えた。 「駄目だ」 「どうした?」 009-7が聞いた。 「声明が逆効果だ」 「なんでだ」 「平和を守れと言ったら」 「うん」 「平和を守るために自分たちが必要だと解釈した」 009-7はしばらく考えた。 「難しいな」 「非常に」 003も頭を抱えた。 「信者ってそういうものよ」 エレニは黙っていた。観光法人を作った。遺跡を守った。人々が集まった。それだけのはずだった。なのに、今では世界中の人々が自分の言葉に意味を見出そうとしている。時には、自分の望まない意味まで見出してしまう。 「私が会う」 エレニは言った。004は即座に反対した。 「危険だ」 「それでも」 「彼らは熱狂している」 「だからこそ」 エレニは窓の外を見た。広場では子供たちが遊んでいた。市場では商人が笑い、巡礼者が歩いていた。彼女が守りたいのは、この光景だった。 「誰かが止めなければ」 007が静かに立ち上がった。 「なら俺も行く」 エレニが驚いた。 「危険ですよ」 「知っている」 「それでも?」 007は笑った。 「俺は昔から厄介事担当だからな」 004は大きくため息をついた。 「結局そうなるのか」

 

 オアシスでは武装集団が新しい旗を作っていた。彼らは本気だった。忠誠も本物だった。 理想も持っていた。ただ一つの問題は、その忠誠の対象本人がその理想を望んでいない、という点だった。そして004は最新報告書の最後の一文を読んだ。 『対象集団はエレニ本人との面会を強く希望』 004は目を閉じた。 「歴史上、一番面倒な状況だな」 「そうか?」 009-7が聞いた。 「そうだ」 「なぜ?」 004は即答した。 「敵なら簡単だ」 「うん」 「だがこれは味方のつもりの連中だ」 部屋は静まり返った。誰も反論できなかった。

 

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