クロト・ブエル主人公、キラ・ヤマト女性化、原作改変あり。
旧版とは展開・設定・本文を大きく見直しています。
喉が裂けるほど渇いていた。
コクピットのどこかで警告音が鳴り続けていた。
指が動かなかった。
いや、動いているのかもしれない。
だが、操縦桿を握る感覚しか残っていなかった。
身体の奥が、内側から壊れていく。
薬が切れる。
足りない。
足りない。足りない。
機体はもう息をしていない。
上も下も、どこにいるのかも分からない。
遠くで誰かが叫んでいたような気もする。
これで全てが終わるのだと思った。
あいつらの声も、白い光も、黒い宇宙も、薬切れの痛みも、全部まとめて終わる。
ざまあみろ、と笑いたかったが、誰に対してなのかも分からなかった。
世界か。
それとも、自分の運命か。
最後に笑おうとしたが、喉から発せられたのは、小さな叫びだった。
僕はただ、自由が欲しかっただけなのに。
それが自分の声か、誰かの声か、もう分からなかった。
赤い光が視界を塗り潰した。
その瞬間、全てが途切れた。
*
クロト・ブエルは、しばらく白い面を天井だと認識できなかった。
宇宙なのか、装甲の裏なのか、死んだ後に見る何かなのか、判別がつかなかった。
冷たい空気と消毒液の臭いが鼻に入った。
生きている。
そう思った瞬間、全身が痙攣した。
「っ、が……」
声にならない音が喉から漏れた。
腕を動かそうとしたが、動かなかった。
手首、肘、肩、胸、腿、足首。
身体のあちこちが固定されている。
拘束具だと分かった途端、視界の端が暗くなった。
ベッド。照明。電子音。センサー。腕の針跡。
まるで檻だった。
死んだはずなのに、また檻の中にいる。
腹の底から笑いがこみ上げたが、出てきたのはひび割れた呼吸だけだった。
喉が焼ける。
皮膚の下を虫が這うように神経がざわめいた。
薬。
その一語が、思考の真ん中に穴を開けた。
ここがどこか。
なぜ生きているのか。
何が起きたのか。
そんなものは後でいい。薬が先だ。
薬を入れなければ、ばらばらになった身体が戻らない。
クロトは視線だけで周囲を探った。
チューブ。点滴台。棚。閉じた扉。
観察窓の向こうは暗く、人影はない。
モニターでは警告が赤く点滅していた。
遠い爆発音が響き、部屋が揺れた。照明が落ちては戻る。
天井に細い亀裂が走っていた。
どこだ、ここは。
見覚えのない施設だが、檻であることだけは分かった。
何かが起こっている。外で何かが暴れている。
クロトは右手に力を込めた。
金属が軋んだ。
手首の拘束具が皮膚に食い込み、古い針跡が開いた。
もう一度力を入れると、骨が鳴ると同時に薄い金属片が曲がった。
拘束具は外れたのではない。
壊れた。
手首を無理に抜くと、血がシーツに落ちた。
クロトはその血を見て、ようやく自分の腕を見た。
痩せて、注射痕だらけで、見覚えのある腕。
死んだはずの腕が、まだ動いている。
「……なんだよ、これ」
左手の拘束を外し、胸のベルトを裂いた。
足首の固定具を蹴り飛ばし、身体を起こした。
吐き気が込み上げたが、何も出なかった。
床に足をつけると、膝から力が抜けた。
クロトはベッドの縁を掴んだ。
白い部屋が歪み、別の白い部屋と重なった。
ガラス越しに見下ろす目。記録を取る手。冷たい声。
次の投与までの時間。命令。訓練。痛み。笑い声。
誰のものか分からない叫び。
記憶ではなく、焼け残った断片が脳の中で勝手に蠢いている。
クロトは点滴の針を乱暴に抜いた。
腕のセンサーを剥がし、よろめきながら扉へ向かう。
裸足の裏にガラス片が刺さったが、薬への渇きに比べれば小さかった。
扉の脇のパネルは死んでいた。
クロトは拳を叩きつけた。反応しない。もう一度。
パネルが割れ、配線が露出した。指を突っ込み、何本かを引き千切る。
火花が散った。
扉のロックが中途半端に外れ、隙間が開く。
そこへ肩をねじ込むと、金属が悲鳴を上げながら動いた。
通路は赤い非常灯に照らされていた。
動く人間はいなかった。ただ警報だけが鳴っていた。
