女優は帰った。帰ったのだが諦めたわけではなかった。むしろ逆だった。自宅に戻った彼女は考えていた。映画の撮影、戦場での003と009。二人の間にある信頼、言葉にしなくても分かる絆。 「勝てない……」 女優は認めた。正面からでは勝てない。あれは長い年月をかけて築かれた関係だった。だが、そこで諦めるほど素直でもなかった。
数日後、彼女はインターネットで調べていた。 「中東 結婚制度」 「一夫多妻」 「複数の妻」 検索結果を見た。 「なるほど」 全然なるほどではなかったのだが彼女の中では完結していた。009-7の国は中東自由連邦で多民族国家だった。法律も複雑。そして何より009は日本人だった。しかし女優は都合の良い部分だけ読んだ。 「問題ないわね」 問題しかなかった。
数週間後のギルモア邸。休日だった。009は庭の手入れをしていた。珍しく平和だった。 「こういう日も必要だな」 その時、門の外から聞き覚えのある声。 「ジョー!」 009の顔が固まった。 「え?」 あの女優だった。また来た。なぜ来る?009が混乱している間に女優はどんどん近付いてきた。そして、家の中から003も出てきた。嫌な予感しかしなかった。002が窓から覗いていた。007は双眼鏡まで持ってきた。004はすでにコーヒーを用意していた。完全に観戦モードだった。女優は003の前で立ち止まった。深呼吸の後、堂々と宣言した。 「第一夫人はあなたに譲るわ!」 静寂。風が吹いた。鳥が鳴き声がした。誰も動かなかった。 「だから!」 女優は続けた。 「第二夫人の座はいただくわね!」 沈黙の後、009が最初に口を開いた。 「なんの話?」 心の底から困惑していた。003も固まっていた。 「え?」 女優。 「え?」 003。 「え?」 009。 会話にならなかった。
その頃、二階の窓では002が笑いすぎて床に転がっていた。 「だめだ!」 007も涙を流していた。 「第二夫人って!」 004は静かにメモを取っていた。 「興味深い」 「何がだ」 「人類の思考回路だ」 庭では混乱が続いていた。003がようやく再起動した。 「ちょっと待って」 「はい」 「誰が第一夫人なの?」 女優は当然のように答えた。 「あなた」 「誰の?」 「009さんの」 003の顔が真っ赤になった。009も真っ赤になった。二人とも否定しようとして同時に言葉に詰まった。それを見た女優「やっぱり」 満足そうだった。 「そういうことなのね」 「違う!」 二人同時だった。窓の向こうでは爆笑が加速していた。
玄関が開いて009-7が来た。状況を見た。 003真っ赤。009真っ赤。女優、なぜか勝ち誇った顔をしていた。002と007は笑い死に寸前だった。004は観察中だった。009-7は数秒考えた。そして結論を出した。 「またジョーか」 「なんで僕なんだ!?」 009は叫んだ。しかし誰も助けてくれなかった。結局、女優は003に丁寧に説明され、自分の解釈がかなり雑だったことを知った。 「そうだったの……」 少し落ち込んだ。だが帰り際。彼女は振り返って言った。 「でも009さんのファンは続けるわ」 009は苦笑した。003はため息をついた。009-7はコーヒーを飲みながら言った。 「まあ、第二夫人よりは健全になったかな」 002と007は再び笑い転げた。