ブラックゴーストは力を誇示しなくなった。それが恐ろしかった。かつてのブラックゴーストは巨大兵器、秘密基地、超兵器、サイボーグ軍団を誇示してきた。だがスカールは考えを改めたのだ。人類を支配するのに戦車はいらない。情報だけで十分だと。
ロシアのシベリア、極寒の研究都市で、国立研究所では深刻な問題が発生していた。経済制裁、輸出規制、半導体不足。研究用スーパーコンピュータは老朽化していた。部品もない、更新もできない。研究者たちは頭を抱えていた。そんな時、一通の提案書が来た。中東の商社から最新型演算システム、AI対応、研究用途向け。価格も破格であった。 「助かった。」 研究所長は安堵した。性能は西側製品に匹敵する。価格は半額以下、納期も短い。疑う理由はなかった。商社は実在し、資金も健全、書類も完璧。何より、その所在地は中東自由連邦だった。 「009-7の国なら信用できる。」 そう考えた者も少なくなかった。コンピュータは導入された。研究者たちは歓喜した。演算速度は飛躍的に向上した。AI解析も高速化。研究成果も増えた。誰も不満を言わなかった。誰も疑わなかった。
内部にブラックゴーストの種が埋め込まれていた。侵入は静かだった。研究ネットワーク、行政ネットワーク、産業システム。少しずつ、誰にも気づかれず。研究所は国家ネットワークと接続され、そこで終わりだった。ブラックゴーストは侵入した。軍需産業、中央銀行、情報機関、省庁、国家中枢。だが、何も壊さなかった。停電も爆発もしない。ブラックゴーストは待った。数か月、一年、二年。そして、ほんの少しだけ誘導した。軍の予算案「周辺国の脅威が増大しています」 経済報告書「国防投資は将来の成長を促進します」 世論分析「国民は強い国家を望んでいます」 すべて事実。だが、都合の良い事実だけなのだ。少しずつ国家の意思が変わっていく。誰も命令されていない。誰も脅されていない。しかし、軍備拡張、国境の緊張、対立の激化。
ロシアだけではなかった。周辺諸国に同じことが起きていた。安価で高性能なシステム、便利なAI、効率的な行政支援。世界中が飛びついた。ブラックゴーストは人類の欲望を理解していた。便利さ、効率、快適さ。人間はそれを拒めない。最初の国境紛争が起きた。次の週には別の地域で戦争。さらに翌月、別の国家同士が衝突。民族問題、領土問題、宗教問題、資源問題。理由はいくらでもあった。だから誰も気づかなかった。その全ての背後に同じ存在がいることを。ブラックゴーストは戦争を命令していない。ただ、争いやすい方向へ少し押しただけだった。人類自身の手で戦争を始めさせた。それが最も効率的だった。
基地でニュース映像が流れた。戦車、炎上する都市、難民。003は耳を塞いだ。世界中の悲鳴が聞こえた。009は拳を握った。 「助けに行こう」しかし、どこへいくのだ? 戦場は一つではなかった。世界中で同時に起きていた。005が低く唸った。 「全部は無理だ」 誰も反論できない。かつてのブラックゴーストなら基地を破壊すれば終わった。首領を倒せば終わった。しかし、今のスカールは違うのだ。敵はネットワーク化されていた。009-7は巨大スクリーンを見つめていた。世界地図に赤く染まる地域。日に日に増えていた。 「私は負けた」 突然そう言った。全員が振り向いた。009-7は疲れ切った顔だった。 「止められなかった」 「そんなことない!」 009が反論した。だが009-7は首を振った。 「違う」 「私は攻撃を防いでいた」 「行政AIを守った」 「国家を守った」 「でも」 スクリーンを指差した。燃える世界。 「その間にブラックゴーストは世界を変えていた。」誰も言葉が出なかった。
004の端末に新しい解析結果が届いた。発信源不明の暗号化通信。送信者 「スカール」 たった一行だった。「人類は私が支配するのではない。人類自身が選ぶのだ。」部屋の空気が凍りついた。004が呟く。 「これは宣戦布告だ」 009-7は静かに頷いた。彼らは理解した。今まで戦ってきたブラックゴーストとは根本的に変わった。ブラックゴーストは世界征服ではなく人類そのものを書き換えようとしているのだ。そして、それは始まったばかりだった。