天井から粉塵が落ちてきた。
表示板は避難経路を示していたが、すぐに消えた。
クロトは壁に手をつきながら歩いた。
白い廊下はところどころ黒く焼けていた。
開きっぱなしの扉。倒れた椅子。割れた薬瓶。壁に引きずった血の跡。
靴の跡は複数あったが、足音はない。
死体が一つあった。
研究員らしい白衣の男が、通路の角にうつ伏せで倒れていた。
死体は喋らない。クロトはしゃがみもしなかった。
身体が道を覚えているようだった。
右ではなく、左。長い通路の奥。
どうして知っているのかは分からない。けれど足は迷わなかった。
飼われた獣が、餌の場所を忘れないように。
また爆発があった。
床が揺れ、天井のパネルが落ちてきた。
クロトは咄嗟に身を引いた。
粉塵を吸い込み、咳き込む。
薬が足りない。足りない。足りない。
「うるせぇな……分かってるっての」
保管区画の扉は半分開いていた。
隙間から身体を滑り込ませると、冷却装置の一部が生きていたのか、中は冷たかった。
棚は崩れ、ケースが散乱していた。
クロトは乱暴に箱を掴んでは投げた。
違う。違う。これじゃない。
手が震え、耳鳴りが強くなった。
棚の奥、半分潰れた保冷ケースの中に、それはあった。
見慣れた色のラベルが貼られた、細長いアンプル。
γ-グリフェプタン。
クロトの口角が勝手に上がった。
「見っけ」
封を切る時間さえ煩わしい。
クロトは歯で先端を噛み切り、薬液を喉へ流し込んだ。
苦い。焼ける。
舌が痺れ、喉の奥が熱を持った。
次の瞬間、脳の奥で硬い蓋が開いた。
耳鳴りが薄れ、警報の音が輪郭を取り戻した。
痛みは消えないが、邪魔ではなくなった。
視界が澄んだ。
その向こうに、別の景色が重なった。
コロニーの内部。人工の空。崩れる天井。黒煙。ジン。強奪。G兵器。
意味の噛み合わない破片だけが流れ込んでくる。
ヘリオポリス。
その単語が頭の奥へ引っかかった。
クロトはアンプルを握ったまま動かなかった。
あれは夢だ。
そう思えば片づけられた。
動かない機体も、壊れていく身体も、薬が見せた悪夢で済む。
今聞こえる警報は違う。
血の臭いも、足裏の痛みも、腕に残る注射痕も、ここにある。
「……クソみてえだな」
クロトは笑った。
あれが悪夢でも、薬があればいい。
今が現実なら、なおさら薬がいる。
敵がその邪魔をするなら潰す。
ただ、それだけだった。
もう一本、薬を確保した。
さらに数本、ケースごと抱えた。
近くのロッカーから軍服を引きずり出す。
サイズは合わないが、裸でなければいい。
足元に転がっていた誰かのブーツを奪い、無理やり履いた。
向かうべき場所だけは、なぜか分かっていた。
格納庫。
そこに何があるのか、名前までは思い出せない。
だが、保管区画から格納庫へ向かう道を、この身体は覚えていた。
クロトは保管区画を出た。
遠くで銃声。人の悲鳴。
隔壁の向こうで、何か巨大なものが歩く音がする。
ヘリオポリスの中が、戦場に変わっていく音だった。
途中で倒れていた兵士の銃を拾った。
弾数は見なかった。
持っていないよりはましだ。
クロトは半開きの隔壁を越えた。
格納庫は暗かった。
非常灯が広い空間を赤く照らしている。
足元には工具、ケーブル、破片、血の跡。
その奥に、機体が立っていた。
灰色の装甲。
獣のような肩。
畳まれた翼。
武器を抱えた腕。
人の姿でありながら、人を拒絶するような歪んだ輪郭。
クロトは足を止めた。
ここへ来る道は、この身体が知っていた。
だが、この機体は違う。
少なくとも、先ほどまでのクロト・ブエルは知らない。
この機体の名前も、翼の開いた姿も、武装の癖も、コクピットの狭さも、知っているはずがなかった。
なのに、喉の奥で勝手に名前が形になった。
レイダー。
触れる前から名前を知っている。
乗る前から殺し方を知っている。
悪夢を見ただけなら、そんなものまで分かるはずがない。
あれは檻だ。
薬と命令と憎悪を詰め込み、戦場へ放り出すための棺桶だ。
乗れば固定具が身体を締め、脳をぐちゃぐちゃにする。
