ヴェサリウスの士官用区画は静かだった。
隔壁の向こうでは、合流を済ませたガモフとの通信音声が低く重なっている。
アスランは、その一角にある応接室でラクスと向かい合っていた。
報告は単純だった。
ラクスを乗せた救命ポッドを、アークエンジェルが拾った。
戦闘になり、アークエンジェルはラクスの名でクルーゼ隊を退かせた。
その後、ストライクのパイロットがラクスを返しに来た。
読めば分かる。
だが、納得できることとは違った。
ラクスはすでに簡単な診察を終えていた。外傷はない。
汚れた衣服も替えられ、髪も整えられている。
ラクスは無事だった。
そのことに安堵するより先に、別の事実が頭から離れなかった。
キラが来た。
ストライクに乗って、ラクスを返しに来た。
そして、戻ってしまった。
手の届く距離にいたはずなのに、ヴェサリウスへ連れて来られなかった。
「ユニウスセブンへの追悼慰霊団の船が、地球軍の艦と接触した」
アスランが言うと、ラクスは頷いた。
「はい。わたくしは、皆さまに逃がしていただきました」
「その救命ポッドを、アークエンジェルが回収したと」
「はい」
ラクスの声は静かだった。疲れは残っている。だが、膝の上の手は動かなかった。
「その後、戦闘になった」
「はい」
「アークエンジェルは、君を人質として利用した」
言葉にすると、喉の奥がわずかに詰まった。
人質。
その意味は誰にでも分かる。
撃てばラクスを巻き込む。撃たなければアークエンジェルは生き残る。
単純で、効果的な手段。だからこそ、不快だった。
ラクスは少しだけ目を伏せた。
「わたくしが、あちらにおりましたから」
「君を盾にした」
思わず、声が硬くなった。
ラクスはすぐには答えなかった。
「そう思われた方も、いらしたと思いますわ」
アスランは拳を握った。
否定でも、責める声でもなかった。その分、余計に収まりが悪い。
「そして、キラが君を返しに来た」
「はい」
名前を口にした瞬間、軍人として整えていたものが少し崩れた。
キラ・ヤマト。
ストライクのパイロット。
ヘリオポリスで別れた幼なじみ。
同じコーディネイターで、こちらへ来られるはずだった相手。
報告書の中のキラは、ただのストライクのパイロットだった。
だが、銃を向ける相手なのか。連れ戻す相手なのか。
アスランには、まだ決められなかった。
「キラは、自分から君を返しに来たんだな」
「はい。わたくしを、こちらへ」
「なのに、あの艦へ戻った」
ラクスは頷いた。
「アークエンジェルへ、お戻りになりました」
「なぜだ」
問いはラクスに向けたものではなかった。
答えを知っているはずもない。そう分かっていても、言葉が出てきた。
ラクスは少しだけアスランを見た。
それは責めるような視線でも、慰めるような視線でもなかった。
「キラさんには、キラさんのお考えがあったのだと思います」
「その考えが、連合に残ることか」
語尾が強くなった。
ラクスは黙った。
沈黙は、肯定にも否定にもならなかった。
アスランは視線を落とした。
端末には、あの時の航跡と通信記録が残っている。
ストライクは単独で接近し、ラクスを引き渡した後、反転してアークエンジェルへ帰投した。
レイダーも、メビウス・ゼロも追ってこなかった。
クルーゼのシグーは、ストライクを押さえられる位置にいた。
見ていた。
分かっていた。
ラクスが止めなければ。あるいは、アスランがそれを無視していれば。
「先に卑怯な手を使ったのは地球軍だ。なら、あの場で……」
キラを捕まえられた。そう続けるつもりだった。
ストライクのパイロットを押さえれば、アークエンジェルの戦力は落ちる。
キラを戦場から引き離すこともできる。
軍人として考えれば、迷う理由はなかった。
それでも、言い切れなかった。
キラはラクスを返しに来た。
ザフトに捕らえられるためではなく、ラクスを帰すために。
ラクスは、責めなかった。ただ、静かに言った。
「キラさんは、わたくしを返してくださいました。ザフトに捕らえられるためではありませんわ」
アスランは返せなかった。
ラクスの声は柔らかい。だが、その短い一言に、彼は視線を逸らした。
「レイダーは」
話題を変えたという自覚があった。それでも、聞かずにはいられなかった。
「君は、あの機体のパイロットと話したのか」
