白い光が消えたあと、ヘリオポリスはもう見慣れた場所ではなかった。
ストライクのモニターには、裂けた外壁と居住区だった破片が漂っていた。
キラは操縦桿を握ったまま、息を止めた。
アークエンジェルは生きている。ストライクもまだ動く。
だが、助かったとは思えなかった。
残骸の中に、黒い機体がいた。
レイダー。
クロト・ブエルの機体。
地球軍の少尉で、たぶんアークエンジェル側の人間。
それでも味方という表現には収まりきらない。
命令を聞いているようで、誰にも縛られていない。
怖い人だ、と思う。
だが、戦っているときのレイダーは、確かにこちら側にいるように見えた。
その機体が、今は動いていなかった。
あちこち損傷しており、識別信号は出ているが、途切れかけていた。
このまま見なかったことにすれば、もう関わらずに済むのかもしれない。
そう思ってしまった自分に、息が詰まった。
キラは通信回線を開いた。
*
赤い警告灯が、コクピットの内壁を染めている。
裂ける機体。
動かない操縦桿。
ヤキンか。
違う。
これはヘリオポリスの残骸だ。
レイダーのモニターは半分死んでいた。
クロトは歯を噛み合わせた。
息が浅かった。
指先が痺れて、操縦桿の感覚がほとんどなかった。
薬が切れている。
「……クソ」
左手を操縦桿から剥がし、薬品ケースを引き寄せる。
冷たいものが喉を通った瞬間、白い火花が頭の奥で弾けた。
心臓が乱暴に動き始める。
それは回復というより、再起動だった。
警告表示がまた増える。
推進系、応答遅延。
姿勢制御、片側不安定。
外部通信、断続。
バッテリー残量、危険域。
右腕部装甲、損傷。
脚部フレーム、歪み多数。
変形機構、ロック不全。
動けないわけではないが、無理に動かそうとすれば壊れる。
少なくとも母艦を探し回るだけの余裕はなかった。
「寝てろってか、このまま」
舌打ちすると、直後に通信が届いた。
『……聞こえますか』
細い声に、クロトは眉を寄せた。
「聞こえてるよ。うるさい」
『動けますか?』
「お前は船を見てろって言っただろ」
『でも、反応が途切れて──』
「そりゃ、途切れることもあるだろ」
視界の端にストライクが入る。
片腕を空けたまま、残骸の間を抜けてくる。
その動きは意外なほど滑らかだった。
そりゃ、身体を弄られなきゃ動かせないこっちとは出来が違うってか。
ストライクがレイダーの近くで姿勢を合わせる。
『曳航します。アークエンジェルに戻らないと』
「命令でもされたか、民間人」
『放っておけないので』
クロトは喉の奥で笑った。
「あのままやられてたら楽だったかもな」
『……ワイヤー、つなぎます』
「聞けよ」
『聞いてます』
ストライクの腕が伸び、レイダーの肩部フレーム近くにワイヤーが固定される。
あれだけ大口を叩いておいて、あの少女に助けられている。
その有り様が、ひどく気に食わなかった。
レイダーは、この不自由な身体を閉じ込める檻だった。
それでも、乗っていれば自由だった。
なのに今は、身動きできず白い機体に引かれている。
ワイヤーが張ると、レイダーの巨体がゆっくり引かれ始める。
周囲を漂っていた残骸がコクピット近くに当たった。
「下手くそ」
『すみません』
「謝ってんじゃねえよ。余計ムカつく」
返事はなかった。
クロトもそれ以上は言わなかった。
喋れば喋るほど、ろくでもないことを口にしてしまいそうだった。
薬が血管の中を走り、視界が鮮明になる。
アークエンジェルの白い船体が、残骸の向こうに浮かんでいた。
無傷にはほど遠いが、それでも船は生きていた。
帰る場所。
クロトはその言葉を噛み潰した。
あれは帰る場所じゃない。
ただの足だ。
ストライクはレイダーを引いたまま、格納庫へ滑り込んだ。
固定アームがレイダーを掴み、機体が軋む。
ハッチを開けると、整備班の怒鳴り声と足音が流れ込んだ。
「少尉、動けますか!」
下にナタルがいて、目でクロトを確認した。
その隣でマリューが口を閉じた。
少し離れて、ムウが損傷したレイダーを見上げている。
「機体の状況は?」
