「……10年後の未来から来た漫画? 将来の自分の作品を盗作されただと?」
「あ……そ、その、何言ってるんだお前って感じるのか分かるかもしれないんですけど、この日のためにダイジェストしたものを用意しました!!」
藍野はここまでの異常事態を聞き入れてくれるわけもないことを把握していたので、これまで集めた資料や情報をもとに何故白革県に来たのかの画像データを見せる、シエルはそれをやり慣れているかのようにスラスラとスライドした後、藍野に投げ返す。
「気を付けてよシエル、その子一応右手がダメになってるんだから」
「一応私生活くらいは出来ますよ……そ、それでつまり、どう考えても時を超えられる事でしか納得がいかないことがあって……」
「2078年の少年ジャンプのことは私も部下から聞いている……で、実物はどこにある?」
「うっ」
痛いところを突かれた、あれだけ言っておいてだが未来のジャンプは手元に存在していない。
シエルに説明するならそれだけでも用意すべきだったか……証明は出来ないが、存在したという事実だけはある。
「す……すみません、佐々木先生がどこかから持っていることは確かなんですが」
「つまりその作品を描いている『佐々木哲平』が手元に残しているということか?」
「食いつなぐための手段だから軽率に焼却処分はしないだろうと僕は考えている……だから現状は東京のアパートに……」
「ちょっとダザクさん!? そんな言い方をしたら」
「よし家宅捜索令状を偽装して製作しろ」
「はっただちに」
「ほらこうなるじゃないですか!」
このシエルという人物、やはり想像した通り話が通じなさそうなほどに危険だ、というか本当に白革県以外でもその権力が通用しそうなことにびっくりだが権力は大きいのであまりシエルに強く言えないが……ここで藍野はハッとなる。
「……あれ? 世迷言みたいに聞こえるのに、信じてくれるのですか?」
「お前はその世迷言みたいな出来事の真相を探る為にわざわざ私の所に来ただろう、ふざけた置土産をよこして、だがお前を信じたというよりはその黒幕とやらが気になる」
哲平を盗作に導いた黒幕となる存在、哲平が言っていただけなので根拠は薄いが、哲平自身がここまでの事を通すことは出来ないことが分かるので逆説的に関与者がいることは確かなのだ。
それに……ダザクも言っていたがそれだけのことが出来る黒幕には覚えがある上に、その事を考えるだけで苛立ちが募る。
「あれから、7年くらいか……いずれ奴はまた来ると思っていたが…………何が目的だ?」
「ダザクさんからバスの中で聞きましたが……この街の外では『桃の園事件』と呼ばれていたのですが、その事件については詳しく聞きませんが……」
「少しの時間も惜しい、行動しながら説明するからついてこい」
「え、ちょっと!?」
シエルは藍野の手を引いて飛び降りるように開いた穴に入り、強引に連れて行ってしまいダザクだけ残される形となる、ダザクも穴の方を覗き込んでシエルに声をかけていた。
「ちょっとー、僕は置き去りかー? 僕だって君に会いに来たんだけど?」
「失せろ! 私はお前の顔を今になって見たくない!」
「……墓参りしておくよ」
「奴は死んでないと言ってるだろうが!!」
──
ダザクに言うだけ言った後何事もなかったかのように藍野と一緒に穴から落ちて白革県のどこかにあるマンホールから飛び出してくる、仮にも大総統の移動手段ではない。
「話の続きだが私はまだタイムマシンのような技術は持ち得ていない、出来ることなら欲しくはあるが……興味深いな、そして……私の時に起きた騒動とお前が巻き込まれたもの、その黒幕は同一人物と見ている」
「同一人物……つまり、それだけとんでもない存在なんですね、何者ですか?」
7年前から続く大きな因縁……? 本格的に漫画みたいな出来事に巻き込まれそうな藍野は全部受け入れようとするが、シエルから渡された資料は……顔は似ているが全くの別人の姿が映されている、その殆どが覚えがないが……。
「何者と言うと答えられない、奴は何度も現れては名前も経歴も移り変わって誰かに接触する……下手すれば私でも捉えきれなかった者がいるかもしれないが、今回は簡単だ」
「ああなるほど、その人が黒幕と推定すれば必然的に佐々木先生に関係あるってことですから」