ラクスはわずかに瞬きをした。
「クロトさま、ですわね」
その名は、通信越しに聞いた名だった。
ミゲルを殺したレイダーのパイロット。
ヘリオポリス以来、クルーゼ隊の前に立ちはだかってきた連合兵。
そして、今もキラの近くにいる男。
「どんな男だった」
問う声に、自分でも棘が混じったのが分かった。
ラクスはすぐには答えなかった。
少し考えるように、視線をテーブルの端へ落とした。適切な表現を探しているようにも見えたが、アスランにはそれ以上は分からなかった。
「そうですね。面白い方でしたわ」
アスランは眉を寄せた。
「面白い?」
「はい」
「面白い、で済む相手じゃない。あいつは俺たちの敵だ」
声が低くなった。
ラクスは否定しなかった。ただ、静かに微笑みながらアスランを見ていた。
「ええ。きっと、そうなのでしょうね」
その答えに、アスランはかえって苛立った。
恐ろしい男だった、と言われた方がまだ分かりやすかった。
卑怯な男だった、と言われれば、迷わず敵として見られた。
なのに、ラクスはそう言わなかった。
面白い。その言葉が、アスランの抱いていた輪郭に余計な線を入れた。
クロト・ブエル。
あの男がなぜキラを止めなかったのか。なぜラクスを返すことを許したのか。
考えても、答えは出なかった。
ただ一つ、分かることはあった。
キラを敵と決めるには、まだ迷いがあった。
だが、あの男を敵と決めることには、迷いがなかった。
次に戦場で会えば、あのレイダーは必ず前に出てくる。
キラを連れ戻すにしても、止めるにしても、アークエンジェルを討つにしても。
まず、あの男を排除しなければならない。
扉の外で、短い電子音が鳴った。
『ラクス・クライン嬢の移送準備が整いました。護送艇は第二区画で待機中です』
ラクスは驚かなかった。
膝の上に置いていた手を、そっと重ね直しただけだった。
「……もう行くのか」
「はい。わたくしを乗せたままでは、この艦も動きにくくなってしまいますもの」
ラクスは静かに立ち上がった。
「アスランは、ちっとも嬉しそうではありませんね」
返す言葉が、一拍遅れた。
「……戦争は、笑ってするものではありませんよ」
「そうかもしれませんね」
それだけ言って、ラクスは扉の向こうへ消えた。
アスランは、しばらく閉じた扉を見ていた。
護送艇が離れれば、ヴェサリウスは再び戦場へ戻る。
キラは捕らえられなかった。
そして、その近くにはクロト・ブエルがいる。
まず、あの男を落とす。
キラを連れ戻すのは、それからだ。
*
ストライクが戻ると、キラとクロトは作戦室へ呼び出された。
まだ第八艦隊本隊とは合流していない。
アークエンジェルは単艦のまま、損傷確認と航路修正を進めていた。
その前に、片づけるべき問題があった。
ラクス・クラインを乗せたストライクが、命令を受けずに発進した。
保護対象だったラクスは、ザフトへ返還された。
それを誰の責任として扱うのか。
二人は、そのために呼ばれていた。
作戦室には、マリュー、ナタル、ムウがいた。
「キラ・ヤマト」
ナタルの声が落ちた。
「君は、無断でストライクを発進させた。しかも我々の保護対象であるラクス・クラインを乗せてだ」
「……はい」
「命令違反だ。状況によっては、本艦を危険にさらした」
キラは俯いたまま、反論せずに頷いた。
「ラクスを、返すべきだと思いました」
「思っただけで、軍の機体を動かしたと?」
ナタルが返すと、キラは黙り込んだ。
ストライクは軍の機体で、ラクスはただの避難民ではない。
彼女はプラント議長の娘であり、ザフトを退かせるために人質として使われた。
正しかったかどうかは関係ない。
だが、それを見たキラは命令を破り、彼女を返した。
だから、その行為は誰の責任なのかを決めなければならない。
「ブエル少尉」
今度は、ナタルの視線がこちらへ向いた。
「君にも確認することがある。ストライク発進時、君には阻止命令を出した。なぜ応答しなかった」
「撃墜していいなら、すぐ動いたかもね」
キラが息を呑んだ。
レイダーでストライクを止めること自体は難しくない。
ただし、ストライクや中の人間の無事までは保証しない。
「誰が撃墜しろと言った」
「じゃあ、どうやって止めろって?」
ナタルはすぐには返さなかった。
命令を聞かなかった。
その一点だけを見れば、クロトの責任になる。