「見たまんま。動くけど、無理すりゃバラける」
「身体の確認は?」
「いらねぇよ」
「艦長命令だ」
「そういうのは、こいつを直してからにしろよ」
クロトはヘルメットを外した。
薬は効き始めている。
なのに、身体のどこかが遅れる。
梯子を降りる途中で膝が一度抜けかけ、手すりを掴んだ。
マリューが一歩前に出た。
「少尉、最低限の確認だけでも──」
「触んな」
クロトはその横を抜けた。
視界の先に、ストライクから降りてくるキラがいた。
彼女はヘルメットを抱え、立ち止まっていた。
レイダーの損傷。
ナタルたちの硬い空気。
手すりを掴んだクロトの手。
その全部を見て、細い肩がわずかに強張った。
それがまた、無性に腹が立った。
「何見てんだよ」
キラは一瞬だけ唇を動かすと、ヘルメットの縁を握り直した。
「……すみません」
「謝んな。余計ムカつく」
クロトは格納されたレイダーを見た。
右肩、脚部、推進、変形機構。
どれもひどい有様だったが、完全に死んではいない。修理できる範囲だ。
それだけが救いだった。
クロトは格納庫を出た。
救命ボート発見の報が入ったのは、それから少し後だった。
船内は休む間もなく動き続けた。
レイダーとストライクの応急処置。
アークエンジェルの損傷確認。残骸が広がるヘリオポリス宙域からの離脱準備。
そこへ、救命ボートの収容が加わった。
救命ボートから、避難民が降ろされた。
キラの周りに、何人かの若い民間人が集まった。
その中に赤い髪の少女がいた。
フレイ、と誰かが呼んだ。
名前と顔に、少しだけ覚えがあった。
たしか、どこかのポッドに乗っていて、ドミニオンに拾われた女だ。
そんな記憶の断片だけが頭の奥に引っかかる。
今は、どうでもいい。
彼女はキラを見つけるなり近づき、何かを言った。
キラは動きを止めていた。
友人たちに囲まれ、何かを話している。
ここはもう、ヘリオポリスの中ではないというのに。
クロトはすぐに視線を外した。
増えたのは避難民だ。キラの関係者だ。
それ以上でも以下でもない。
そこから先の時間は、うまく繋がらなかった。
応急修理。残骸宙域からの離脱。クルーゼ隊からの逃走。進路変更。
眠った覚えはない。
ただ、いつのまにか意識が落ちていた。
次に意識が戻ったとき、アークエンジェルはすでに地球連合の宇宙要塞、アルテミスへ向かっていた。
同じ地球連合に属しているとはいえ、アークエンジェルは大西洋連邦の艦だ。
一方、アルテミスはユーラシア連邦が管轄する拠点である。
味方の港へ向かっているはずなのに、艦内に流れる空気はどこか硬かった。
やがて、前方の闇に巨大な構造物が浮かび上がった。
アルテミス要塞。
それは宇宙に浮かぶ巨大な殻のように見えた。
鉄壁の防御を誇る光波防御帯が、傘のように要塞全体を覆い、星の光をかすかに歪ませている。
クロトには、透明な鳥籠に見えた。
外敵は入って来れないが、中のものも出られない。
アークエンジェルは傘の内側へ誘導された。
損傷艦の受け入れ、乗員の保護、兵装の確認、機体の安全管理。
管制の口調は整っていたが、敵意は隠していなかった。
格納庫では整備班がレイダーとストライクを動かせないよう固定し、ストライクはキラが起動系統を閉じていた。
彼女が開けなければ、操縦系統も記録も覗けない。
だが、存在まで隠せるわけではない。
レイダーもストライクも大きすぎる。アークエンジェルも。
到着後、艦内の空気は硬くなった。
要塞の中から現れたアルテミス兵は銃を下げていた。
流石に構えてはいなかったが、安全装置に掛けられた指は隠していなかった。
先頭に立つ男は、アルテミス司令官ジェラード・ガルシアと名乗った。
ユーラシア連邦軍の制服を隙なく着込んだ、禿頭の男。
声は落ち着いていた。
「よくぞ無事に辿り着かれた。損傷艦と乗員は、当要塞が責任をもって保護します。もっとも、確認すべきことは多いがね」
言葉だけ聞けば、正しい。
医療班、区画、被害報告。ひとつひとつは通常の軍務と変わらない。
だが、ユーラシア連邦と大西洋連邦は犬猿の仲だ。
