009が「第二夫人騒動」に巻き込まれていた頃、004は完全に他人事だった。リビングでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。庭では「ジョー!」 「誤解だ!」 「第一夫人がどうとか!」 大混乱だった。004は淡々と言った。 「愚かだな」 002が笑った。 「お前もそのうち分かるぞ」 「ないな」 004は即答した。 「絶対にない」 その発言が後に回収されることになるのだ。
映画『戦場の天使』の撮影当時。もう一人別の女優がいた。助演女優、大人しい性格で観察力が鋭かった。彼女は撮影中ずっと思っていた。009は確かに格好いい。だが、気になるのは別の男だった。004。寡黙、無表情、必要以上に話さない。しかし、危険なシーンになると誰よりも冷静だった。爆発事故が起きかけた時、スタッフを真っ先に避難させた。重い機材が倒れた時、何事もなかったように受け止めた。そして、終わると何も言わず元の位置へ戻った。まるでそれが当然であるかのように。女優は思った。「この人、本当に戦場を知っているんだ」 演技ではなく本物だった。そこに惹かれた。
彼女は賢かった。009に突撃した女優の騒動も見ていた。 「あれは参考にしてはいけない」 そう結論した。まず、連絡しない、追いかけない、押しかけない。代わりに、映画スタッフへのお礼、ギルモア邸への差し入れ、研究への寄付、孤児支援への協力。全部自然に、気が付けば「また来たのか」と004が言うくらいに。 「ご迷惑でした?」 「別に」 それだけ。しかし、翌週も来た。さらに翌週も。そして、気が付けばギルモア邸の住人たちは彼女に慣れていた。002など完全に慣れていた。 「おー!」 「こんにちは」 「今日はケーキ持ってきました」 「最高だな!」 007も大歓迎していた。 「いい人だ」 005も歓迎だった。 「飯がうまい」 ギルモア博士まで「礼儀正しい子じゃ」 完全に受け入れていた。ただ一人、004だけが気付いていなかった。
ある日のこと、リビングで002が突然聞いた。 「お前さ」 「なんだ」 「気付いてるか?」 「何をだ?」 002は隣を指差した。助演女優が普通にお茶を飲んでいた。まるで住人だった。004は首を傾げた。 「何が問題だ?」 002は爆笑した。 「重症だな」 007も笑っていた。 「かなり重症だ」 004は意味が分からなかった。さらに数日後、009-7が助演女優に聞いた。 「なぜここに来るんだ?」 彼女は少し考えて微笑んで答えた。 「居心地がいいからです」 009-7は横を見た。004が無表情で新聞を読んでいた。完全に平常運転だった。009-7は理解した。 「ああ、これは長いな」 その夜、002、007、009-7の三人で会議をしていた。 「気付いてない」 「気付いてないな」 「全然気付いてない」 満場一致だった。
004が部屋に入ってきた。 「何の話だ」 全員「別に」 004は怪訝そうな顔をした。その後ろから助演女優が現れた。 「コーヒー淹れましたよ」 004は自然に受け取った。 「ありがとう」 そして普通に飲んだ。三人は天井を見上げた。002が呟いた。 「ジョーの方がまだ分かりやすいな」 009も頷いた。 「僕でも気付くよ」 009-7も同意した。 「004は筋金入りだな」 助演女優は静かに微笑んでいた。焦らない、急がない、逃げられないように、少しずつ、少しずつ。気が付けば隣にいる。そんな作戦だった。その作戦は驚くほど順調に進んでいた。