だが、撃墜していれば、もっと面倒な事態になったかもしれない。
プラント議長の娘を乗せた機体を、ブルーコスモスを名乗る連合兵が撃墜した。
それがどういう事態を引き起こすのかは明白だった。
「詭弁だな。君は、自分が何を言っているのか分かっているのか」
「分かってるよ」
クロトは薄く笑った。
「地球連合軍がプラント議長の娘を拾いました。人質に使いました。そのあと、ヘリオポリスで拾った民間人が返しました。止めろと言われた奴は、動きませんでした」
作戦室が静かになった。
「正直に書くなら、そうなるんじゃないの」
ナタルは返さなかった。
どれを正面から書いても、誰かが処分対象になる。
沈黙を破ったのは、マリューだった。
「……この件は、彼女一人の責任にはしません」
ナタルが顔を向けた。
「艦長」
「ラクス・クラインを本艦が抑止として使ったことも、事実です。彼女の独断だけを切り離して処分することはできません」
「しかし、命令違反は命令違反です」
「ええ」
マリューはキラを見た。
「キラさん。あなたのしたことは、命令違反です」
「……はい」
「処分として、艦内清掃を命じます。戦闘配備時を除き、指示された区画の清掃を行ってください」
キラは戸惑いながら頷いた。
「ブエル少尉」
「僕も?」
「あなたも同じです。阻止命令への不応答は記録します。処分として、艦内清掃を命じます」
クロトは眉を上げた。
「やったことないんだけど」
「艦内清掃を、か?」
ナタルの声が少し低くなった。
「少尉は、階級上先任になります。彼女に作業手順を教え、監督してください」
「だから、やったことないって言ってるんだけど」
「では、覚えてください」
マリューは静かに言った。
「二人とも、この艦にいる以上、必要な作業には従ってもらいます」
「へえ」
クロトは口の端を上げた。
「この艦って、変なことさせるね」
「命令違反よりは、よほど普通です」
ナタルの視線が刺さったが、クロトは笑って受け流した。
作戦室を出ると、通路の空気は少し冷たかった。
キラが後ろからついてくるのが、足音で分かった。
「さっきの」
「言っとくけど、きみのためじゃないよ」
クロトは振り返らず、歩きながら言った。
「僕はどっちでも良かった。……そんなことより」
クロトは足を止めた。
振り返ると、キラは少し遅れて立ち止まった。
「ラクスを返したかったんだろ」
「……うん」
「なら、渡してそのまま向こうに行けばよかったじゃん」
キラはすぐには答えなかった。
「イージスのパイロットに返したんだろ。アスラン・ザラだっけ」
キラの指がわずかに強張った。
「あんなの相手に、一機でのこのこ行って、よく撃たれなかったね」
「ラクスが、いたから」
「ああ、そりゃそうか」
クロトはそこで一度言葉を切った。
あの赤い機体は、何度もレイダーを殺しに来た。
他の雑魚とは、明らかに格が違う。
そんな危険な相手に、キラはストライク一機で近づいた。
ラクス・クラインが乗っていなければ、どうなっていたか分からない。
「ザフトはラクスを受け取った。きみは撃たれなかった。なら、そのまま向こうに残ればよかった」
「でも」
「でも?」
キラの喉が小さく動いた。
「ここに、戻らなきゃって」
「なんで」
「……分からない」
答えがないことくらい、最初から分かっていた。
それでも聞いた。
分かっていて聞くのは、だいたい性格が悪い。
「分からないなら、分からないでいいけど」
クロトは言った。
「それで怒られて、清掃まで押しつけられたんだろ。変なの」
「……ごめんなさい」
「僕に謝ることじゃないでしょ」
キラは目を伏せた。
泣きそうな顔ではなかった。
ただ、何を言えばいいのか分からないような顔だった。
「戻ったら、こうなるのは分かってたでしょ」
「うん」
「向こうに行くよりまし?」
「分からない」
その答えは少しだけ意外だったが、クロトはそれ以上聞かなかった。
ほどなく、アークエンジェルは第八艦隊本隊と合流した。
艦外モニターには、いくつもの艦影が映っていた。
通信が増え、マリューの指示が飛び、通路を行き来する兵の数も増えた。
避難民の区画では、空気が少し変わった。
助かった、という声がどこかで漏れた。
だが、クロトにとって、合流は解放ではなかった。
レイダーの所属確認。
