銃口が下ろされても、格納庫の空気は張り詰めたままだった。
クロトはストライクの足元に立つ少女から視線を外した。
民間人。
コーディネイター。
ストライクを動かしたパイロット。
並べれば意味は通じる。
だが、目の前の細い肩とは結びつかなかった。
このG兵器は、ただ乗れば動くような機体ではない。
普通のナチュラルなら、振り回されるだけだ。
コーディネイターか、それに似たものを身体に押し込まれたやつか。
クロトは後者だった。
ストライクの周りでは、友人らしい連中がキラへ寄りかけ、軍服の女に止められていた。
アークエンジェルの中で、レイダーは沈黙していた。
装甲の隙間にはまだ熱があり、関節部から煙を吐いていた。
兵士たちの目がクロトへ戻る。
少尉の軍籍も、連合軍の識別信号もある。
だが、G兵器を動かして乗り込んできたガキだ。
それだけで信用できるなら、最初から銃など向けていない。
「……武装解除を確認。機体の固定を急いで」
長い髪の女の声で、兵士たちが動き始める。
「少尉」
ナタル・バジルールが前に出た。
「機体から離れてください。身元確認を行います」
「さっき言ったろ」
「申告だけでは不十分です」
ナタルの視線が、クロトを通り越してレイダーへ向いた。
「その機体を動かせる理由も含めて、確認する必要があります」
クロトは笑わなかった。
ああ、そっちか。
連合軍の軍服を着たガキ。追加のG。動かせるはずのない機体。
こいつらはその答えを一つしか知らない。
「コーディネイターかどうか、って?」
ナタルの眉がわずかに動いた。
「確認が必要だと言っています」
「便利だな。分かんないことは全部それかよ」
声の端が掠れた。
コーディネイターでもない。普通のナチュラルでもない。
こいつらの知っている常識では、クロト・ブエルの存在を説明できない。
「僕の方が出来がいいからだろ」
クロトはレイダーを顎で示した。
「それに今ここで僕を調べて、あいつは誰が動かすの?」
「あなたを戦力として扱える保証がありません」
「じゃあ撃てば? 撃てるもんなら」
沈黙が落ちた。
少し離れたところで、金髪の軍人が肩をすくめた。
「おっかないねえ。けど、今こいつを放り込んでる暇はなさそうだぜ?」
「フラガ大尉」
「分かってるよ、バジルール少尉。だが、敵は待ってくれない。あの黒いのを動かせるのがこいつだけなら、縛るのは後でもいい」
軽い声だった。
だが、役に立たないやつと、使えるやつの区別はついている。
長い髪の女の視線が、クロトからキラの方へ移った。
「キラさん」
女が呼ぶと、少女の肩が跳ねた。
「あなたは、もう一度この機体を動かせますか」
キラはすぐには答えなかった。
友人たちを見ると、ストライクを見上げた。
「……分かりません。さっきは、動かしただけで」
否定ではない。肯定でもない。
それでも、ストライクを動かした。
使えるなら、連合軍はガキでも兵器にする。
クロトはそれを知っていた。
艦内通信が割り込んだ。
『敵影確認。外壁損傷、区画隔壁閉鎖。推進準備、急げ』
アークエンジェルは二つの異物を見比べていられなくなっていた。
「ラミアス艦長代理」
ナタルが声を低くした。
「ザフトの反応を確認しました。識別はジンに加えて──」
「GAT-X303。敵に鹵獲されたイージスと思われます」
キラは何も言わなかった。
だが、手が胸元へ行きかけて、途中で止まった。
イージス。
クロトはその奪われたG兵器の名前を拾った。
レイダーの兄弟機で、ジンよりは速く、硬く、面倒な機体。
少しはましなのが来た。
「ストライク、レイダーの両機を戦力として運用するべきです」
キラの顔から血の気が引いた。
ラミアスはすぐには何も言わない。
「こんな奴、役に立つわけねーだろ」
キラは顔を上げた。意味を掴めない目だった。
クロトは彼女を見返さず、ストライクを見た。
「邪魔なんだよ」
ナタルの目が細くなった。
「根拠は」
「見りゃわかんだろ」
フラガと呼ばれた金髪の軍人が鼻を鳴らした。
「言い方はともかく、こいつの言い分も一理ある」
「フラガ大尉!」
「今、呑気に揉めてる余裕はないぜ?」
マリューはすぐには答えなかった。
目だけがキラとストライクの間を動いた。
クロトには、その沈黙の方が分かりやすかった。
