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『――警告。非正規の生体反応を探知。防衛プロトコル・フェーズ3へ移行。侵入者を排除します』
広大な地下空間に、無機質で冷酷な旧文明の合成音声が響き渡った。
人間の感情を一切削ぎ落としたその声は、九百年の時を超えてなお、プログラムされた殺戮の意志を完璧に保っていた。途端に、永遠の眠りについていた巨大施設全体が血のような赤い警戒光(アラート)に染まり、けたたましいサイレンが重苦しい空気を切り裂いて鼓膜を打つ。
ピラミッド型のメインユニットへと続く巨大な通路の各所から、床、壁、さらには天井の装甲パネルが滑らかにスライドし、無数の防衛兵器が姿を現した。
それは、リンが大森林で死闘を繰り広げた小型や中型のような「獣」を模した野蛮な姿ではなかった。純粋な防衛と殺戮のみを目的として設計された、一切の無駄がない幾何学的な球体や、蜘蛛のような多脚型の自律ドローン群。その数は、ざっと見渡しただけでも数十機に及ぶ。
それらは一切の駆動音を立てず、不気味なほど滑らかに空間を滑るように展開し、一斉に侵入者であるリンへとその無機質な赤い銃口を向けた。
ギュィィィンッ!
空間そのものを焼き焦がすような音と共に、無数の高出力レーザーとプラズマ弾が、編目のような緻密な弾幕となってリンへと殺到する。
先ほどまでの壱紋の身体であれば、光が放たれたことを認識することすらできずに、一瞬で全身を蜂の巣にされ、蒸発していただろう。逃げ場のない飽和攻撃。回避率ゼロパーセントの死の雨。
だが。
「……遅い」
リンの視界の中で、光の弾幕がまるで泥水の中を進むように遅く見えた。
いや、光が遅くなったのではない。参紋へと一気に昇華したリンの脳の処理速度と、最適化された神経伝達速度が、常人の何千倍ものスピードで迫り来る脅威の軌道を完璧に予測し、視覚情報として網膜に焼き付けていたのだ。
ダンッ! と石の床を蹴る。
リンの身体は弾丸のような速度で前方に跳躍し、光の雨のわずかな隙間――プログラムされた射線の死角――を縫うようにして駆け抜けた。
右手に握られた『超振動合金の槍』が、リンの踏み込みに合わせて唸りを上げる。
使用者の紋数を読み取り、ロックが完全に解除された槍は、もはや「重いだけの鉄の塊」ではない。不可視の超振動ブレードを纏ったそれは、リンが振るう桁違いの筋力と合わさることで、分子間の結合すら断ち切る絶対的な切断兵器へと変貌していた。
「はァッ!」
すれ違いざまに、リンは体を開いて槍を一閃する。
キィィィンッ! という甲高い、鼓膜を突き破るような音と共に、分厚い特殊合金で覆われた防衛ドローン三機が、まるで柔らかい豆腐でも切られたかのように一切の抵抗なく両断され、コンマ数秒の遅れを伴って空中で爆発四散した。
「すごい……これが、高位の力……!」
リンは自身の身体から溢れ出す力に驚愕しながらも、足を止めることなくドローンの群れの中心へと飛び込んだ。
前世の記憶にある物理法則の応用――滑車やテコの原理、重力加速度の計算――など、もはや必要なかった。この圧倒的な身体能力の前では、小賢しい計算などただの足枷に過ぎない。
踏み込むだけでコンクリートの床が粉々に砕け、槍を振るうだけで生じる真空の刃がかまいたちとなって周囲の敵をバラバラに切り裂いていく。背後から迫る熱反応を皮膚感覚だけで察知し、振り返ることもなく石突きでドローンのコアを粉砕する。
舞を踊るような、圧倒的で一方的な蹂躙。
わずか数分。