パイロットの身元確認。
今後の移管先。
それを決める人間が、アークエンジェルの外にも増えただけに見えた。
その日のうちに、クロトは呼び出された。
指定された区画は、アークエンジェル内ではなかった。
レイダーは格納庫に残され、クロトだけが連絡艇へ乗せられた。
行き先は、第八艦隊旗艦メネラオス。
地球連合軍の第八艦隊司令官、デュエイン・ハルバートン提督が座乗する艦だった。
アークエンジェルが合流を目指していた相手。
マリューたちに命令を出せる側の艦。
そして、クロトとレイダーを第八艦隊の戦力として扱うのか、アラスカへ送る積み荷として扱うのかを決める場所だった。
案内の兵は余計なことを言わなかった。
クロトを見る目は、レイダーのパイロットを見る目でも、子どもを見る目でもなかった。
書類上の階級と実物の年齢を、どう並べればいいか分からない目だった。
通された部屋は広くなかった。
机と椅子、壁面端末、艦隊章。
余計な飾りはない。
ハルバートン提督は、机の向こうで立っていた。
クロトが入ると、同席していた士官へ目だけで合図を送る。
士官は一礼し、部屋を出た。
扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
「クロト・ブエル少尉、だったな」
「書類上は、そうですね」
ハルバートンは、その皮肉に眉を動かさなかった。
机の上には、薄い端末が一枚置かれている。
表示されている文字は、こちらからは読めない。だが、何の話をするために呼ばれたのかは分かった。
「君の書類を確認した」
ハルバートンは、まっすぐに言った。
「地球連合軍第八十一独立機動群所属。階級は少尉待遇。GAT-X370レイダー、テストパイロット」
「よくできてるでしょ」
「ああ。よくできている。機体は本物だ。型式も登録もある。開発費の流れも、配備命令も、君の任官記録も存在する」
褒めた声ではなかった。
クロトは笑わなかった。
よくできている。
その言葉は、出来がいい兵器を眺める時の言い方に近かった。
少なくとも、まともな少年兵に向ける声ではない。
「だが、レイダーは私の把握していた当初のG計画にはなかった」
ハルバートンは端末へ目を落とした。
画面の光が、提督の顔を下から薄く照らす。
「X300系の可変機。その発展案として、設計資料そのものは存在していた。だが、ヘリオポリスで製造する機体として、最初から組み込まれていたわけではない」
「じゃあ、後で追加されたんですね」
「そうだ。支援する代わりに、この機体を追加で造れとな」
ハルバートンは端末から目を離した。
その視線が、クロトの腕へ移る。
袖口から覗く古い針跡。
無理に整えた軍服。
年齢に合わない階級。
マリューたちのように、そこで目を逸らしはしなかった。
だからといって、同情の色もなかった。
ただ、確認している目だった。
「ムルタ・アズラエル」
その名前が出た瞬間、部屋の空気が少し硬くなった。
クロトは黙っていた。
返事をすれば、何かを認めることになる。
黙っていても、何かを認めたように見える。
どちらでも大して変わらない。
「レイダーの追加配備。君の少尉待遇。アークエンジェル合流後の移管先。すべて、あの男が裏で関わっているようだな」
「よく知ってるじゃん」
「知っていなければ、この艦隊は預かれん」
ハルバートンは淡々と言った。
「だが、知っているのは書類に残る範囲だけだ。君が何者なのか、までは知らん」
「知らない方がいいですよ」
「そうかもしれん」
否定はしなかった。
知らなくていい、と切り捨てるのでもなかった。
「だが、知らないままでは危うすぎる。だから、君を呼んだ」
艦体を伝う低い振動が、床の下からかすかに響いていた。
アークエンジェルではない艦の音。
別の軍の、別の命令系統の中にいる音だった。
「アークエンジェルはこれから大気圏へ降下し、アラスカに向かう。ザフトが追ってくるなら、君とレイダーは必要になる」
「正直ですね」
「綺麗な言葉で包んだところで、君は信用せんだろう」
クロトが口の端だけを上げると、ハルバートンは机の端末を消した。
画面の光が消え、部屋の輪郭が少し暗くなる。
「君は、アークエンジェルを守る意思があるか」
「守る、ね」
クロトはわざとらしく首を傾げた。
