世界同時ライブ開始まであと十分。巨大スタジアムに数万人の観客と世界中の配信端末。 推定同時視聴者1億人。会場の地下で009-7は静かに目を閉じていた。赤い瞳が光った。無数の情報が流れ込んだ。通信網、衛星、金融システム、発電所、軍事ネットワーク。そしてブラックゴーストの秘密サーバー。 「接続完了」 009-7が呟いた。004が腕を組んだ。 「見つかったか。」 「全部だ。」 009-7の声は重かった。「計画書」 「製造工場」 「資金源」 「洗脳アルゴリズム」 「運営組織」 「黒幕候補」 002が口笛を吹いた。 「すげえな。」だが009-7は笑わなかった。 「問題はここからだ。」 ライブが開始され、会場が熱狂に包まれた。Elysium!Elysium!大歓声が上がった。ステージに現れる五人。 完璧な笑顔、完璧な動き、完璧な歌声。
009-7は攻撃を開始した。世界中のスクリーン、スマートフォン、テレビ、パソコン。これらすべての映像に割り込んだ。機密資料、設計図、工場映像、製造記録。さらに、「彼らは人間ではない」 009-7自身の声。 「ブラックゴーストが製造したアンドロイドだ」 世界中が騒然となった。だが、反応は予想外だった。 『嘘だ!』 『嫉妬している』 『人気者を潰したいだけ』 『陰謀論だ。』 SNSは大炎上した。 『証拠を捏造した!』 『00ナンバーの時代は終わった!』 009は呆然とした。「なんでだ……」 003も苦しそうだった。人は信じたいものを信じる。それが現実だった。
事件は起きた。会場の上空にブラックゴーストのドローン部隊が現れた。証拠隠滅だった。ミサイルが飛び爆発した。観客席ではなくステージだった。轟音、悲鳴。Elysiumのメンバーが吹き飛ばされた。009が飛び出した。 「まずい!」瓦礫の中に一人の女性メンバーが倒れていた。腕が裂けていた。しかし、傷口から見えたのは血ではなかった。銀色の金属。観客が凍りついた。誰かがスマートフォンを向けた。映像は全世界へ拡大した。金属骨格、人工筋肉、光る電子回路。完全なアンドロイドだった。沈黙の後、悲鳴、絶叫、怒号、今まで熱狂していた観客が一転した。 「騙したのか!」 「化け物!」 「俺たちを操ってたのか!」
人の感情は恐ろしい。崇拝は憎悪へ変わった。警備線が崩壊し群衆がなだれ込んだ。009が叫んだ。 「やめろ!」 怒りと恐怖に飲み込まれた群衆。アンドロイドたちは逃げようとしたが逃げ切れなかった。破壊される機体、引き裂かれる外装、踏み砕かれる部品、悲鳴のような電子音。003は目を背けた。005が歯を食いしばった。007も黙り込んだ。004の表情はさらに暗かった。数分後、会場は地獄のような有様になっていた。警察が到着した時には終わっていた。世界中がその映像を見た。
偶像の終焉とブラックゴーストの陰謀、そして、人間の狂気。数日後の基地では、誰も明るい話をしなかった。確かに敵は倒れた。世界規模の洗脳も阻止した。だが、勝利という気分ではなかった。009がぽつりと言った。 「彼らも被害者だったんだよね。」 誰も答えなかった。設計された人格、作られた感情、与えられた使命。自由などなかった。 003が静かに言った。 「もし私たちが少し遅かったら。」 009-7が続けた。 「人類は操られていた。」 004が言った。 「だが早すぎても救えなかった。」 重い沈黙があった。しばらくして、009-7が静かに立ち上がった。「まだ終わってない。」 全員が顔を上げた。 009-7は一枚のデータを壁に映した。ブラックゴーストの通信記録。その最後の一文があった。第一次計画失敗、第二計画へ移行する。プロジェクト・アダム起動。部屋の空気が凍った。 004が低い声で言った。 「嫌な名前だ。」 009-7も頷いた。 「Elysiumは前座だったらしい。」 全員が理解した。本当の戦いは、まだ始まってすらいなかったのだ。