非合理的な感情より、合理的な計算の方がまだ信用できる。
艦がまた軋んだ。
「ストライクは、本艦周辺の防衛に回します。近づく敵を止めてください」
キラの顔がさらに白くなった。
前へ出ろとは言われなかった。だが、降りていいとも言われなかった。
クロトはもう見ていなかった。
前に来ないなら、少なくとも邪魔にはならない。
それだけだった。
「レイダーは?」
ナタルが問う。
クロトはレイダーを見上げた。
灰色に戻った機体は、まだ熱を吐いていた。
「出すんだろ。なら、さっさとしろよ」
クロトがレイダーへ向かうと、背後で小さな声がした。
「……待って」
振り返らなくても、誰の声かは分かった。
キラ・ヤマト。
「あ?」
クロトは肩越しに言った。
キラはストライクの足元から数歩だけ離れていた。
「イージスは……」
そこで声が詰まった。
「イージス?」
キラは答えない。
「何? 僕がやられるとでも思ってんの?」
「そうじゃ、なくて」
「じゃあ何だよ」
返事はなかった。
言えないことがある顔だった。
クロトには、それが勝てないなら逃げろ、という馬鹿げた心配に見えた。
「バカじゃねえの」
キラの顔が強ばった。
何かを言葉にする前に艦内通信が割り込んだ。
『発進準備急げ。ストライクも配置につけ』
クロトはもうキラを見なかった。
「僕、最強だから」
レイダーの昇降ワイヤーへ足をかけた。
コクピットに身体を滑り込ませると、外の光と警報が装甲に遮られた。
狭い。
レイダーの中は、どこか檻のような匂いがした。
拘束具が肩と腰を掴む。
神経接続の負荷で、視界の端が白く弾ける。
レイダー、起動。
警告表示が走り、黒い機体に光が戻った。
格納庫の固定アームが外れる。
管制がぎこちない発進許可を出した。
射出口が開く。
人工の青い空の向こうに、崩れかけたヘリオポリスの街が見えた。
「レイダー、出る」
クロトはスロットルを叩き込んだ。
射出の加速が、内臓を後ろへ押し潰した。
アークエンジェルの腹から弾き出され、レイダーは崩れかけた街の上へ出る。
疑似太陽の光は煙で濁り、居住区の壁面には黒い穴がいくつも空いていた。
だが、ヘリオポリスはまだ壊れきっていない。
背後で、アークエンジェルが動き始めていた。
遅い。でかい。撃ってくれと言っているようなものだった。
その脇に、ストライクが出た。
白い機体は盾を構え、艦の横につく。
クロトは一度だけ見て、それ以上は追わなかった。
邪魔な場所にいないなら、今は見なくていい。
レーダーに赤い反応が走った。
ジンが二つ。
その奥から、ひとつだけ速い反応が抜けてくる。
崩れた市街の影を縫うように、赤い機体が姿を見せた。
GAT-X303、イージス。
奪われたG。
鋭い四肢を折り畳み、機体の輪郭を変えながら加速する。
ジンとは違う。
少しはましなのが来た。
イージスの進路は、アークエンジェルへ向いていた。
こちらには気付いていないのか、それとも相手をするつもりがないのか。
クロトはスロットルを押し込んだ。
黒い機体が斜めに落ちるように加速し、赤い機体の前へ滑り込んだ。
警告音。イージスの軌道が変わる。
赤い機体が、こちらを見た。
『未確認のG……』
通信にノイズが噛んだ。若い男の声だった。
『何者だ』
「知ったところで意味ねーよ」
通信が届いたかどうかは分からない。
イージスが撃った。
ビームが正面を裂く。クロトはレイダーを横滑りさせ、破砕球を振った。
鉄球がワイヤーに引かれ、赤い機体の進路へ唸り込む。
イージスは止まらない。
身を捻り、破砕球の軌道を装甲すれすれで抜けると、そのまま懐へ入ってきた。
速い。
殺せる間合いを知っている踏み込みだった。
クロトは盾を上げながら、防盾砲を撃った。
光が近距離で炸裂し、赤い装甲を揺らす。
イージスは弾けるように離れ、すぐにまた正面を取った。
『ミゲルをやったのは、お前か!?』
名前。
知らない名だった。
黄色いジン。さっき落としたザフト兵。あれの誰か。
「敵の名前なんか、いちいち覚えてねーなぁ!」
イージスの動きが変わった。
怒鳴り声より先に、赤い機体が距離を潰す。
正面から踏み込むと、腕先からビームサーベルを伸ばした。
クロトはレイダーの肩を狙った刃を、防盾砲のシールドで受ける。