リンが通り抜けた後には、青白い火花を散らす数十機の防衛兵器の残骸だけが、無惨に転がっていた。
息一つ乱れていない。壱紋の頃の、泥水を啜り、自分の命の全てを盤上に乗せて這いつくばるような死闘が嘘のようだった。
「……道は開けたな」
リンは槍についたオイルを振り払い、警戒を解かずに赤い非常灯が明滅する通路の最奥――ピラミッド型メインユニットの巨大な防爆扉の前へと辿り着いた。
厚さ数十センチはあろうかという旧文明の特殊合金で作られた重厚な扉。リンは超振動の槍を深々と突き立て、力任せに円形に切り抜き、内側へと蹴り飛ばした。
ズガァァンッ、と重い金属音が響き、切り抜かれた扉の残骸が吹き飛ぶ。
そこに広がっていたのは、この巨大な地下基地の心臓部――『メインコントロールルーム』だった。
「ここは……」
リンは思わず息を呑み、足を踏み入れた。
ドーム状の巨大な空間。壁面を覆い尽くすように無数のブラックアウトした大型モニターが並び、床には光ファイバーのような太いケーブルが乱雑に散乱している。
そして、部屋の至る所に、ボロボロに風化し、色褪せた旧文明の軍服を纏った「白骨死体」が無数に転がっていた。
コンソールに突っ伏して骨になった者、互いに銃を向け合ったまま事切れている者、壁にもたれかかって頭を撃ち抜いた痕跡がある者。
九百年前の終末戦争の際、この基地が外敵に破られたのか、それとも極限状態の狂気の中で内乱が起き、自滅したのか。今となっては知る由もない。
ただ、狂気と絶望の果てに滅びた人類の末路が、そこには手付かずのまま、埃にまみれて残されていた。
(こんな風には、なりたくないな)
リンは白骨死体を避けながら、部屋の中央へと歩みを進めた。
そこには、神聖な祭壇のように一段高くなった台座があり、円柱形の分厚いガラスカプセルが鎮座していた。
そのカプセルの中に、『それ』は静かに浮遊していた。
「なんだ……これ……」
リンの目が、釘付けになる。呼吸を忘れた。
先ほど、大森林の地下で大型戦闘機械の死骸から抉り出した参紋の神結晶でさえ、大人の拳ほどの大きさがあり、これまでの常識を覆すほどの純度だった。
だが、目の前にあるそれは、人間の頭部ほどもある規格外の巨大な結晶体だった。
さらに、色が全く違う。通常の神結晶が淡い翠緑色であるのに対し、この結晶は『深淵のような紫と、太陽の如き黄金の光』を、まるで脈打つ心臓のように交互に放っていたのだ。
半透明の結晶の内部では、まるで一つの銀河系が丸ごと封じ込められているかのように、数え切れないほどの極小の光の粒子――ナノマシンの群れ――が、美しくも恐ろしい速度で渦を巻いている。
これが、この広大な第7統合防衛基地の全エネルギーと防衛システムを、九百年もの間たった一つで維持し続けてきた中枢動力(マスターコア)。
おそらく、世界に数個と存在しないであろう、伝説級の神結晶。
「これを……俺が……?」
ゴクリと、乾いた喉を鳴らす。
これほどの代物を、テラタスの街に持ち帰ればどうなるか。
一生遊んで暮らせるどころの話ではない。その価値を巡って、参紋の領主はおろか、人族の頂点に君臨する王すらも血眼になって軍隊を差し向け、リンから奪い取りに来るだろう。
だが、もしこれを上手く自身に取り込んで、さらなる力を得ることができれば……夢にまで見た自分の街を作るための、決定的なピースになる。
リンの心の中で、恐怖を上回る圧倒的な渇望が燃え上がった。
彼は吸い寄せられるように台座に近づき、カプセルのロックに手をかけた。参紋の力に任せて、分厚い防弾ガラスを素手で粉砕する。
