時は現代……より少し先の話、日本には少年ジャンプという人々を喜ばせる夢のような存在。
かつてそれは一度失われそうになったが……その頃の話は割愛して、再び人々の前に姿を現して復活を遂げたジャンプは、人々の希望となった。
そしてそんな希望を見せてくれるのが『漫画家』という仕事である。
誰もが一度は空に思いを焦がれて、「星」を掴むことを夢に見る。
どんな夢でも等しく尊く、そしてそれを掴めるのは一握りの人間……届くのもまた一握り。
そうして選別されて……夢の答えが決まっていく。
これは、そんな夢を追いかける普通の男が……普通ではない数奇な運命に巻き込まれた後のお話である。
──
「哲平くん早いねもう集英社から帰ってきたの……で、取れる感じ? ネームは」
「1時間も持たずに全滅したよ」
「まあ俺もそんな気はしてたよ、もうルーティンみたいに見てきたからね」
彼の名は佐々木哲平、アパートで細々と生活しながら少年ジャンプの連載を夢見て活動している24歳。
漫画の専門学校を卒業し、一時期はジャンプ連載作家から指導を受け、20歳で新人賞は受賞した。
しかし彼はそれから4年間……その次の段階となるジャンプへの読み切り掲載……連載に繋げる一歩を踏み出せずにいた。
ネームを受けてもらう際にはまず担当編集者に見てもらい、ジャンプに載せていいのか判断してもらうのだが……つまり、編集者に全く面白いと思ってもらえてないのだ、4年間。
「また普通すぎるって言われたんだ」
「ああ……でもなんとか明日また見てもらえることになったから、すぐ書くからデスク開けてくれるかな影生くん」
しかし哲平にとってはネタにつながるものがあればいいと一緒に過ごしているし、彼が何かと助けになっているのも事実。
哲平の苦労を最も理解してくれている存在だ。
「哲平くんはなにか掴めた? なんかこう、ありきたりな話ばかりも俺も聞き飽きたけど」
「うん……だからこう、もっとキャラに個性を広げて、結末もちょっと奇をてらってみようかな、試してないこととかあるし」
「まあ哲平くんの作品だし哲平くんのやりたいようにやればいいんじゃないんかな」
哲平は落ちても会議に向けてめげずに新しい漫画を描く、しかしなんとなく影生も察している。
哲平には知ってみればビックリするくらい、志も実力もあるがそれに見合うだけの向上心が薄い。
マンガを描きたいという原動力はあるが「マンガを描きたい」だけで止まっており、マンガを見せることが自然にある、手段になっているだけだ。
影生は創作する上で承認欲求を悪としない、しかし何を承認するか気になる。
哲平の作品は影生も暇つぶしで見たが、哲平自身も言っていたが……哲平にはマンガを通して見せたいものはない。
彼の夢は単純だ。
少年ジャンプで面白い漫画を描いて、多くの人を喜ばせたい。
「……哲平くん聞いていい?」
「ごめん、次の連載会議に向けて急いでるから手短になら……」
「ああうん、じゃあ手短にだけどさあ……少年のジャンプじゃないとだめなの?」
「え?」
「ああえっとさ……ジャンプと言っても連載通すまでならルートとかいくらでもあるよね、確かジャンプラっていう電子掲載もあって、そっち専用の連載とか、インディー用もあったよね……いやもちろん、そっちの方が簡単って言いたいわけじゃないけどさ、連載を取れそうな手段を色々模索してみるというのも……」
「違うよ……」
「ええ?」
「少年ジャンプで連載勝ち取って、そこから多くの人に読んでもらわないと意味がないんだよ!!」
哲平は力説しながらまた話を作り始める、影生はこうなった哲平はもう止められないとほっとくことにした。
実のところ彼は連載を掴めるかどうかは結構どうでもいいが、彼がマンガを描くところが見てて楽しい、それに対して金を出すつもりは微塵もないが作品は悪くもないので見守り続ける。
哲平が必死になるのは次のジャンプが増刊号が出るからだ。
それは本誌とは別で新人の読み切りが多く掲載されるもので、ルーキーたちにおいては試験会場にも等しい存在。
……この試験会場の門を開けるところで転んでいるのが哲平だが、とにかく彼はこの増刊号に向けて賭けている、掲載会議やネームの〆切もほぼわずかのギリッギリ。