それを理解していることが、何より気持ち悪かった。
それでも、今のクロトには必要だった。
生きるために。壊すために。
邪魔なやつを排除するために。
近づくと、足元の整備ハッチが開いたままになっていた。
機体は未起動。
だが死んではいない。眠っているだけだ。
クロトはリフトの操作盤を叩き、反応が遅いのを見て舌打ちした。
銃床で叩き割り、手動レバーを引く。
リフトがぎこちなく上がった。
コクピットハッチへ身体を滑り込ませる。
狭い。
だが、息が詰まるほど馴染む。
シートに背中を押しつけると、固定具のような装置が自動で動いた。
首筋から頭蓋へ、熱い線が走った。
吐き気。痛み。脳を直接掻き回される感覚。
モニターが次々に起動し、機体情報が流れ込む。
姿勢制御。推力。武装ステータス。
損傷なし。反応良好。神経接続、不安定。
「お前も……」
クロトは口の端を吊り上げた。
薬が神経を無理やり開く。
痛いのに、視界が冴える。
気持ち悪いのに、まるで自分の身体のように自然だった。
何十トンもの金属が、手足の延長みたいに反応する。
その馴染み方が、一番気に入らなかった。
初めてのはずだった。
この身体は、この機体の名前も、癖も、殺し方も知らないはずだった。
なのに、指は迷わず機体を起動させる。
視線は必要な数値を拾う。
知っているのは、肉体ではない。
もっと奥の魂にこびりついた記憶だった。
「起きろよ」
メインカメラが開いた。
赤く濁った格納庫が、モビルスーツの視界に変わった。
ツインアイに緑の光が入った。
眠っていた灰色の獣が、目を開ける。
表示が走った。
フェイズシフト装甲、起動。
灰色だった装甲に、黒と鈍い赤が差していく。
武装照合。
頭部一〇〇ミリエネルギー砲、ツォーン。
短距離プラズマ砲、アフラマズダ。
二連装五十二ミリ超高初速防盾砲。
破砕球、ミョルニル。
腰部近接装備、アーマーシュナイダー。
文字を読む前に、どれが何を殺すためのものかだいたい分かった。
距離。温度。動体反応。
ジンの反応。爆発。コロニー内壁の損傷。
避難区画へ流れていく小さな熱源の群れ。
必要な情報だけが、勝手に目に入る。
クロトが操縦桿を握ると、レイダーが一歩踏み出した。
床が沈む。身体に振動が返ってくる。
通路の先で、人工の青空が黒煙に汚れている。
警告表示が立ち上がる。
コロニー内部での戦闘行動制限。
友軍識別未確認。
待機命令。
「知らねーよ」
クロトはそれらをまとめて切った。
レイダーが走り出した。
通路を抜けた瞬間、人工の青い空が視界いっぱいに開いた。
遠くで人が走っている。
小さな熱源が群れになり、散っていく。
煙の向こうでジンが動いていた。
暗緑の装甲。重斬刀。76mm重突撃機銃。
一機で連合の主力MA三機分の戦力とされる、ザフトの量産型MS。
見慣れないモビルスーツの出現に、ジンが反応した。
正面の一機がライフルを向ける。
発砲。
弾が空気を裂き、レイダーの前面へ飛んできた。
クロトは機体を跳躍させ、センサーで捉えた獲物を撃った。
2連装52mm超高初速防盾砲が火を噴いた。
MS用としては小口径。それでも超高初速の二連装なら、ジンの装甲を抜くには十分だ。
ジンの胸部に着弾。
二射目で頭部が跳ね、機体が仰向けに倒れた。
一機。
別のジンが、煙の向こうから低く飛び込んできた。
こちらの進行方向を見て、崩れた建物を盾にして接近してくる。
悪くない。
「へぇ」
クロトは機体を半歩だけ下げた。
刃が届く寸前、レイダーの腕部クローが開き、肘関節ごと掴む。
腕部クローの内側で、短距離プラズマ砲アフラマズダの照準が重なった。
発射。
青白い光がジンの胴を焼いた。
クロトは爆発に巻き込まれない距離へ、蹴り飛ばすように離れた。
二機。
量産型とはいえ、コロニー内ではそれだけで十分な災害になる。
だが、遅い。
踏み込みも、照準も。
殺すと決めるまでの判断も。
笑いがこぼれた。
薬の熱が脳を照らし、戦場の動きがよく見えた。
その中で、一つだけ動きの違う機体がいた。
