時空改変型ゴーストライター   作:黒影時空

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第10話『第二の改変』

 

 小鳥のさえずりと共に、コテージの窓から明るい朝日が差し込む。

 すがすがしい大自然の朝とは裏腹に、哲平と影生が割り当てられた部屋の空気はひどく重苦しかった。

 

 朝起きてすぐ、哲平は同じ部屋で寝ていた影生に、夜中に偶然見聞きしてしまった藍野と來暇の会話、そしてそこから見えた藍野の危うい精神性について相談していた。

 

「どんな人も引き離さない無個性、透明みたいな作品に固執する夢……それがアイノイツキの死の源流なの?」

 

 ベッドの上に胡座をかいた影生が、小さく首を傾げる。

 

「ああ……藍野さんの漫画に対する執念は……普通じゃなかった」

 

 哲平は窓の外を見つめながら、重い口調で答えた。

 

 見えないものに気遣い、こだわって……そうやって自らの血肉を精神ごとすり減らして作り出したものがあの未来の傑作なのだとしたら。

 あれが後の藍野の死に繋がる原因であることは間違いないと、哲平は判断した。

 

 後は、ここから彼女が『どうやって』亡くなるのかだ。

 あの様子では身体にも心にも毒だ……元々漫画家という職業自体が健康に優しくないとはいえ、志半ばで過労死するのか? あるいは極度の疲労から不覚にも交通事故に巻き込まれるのか?

 思考の沼に沈みかける哲平に対し、影生は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「いや、これならまだ選択肢を絞れるね、例えば単純にアイノイツキが殺されるとか」

 

「こ……殺される!? なんで!?」

 突拍子もない物騒な単語に、哲平は思わず身を乗り出した。

 

「いや大昔から結構あり得る話だよ、気に入らない内容に対してキャラクターどころか作者に危ない予告する過激な人は」

 

「ホワイトナイトはそうならないように気を遣って作られた作品じゃないのか!?」

 

 哲平の悲痛な叫びももっともだった。万人受けを目指し、誰も傷つけないように磨き上げられたはずの作品が、なぜ殺意を向けられなければならないのか。

 

 だが、それほどの『大事』であるならば合点がいく。

 未来人がタイムマシンという手段を使い、わざわざ過去の時代から哲平に干渉してまで「救ってほしい」とメッセージを送ってきた理由が。

 しかし厄介なことに、もしホワイトナイトの描写や何らかのトラブルが原因で事件が起きて命を落とすのだとしたら、容疑者は『読者全員』ということになってしまう。

 

「そこから守るのは現実的じゃないし、確かに今の藍野伊月に漫画家を諦めてもらうのが生きることに繋がるか……」

 

 影生は冷静に状況を分析し、一つの結論に行き着く。

 それに加えて……影生はベッドから降り、哲平に近寄って少し意地悪な笑みを浮かべて言った。

 

「それにさぁ哲平くん、今この時代で諦めたら……盗作じゃなくなるよ? アイノイツキのホワイトナイトは、名実ともに君のものになる! ……新たに君が、描写一つで死ぬかもしれないけど」

 

 そう、藍野が筆を折れば、この世に『ホワイトナイト』を生み出すのは哲平ただ一人となる。

 だがこの場合、未来で藍野に向けられるはずだった理不尽な殺意や矛先が、そっくりそのまま自分に変わる可能性がある。

 そして哲平は、未来のアイノイツキ版の内容をそのままなぞって連載を続けている以上、その凶弾を避けることはできない運命かもしれない。

 しかし──哲平の瞳に、自分が死ぬかもしれないということに対する恐怖や怯えは一切なかった。

 

「もしかしたらそれこそ、結果的に藍野さんの作品を奪ってしまった俺に対する罪の報いかもしれないな……」

 

 自嘲気味に、だがどこか憑き物が落ちたようなすっきりとした顔で哲平は呟いた。

 

 自分が身代わりになることで藍野伊月が生き延びるのなら、本望だ。

 だがそれは今後、可能性として手元にある未来のジャンプのストックが『自分の残りの寿命』に変換されると考えてもいいということだ。

 

「影生くん、1年って何週間だっけ」

 

「52週間ぐらいだね、それでホワイトナイトは今で11話くらいだっけ」

 

 影生の返答を受け、哲平は頭の中で残されたストックの数を計算する。

 未来のジャンプはあと34冊。休載などを考慮しなければ、おおよそその話数分だけ生きられる計算になる。

 

「俺に残された時間は、あと半年ぐらいか……」

 

 朝日が照らす静かな部屋の中で、佐々木哲平は己の余命と、背負うべき罪の重さを静かに受け入れていた。

 

 ──

 

 藍野はあれから早く目覚めてしまい、思い出すたびに憂鬱な気持になっていた。

 全人類を喜ばせる漫画、その内容を求めてずっと考え続けて……長い時をかけて、ようやく形になりそうだったのが人を引き離す個性のない『透明な漫画』としてようやく形になりそうだったのがホワイトナイトだった。

 

 しかし、全ての人が読めるように個性というものを排除することは間違っていたのか?