「……まあ、向こう見ずの結果で生まれた作品は興味はあるかもね」
影生は哲平のことを応援しているのかしてないのか分からない形だが、ベッドで横になって出て間もないジャンプを読む。
「それにしてもこれが今の少年ジャンプかぁ……2068年のジャンプって、令和初期より更にレベル落ちたな……」
──
翌日、アパートの薄暗い部屋で、影生は哲平の帰りを待っていた。
この日は次の増刊号に向けたネーム持ち込みの最終〆切日である。
こんなギリギリの直前になって編集者に作品を見せる時間を用意してもらったことも、そして実際にわずか一日で47ページ近くの読み切り作品を描き上げたことも、哲平の行動力と執念だけを見れば大したものだ。
「まあ、一日やそこらで大作ができるなら四年間もくすぶってないし、これで結果を出すなんて、作り置きのチンで定食屋を始めるみたいなものだからね」
影生はベッドに寝転がりながら、天井に向かって独り言をこぼした、ここから哲平がどういう顔をして帰ってくるのかもうなんとなく分かっている。
ふと壁のカレンダーを眺め、今後のことに思考を巡らせた。
あと少し、なんなら次の『少年ジャンプ』が発売される頃には、哲平は25歳を迎える。
成人してからの誕生日というものに特別な感慨はないだろうが、それでもあまり暗い気持ちで過ごされても困る、という程度の気遣いは影生の中にもあった。
しかし、こればかりは結果を変えられない。このまま哲平の漫画が落ちたとしても、そこで二度と漫画が描けなくなるわけではない。
しばらくそうやって待っていると、窓の外の雲行きが急激に怪しくなり、今にも激しい雨が降ってきそうな勢いになってきた。
これがもし漫画の演出だとしたら、もう結果を聞くまでもなく「ダメだった時」を表現するベタな手法であり、ますます期待ができなくなってくる。
そして──外から足音が近づき、哲平がドアノブに触れたその瞬間のことだった。
耳を劈くような轟音と共に、住んでいたアパート目掛けて強烈な落雷が落ちた。
眩い閃光と衝撃に、哲平は何が起きたのかを確かめるべく勢いよく扉を開けた。
すると目に飛び込んできたのは、なんと部屋の電子レンジが丸ごと激しく燃え上がっている光景だった。
「お、おい! なんで消してくれないの!?」
「なんか、先にSNSで撮りたくなっちゃって……」
「2010年代ジョークはいいから!!」
呑気にスマートフォンを構えていた影生から端末をひったくるようにして、哲平はその場にあったバケツに水を汲み、慌ててぶちまけた。
なんとか消火に成功し、アパート全焼という大火事にはならずに済んだものの黒焦げになった電子レンジは完全に使い物にならない状態だった。
おまけに上に乗せていたロボットの玩具が熱で溶けてレンジと不気味に一体化しており、さらには土台にしていた冷蔵庫の扉まで熱で歪んだのか開かなくなっている。
「最悪だ……」
煤だらけになった哲平が膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。
『チンッ』
考える余裕すら奪うような、間の抜けた音が鳴った。
電源も入っていないし、完全に燃え尽きたこの状態で動くはずもないのに、確かに電子レンジが稼働を終えたような音がしたのだ。
二人は顔を見合わせ、おそるおそる焦げた扉に手を伸ばし、中を確認した。
そこには──。
「哲平くん。現代で錬金術みたいなこと起きているんだけど」
空洞だったはずの、そして水浸しで焦げ臭いレンジの中から現れたのは、真新しい一冊の『少年ジャンプ』だった。
ありえない。誰かが入れたわけでもないのに。
しかも、その表紙に印字された年号は……『2078年』。
現在である2068年から……きっちり10年後の未来のジャンプが、そこにあった。
中は焦げたレンジに入っていたとは思えないほど綺麗で、一番後ろを見てみると連載陣の殆どが見たことないものだ。
今の復活したジャンプを考えると大物はまだいないし、人気を得られなかったものは一年どころか3か月ちょいで切られるのがよく見られる光景なのでおかしくもないことだが、未来のジャンプらしきものは本当によく出来ている……その中でも目が引くのがちょうどこの号で連載が始まったのか表紙に大きく載っている『ホワイトナイト』という漫画だった。