プラントという共通の敵がいなければ、戦争が起こっても不思議ではないくらいに。
クロトはブリーフィングルームの壁際に立っていた。
座れと言われたが座らなかった。
腰を下ろせば、服の内側に忍ばせた拳銃を抜くのが遅れる。
キラは少し離れていた。
民間人の友人たちとは引き離され、ストライクのパイロットとしてマリューの近くに置かれている。
ガルシアの視線がマリュー、ナタル、ムウを撫で、最後に格納庫の方角へ向いた。
「貴艦は到着をもって、当要塞の管轄下に入る。艦、兵装、搭載機、戦闘記録は、ユーラシア連邦軍が接収する」
「本艦は第八艦隊所属です。貴官への指揮権移譲には、正式な命令系統の確認が必要です」
「同じ地球連合軍だ。ならば、要塞司令官である私が預かっても問題はあるまい?」
「正式な命令なしに、本艦の指揮権を渡すことはできません」
「渡す、ではない」
ガルシアは薄く笑った。
「こちらで預かると言っている。貴艦は損傷し、乗員も疲弊している。判断能力に疑義がある以上、要塞側が安全を確保するのは当然だ」
マリューの声が低くなった。
「それは拿捕ということですか?」
「言葉は選びたまえ、艦長代理。ここは混乱した前線ではない。ユーラシア連邦軍の誇るアルテミス要塞だ」
ガルシアの視線がまた格納庫の方角へ向いた。
「ストライク、レイダー。どちらも極めて重要な機体だ。操縦系統、戦闘記録、登録データはすべてこちらで確認する」
「両機の整備は本艦の整備班が継続中です」
「引き渡してもらう」
ガルシアは、そこで初めて笑みを消した。
「これは要請ではない」
引き渡す。
その言葉で、クロトの指が止まった。
「クロト・ブエル少尉、だったな」
「だったら?」
「若いな。だが少尉で、あの機体の専任パイロットだ。確認すべきものはいくらでもある」
部屋の空気が一段冷えた。
クロトの指が服の内側を掴みかけて止まった。
「確認?」
「どうやら興奮状態にあるらしい。適切な処置が必要だ」
「処置ね」
「君の身柄も保護下に置く。あの機体を扱える以上、放置できる対象ではない」
保護。クロトは笑った。
「僕の何を保護すんだよ?」
「君の精神状態はこの要塞の安全に関わる。本人の申告で済む話ではない」
兵士の一人が半歩前に出た。
クロトは力を抜いた。すぐ動けるように。
ムウが横から軽く手を上げた。
「まあまあ、そう急がなくてもいいんじゃないの。こっちも着いたばっかりで、みんな気が立ってる」
「だからこそ管理が必要なのだ、フラガ大尉」
ガルシアの声は、アークエンジェルの逃げ道を削っていく。
「ストライクのパイロットについても同様だ」
キラの肩が動いた。
「民間人で、しかも少女。にもかかわらずG兵器を稼働させた。非常に興味深い」
ガルシアの視線が、キラの顔から胸元へと落ちる。
一瞬だったが、隠す気すらないようだった。
「地球軍に与する、裏切り者のコーディネイター。貴重な例だ。機体だけでなく、君自身も調べる価値がある」
キラの肩が硬くなった。
「彼女は協力者です。強制的な扱いは認められません」
マリューが一歩前に出た。
「強制ではない。保護と確認だ」
同じ言葉がまた来た。
ガルシアの視線が再びキラに止まった。
「ストライクを動かせるのは彼女だけだ。機体を接収する以上、彼女だけを別扱いにはできん」
「彼女は人間です」
マリューの声が硬くなった。
「機体ではありません」
「当然だ。だから丁重に扱うと言っている」
キラは唇を引き結んだ。
「でも、私は……」
「心配はいらん。別室で私自らじっくりと調べさせてもらうとしよう」
キラは顔を上げ、マリューとナタルを見た。
ガルシアが兵士に目配せをした。
「連れて行け。丁重にな」
兵士がキラに近づいた。
「でも、私は──」
キラの足が半歩下がった。
兵士の手が、逃がさないと言わんばかりにキラの腕を掴んだ。
その瞬間、クロトは自分が動いたことに一拍遅れて気づいた。
兵士の手首を掴むと、振り向くよりも一瞬早く、関節を逆方向へ捻った。
折るほどの勢いはなかったが、銃を抜く余裕を奪うには十分だった。
「貴様っ……!」