 漫画の内容ではなく、どこかにいる誰かに配慮すること自体を好まない人間もいるのか?

 哲平に限らず、藍野の方も自分の中で何を表現したかったのか……考えたこともなかった。

 

 自分はこれからどんな作品を作ればいいのか……早朝、誰もいないものと思って居間に降りると、そこにはダザクの姿があった。

 

「君、結構早いほうなんだね」

 

「ダザクさんはどうして?」

 

「僕は元々起きる時間も寝る時間も決まってないからね、朝に起きたというだけさ」

 

 ダザクはもう既に1人で朝食を食べている、こういう時藍野はどうするべきか……と悩んだが、一人で抱え込むよりはダザクと話し、昨日の夜にあったことを全部話した。

 

「押し付けがましいんじゃないかと思ってるということかな、でも僕は好きだよホワイトナイト」

 

「それは……まあ、ホワイトナイトは、どんな人でも読めるように中身を極限まで削ぎ落としたようなものなので……」

 

「コッペパンみたいなものだね、あれも味はほぼないけど、何かしらの主菜を食べるときにあったほうが嬉しい……ホワイトナイトは僕にとってそんな風に見えるよ」

 

「毎日のように食べるパンみたいな作品……ですか、確かにあれは好き嫌いとかじゃなく、そういうものとして食べるものとして……全ての食卓で食べられるパンを作ることは出来ますか?」

 

「難しい質問になってきたね、アレルギーとかは聞き覚えがあるけど、食べたくないのと食べたくても出来ないは全然違うからね……そういう人まで気に病むことはないと思う、だが」

 

 ダザクの中ではよく馴染みのある覚えがある答え方がある、藍野は垣根というものを排除して全ての人が共通に……という方向に行った作品を作ろうとしている。

 少し変わった話をする、人類は遠い先に種を残せないので絶滅するかもしれないとか壮大に未来のことを考え……どんな形でも文句のない生物の形を作ろうとした。

 

 そこまで例に挙げて……ダザクは藍野の手を自分の胸へと近づける。

 

「……僕の体、どういう風に感じる?」

 

「あの……なんですか? これ、なんというか、生き物みたに感じられなくて……」

 

「君のように全て一つで解決するように考えたやつが作ったのが僕さ、男でも女でもない性別を両立したもの……とはいうが、この通り、男のように胸筋は硬くないし、女のように柔らかさはない……見栄えが良くても無に至るものの実物はこんなものさ、あの漫画みたいにね」

 

「ダ……ダザクさん、貴方、人間じゃないんですか?」

 

 藍野の声は震えていた。

 その指先から伝わってきたのは、温もりはあるものの、どこか一定で、生命のゆらぎを感じさせない奇妙な質感。筋肉の硬直も、脂肪の柔らかさも、あるいは骨の存在すらも、すべてが「最適化」という言葉の下に均一に均されているような、形容しがたい感触だった。

 

 ダザクは、食べかけのパンを皿に置くと、感情の読めない瞳で藍野を見つめ返した。

 

「人間、という定義が『生物学的なホモ・サピエンス』を指すなら、僕はNOだ……5年前くらいだったかなぁ、もうそんなに経つのか……僕はね、新人類として作られた存在なんだ」

 

「し、新人類……」

 

「そう、僕はその時は『エレボス人』と名乗っていた、男が絶滅した後でも女だけで生きられるように……まあ、君には難しいし関係ないことか」

 

 ダザク、アダザクラはその時新人類として生まれたが自分の中に存在するのは『食欲』と『睡眠欲』のみ。

 人みたいな知性はありながら動物みたいな本能で動く、はっきり言って次世代の人類としては厳しい評価の存在だった。

 藍野は言葉を失った。

 自分が理想として掲げた「全人類を喜ばせるための透明さ」が、目の前の「人間のなり損ない」と同じ絶望を孕んでいるという事実に、全部を選ぼうとすれば……実態はこのように欲張りに選ぼうとして半端になる?