どんな話なのか? 作者の『アイノイツキ』は聞いたこともない、集英社にはよく行ったがそれらしき人も覚えがない
ページを開いてすぐにその漫画の内容を開き……衝撃が走った、それは落雷ではなく哲平自身の脳に響いた感動みたいなものだった。
ドーパミンのように溢れて止まらない感情……『面白い』という感情、感想も出てこないくらいには面白い、ホワイトナイトはそんな内容だった。
そして……ジャンプ持ち込みに行った時の衝撃や疲れも持ち越していた為かそのままジャンプを抱えて気絶してしまう。
影生は倒れた哲平からジャンプを取り上げ、哲平を寝かせる。
──2時間後、哲平はすぐに目を覚ました。
「はっ……あれ!? ジャンプ、未来のジャンプは!?」
「……なんのことかな」
影生はよく分からない顔をしてみたが……哲平はすぐに飛び起きてまたデスクに向かう。
「また描くの?」
「どうしても今描かないとダメなんだ! とんでもない作品が……作れる!! あれなら!!」
哲平はまたぶっ通しで漫画を描き続けており、影生は自分のベッドに隠した未来のジャンプを見る。
あれは夢ではなく実際に起きたことであり、影生はわざとすっとぼけたのだ……哲平の為に。
もちろん落雷が落ちてレンジが変化してそこから未来のジャンプが出てくるなんて超常現象までは予測していないが、これは使えると思った。
同じ創作家として話を作るときに必要なものはとにかく面白いものを見て参考にする、ホワイトナイトという少し先の名作パワーを受けた哲平は遠からずその影響を受けて面白い作品を作るだろう、多少ネタが被ったところで創作ではよくある話だ。
もし仮に『ドラゴンボール』を影生が描いたとしても鳥山明大先生が描いたものとは全く別物になる……それは鳥山先生、並びに影生にそれぞれ個性があるから。
ここから力を得て、25歳で新たに連載を掴むこともあるのかもしれない……そして決まった時にはまた誕生日プレゼント代わりに未来のジャンプをまた見せよう……そう思った。
しかし事態はいくら能天気な影生でも予想の斜め下を行くような事になることを誰も予想できるわけなかった。
「あっ! 冷蔵庫もレンジも駄目になったならご飯食べられないじゃん!」
翌日。
普段から冷凍食品などのストックで食事を済ませていた影生は、今更になって事の重大さに気がついた。しかし、起きてすぐに哲平の姿はない。朝の9時半に起きて昼ごはんのことを考えている時点で色々とアレなところはあるが、とにかく既に哲平は出かけていた。
「まあ、家がこの状態だし無理もないか……」
影生はため息をつきつつ、そのまま外で何かを食べることにした。
しばらくして、コンビニで買い出しをしながらスマートフォンをいじっていた影生は、ふとSNSのトレンド欄に奇妙な動きがあることに気づいた。
タップして詳細を見てみると……なんと、同じ頃に行われていた『少年ジャンプ』の読み切り掲載会議中に、何者かがそのまま編集部へ突撃をかましたというのだ。SNS上では、その真偽を巡って活発な議論が繰り広げられていた。
まだジャンプが現代に復活したばかりという時期柄、周囲の雰囲気もピリピリしているのか、どことなく洒落にならない空気を画面越しに感じ取る。影生は帰り道を歩きながら、その関連情報を追ってみた。
添付されている現場の隠し撮りらしい写真。写っている後ろ姿はブレていてほぼボヤけているが……。
(あっ、これ哲平くんだわ)
元々没個性でどこにでもいるような見た目をしている哲平だが、ルームメイトの影生にはその背中の丸みや服装のチョイスで一発で分かってしまった。結構似ているどころの話ではない。
急ぎ足でアパートに戻ると、なんと先に哲平が帰宅していた。だが、昨日までの「いつ見放されるか分からない崖っぷちの男」とは調子が全く異なる。
その手には……いつものように原稿が握られている。ただし、
「聞いてくれ! 今日持ってきたネームを、ジャンプに掲載してもらえることになったんだ! それも本誌の方に!!」
(……ん、ん~~~~~~~~~~~????????)
