紛争は終わった。山岳地帯に展開していた武装勢力は壊滅。民間人の避難も完了し、世界中のニュースは00ナンバーサイボーグたちの活躍を報じていた。だが、基地に戻った一行の空気は重かった。 「だから私は右側から敵が来るって言ったのよ!」 003が珍しく声を荒げた。 「でも、聞こえなかったんだ。」 009は困った顔をした。 「聞こえなかった?」 「いや、その……」 「聞こえなかったの!?」 「うん……」 003の額に青筋が浮かんだ。隣で見ていた002が小声で言った。 「また始まった。」 「今回は長そうだな。」 004も腕を組んだ。003は立ち上がった。 「最近ずっと上の空じゃない!」 「そんなことないよ。」 「ある!」 「ないって。」 小学生の口喧嘩であった。
会議室を出たあと、009-7は静かに009を呼び止めた。 「なあ、ジョー」 「なんだい?」 「最近、誰とLINEしてる?」 「え?」 009の顔が固まった。五分後、004の顔がどんどん険しくなっていた。 「ほう。」 「いや、本当にただ話してただけなんだ。」 「英国風カフェで知り合った女と毎日連絡。」 「うん。」 「週に三回通話。」 「うん。」 「深夜二時まで雑談。」 「うん。」 「最近003の連絡は既読だけ。」 「……あ。」 009が初めて気づいた顔をした。 004は頭を抱えた。 「お前は馬鹿か。」 「え?」 「馬鹿だ。」 「そんなに?」 「そんなにだ。」 009-7はため息をついた。 「ジョー、お前な。」 「うん。」 「不倫してるつもりはなくてもな。」 「してないよ?」 「相手の女がお前に気があるように見えたことは?」 「いや?」 004と009-7は同時に天井を見上げた。
翌日、004と009は英国風のカフェに行った。窓際の席で女性が微笑んだ。長い金髪、青い瞳、完璧な容姿。009は笑顔だった。 「今日も会えて嬉しいよ。」 「私も。」 女性は柔らかく微笑んだ。その瞬間、背後の席から声がした。 「話は終わったか。」 004だった。女性の顔色が変わった。 女性は立ち上がった。 「失礼します。」 「待て。」 004が言った。女性は振り返らず歩く速度が上がった。そして走った。 「なっ!?」 009が驚いた。004は冷静だった。 「やはりな。」 外へ飛び出した女性は通行人の間を縫うように走った。普通の人間ではありえない速度で。しかし、路地を曲がった瞬間、そこに立っていた人物を見て止まった。 「やあ。」 009-7だった。にっこり笑っていた。 「逃げないで」 女性の瞳が赤く光った。腕から何かが展開された。隠し武装だ。
女性はブラックゴースト製の最新兵器だった。だが、009-7の目も赤く輝いた。 「ハッキング開始」 女性が固まり動きが止まった。 「接続確認。」 「AIコア発見。」 「人格レイヤー解析。」 「暗号解除。」 女性が苦しそうな表情を浮かべた。しかしそれすら表情制御プログラムによる演技だった。009と004が追いついた。そして、009-7の解析結果を見た。 【感情誘導型浸透アンドロイド】 【ターゲット:009】 009の顔から血の気が引いた。 「……え?」 さらにデータが表示された。 【心理分析完了】 【理想女性像との一致率98.7%】 【依存形成プロトコル稼働】 【003との関係切断を目的】 「そんな……」 009は言葉を失った。今までの会話、偶然の出会い、優しい言葉、共感、励まし、笑顔。全部、ブラックゴーストによって作られたものだった。 「僕は……」 009は呆然とした。 「騙されてたのか……」 004は珍しく優しい声だった。 「お前が悪人だから騙されたわけじゃない。」 「……。」 「人間だからだ。」 009-7も頷いた。 「むしろ真面目だから引っかかったんだろ。」
その日の夜の基地で003は一人で窓の外を見ていた。ノックの音がして振り返った。009だった。沈黙の後、009は深く頭を下げた。 「ごめん。」 003は黙っていた。 「本当に何もしてないつもりだった。」 「……。」 「でも、君を傷つけてた。」 「……。」 「気づかなかった。」 003はため息をついた。 「馬鹿。」 「うん。」 「本当に馬鹿。」 「うん。」 しばらくして。003は小さく笑った。 「でも。」 「?」 「あなたらしいわ。」 009も笑った。 「もうLINEは?」 「消した。」 「本当に?」 「004に確認してもらった。」 その瞬間、ドアの向こうから声がした。 「確認済みだ。」 004だった。 「盗み聞きしてたの?」 003が呆れる。 「していない。」 「してるじゃない。」 さらに、「仲直りした?」 と009-7。 「覗くな!」 003が叫んだ。 廊下では002、005、006、007、008まで集まっていた。全員逃げ出した。久しぶりに基地に笑い声が響いた。ただ一人、009-7だけは回収したアンドロイドの残骸を見つめていた。最近、ブラックゴーストは表立って攻撃はしてこなかった。 だが、以前より遥かに巧妙な攻撃を仕掛けている。 「さて。」 009-7は静かに呟いた。 「次はどう出るかな」 夜の闇の向こうで、新たな敵が静かに動き始めていた。