衝撃。
左腕部フレームに強烈な負荷。
「こいつ……!」
推力で押し込んでくる。
機体の動き全てが、レイダーを潰す一点に寄っている。
他の連中よりもずっと、敵意を露わにしている。
クロトは歯を剥いた。
「いいじゃん」
レイダーを変形させる。
機体の姿勢が折れ、MA形態へ移る。
身体の向きと機体の向きがずれ、わずかに内臓が浮いた。
クロトはスロットルをさらに押し込んだ。
レイダーはイージスの頭上を掠め、ツォーンの照準が赤い影を捉えた。
発射。
イージスが急停止した。
直撃ではない。左肩をかすめ、装甲片が飛ぶ。
それでも体勢は崩れない。
損傷などお構いなしに、イージスはまたこちらへ向いた。
クロトは破砕球を引き戻す。
背後で、アークエンジェルが離脱進路へ入ろうとしている。
白い船体の動きはまだ遅いが、進み始めている。
その横でストライクが盾を構え、近づいたジンの射線を塞ぐように動いていた。
前には出てこない。
記憶が正しいなら、あの機体だけで船を逃がしたはずだ。
なら、しばらくは邪魔にならない。
それだけ確認すると、クロトは赤いGへ機首を向けた。
イージスが来る。
崩れかけた街の上で、赤と黒の機体が正面からぶつかった。
衝撃が、装甲越しに骨まで来た。
レイダーの爪とイージスの刃が噛み合い、火花が赤い装甲の上を跳ねる。
互いのスラスターが至近で噴き、煙と瓦礫を吹き散らした。
警告表示が重なる。
左腕部負荷。姿勢制御乱れ。近接警報。
「うるさいっての!」
クロトは防盾砲を押しつけるように向けた。
撃つ。
光がイージスの胴をかすめた。
赤い機体は弾かれ、わずかに後ろへ流れる。
クロトはその隙を逃さず、破砕球を横から叩き込んだ。
しかし、イージスは読んでいた。
四肢を開き、破砕球の軌道の内側へ滑り込む。
鉄球が背後の建物を砕いた。
破片の雨の中で、つま先からビームサーベルが伸びる。
速い。
けれど、真っ直ぐすぎる。
クロトはレイダーを半身に逃がした。
刃が肩装甲を掠め、熱がコクピット近くまで走る。
だが、その距離ならこちらも届く。
レイダーは爪を振り下ろした。
イージスが受け損ねて空中を流れる。
クロトはツォーンの照準を合わせた。
赤い機体の先に、崩れた街区の壁が重なる。
構わず撃った。
イージスは不用意に避けなかった。
無理やり受け流すように防ぐと、光が肩の上を焼き、背後の壁を穿った。
面倒な避け方をする。
『……もう一機はどこだ!』
赤い機体が下から跳ね上がる。
瓦礫を蹴り、強引に距離を詰めてくる。
怒っているくせに、動きは雑にならないらしい。
「お前には関係ねーよ!」
クロトは破砕球を振った。
狙いはイージスではない。その進路だった。
鉄球が瓦礫を巻き込み、赤い機体の足元を薙ぐ。
イージスが跳ぶ。
そこへ防盾砲を撃つ。
光が赤い脚部をかすめ、装甲片が散った。
イージスの姿勢がわずかに崩れる。
落ちる。
そう思った瞬間、赤い機体は崩れた外壁を蹴った。
あり得ない角度で姿勢を戻し、ビームサーベルを振り下ろしてくる。
クロトは盾を上げたが、衝撃で左腕が軋む。
『どけ!』
イージスの視線は、レイダーだけを見ていなかった。
その後方で動き始めた、アークエンジェルへ抜けようとしている。
仲間の仇を見つけたくせに、船も逃がす気がないらしい。
欲張りなやつだ。
「通れるなら通ってみろよ!」
レイダーを押し返す。
イージスの刃を盾で逸らし、肩からぶつけるようにクローを振り下ろす。
赤と黒が崩れた道路の上を削るように滑った。
背後で、アークエンジェルがゆっくりと離脱進路へ入っていく。
遅い。まだ時間が要る。
クロトはそれだけ見て、視線を切った。
赤い機体がまた距離を潰してくる。
今度は正面ではなかった。変形し、レイダーの側面へ回り込む。
クロトは機首を振る。
間に合うはずだったが、イージスは途中で止まった。
止まるどころか、逆方向へ跳んだ。
「──ッ」
フェイント。
レイダーの反応が一瞬、遅れた。
赤い機体が懐へ入る。ビームサーベルの光が胸部装甲をかすめ、熱がコクピットを揺らした。
クロトはツォーンを至近距離で反射的に撃つ。
照準も何もない。
赤い影を焼き払うために撃った。
イージスが急角度で離れ、左のフレームを焼かれながら距離を取る。