かつて様々な人間に接触に世界を弄んだ存在……シエルの時には『シャドウ』と名乗り現れた者こそ、未来で藍野のホワイトナイトを盗み出して哲平に与えた黒幕、それは断言できることだという、その人物ならどんな不可能も可能に変えられるだけの力があり、それをやるだけの理由もあるという。
だがその場合、シエルの時はどうしたのかだが……それだけは頑なに答える事はなかった。
しかしホワイトナイトを手に入れたら何か使える事があるかもしれないと乗り気である。
「えっと、その、大総統……」
「シエルで構わん、所詮は内輪の階級に過ぎんことは理解している……それよりもだ、お前は佐々木哲平の家は分かるか?」
「え? わかりますけど佐々木先生はいませんよ、入院しているのであのアパートは留守で……」
藍野の発言を聞いてシエルはむしろ悪のような顔を浮かべる。
「なんだ、居ない方が都合はいい……ここから東京に向かう」
(悲報、大総統東京に行く……あと、私そろそろお金なくなるかも……)
──ー
そうして白革県に行ったかと思えばまた東京に戻ってくることになった藍野。ただし今回は大総統を添えて。
最初に哲平の所に乗り込んだ時以来のアパート……シエルはというと、ポケットから何かを取り出して扉に張り付けている。
「なるほど……所詮は家賃も低めのお手頃アパートか、五分も掛からん」
「いやいやいやちょっと! 何を当たり前のようにピッキングしようとしてるんですか! 犯罪ですよそれ」
「……はっ、アイノイツキ、何か勘違いしてないか?」
「いい歳こいて大総統とか名乗る奴が犯罪とか今更気にするわけもないだろう」
「ああ……まあ、それはそうですけど」
はっきりと真顔でそんなこと言われてしまうと何とも言えないし、そもそも自分だってファーストコンタクトは傷害事件スレスレだったので止める権利もなく強引に侵入することになり……靴を脱いだ後、変なシートのようなものを踏まされて靴を回収する。
「これを踏めば足跡が張り付かない、更に指紋も徹底的に付かないようにして監視カメラもハッキング、帰る時には窓の鍵を自動詞的に閉めるように細工した上で……」
どう考えてもどう見繕っても空き巣、藍野は真実を探ろうとしているのに哲平みたいに罪の十字架を背負わされそうになっていたのだった……?
誰もいない佐々木哲平のアパート。
藍野は以前、ホワイトナイトの読切が載った時に盗作の真相を確かめるべくこの扉のすぐ近くまで来たことはあったが、中へ足を踏み入れるのは初めてだった。
部屋の中は想像以上に荒れていた。
男の一人暮らしというのを差し引いても散らかりすぎているが、少し前にニュースで見た、このアパートにま落ちたという不自然な落雷事故のことを思えば、片付ける余裕などなかったのかもしれない。
しかし、おそらく六畳ほどの狭い部屋だ。隠せる場所など早々ない上に、編集者どころかアシスタントである自分たちすら家に招いたことがない彼の警戒心の薄さが裏目に出たのだろう。
少し探すだけで、それは簡単に見つかってしまった。
「……これ」
ベッドの下に押し込まれていた段ボール箱。その中に無造作に積まれていたのは、紛れもなく『未来』の遺物だった。
2078年の印字がされた『週刊少年ジャンプ』の実物。それが何冊も、ご丁寧に重ねられている。
それが映像や写真ではなく……紛れもなく本物だ、シエルがそれを手に取って一通り確認している。
「未来製……というのは信憑性が高いな」
「わかるんですか?」
「漫画雑誌も漫画だけを載せているわけでもない、これだけの量のサブカル情報や道具の広告まで……AIが再現出来ないし、したとしたらそれこそ時代の先を行く技術としか言いようがない」
震える手でページをめくると、そこに描かれていたのは……絵柄こそ自分の描いたものと少し違うものの、作者名が『アイノイツキ』、現在この時代で連載が始まっている『ホワイトナイト』と完全に一致するストーリーとネームだった。
やはり、佐々木哲平はこれを元に描いていたのだ。彼自身の才能ではなく、未来の自分の作品を。
「そして……ここに置いてあるものは全て、お前が作った『ホワイトナイト』とやらが載っているな。タイムマシンの持ち主は、これを主軸として持ち出したと考えるべきか」
背後から覗き込んだシエルが、顎に手を当てて分析する。
