10人目のサイボーグ   作:れぷとん

88 / 90
第86話 子供用教材がおかしい

 Elysium事件から半年、世界は落ち着きを取り戻していた。ブラックゴーストの捜索は続いていたが、「プロジェクト・アダム」に関する情報はほとんど見つからなかった。 「不気味だな。」 004はそう言った。 「大規模な計画のはずなのに痕跡がない。」 009-7も同感だった。敵が静かすぎる。静かすぎる時は危険なのだ。そんな頃、世界中である商品が流行し始めていた。幼児教育教材、動画、絵本、学習アプリ、AI家庭教師。乳児向け、幼児向け、小学生向け、中学生向け、高校生向け。シリーズ名は様々だった。製造会社も販売会社も違う。だが共通点があった。異常なほど効果が高いのだ。 「うちの子が言うことを聞くようになった。」 「成績が上がった。」 「読書好きになった。」 「暴力的だった子が優しくなった。」 親たちは大喜びだった。専門家も絶賛した。教育学者、心理学者、児童福祉関係者。誰も問題を見つけられなかった。むしろ理想的だった。

 

 そして、009-7の親戚にも子供が生まれていた。かつてNGO活動に目覚めた青年。そして結婚した難民出身の女性。二人は幸せだった。ある日、009-7は彼らの家を訪ねた。 「おじさん!」 「久しぶりだな。」 居間には元気な三歳の男の子がいた。 「あー!」 タブレットを抱えていた。教育動画だった。かわいい動物、歌、数字、ひらがな、英語。確かによくできていた。子供は夢中だった。子供の父親が笑った。 「すごいんですよ」 「ほう」 「これ見せると本当に勉強するんです」 妻も頷いた。 「夜もちゃんと寝ますし」 「癇癪も減ったんです」 ⸻ 009-7は微笑んだ。しかし、何かが引っかかった。本当に小さな違和感。説明できないが嫌な予感だった。子供が動画を見ていた。画面には楽しそうな動物たち。歌、色彩、物語。完璧すぎた。009-7の瞳がわずかに赤く光った。だが異常は見つからなかった。それでも、嫌な予感だけは残った。

 

 帰り道に書店へ寄った。教材コーナーの棚一面が例のシリーズ。 「売れてるな」 店員が笑った。 「今一番人気ですよ」 009-7は全シリーズを買った。店員は喜んだ。数万円分だった。その夜の基地の004の研究室では大量の教材が机に積まれていた。002が呆れていた。 「教育番組まで調べるのか?」 004は真顔だった。 「009-7が気になると言った」 それだけで十分だった。全員が知っていた。009-7の勘は外れない。そして解析が始まった。映像解析、音声解析、AI解析、心理分析。一時間、二時間、三時間。何も出ない。 「やはり気のせいか」 002が言いかけた時、004が止まった。 「待て」 全員が振り向いた。004の顔色が変わっていた。 「見つけた」 モニターに波形が映った。

 

 人間には知覚できないレベル。映像フレームの隙間、音声データの奥。単体では意味を持たないが長期間接触すると人格形成へ影響する。 「これは・・・」 003が息を呑んだ。004は静かに言った。 「洗脳プログラムだ」 部屋が凍りついた。009が立ち上がった。 「そんな・・・」 「即効性はない」 004が説明する。 「数年単位だ。」 「数年?」 「幼児期から接触した場合。」 モニターが切り替わった。人格誘導マップ、価値観形成、権威への服従、批判思考の抑制、集団同調性の強化、自発性の低下。 「良い子になる」 004が言った。 「勉強もできる」 「親の言うことも聞く」 「社会性も高い」 009の顔が青ざめた。 「でも・・・」 ⸻ 004は頷いた。 「自由な人間ではなくなる」 003が震える声で言った。 「子供たちを・・・」 「最初から作り変えている」 009-7は画面を見つめていた。Elysiumは大人を洗脳しようとした。だから失敗した。だが、子供なら、人格形成の最中なら。十年、二十年、三十年、気づかれずに世界を変えられる。004が呟いた。 「これがアダムか」 「新しい人類を作る計画」 誰も反論できなかった。

 

 009-7の端末が鳴った。自動解析システムからだった。追加情報。教材開発会社、出版社、アプリ企業、教育財団。これら別々に見えた組織。しかし、最上位の資金提供者は同じだった。ブラックゴーストの上位者【スカール】 ⸻ 009-7は静かに立ち上がった。 「見つけた」 全員が顔を上げた。009-7の赤い瞳が光った。 「プロジェクト・アダムの上位者だ」 モニターに表示された文字。 【スカール】 その名前を見た瞬間、004が険しい顔になった。 「ブラックゴースト創設期から存在し、我々全員を作った者の一人かもしれん」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。