紫金に輝く巨大な神結晶を両手で抱え上げた、まさにその瞬間だった。
『――致命的なエラー。マスターコアの喪失を確認』
『――プロトコル・オメガを起動。施設内の全有機物を完全パージします』
部屋の空気が、凍りついた。
リンが手にした神結晶の台座の下から、プシューッという不気味な音と共に、『漆黒の霧』が勢いよく噴出したのだ。
「なっ……!?」
リンは咄嗟に後退したが、遅かった。
漆黒の霧はまるで意思を持った怨霊のように蠢き、一瞬にして広大なコントロールルーム全体を覆い尽くした。
それは毒ガスではない。旧文明が残した、最も極悪非道な兵器――有機物のみをターゲットにし、細胞を分子レベルで分解・捕食する『対人殺戮用ナノマシン・クラウド』だった。
「ぐ、あああああッ!?」
リンの皮膚に黒い霧が触れた瞬間、肉がジュージューと音を立てて溶け始めた。
参紋へと昇華したリンの体内にあるナノマシン群が即座に危機を感知し、凄まじい治癒力を発揮して溶けた肉を再生させようとする。
だが、霧による破壊の速度が、参紋の再生速度を完全に上回っていた。
ボロボロの服が一瞬で塵となって溶け落ち、先ほど右腕に浮かび上がったばかりの参紋の紋様が、肉の層ごと削り取られていく。
気道を閉じる暇もなく肺に霧を吸い込んでしまい、リンは黒い血と溶けた内臓の欠片を大量に吐き出して、石の床に膝をついた。
(まずい、死ぬ……! これじゃ、防げない……ッ!)
超振動の槍をどれだけ猛烈な速度で振り回しても、実体のない霧を斬ることはできない。入ってきた扉の方向へ逃げようにも、部屋の出口はいつの間にか分厚い最終隔壁で完全にロックされ、密室と化していた。
みるみるうちにリンの身体が崩壊していく。削げ落ちた肉の隙間から白い骨が露出し、脳髄を直接焼き切るような想像を絶する激痛が全身を駆け巡る。
せっかく参紋の力を手に入れ、生き延びたというのに。旧文明の呪いは、辺境の少年にどこまでも残酷だった。
(どうする……どうすれば……!)
薄れゆく意識の泥沼の中で、リンは両手に抱えたままの「紫金に輝く巨大な神結晶」を血走った目で睨みつけた。
これしかない。
だが、相手は巨大軍事基地の中枢を単独で担っていた、得体の知れないエネルギーの塊だ。おそらく伍紋や陸紋、いや、それ以上の階級かもしれない代物。
先ほど、壱紋から参紋への昇紋を果たした時でさえ、肉体が限界を迎えてあわやショック死しかけたのだ。こんな規格外のものを一気に体内に取り込めば、肉体が莫大な情報の負荷に耐えきれず、文字通り風船のように破裂して死ぬ確率の方が高い。
確実に溶かされて死ぬか。一か八かの賭けに出て、内側から破裂して死ぬか。
答えなど、生き汚く這い上がってきた彼には最初から決まっていた。
「……やってやるよ、クソッタレが……ッ!」
リンは血の泡を吹きながら、首から下げたシリンジを引き抜き、震える手で巨大な神結晶を無理やり投入口へと押し込んだ。
信じられないことに、人間の頭部ほどもある巨大な固形結晶は、シリンジの入り口に触れた瞬間、ズズズッと異次元に吸い込まれるように融解し、小さな内部のタンクへと全て収まってしまった。
シリンジの小窓から見える液体は、もはや見慣れた銀色ではなかった。
それは、星の光を限界まで濃縮したような、直視できないほど眩い紫金の溶液だった。
「生きる……俺は、絶対に生きるんだ……ッ!!」
リンは裂帛の絶叫と共に、シリンジの先端を己の心臓の真上へと突き立て、力任せに引き金を引いた。
ガチュゥゥゥンッ!!