「そういう言い方、好きじゃないんだけど」
「では言い換えよう。アークエンジェルが沈めば、君も困るか」
「今は、ね」
ハルバートンの声は変わらなかった。
その答えで十分だと、最初から分かっていたような顔だった。
「君が何を考えているかは問わん。だが、今アークエンジェルが沈めば困る。なら、君は戦う。そう考えていいか」
「いいんじゃない」
「ならば、降下完了まで君をアークエンジェルの戦力として扱う」
クロトは少しだけ目を細めた。
戦力。
便利な言葉だった。
兵器も、人間も、その一語に入る。
入れてしまえば、あとは配置するだけで済む。
「そこから先は?」
「君の処遇は、アラスカで改めて判断される」
「つまり、先送りすると?」
「そうだ」
ハルバートンはあっさり認めた。
「君の処遇を、ここで私が勝手に決めることはできん。それに、今すぐアークエンジェルから引き剥がす必要もない」
「あのオッサン、怒るんじゃない?」
「だろうな」
ハルバートンは短く息を吐いた。
「だが、戦場で必要な戦力を外すほど、私は余裕のある司令官ではない」
言い訳ではなかった。
綺麗な建前でもなかった。
必要だから使う。
ハルバートンは、そこを隠さなかった。
「私は君を戦場へ出す。必要なら命令もする。その前に、君が命令を受けるかを確認している」
「面倒ですね」
「命令系統とは、そういうものだ」
つまらない答えだった。
けれど、嘘ではなかった。
「ストライクの彼女も同じだ」
キラの顔が浮かんだ。
命令を破ってラクスを返し、戻ってきて、分からないと答えた顔。
クロトはすぐに追い払った。
「あいつは関係ないでしょ」
「関係はある。書類でどう扱おうと、本来は民間人だ。だが、ストライクを動かせる」
「だから使うって?」
「彼女に戦う意思があれば、な」
ハルバートンは目を逸らさなかった。
使わないとは言わない。
ただ、本人の意思を抜きにして使うとも言わなかった。
「あいつにそんなものはありませんよ」
「ならば、彼女には船を降りてもらおう」
即答だった。
クロトは笑い損ねた。
否定されると思っていた。
仕方がない。
必要だ。
彼女ならできる。
そういう言葉で押し切ると思っていた。
戦える人間を戦場へ出す。
動かせる人間に機体を与える。
軍なら、そうするはずだった。
だが、ハルバートンはそれをしなかった。
少なくとも、今この場では。
「君は、アークエンジェルがアラスカに到着するまで戦うか」
「さっき答えたでしょ」
「命令として受けるか」
同じことを聞いているようで、少し違った。
沈めば困るから戦う。
命令だから戦う。
その二つが、ハルバートンの中では別の場所に置かれているらしい。
クロトは、ハルバートンを見た。
この男は、レイダーを必要だと言った。
クロトを戦場に出すとも言った。
そのくせ、キラを無理に乗せるとは言わなかった。
綺麗な大人ではない。
だが、アズラエルの側にいる人間とも違う。
どこまで知っているのか。
どこまで知らないふりをしているのか。
クロトには、まだ分からなかった。
ただ、嘘で丸め込もうとしていないことだけは分かった。
「受けますよ」
クロトは言った。
「今は、沈まれたら困るんで」
「十分だ」
ハルバートンは頷いた。
「話は以上だ。アークエンジェルへ戻りたまえ。避難民の移送準備が始まる」
「僕も手伝うんですか」
「必要なら、ラミアス艦長代理が命じるだろう」
クロトは顔をしかめた。
戦闘より、そちらの方がよほど面倒に聞こえた。
ハルバートンはそこで、初めてわずかに目元を緩めた。
「クロト・ブエル少尉」
「何ですか」
「今は、君もこの艦隊の戦力だ。勝手に死なれては困る」
その言葉は命令だった。
だから、まだ返しやすかった。
「……努力はしますよ」
それだけ言って、クロトは部屋を出た。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回はラクス返還後のザフト側と、第八艦隊合流後のアークエンジェル側の整理回でした。
キラを連れ戻せなかったアスラン、クロトを兵器ではなく戦力として扱うハルバートン、そしてまだ自分の立場を決めきれないキラ、という形で、次の大気圏降下戦へ向けた準備回でもあります。
次回は第八艦隊戦、大気圏降下です。
ここからまた戦場が大きく動きます。