 

「じゃあ、ホワイトナイトのアシスタントになったのは……」

 

「いやいや、あれは本当にお金が欲しかったからだよ……でも、ホワイトナイトを見てたらなんか、うらやましくなっちゃったことはある、あれぐらい完璧だったらなぁ」

 

「ダザクさんは、自分の存在に後悔したこと……あるんですか?」

 

「……めちゃくちゃあるよ、僕はね、生きることに限界を感じてたやつを目の前にいたのに止められなかった、それからかな、僕はメシ食ったり寝たりする以上に」

 

 

 

「ヒーローに憧れるようになった」

 

 ……これまでずっと呑気して、好きな時に食べてずっと寝るを繰り返しているような人だと思っていたダザクが、まるで別人のように思えた。

 ダザクってこんな人だったのか、あんな優しそうな哲平が盗作をしていたり、呑気していたダザクが真面目に見えたり。

 

(……そっか、人間って引き離して個性を消したくらいで見てもらえるほど単純じゃないんだ)

 

 人間の考え方は絵の具のようにぐちゃぐちゃで、一人ひとりが個性的なんだ、ホワイトナイトがウケたのはそんなカオスな感情の中でピッタリと一致したものがあるから……無個性ではない、頻繁にあらゆる人類から面白い! の、部分をピッタリ一致させればいい。

 

 ホワイトナイトを真っ白なミルクチョコとするなら……今回は違う。

 

「ダザクさんありがとうございました、私ちょっとやりたいことが出来たんです」

 

「ああ……僕の方こそ僕の問題を君に晴らすように言って悪かったね、何か助けになったのならいいけど」

 

 藍野は何かすっきり目覚めた感じがした……藍野は十年先で大物漫画を描く天才、どこかで躓くポイントがあっても時間と閃きさえあればすぐに挽回できる。

 天才は……凡才の力を借りずとも些細な問題は突破できる、藍野伊月は自らの手で、本来の世界線上のアイノイツキを超えた。

 

 

 

「どう? 藍野伊月を成長させてみたけど……うーん、これでもダメ? 死ぬのは変わらない? それは君のやり方が甘いんじゃないのか?」

 

 そして……気分転換に外に出かけたダザクと藍野の後ろ姿を影生がサンダーくんを抱えながら二階から眺めていた……。

 その姿を哲平は不思議そうに眺める。

 

「影生くんどうしたの?」

 

「いや何……面白いものが見れそうかなってサンダーくんが」

 

「えっサンダーくん連れてきたの!? ほぼ溶けてダメになってるのに……」

 

 ──

 

 コテージの外に出た哲平は、ひんやりとした朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 先ほどの影生との会話で、自分が背負うべき罪の重さと、それに伴う残された寿命について覚悟を決めたばかりだった。頭を冷やし、心を整理するには、この大自然の静寂はちょうどよかった。

 

 しかし、その静寂は奇妙な摩擦音によって破られた。

 

「んんっ! むぐぐ……っ!」

 

 音がする方向、コテージの裏手に回った哲平は、思わず目を疑った。

 立派な太い木の幹に、ミノムシのように張り付けられている物体がある。よく見れば、それは寝袋だった。しかも、その中で何者かが必死に体をうねらせ、もがいている。

 

「え……雪吹さん!?」

 

 慌てて駆け寄り、ぐるぐる巻きにされていたロープを解いてジッパーを下ろすと、中から汗だくになった現在の藍野の担当編集者、雪吹が転がり出てきた。

 

「ぷはあっ! 死、死ぬかと思った……! まさか夜中に藍野先生と漫画の議論が白熱しすぎて、ヒートアップした彼女に寝袋ごと木に縛り付けられて放置されるなんて……いやミノムッチになる夢見かけたよ! あやうくリージョンゴミのミノだよ!」

 

「わけわからないこと言わないでください! 今出しますから……」

 

 

 ぜえぜえと肩で息をする雪吹を引き起こしながら、哲平は複雑な思いに駆られた。

 藍野伊月の才能は圧倒的だ。現在の時点で既に手塚賞を受賞している彼女なら、未来の世界線よりもずっと早く連載を勝ち取ることもあり得る。

 

 そうなれば──藍野が身を削って漫画を描き、その結果として訪れる何かしらの『死の源流』も早まるのではないか。自分が身代わりになる前に、彼女の方が先に命を落としてしまう可能性だってあるのだ。

 

(俺は罪を背負い、身代わりになる覚悟を決めた。でも、それだけで彼女を完全に救えるのか? この雪吹さんという編集者は、一番近くで彼女を守ろうとしてくれるのだろうか……?)