全量が体内に打ち込まれた瞬間、リンの意識は現世の物理法則から完全に吹き飛んだ。
――それは、痛みという概念をとうに超越した「何か」だった。
肉体が内側から恒星の熱で焼かれ、一度原子のレベルまでドロドロに分解され、そこから再び、全く別の高次な存在の設計図へと無理やりつなぎ合わせられるような、狂気的な再構築。
リンの魂そのものが、莫大なナノマールの情報の奔流に呑み込まれ、自我が千切れ、宇宙の果てまで拡散してしまいそうになる。
『――個体名リン。遺伝子情報の完全書き換えを実行』
『――マスター権限を受諾。セキュリティ・レベル、特Aクラスへ更新』
脳内に直接響くシステムの声を無限の彼方に聞きながら、リンの肉体に神話的な変化が起きていた。
部屋を満たしていた殺戮ナノマシンの黒い霧が、リンの身体に触れた端から浄化され、悲鳴を上げるように消滅していく。リンの体内から溢れ出す、太陽フレアのような圧倒的な生命のオーラが、旧文明の極悪兵器すらも格下として凌駕し、完全に弾き飛ばしていたのだ。
そして、リンの右腕。
先ほど霧によって肉ごと削げ落ちていた右腕が瞬時に再生すると同時に、そこに強烈な光を放つ『紋様』が、ナイフで刻み込まれるように刻印された。
それは参紋の時の比ではない。
複雑怪奇を極めた、古代神の刺青と電子回路を融合させたような曼荼羅の紋様。
それは右腕から肩へと駆け上がり、胸部全体を覆い尽くし、背中を這い回り、首筋から脊髄に沿って下半身へと、まるで意思を持つ蛇の群れのように爆発的な勢いで広がっていった。
全身の筋肉が芸術的なまでに隆起し、骨格が超振動合金よりも硬く変質し、細胞の一つ一つが神の領域に足を踏み入れたかのように完璧に最適化される。
やがて、部屋を包んでいた眩い光が収束し、コントロールルームを覆っていた黒い霧もチリ一つ残さず完全に消滅した。
「……ハァ……フゥ……」
静寂の中、リンはゆっくりと立ち上がった。
視界が、世界が、先ほどの参紋の時と比べても、全く違って見えた。
空気の流れ、目に見えない微小な塵の軌道、部屋の構造の脆弱な部分、遥か頭上にある大地の途方もない重み。その全てが、まるで自分の手足の延長のように手に取るように理解できる。
身体の重さは全く感じない。少し跳躍すれば、重力という概念を置き去りにして、空すら飛べるのではないかという全能感。
リンは、自身の身体を覆い尽くさんばかりに広がった、精緻で暴力的なまでに美しい黒い紋様を見下ろした。
零紋から始まり、世界の頂点である終紋に至る全十一段階のヒエラルキー。
彼は自身の限界を超えた激痛と恐怖の果てに、人族領域の中央に座す王と同等――世界そのものを支配するに足る絶大な力である『捌紋(はちもん)』へと至っていた。
だが、スラムで育った当のリン本人は、上位の紋数の正確な段階やそのヴィジュアルを知らない。
これほど全身に紋様が広がった人間など見たことがないため、自分の中で桁違いにバケモノじみた強さになったことは理解できたが、「伍紋か、良くて陸紋くらいにはなれたんじゃないか?」と、自身の力を大幅に過小評価していた。
「……生き、延びた。あのイカれたガスも、もう俺の皮膚には傷一つつけられない」
リンはシリンジを首にかけ直し、深く息を吐いた。
そして、床に落ちていた『超振動合金の槍』を拾い上げる。
リンが柄を握った瞬間、槍が凄まじい反応を見せた。捌紋の途方もない気が槍に流れ込み、主の力に応えようと、穂先を覆う不可視の超振動ブレードが一気に数メートルまで巨大化したのだ。
それはもはや槍というより、光と振動で構成された巨大な大剣のようだった。空気が悲鳴を上げ、周囲の空間が陽炎のように歪む。
「帰ろう。俺の家に」
リンは、部屋の出口を塞いでいる厚さ数十センチの巨大な特殊合金の最終隔壁に歩み寄った。
旧文明の技術の結晶である、核爆発すら耐えうるはずの絶対的な防御壁。
だが、今のリンの目には、それはただの薄い紙切れのように見えていた。
リンは右手に握った巨大な超振動の槍を、無造作に真横へと薙ぎ払った。
ズンッ……!!