「でも、どうして私の漫画で……」
無数にある未来の漫画の中で、なぜ自分の作品が選ばれたのか。藍野の呟きに、シエルは鼻で笑った。
「そうだな。その時の状況など赤の他人の私が知る由もないが……黒幕が『奴』だという想定で考えれば、単純な話だ。身元不明の、しかし絶対的な大作を見せつければ、才能に飢えたその男は必ず盗作するだろうと……そんな『負の信頼』でも寄せられたんじゃないか?」
「負の、信頼……」
人の弱さや欲望を嘲笑うかのような手口。シエルの言う通りなら、哲平もまた、その黒幕の手のひらの上で踊らされている被害者の一人なのかもしれない。
しかし、感傷に浸っている暇はなかった。問題はここからだ。
哲平がこの未来のジャンプを全面的に仕事に使っている以上、ここから持ち出せば確実に怪しまれ、証拠隠滅や逃亡を図られる危険がある。
だが、ここまで強引についてきたシエルが無策でこの部屋に侵入したわけではなかった。彼はホワイトナイトの動向や黒幕の狙いを利用し、今後の社会すらも巻き込む大胆な『罠』を思いついていた。
シエルは懐から薄いスキャナーのような特殊な端末を取り出すと、未来のジャンプの紙面へと翳した。
「創作品は古来より、プロパガンダの常套句として用いられていた。作家の個性も抜きに、名作として成立させた作品ともなれば……多少の細工をしても、出来合い自体に影響は及ばさないだろう」
「い、一体何をするつもりですか……! お願いです、ホワイトナイトを壊すような真似は……!」
自分の魂とも言える作品を意図的に歪められる恐怖に、藍野は思わず声を荒げた。しかしシエルは手を止めることなく、不敵な笑みを浮かべる。
「いいや、これで壊すのは作品ではなく『情勢』だ。……このホワイトナイトの次にこの時代で公開されるエピソードを、私の組織──『ホワイト・レボルシオン』の要素が散りばめられた別の話へ『すり替える』」
鞄から漫画のページを取り出しAIで複製し生成し紙に貼り付ける、未来のジャンプからホワイトナイトを切り取って新しいものをくっつけ……よく似ているが要素が加えられた一見すると透明のように見えないが一つのものがあるように再構築されていく。
「もし佐々木哲平が、何一つ自分の頭で考えず、ただ奴がバカ真面目に真似をしているだけだとしたらどうなる? 奴は何の疑問も持たず、私が用意したこの偽の話をそのまま雑誌に載せるというわけだ」
それは、哲平の盗作を世間に、そして黒幕に知らしめる最も残酷で決定的な証明。
そして同時に、シエル自身の目的を果たすための巨大な宣伝でもあった。
誰もいないアパートの部屋で、未来の傑作は今、恐るべき思惑によってその姿を変えようとしていた。
「だが肝心なのは私の話を広めることより、奴がこれに気付くかどうかにある、しかし透明な作品か……これほど中身を表現しない作品なら後付けでどんな解釈も付けられる、漫画というよりは万華鏡だな……」
後は哲平がすり替えたページを気付かず複製して哲平版に反映するかどうかだ、面白さに大きく影響することはないだろうがシミや汚れが放置するとどんどん広がるように作品全体の流れに少しずつ影響を及ぼしていくことだろう、そうしてホワイトナイトが想定外の方向に転がれば……奴も動き出すだろう。
実を言えば藍野も、哲平のすぐそばに誰かいるような気がしてきた……一人暮らし想定のアパートにしては、複数人で過ごしているかのような散らかり方をしていたから。
まさか本当に? そうしたら簡単に絞り込める……アパートから出て、一旦哲平のところに行って……だが、まだ高知には帰れない。
「佐々木先生に会えばここで誰が住んでいたかくらいは聞けるかと……」
「よし、確か入院しているそうだな……連絡先は渡しておく、お前はダザクよりは信用出来る、自己的だからな」
「……シエルさん、貴方にちょっと頼み事をしてもいいですか? それだけ貴方に手を貸すことも、こ……こういう形は想定してなかったですが」
「まあいい、私に何か用件があるからわざわざ白革県まで来る物好きではないことは理解していた……なんだ?」
「貴方って、ダザクさんみたいに……遺伝子とか身体の研究をしているんですよね」
