004はその書簡を三回読み直し、そして机に突っ伏した。 「もう駄目だ」 003が覗き込んだ。 「今度は何?」 004は無言で書簡を差し出した。差出人 トルコ共和国政府。宛名 『皇帝陛下エレニ・パレオロゴス殿』 003も固まった。 「とうとう来たのね」 「来てしまった」 内容は意外なものだった。敵意ではない。国交樹立の提案だった。正式な外交関係、大使館の設置、経済協定、国境問題の協議。つまり、トルコ政府は決断したのだ。危険視するなら、無視するより管理できる相手にした方が良い。話せる相手にした方が良い。そのためには、国家として扱うしかない。004は頭痛薬を飲んだ。 「観光法人だったはずだ」 「ずいぶん昔の話ね」 003が言った。
エレニは静かに書簡を読んでいた。長い沈黙があった。やがて007が尋ねる。 「どうする?」 「受けるしかないわ」 「そうだな」 007も理解していた。今さら後戻りはできない。問題は別にあった。もし正式な外交関係を結ぶなら、相手は国家である。こちらも国家でなければならない。法律、行政、裁判制度、外交機構、財政、軍隊。全て整備する必要があった。そして、最も厄介な問題は国家元首。
数日後、都市中央広場は人で埋め尽くされていた。兵士、市民、商人、学者、巡礼者。誰もが集まっていた。あの武装集団をまとめていた女性が高らかに宣言した。 「我々は皇帝を必要としている!」 歓声が上がった。 「我々をまとめる象徴を必要としている!そして!」 彼女はエレニを指さした。 「その資格を持つのはただ一人!」 広場が揺れた。 「エレニ陛下だ!」 大歓声。004は顔を覆った。 「始まった」 009-7は苦笑した。 「止まらないな」 「もう止まらん」 数万人の声が響いた。 「皇帝陛下万歳!」 「皇帝陛下万歳!」 「皇帝陛下万歳!」 エレニは困り果てていた。 「私は観光事業者なのだけれど」 誰も聞いていなかった。前に立った娘は真顔だった。 「陛下」 「違う」 「諦めてください」 周囲も頷いた。004まで頷いた。 「もう無理だ」 「あなたまで!?」
数週間後には戴冠式が行われた。壮大なものではなかった。古代の王冠でもなかった。黄金の玉座でもなかった。ただ、市民代表、兵士代表、宗教者代表、学者代表、難民代表。彼らが一人ずつ前に出た。そして、エレニに忠誠ではなく信託を誓った。 「人々を守ってください」 「平和を守ってください」 「我々を導いてください」 最後に、エレニはため息をついて静かに答えた。 「私にできる範囲で」 広場は歓声に包まれた。こうして、本人の意思とは少し違う形で東ローマ帝国を名乗る国家が誕生した。その日の夜、世界中のニュースが報じた。 『中東に新国家誕生』 『パレオロゴス家末裔が皇帝就任』 『トルコとの国交交渉へ』 国連、ワシントン、モスクワ、北京、ロンドン。世界中の外交官たちが徹夜になった。
009-7は広場の片隅でジュースを飲んでいた。 「本当に皇帝になったな」 004は虚ろな目で答えた。 「観光から始まったんだぞ」 「そうだったな」 「誰が予想した」 009-7は少し考えた。 「エレニ本人はこうなると思っていた気がする」 004は返事をしなかった。なぜなら、それを否定できなかったからだった。歴史はまた一歩進んだ。まさか数百年ぶりに東ローマ帝国が復活するとは誰も思ってもみなかった。