音すらなかった。
ただ空間が真っ二つにズレたような錯覚の後、分厚い最終隔壁の上下が完全に切断され、上半分が自重に耐えきれずにドゴォォォンと轟音を立てて崩れ落ちた。
切断面は鏡のように滑らかで、摩擦熱によって赤くドロドロに融解している。
「……マジかよ。こいつ、こんな威力が出るのか。力加減に気をつけないと、何でも切り裂いちまうな」
リンは引きつった笑いを浮かべながら槍の出力を絞り、ひび割れた通路の天井を見上げた。
九百年の間閉ざされていた地下基地。その天井の向こう側には、遥か彼方、見上げるほど高い場所に、かすかな光が差し込む崩落の大穴が見える。
リンは膝を深く曲げ、全身のバネを限界まで圧縮した。
捌紋の力が、両足の筋肉に莫大なエネルギーを充填する。空間がその力に耐えきれず、再び蜃気楼のように歪んだ。
「飛べッ!」
大気を踏み抜くようなソニックブームの轟音と共に、リンの身体は超音速の弾丸となって真上へと射出された。
分厚いコンクリートの天井を容易くぶち破り、巨大な縦穴の壁面を三角飛びの要領で蹴りながら、凄まじい速度で上昇していく。
一段壁を蹴るごとに数十メートルを飛び上がり、崩落の瓦礫の雨を軽々とすり抜けていく。重力という枷は、今の彼には一切機能していなかった。
そして。
ズァァァァッ! と、鬱蒼と生い茂るシダ植物の群生を突き抜け、リンは大森林の地表へと一気に飛び出した。
「ハァッ……!」
ズンッ、と重い音を立てて大地に着地する。
見上げれば、数日ぶりに見る鉛色の雲の隙間から、血のように赤い夕日が荒廃した世界を照らし出していた。
三日三晩に及ぶ極限の逃亡劇。絶望的な地下への崩落。そして、死の淵での二度の昇紋。
永遠にも思えた地獄を乗り越え、リンは再び、生者の世界へと帰還したのだ。
「……こんな規格外の力が手に入ったなんて、絶対に誰にもバレちゃダメだ」
リンは夕日に照らされる自身の身体を見て、ハッとして我に返った。
上半身のほぼ全体を覆い尽くす、異常なまでに精緻で広範囲な紋様。もしこんなものをテラタスの街の参紋の領主や、他の特権階級の者に見られれば、「旧文明の遺構からイレギュラーな力を得た危険分子」として、確実に全軍を挙げて生きたまま解体され、神結晶を抽出されるだろう。
今の自分なら返り討ちにできるかもしれないが、この力はまだ全くコントロールしきれていない。それに、誰かの街を力で乗っ取るようなマネはしたくなかった。
リンは意識を集中し、全身の紋様を「オフ」にして皮膚の下へと隠した。
念のため、周囲に落ちていた旧文明のパラシュートの残骸のようなボロ布を拾い集め、マントのように深く羽織って、右腕から肩にかけてを厳重に隠す。
あくまで、「運良く大森林で迷いながらも逃げ延びて、ただの壱紋のままボロボロになって帰ってきた哀れなスクラッパーの少年」を徹底的に演じ切らなければならない。
リンは夕日を見つめながら、強く拳を握りしめた。
領主に搾取されるテラタスの街を奪う気はない。
今の自分には、物理法則すらねじ伏せる圧倒的な力がある。これなら、魔獣がうごめく未踏破の危険地帯に足を踏み入れ、手付かずの遺構を開拓することだってできるはずだ。
「俺は、俺だけのターミナルを見つける。そして……誰もが飢えることなく、理不尽に殺されることのない、俺だけの街を絶対に作ってやる」
辺境の少年は、その胸の内に「新しい世界を創り出す力」と「決して揺るがない決意」を密かに隠し持ち、夕闇が迫る荒廃した世界を、自身の住むスラムの小屋へと向かって力強く歩み始めた。
その足取りには、もはや弱者の怯えは微塵も存在しなかった。