ニューヨークの国連本部。安全保障理事会は珍しく本気で混乱していた。 「武力による現状変更は認められない」 「しかし現地の治安は改善している」 「それは結果論だ」 「難民は保護されている」 「だからといって前例を作るのか」 議論は平行線だった。ある代表は地図を示した。 「ここを見てください」 難民キャンプ、学校、病院、浄水施設。以前より明らかに改善していた。別の代表は首を振った。 「問題はそこではない」 「何ですか」 「誰が統治しているのかだ」 会議室は静まり返った。確かに、そこには事実上の行政機構が存在していた。税金とは呼ばない負担金。警察とは呼ばない治安部隊。政府とは呼ばない運営組織。そして、誰も国家だと宣言していなかった。それが余計に厄介だった。
世界は別の方向へ動いていた。中東自由連邦はここ数年で急速に発展していた。安定した治安、整備されたインフラ、観光、物流、金融。投資家たちは喜んだ。戦争より利益の方が好きだったからだ。そして、投資家たちは新たな可能性を見つけた。エレニの都市、周辺の自治地域、歴史遺産、巡礼ルート、学術都市。これらを結ぶ巨大経済圏。数字だけ見るなら魅力的だった。その最前線にいたのが、親衛隊ホールディングスだった。元々は009-7を応援する支援組織から始まった企業。今や国際的な巨大投資会社になっていた。会長は投資家向け説明会で語った。 「我々は政治に関与しません」 会場の全員が微妙な顔になる。 「我々が興味を持つのは安定です」 「安定?」 「はい」 「学校がある」 「病院がある」 「治安が良い」 「人が集まる」 「それは投資先として魅力的です」 理屈としては正しかった。実際、数字は驚異的だった。観光客は増加、物流量も増加、大学や研究機関も集まった。地価も上昇、雇用も生まれた。投資家たちは飛びついた。数十億ドル、さらに数十億ドルと資金が流れ込んだ。
004は最新報告書を読んでいた。そして頭を抱えた。 「今度は何だ?」 009-7が聞いた。 「経済学者が参戦した」 「何だそれ」 「今までは歴史家と宗教家だった」 「うん」 「今度は投資家が本気になった」 009-7は首を傾げた。 「それって良いことじゃないのか」 「良すぎるんだ」 004は机を指で叩いた。 「理念で動く集団は止まることがある」 「うん」 「利益で動く集団は止まりにくい」 それは事実だった。エレニの都市はもはや単なる象徴ではなく、巨大な経済圏の中心になりつつあった。
エレニは市場を歩いていた。子供たちが走り、商人が笑う。観光客が写真を撮る。いつもと同じ光景だった。しかし、新しく建設される銀行、研究所、物流センター。それらも見える。彼女は小さく呟いた。 「なんだか本当に国みたいになってきたわね」 隣にいた007は笑った。 「最初からみんなそう言ってたぞ」 エレニは苦笑した。 遠くで教会の鐘が鳴った。市場の向こうでは新しい学校の建設が始まっていた。