「正確にはこの街でそういった細胞や改造実験の技術が残ったものを私が全て引き継ぎ、悪用されないようにコントロールしている……私自身が悪用していると思われることには否定しないが……なんだ? 改造手術でも受けるか」
シエルは半ば冗談交じりに発していたのだが……藍野としては本当にそれが出来るということが重要であり、目を本気にしてシエルに詰め寄る。
「な、なら良かった……お願いがあります、私の右腕はとても漫画を描くことが出来ません、今から治すように治療をしたら時間がかかります、今すぐにでも描きたいんです、だから……」
「私の右腕を今すぐにでも切断して新しい腕をつけてくれませんか」
「予想の斜め上は漫画だけに留めておけバカタレ!!」
こんなデカい声でツッコミを入れたのは学生時代以来か、そういえば若い頃はこんなめちゃくちゃな行動力に振り回されることもあったものだと思いながらシエルは藍野をなげる。
「お前人間の細胞が粘土遊びやカップ麺で作れると思っているのか! 肉体の安全な切断、変わりの結合! 冷凍保存! 遺伝子の作製から100%副作用の発生しない再結合! これにどれだけの労力と人力と金と、何より時間がかかる! 諦めて手術しろ!! 遺伝子改造なめんな!!」
ただし、ツッコミどころはそこではない。
そこではないのだが……藍野は帰ることになった、シエルに右腕を切ってもらってNEWアイノイツキになる予定だったのだが……それを正直に答えると首根っこを掴み、海まで行く。
「まさか東京湾に!?」
「来いっ!! 実験生物海洋型382号!! 行き先は高知県まで直行だ!!」
船着場から信じられない脚力でジャンプ、そこから青色の鯱のような謎の生物が浮上、そこから海を超えて強引に四国まで一直線で飛んでいき、そのまま実家まで引っ張られて謝らされた。
「こいつ右腕切ってまで漫画を描こうとしました」
藍野はめちゃくちゃ怒られた。
──
「右手は使えない……なら、私はやるしかない……か?」
藍野は右利きだ、当然左手で漫画を描いたことはない、それでもやるしかない、右腕を切り捨てることさえ覚悟してたぐらいだ、これくらいで諦められない。
アイノイツキ……17歳にして初の左手で漫画を執筆開始。
鏡を見て右腕みたいな感覚で……漫画を書く!
シエルの飛行機に乗って。
「あっ、これからまた東京に行くんですね」
──
影生が帰ってくるまで暇を持て余していた哲平、自分の両手は問題なく動くが病室で未来のジャンプを持ち出すこともできない、つまりホワイトナイトを描くことが出来ないので適当に原稿で久しぶりにオリジナルの漫画を描く……あれから普通に漫画を描くことも結構久しぶりだ、あれから自分はちゃんとした作品を描けているのだろうか? ……と、考えていると、見慣れた顔が引き戸を引く。
「どう? 僕が担当外れてる間も何か描いてたりしたの? ジャンプ編集者としてホワイトナイトの一発屋で居られると困るからね」
「一応言っておきますが、病院内は禁煙ですよ菊瀬さん」
まるで新人時代のように……菊瀬と哲平が揃う、ホワイトナイトが順調な滑り出しをしてからは話すこともなかった、担当編集から外れているので当然ではあるが……。
「どう? ホワイトナイト終わってからのこと考えてる?」
「終わってからどころか円満に終わるかどうかも……ですけどね、ただ話の人気自体は維持しているのでこのまま……」
「未来から来た漫画の内容をそのままパクり続ける、とか?」
菊瀬から発せられる言葉に哲平はペンを落とす、真っ先に思ったのは何故この人が知っているのか……ということだが、その反応を待っていたか、答えを教えるかのように菊瀬はそのまま話す。
「君の一番知ってる人は少しずつだけど君がやってること気付いているよ……ああそうそう、ホワイトナイトがちゃんと人気か気になるなら、時には負の目線も見てみたら? 真に受けすぎるのもあれだけどね」
菊瀬は言うだけ忠告した後に病院から出ていき……すれ違うように影生がまた部屋に入ってくる。
「哲平くん、俺高知の行き方分かんないんだけど多分電車とか新幹線でいけないところにあるね? だから戻ってきた」
「……影生くん、君って何かしらの作品のアンチ意見って耳に挟んだりしてる?」
「暇つぶし感覚でそういう人らが熱意込めて作ったものなら見るかな……あっ、もしかして見る気になった? ずっと目を逸らし続けていたホワイトナイトのアンチスレ」