黄色がかったジン。
そいつは白いモビルスーツと交戦しながら、こちらの動きも見ていた。
クロトが二機目を落とした瞬間、その銃口がこちらへ向いた。
発砲。
牽制ではない。レイダーの武装を狙った射撃だった。
クロトは舌打ちした。
黄色い装甲。
専用カラーを許されるだけの腕はあるらしい。
防盾だけでは受け切れない。
レイダーを横へ滑らせると、黄色いジンは撃ち直してくる。
次の弾が肩口をかすめ、警告表示が赤く表示された。
「こいつ……」
他のジンとは違う。
こちらの動きを見て、攻撃を仕掛けてくる。
クロトはミョルニルを解放した。
猛烈な速度で破砕球が射出され、それを繋ぐワイヤーが唸る。
クロトはミョルニルを振り抜かず、前面へ回した。
破砕球と高分子ワイヤーが弾を受けた。
そのままクロトは、腕を振り抜いた。
ミョルニルが弧を描く。
黄色い機体は身を捻ったが、完全には躱しきれなかった。
破砕球が左肩をかすめ、機体ごと横へ吹き飛ばす。
そいつは建物の外壁を削りながら滑った。
壁面が砕け、粉塵が舞い上がる。
まだ落ちてはいない。
黄色い機体はすぐに姿勢を戻した。
片腕の動きが鈍い。
それでもライフルを捨て、重斬刀を抜いて距離を詰めてくる。
さっきより速い。
悪くない。
だが、良くもない。
ミョルニルは戻り切っていない。
盾砲だけでは止まらない。
アフラマズダの射角も合わない。
黄色いジンが跳んだ。
重斬刀が振り下ろされる。
クロトの指が、考えるより先に変形シークエンスを叩いた。
レイダーの装甲が開き、人型の輪郭から猛禽類じみた強襲形態へ移る。
一瞬前まで胴があった場所を、刃が通過した。
それでも完全には避けきれない。
重斬刀が外装を掠めた。
警告音と衝撃。
だが、刃は入っていない。
エネルギーと引き換えに物理衝撃を無効化するフェイズシフト装甲が、実体剣を弾いていた。
近い。
手を伸ばせば届きそうなほど。
クロトは笑った。
この距離なら、外しようがない。
レイダーは変形の勢いを殺さず、黄色いジンの側面へ機首を向ける。
照準が重なる。
重斬刀が上がる。
受けるつもりか。
ツォーン。
頭部口腔部に内蔵されたエネルギー砲の充填音が鳴った。
複数のビームを並列に生成し、それぞれの拡散する力を一本の射線へ収束させて叩き込むレイダーの最大火力だ。
発射。
閃光が至近距離で走った。
重斬刀ごと、黄色いジンの胴体を貫いた。
装甲が内側から膨れ、中心が白く爆ぜる。
腕が千切れ、脚部が崩れ、折れた重斬刀が地面へ突き刺さった。
熱源消失。機体反応停止。
黄色い機体は、前に出ようとした姿勢のまま炎の中で崩れていった。
名前も、顔も、知らない。
邪魔だったから撃った。
それだけだった。
黄色いジンとやり合っていた白い機体は、膝をつきかけたまま停止していた。
反応はある。損傷は軽い。まだ動ける。
識別表示が揺れた。
GAT-X105。ストライク。
ヘリオポリスで奪われず、民間人のコーディネイターが乗っていたとされる機体。
知っているのは、その程度だった。
今そこに誰が乗っているのかまでは知らない。
「チッ……面倒くせえ」
介入するつもりはなかった。
あの黄色いジンが邪魔だっただけだ。
だが、ストライクの母艦は必要だった。
地球へ戻るにも、戦争の中心へ進むにも、足がいる。
クロトは地球連合軍の識別信号を送った。
反応はすぐには返ってこなかった。
アークエンジェル。
その名前も、頭の奥に引っかかっている。
地球軍の船だったはずの、裏切り者の船。
それでも、このコロニーで一番まともな足だ。
通信にノイズが走った。
『……所属不明機、地球軍識別信号を確認。GAT-X三七〇……照合中。そちらの所属と目的を述べろ』
声は硬かった。
どこかで聞いたような女の声。
クロトは返答を少し置いた。
喉が乾き、舌がうまく回らない。
「地球連合軍、第81独立機動群。GAT-X370、レイダー。テストパイロット、クロト・ブエル」
所属も階級も、薬漬けの実験動物には薄っぺらいものだった。