影生の脳髄がちょっと何言ってるか分からないゾーンへと突入しかけた。しかし、先ほどのSNSの情報と目の前の哲平の異常な状況を照らし合わせ、なんとか理性を保って質問を投げかける。
「……哲平くん、ネーム持って行ったの?」
「まあ……今日の物が通らなかったら、もう漫画を描くのは辞めようかと思っていたし……」
「今日って、掲載会議当日で間違いないよね?」
「それは……うん」
「で、もしかして……ジャンプ編集部に自ら突っ込んで、経緯は聞かないけど読み切りが通るかどうかの会議すら突破して、ジャンプに載せてもらう約束を取り付けてきたの?」
「編集長や色んな人達全員が、凄く面白いって言ってくれたから……!」
(いや力業~~~~~!! なんでその思い切りの良さと行動力を、今まで自分の漫画の方で表現出来ていなかったんだ彼~~~~!!)
歓喜に震える哲平の顔を見つめながら、影生は彼の顎の辺りに『※良い子は真似しないでね』という幻のテロップを記憶に深く植え付けた。
だが、結論から言えば。
あの一見無謀すぎる特攻を経て、遂に佐々木哲平はジャンプ漫画家としてデビューする道を歩み始めたわけだ。
未来のジャンプを見て狂ったように描き上げたあのネーム。それがどれほどの熱量を持っていたのかは分からないが、人の心を動かす『何か』があったのは間違いないのだろう。
「……まあ、これで良かったんだろうね。多分」
これで良かった。多分良かったのだろう、あの経験は。
影生はベッドにゆっくりと腰掛けながら……あの雷鳴と焦げた電子レンジがもたらした数奇な運命の幕開けに、密かに息を吐いた。
その後哲平はというとネームを本格的に読み切りとして描き直すため……専門学校の同僚に手を借りた上で実家に帰って本格的に作画を手掛けることになり、影生がその間落雷事故が起きたアパートの掃除を代わりにやってくれることに。
それからはもう、あまりにも神の気まぐれが過ぎる出来事がとんとん拍子に起きた。
あれから『佐々木哲平が原作の』ホワイトナイト読み切りが掲載された少年ジャンプが発売されたが……2060年代復活後のジャンプでは異例の売り上げを達成、読み切りの記録どころか現在の連載陣すらも追い越してアンケート数トップ、読切どころか漫画史上でも異例すぎる出来事がジャンプで起こり、SNSもニュースサイトもアフィリエイトも瞬く間に『ホワイトナイト』の事で持ち切りになる。
哲平はあまりにも大きなホワイトナイトの成功と長年の夢だったジャンプ作家への一歩を踏み出したことで地元で祝杯を挙げるため、しばらく東京へ戻らない事を影生に伝えた。
「いつ戻ってきてもいいけどさ……どうしようかなぁこれ」
それは影生にとっては別に構わないのだが……留守番中にも電子レンジは止まる事はなく、決まった周期でジャンプが送られてきていることを哲平が知ることになるのはもう少し後の話。
更に問題はそこだけじゃない……哲平の故郷からも、二人暮らしをしていた東京からも遠く離れた高知県のとある一軒家。
ここにも今週号のジャンプを手に取って読む者がいた……自室に襖と共に心の壁を作り、毎日の食事とジャンプのみを受け取る生活を繰り返す、しかし今回は手が止まった。
「どうしてジャンプに載っているの……? 私の『ホワイトナイト』が……」
彼女こそ、後に2078年にジャンプにデビューして超名作『ホワイトナイト』を連載するはずだったまだアマチュア未満の漫画家志望、当時まだ未成年のアイノイツキ(本名:藍野伊月)であった。
そしてまだ試作段階のプロトタイプともいえるネームではあるものの、既にホワイトナイトを形として執筆を終えていた。
それなのに自分の作品とほぼ類似しているものが現実に少年ジャンプで載っている……どこの誰とも知らない人が作者になって。
「絶対に……許さない……佐々木哲平……」
──
しばらく経って哲平が東京に戻ってくるが……すぐに異常事態に気付くことになる。
影生が両手いっぱいに見たことないジャンプを抱えている姿と……現在も尚、転送し続けている電子レンジの姿を見て。
そして哲平の過ちは、この『ホワイトナイト』をそのまま掲載してしまったこと、それが表すものはつまり……。
これは……佐々木哲平という一人の平凡な男が数奇なきっかけから大きすぎる罪の十字架をどんどん積み重ねて背負っていく物語である。