もう一人が銃に手を伸ばすと、乾いた音がした。
クロトの手には、懐に隠していた拳銃が収まっていた。
銃が床を跳ねた。
手を撃ち抜かれた兵士が、遅れて悲鳴を上げる。
「次、動いたら頭」
クロトは悲鳴を上げた兵士の手首を捻ったまま、ガルシアを見た。
ナタルが鋭く名を呼んだ。
「少尉!」
「うるさい」
銃口がガルシアへ向く。
ガルシアの顔から柔らかさが剥がれた。
「何のつもりだ、少尉。武器を下ろしたまえ」
「僕に命令すんな」
短い銃声がもう一度響いた。
ガルシアの横の壁が弾けた。
破片が頬を掠め、ガルシアが初めて息を止める。
「次は外さない」
キラを掴んでいた兵士の手は、もう離れていた。
キラは腕を抱えたまま固まっている。
それが、なぜか腹立たしかった。
クロトは見返さなかった。
銃口はガルシアに向けたままだった。
ユーラシア兵の一人が、銃を上げようとする。
クロトの指が、引き金に沈む。
「動くな」
声は自分でも平らに聞こえた。
ユーラシア兵の銃口は止まらなかった。
ゆっくりではない。訓練どおりの速さで、クロトの胸へ狙いを付ける。
クロトも銃を下げなかった。
ガルシアの顔から外さないまま、引き金にかけた指を沈める。
マリューが息を呑む気配がした。
ナタルの靴底が床を擦る。
アルテミス兵の肩が固まり、クロトの視界の端で、銃口がもう一つ増えた。
その線を切るように、ムウが滑り込んだ。
クロトとガルシアの間だった。
真正面というよりも、撃てば反撃できる場所へ自分の身体を置く。
片手をクロトへ向け、もう片方をユーラシア兵へ向けた。
「はい、そこまで。ここでそいつを撃ったら、大西洋連邦とユーラシア連邦で戦争だぜ」
マリューはキラの前へ半歩入った。
ナタルはクロトを睨んでいた。
だが、視界の端ではアルテミス兵の位置も拾っている。
ガルシアは、すぐには答えなかった。
クロトの銃口はまだ下がっていない。
誰も、先には動けなかった。
そのとき、床が跳ねた。
遠くで何かが爆ぜる音がした。
照明が赤に落ち、壁のスピーカーが割れた声を吐き出す。
『防御帯内に敵影。繰り返す、防御帯内に敵影。第三隔壁、損傷』
アルテミス兵の銃口が揺れた。
ガルシアの顔から、初めて余裕が消えた。
「馬鹿な。傘の内側だと!?」
二度目の衝撃が来た。
天井のパネルが鳴り、細かな埃が落ちる。
誰も、もうそれどころではなかった。
*
アルテミスの通信は、途切れるより先に次の報告を重ねてきた。
『外部防御システムに損傷! アルテミスの傘、部分消失!』
『未確認機、内側に侵入!』
『光学捕捉不能の機体を確認!』
『外周に敵MS! クルーゼ隊と思われるモビルスーツ隊を確認!』
壁のスピーカーは割れた音を吐き続けている。
足元から、要塞全体の震えが伝わってきた。
さっきまでクロトの銃口とガルシアの顔に張りついていた空気が、別の形に歪む。
アルテミス兵の目が、クロトから通信端末の赤く染まった表示へ散った。
クロトは笑った。
「ここは安全、なんだっけ?」
ガルシアが睨んだ。
だが、もうクロトだけを見ていられる状況ではなかった。
傘の内側に敵がいる。
その言葉だけで、要塞司令官の声から余裕が削れていく。
ムウがマリューへ顔を向けた。
「艦長、今のうちだ」
「アークエンジェルへ戻ります。全員、急いで!」
「待ちたまえ!」
ガルシアの声が追った。
「貴艦はまだ当要塞の管理下に──」
また衝撃が来た。
床が沈むように揺れ、天井のパネルが細く鳴った。
兵士の一人がバランスを崩し、銃口がわずかに下がる。
誰も、それを咎める余裕はなかった。
クロトは銃口を下げた。
引き金にかけていた指を外し、拳銃を服の内側へ戻す。
今は撃ち合っている状況ではなかった。
通路に出ると、そこはもう要塞の中というよりも、壊れかけた巣の中だった。
アルテミス兵が逆方向へ走り、隔壁の前で怒鳴り合っている。
非常灯が壁を赤く照らし、足音と警報が重なって、アルテミスは完全に統制を失っていた。
キラはマリューの後ろを走っていた。
掴まれていた腕を、反対の手で押さえている。
クロトは舌打ちして、腕ではなく首根っこを掴んだ。