だが肩書が必要な場所では、それを見せておけばいい。
『本艦は現在戦闘中だ。着艦を許可するが、こちらの指示に従え。妙な動きをすれば撃つ』
「撃てんの?」
返事はなかった。
クロトはレイダーを旋回させた。
ストライクが遅れて動き出す。機体はまだ死んでいなかった。
アークエンジェルの格納庫へレイダーが着艦した。
整備員や兵士が距離を取り、銃口が向けられていた。
クロトは鼻で笑うと、シートから身を起こした。
ラダーを降りる一歩目で足が滑りかけたが、腕で支えた。
下では兵士たちが銃を構えている。
誰も近づいてこない。
正しい。
こんな機体から降りてきたやつに、素手で近づく馬鹿はいない。
背筋を伸ばし、息を整えた。
身体の震えを、顔の奥へ押し込めた。
兵士たちの間から、女が一人近づいてきた。
軍服。硬い目。
声と態度だけは平静を保っている。
顔には見覚えがあった。
「……艦長さん?」
女の眉がわずかに寄った。
ここはドミニオンじゃない。
こいつは、この船の艦長じゃない。
「所属と氏名を」
「さっき言ったろ。地球連合軍、第81独立機動群所属。クロト・ブエル」
「階級は?」
「少尉扱い、だったっけ? そういうのはそっちで確認しろよ」
女の眉は戻らなかった。
「地球連合軍所属、ナタル・バジルール少尉だ。本艦では我々の指示系統に従ってもらう」
「……そりゃ大変だな」
銃口の数が増えた気がした。
クロトは口だけで笑った。
ナタルは笑わなかった。
視線がクロトの腕の注射痕、乱れた軍服と血痕、レイダーへ走る。
何かを察しても、今は飲み込んだらしい。
格納庫の奥で、別の騒ぎが起きていた。
ストライクが着艦している。
白い機体の足元に、兵士と整備員。負傷者。民間人らしい若者たちが集まっていた。
「ストライクに乗っていた民間人について、知っていることはあるか?」
「そっちの方が詳しいんじゃねえの」
「さぁな。事情は知らんが、コーディネイターらしい」
クロトは目を細めた。
民間人。コーディネイター。ストライクに乗った誰か。
そこまでは、記憶の断片と噛み合う。
だが、名前も顔も知らない。
「確認する」
「待て。勝手に──」
「見りゃ分かんだろ」
ナタルの制止を最後まで聞かず、クロトは歩き出した。
銃口が追ってくる。
負傷者が担架で運ばれている。誰かが泣いている。誰かが怒鳴っている。
ストライクの足元に近づくほど、人の声がはっきりした。
「民間人をこのまま拘束するのか」
「コーディネイターなら、なおさら確認が必要です」
「でも、キラは──」
クロトの足が、わずかに遅れた。
キラ。
知らない名前だった。
ストライクの足元で、人垣が割れた。
最初に見えたのは、兵士が構える銃口だった。
その向こうに、煤と埃に汚れた民間人の服。
細い肩。握りしめた指。
クロトは足を止めた。
「キラ・ヤマト」
ナタルの声が、背後から飛んだ。
「君がストライクを動かした。間違いないな」
呼ばれた相手が、肩を震わせた。
キラ・ヤマト。
その名前に覚えはなかった。
だが、全てが噛み合った。
民間人。コーディネイター。ストライクを動かしたパイロット。
ザフトに殺された。
コーディネイターだから隠蔽された。
それ以上のことは知らなかった。
キラが顔を上げた。
視線が合った。
ついさっき、そいつの前で黄色いジンを撃ち抜いた。
照準を合わせ、撃って、殺した。
だが、キラは何も言わなかった。
銃口を向けられたまま、唇を噛んでいる。
クロトを見て、ただ震えていた。
ストライクを動かしたパイロット。
コーディネイターの生意気なガキ。
そんな決め付けが、一目で崩れた。
あの機体を動かしていたのは、女の子だった。
旧版『逆襲のクロト』SEED編は、新版投稿開始に合わせていったん完全非公開にしています。
削除はしていません。
新版『シン・逆襲のクロト』は、旧版をベースに構成・描写・展開を見直したリメイク版です。
旧版については、要望が多ければ後日、お気に入りユーザー限定などで公開する可能性があります。