普通なら、そこで立て直す。
だが赤い機体は、離れた分だけまた接近してきた。
「うざいな」
声が勝手に漏れた。
視界の端の警告はまだ灯っているが、機体は動く。
なら十分だった。
破砕球を射出する。
イージスは受けずに避ける。
避けた先に、クロトはもう砲口を向けていた。
防盾砲を連射する。
赤い機体が捻れ、無数の光が背中側のフレームを舐めた。
イージスの軌道が衝撃で乱れる。
クロトはそこへ体当たりするような勢いで踏み込んだ。
黒い機体のクローが赤い機体を斬り付ける。
初めて、イージスが後ろへ下がった。
「逃げんなよ!」
クロトは破砕球を引き戻した。
ワイヤーが唸り、崩れた街灯ごと鉄球が戻ってくる。
イージスがそれを避け、レイダーから距離を取ろうとする。
逃がさない。
そう思った瞬間、足元の街が揺れた。
爆発ではない。
このヘリオポリスそのものが崩壊し始めていた。
人工の空に、黒い線が走る。
道路だったものが斜めに浮き、煙が一方向へ引かれる。
「ちっ」
レイダーの姿勢制御が悲鳴を上げた。
イージスも一瞬止まる。
だが、止まっただけだった。
赤い機体は崩れ始めた街区を利用して、落下する構造材の影へ滑り込む。
まだ来る気かよ。
影の奥からビームが走った。
クロトは機体を捻る。
右肩をかすめ、装甲が焼ける。続けて、イージス本体が構造材の陰から飛び出して来た。
近い。
クロトは変形を待たずに撃った。
ツォーンの光が市街を裂いた。
イージスは直前で身を捻る。完全には避けきれず、腰部装甲が削れる。
だが落ちない。
落ちる代わりに、赤い機体は正面から突っ込んできた。
レイダーが腕を上げると、刃と盾がぶつかる。
衝撃。
左腕部駆動低下。
そのとき、アークエンジェルから通信が割り込んだ。
『本艦は離脱進路に入る! 速やかに帰投を!』
「そんな暇ねーよ!」
視界の端で白い船体が揺れた。
アークエンジェルの前方へ、巨大な構造材が崩れ落ちてくる。
クロトはイージスへ意識を戻した。
赤い機体も、一瞬だけ船の方を見た。その隙をクロトは見逃さなかった。
破砕球を撃ち出す。
イージスは反応したが、完全には避けきれない。
鉄球が赤いフレームの端を弾き、機体の姿勢を崩す。
クロトは続けて防盾砲を向けた。
だが、撃つより先に周囲の空が割れた。
轟音が遅れて来たかと思うと、ヘリオポリスの内壁が大きく裂け始めた。
「!?」
人工の空に走った黒い線が太くなり、そこから光ではない闇が覗く。
周囲の空気が障壁に開いた大穴に吸われ、破片と煙が一斉に流れ込んでいく。
巨大な構造材が、二機の間へ倒れてくる。
「くそ──」
クロトはスロットルを叩き込んだ。
レイダーが横へ滑る。
イージスも逆方向へ飛ぶ。
次の瞬間、二機の間を、壁だったものが落ちた。
視界が瓦礫で埋まる。
警告が一斉に鳴った。
破片が装甲を叩き、機体が弾かれる。
レイダーの姿勢が崩れ、上下が一瞬分からなくなった。
赤い反応は、まだ消えていない。
瓦礫の向こうで、イージスの機影がちらつく。
追ってくるには遠い。撃つにも、間に流れ込んでくる瓦礫が多すぎた。
もう届かない。
そんな距離で、通信回線がつながった。
『俺の仲間を奪ったのはお前だな』
ノイズの奥で、若い男の声が低く震えている。
『クルーゼ隊、アスラン・ザラだ。お前は……俺が落とす!』
名前。
今度は、はっきり聞こえた。
クロトは歯を剥いた。
「クロト・ブエル」
レイダーが瓦礫の流れに押される。警告表示が赤く塗り潰されていく。
「黒い鳥が見えたら……僕だと思えよ」
返事はなかった。
代わりに、瓦礫の向こうで赤い反応が一度だけ揺れた。
次がある。
遠くに、アークエンジェルの反応があった。
そのそばに、ストライクの反応もあった。
上方から落ちてきた外壁片が視界を塞いだ。
警告が赤く塗り潰される中、クロトは反射的に盾を上げた。
衝突と同時に、光が消えた。
レイダーは崩壊するヘリオポリスに呑まれ、闇と瓦礫の中へ引きずり込まれていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
初日は二話同時投稿です。
旧版をベースにしつつ、展開や人物関係はかなり見直しています。
次回から、アークエンジェルはヘリオポリスを離れます。