「もたもたすんな」
「え──」
「戻りたいなら一人で戻れ」
無理やり引っ張ると、キラの身体が遅れてついてきた。
数歩遅れて、キラがこちらを見た。
「レイダーは……ロックしなくて良かったんですか」
「勝手に覗いてくれた方がいいんだよ」
キラは口を閉ざした。それ以上、説明する気はなかった。
説明しなくても、すぐに分かることだ。
格納庫の扉が開いた。
最初に見えたのは、ストライクの前で立ち往生しているアルテミス兵だった。
端末を抱え、外部接続を試している。
だが起動系統は閉じていた。
キラが解除しなければ、たとえ他の整備兵でも動かせない。
目的の機体はそこにあるのに、鍵穴の前で手をこまねくしかなかった。
その隣で、レイダーには外部端末のケーブルが刺さっていた。
端末の画面に文字が走る。
機体ロック、なし。
操縦系統、外部照会可能。
登録データ、照合中。
繋いだ。
覗いた。
記録は残った。
それで十分だった。
アルテミス兵の一人が、コクピットハッチへ手を伸ばす。
開いた機体を、さらに中まで覗くつもりで。
そこから先は別料金だ。
「触んな」
クロトは背後から兵士の手首を掴んだ。
振り向くより早く、肘を逆方向へ押し込みながら膝裏を蹴る。
兵士の身体が折れ、床へ落ちた。
もう一人が銃に手を伸ばす。
クロトは半歩踏み込んで手首を払うと、喉元に肘を入れる。
息の詰まる音がして、兵士が後ろへ崩れた。
「そこまで見りゃ十分だろ」
キラはストライクの足元で見ていた。
クロトは見返さなかった。
「また少尉は……!」
遅れて格納庫に戻ってきたナタルの声が飛んだ。
「だったら先に止めとけよ」
返事を待つ前に、爆発が起きた。
格納庫の奥で光が弾け、開きかけたハッチの向こうから白い閃光が差し込む。
整備員が伏せ、アルテミス兵が外を振り返った。
もう誰も、ガルシアの接収命令だけで動ける状況ではなかった。
「起動準備! すぐに出られますか!」
警報と通信の乱れを縫うように、マリューの声が響いた。
「このまま出す」
クロトはレイダーを見上げた。
まだまともに動かせる機体ではない。けれど、ここに置いていけば、また誰かが触ろうとする。
キラはストライクへ上がっていた。
クロトは視界の端でそれを見ただけで、レイダーへ乗り込んだ。
シートに身体を沈める。
起動前の機体はまだ沈黙していた。
それでも、どこが死んでいて、どこがまだ動くかはすぐに分かった。
「こんなとこでくたばるのはゴメンだよな」
起動。
警告。
拒否。
再入力。
モニターが戻った。
格納庫のハッチが開くと、アルテミスの傘は破れていた。
戦艦の主砲すら通さない光の膜に、巨大な穴が空いている。
そこから敵が入ってくるのではない。
もう中に侵入していた。
見えない機体が内側から砲台を切り裂く。
残った砲台が応射するが、火線は虚空へ逸れるだけだった。
『未確認機、なお捕捉不能!』
『砲台四番、応答なし!』
『第三隔壁、損傷!』
声だけが増える。
命令にはならない。
外縁ではバスターの火線が走った。
太い光が防御帯の端を焼き、破れた膜をさらに広げる。そこへ別のMSが取りつき、要塞の外殻へ火を叩き込む。アルテミスの管制は叫んでいた。だが、叫びは次の警報に潰されていった。
守るための光が、壊れるたびに内側を照らした。
アークエンジェルの係留が外れる。
白い船体が、ゆっくりと動き出した。
ガルシアの声が通信の奥で何かを命じている。
だが混線に呑まれて、言葉の意味は分からなかった。
安全な場所とは笑わせる。
レイダーのモニターに、破れたアルテミスの輪郭が映っている。
その内側へ入った途端、守るはずの傘は檻になった。
その檻を破ったのは、味方ではない。
外の敵だった。
敵に破られた檻から、敵のいる外へ逃げただけだ。
まだ終わっていない。
あるのは、どこかに身を隠すためのわずかな時間だけだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、アークエンジェルに新たな火種が持ち込まれる話になります。