砂漠の朝は早い。オアシスの周囲には数千人の兵士たちが整列していた。驚くほど統制が取れていた。列は乱れず武器も整備されていた。まるで正規軍だった。その様子を見た006が眉をひそめた。 「思ったよりまともだな」 「それが一番困る」 004が答えた。無法者なら話は簡単だった。しかし彼らは違うのだ。彼らは本気で理想を信じている。そして、その理想の中心にいるのがエレニだった。
車列が到着した。最初に降りたのはエレニ、続いて007、そして00ナンバーサイボーグたち。兵士たちは一斉に敬礼した。次の瞬間、大地を揺るがすような声が響いた。 「皇帝陛下万歳!!」 何千人もの声が砂漠の空へ響き渡った。エレニは思わず目を閉じた。その呼び方をやめてほしいと何度言ったか分からない。しかし、誰も聞いてくれない。エレニは前へ進み出た。静寂。兵士たちが見つめた。英雄を見るような目、聖人を見るような目。そして、エレニは静かに話し始めた。「私は戦争を望みませ。征服を望みません。皆さんには人を守るために力を使ってほしい。弱い人を守るため、子供たちを守るため、平和のために」 兵士たちは真剣に聞いていた。
エレニの隣へ一人の少女が進み出た。009-7だった。白銀の髪。透き通るような美貌。中東自由連邦の元首で世界的英雄。そして、助けられた人々にとって奇跡を起こした存在。兵士たちの間にざわめきが走った。 「まさか……」 「本物だ」 「009-7だ」 前列の兵士が震え始めた。隣の兵士も、後ろの兵士も。 「天使だ……」 静かな声だった。だが、その言葉は広がっていった。 「天使だ」 「本当にいた」 「天使だ……」 004は頭を抱えた。 「始まった」 「何がだ?」 002が聞いた。 「最悪の方向だ」 兵士たちの目は輝いていた。009-7がエレニの横に立つ。その光景は彼らにとって決定的だった。皇帝、そして天使。その二人が並んでいた。彼らの頭の中では物語が完成してしまった。
009-7は困惑していた。 「なんでみんな私を見るんだ?」 003がため息をついた。 「自覚がないのね」 「何の?」 「全部」 兵士たちの代表が前へ出た。彼は深々と頭を下げた。 「陛下、我々は誓います」 代表は続けた。 「あなたの理想を守ります」 「人々を守ります」 「弱き者を守ります」 「平和を守ります」 エレニは少し安心した。ちゃんと伝わったのかもしれない。しかし、代表は最後にこう言った。 「そして」 「天使に選ばれし皇帝陛下をお守りします」 エレニが固まった。009-7も固まった。004は空を見上げた。 「駄目だった」 006が苦笑した。 「半分は伝わったな」 「半分しか伝わっていない」 兵士たちは本気だった。忠誠も感動も本物だった。そして、さらに深く心酔してしまった。
その夜のオアシスの宿営地で兵士たちは焚き火を囲んでいた。 「今日見たか」 「ああ」 「天使だった」 「本当にいた」 「そして皇帝陛下は平和を望んでおられる」 「ならば我々がその平和を守るのだ」 皆が頷いた。誰も悪意はない。誰も野心を持っていない。だからこそ厄介だった。一方、天幕の中でエレニは疲れ切っていた。 「どうしてこうなるの……」 004は静かに答えた。 「歴史上、何度も起きたことだ」 009-7は首を傾げた。 「でもみんないい人たちだったぞ」 004はため息をついた。 「そこなんだ」 窓の外では兵士たちが夜空に向かって歌を歌っていた。その歌の中には、皇帝陛下と天使の名がしっかりと織り込まれていた