 

 哲平は、乱れた服を直している雪吹に向かって、抑えきれない不安を口にした。

 

「雪吹さん……藍野さん、あの調子だと、いつか死んでしまうのではないかと不安になるんですよ」

 

 常軌を逸した執念。身を削るような創作への没頭。それを間近で見ているからこその、切実な吐露だった。

 しかし、雪吹は服の土を払いながら、ふと動きを止めて奇妙な表情を浮かべた。

 

「良いことじゃないの? 人が死ぬかもしれないって気遣えるのは。創作者の命なんて、そこまで価値がないように思われてるよ……」

 

 自嘲するような、あるいはどこか遠くを見透かすようなその口調に、哲平はハッとした。

 

「……あれ、なんかそんな風に言ってた奴に覚えがあるような……」

 

 雪吹が首を傾げ、記憶の糸をたぐり寄せようとしたその時だった。

 

 ──ゴロゴロ……!

 

 不意に、重低音が腹の底を震わせた。

 空を見上げると、先ほどまでの晴天が嘘のように、墨汁をひっくり返したような黒雲が猛スピードで広がっていた。

 天気が荒れない日を見計らって慰安旅行の計画を立てたはずだった。ただの通り雨や夕立の気配ではない。急激に気圧が下がり、肌の表面の産毛が逆立つような、濃密な静電気が大気を支配し始める。

 

(この感覚……似ている……!)

 

 哲平の背筋に、冷たいものが走った。

 あの日、自分のアパートに落雷が直撃し、電子レンジがサンダーくん諸共直撃して家電と融合しながらタイムマシンになり、未来のジャンプが現れた。

 ……全ての狂いと奇跡が始まった、あの時の空気に酷似している。

 

 カッ!!

 

 視界が真っ白に染まった直後、耳をつんざくような轟音が響き渡った。

 すぐ近く──コテージを囲む森の奥に、極太の雷の柱が突き刺さったのだ。

 

「うわあっ!?」

 

 地面が激しく揺れ、哲平と雪吹は思わずその場にしゃがみ込んだ。

 目を開けると、雷が直撃した森の一部から、黒煙と共に猛烈な火の手が上がり始めていた。

 乾燥した木々に引火したのか、炎は異常な速さで周囲を呑み込み、パチパチと木が爆ぜる音がここまで聞こえてくる。

 

「マズい、火事だ! 雪吹さん、早くコテージに戻って皆を連れて逃げないと……!」

 

 立ち上がり、駆け出そうとした哲平の腕を、雪吹が強い力で掴んで引き止めた。

 その顔は、炎の照り返しを受けて蒼白になっていた。

 

「待って、佐々木くん! 森の方で……藍野先生が、外の空気を吸いに行くってさっき言ってたような……」

 

「えっ……」

 

 燃え盛る森の奥を見つめたまま、哲平の思考は一瞬にして凍りついた。

 あの先に藍野がいる? いや、それよりもだ、今落ちてきた雷は明らかに偶然ではない、いや……いかに天変地異が予測不可能と言えど、都合悪く雷が藍野を狙うはずがない。

 つまり、それは……だが、それは認めたくない想定だ。

 

 藍野を救ってほしいと願っていたはずの未来人が、藍野を傷つけることになるじゃないか!?

 哲平は炎が広がる森に近づくが雪吹が止める。

 

「止めないでくださいこのままじゃ藍野さんが!」

 

「君はじっとしててよ俺はしぶといからいけるけど! ていうか明らかに変でしょ今の天気! 雷がなんかずっとどこか狙ってるもん! 新手の魔法か何かか!?」

 

「だったら尚更行かないと!! 俺は決めたんだ、藍野さんを救うって!」

 

 自分はあの場所で死ぬかもしれないことを悟った、アイノイツキを守るためなら自分は命が惜しくないという気持ちにされた。

 雪吹は止めない、どころかついていく……しぶといからいけるもいうだけはあり、燃え上がる木々を巧みに避けて、それどころか哲平を担いで進んでいく。

 人間の身体能力とは思えないが藍野のところにスイスイ行けそうだ。

 

「雪吹さん貴方何者なんですか!?」

 

「さあね! 俺自身も生半可な何者でもないことは確かだ! 略してナマモノってやつかな!」

 

「そういう意味じゃ……あっ、いた!」

 

 森をしばらく進んだ後に見えてきたのが……炎に包まれた中で同じような姿で藍野がダザクに担がれて逃げている状態だった……まさかの身体能力バグキャラがコテージに2人もいたことになる、しかしダザクは相当無茶していたのか火傷もある。

 

「来てくれたのか、ちょっと助かったところはあるが……」

 

「さ……佐々木先生!? どうして……」

 

「話は後だ! コテージに戻って皆連れて急いで逃げて……あっでも、來暇さん乗れるスペースあるかな……」

 

「えっ……あっ、待って、デカくね?」

 

 雪吹が目で捉えたのは……落ちてくる雷にしてはあまりにも大きすぎるもの、それは直撃することはなく、自分達の足元に落ちて……。

 

 その瞬間、哲平の意識は途切れた。

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