時空改変型ゴーストライター   作:黒影時空

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第13話『物語が止まった先で』

「俺ようやくわかったよ、ホワイトナイトの面白さを表せる単語」

 

 病室の静寂を破るように、影生が突然そんな事を言いだした。

 哲平はベッドの上で、手元のスマートフォンから顔を上げた。つい先程まで、彼はこの入院という空白の時間を利用して、ネットの海に潜っていた。

 かつての担当編集である菊瀬の「負の目線も見てみたら?」という言葉が引っかかっていたからだ。

 

 どれだけ称賛されていようと、アンチや否定的な意見は必ず存在する。それを直視する覚悟を決めて、ホワイトナイトの感想が飛び交う掲示板やSNSのコミュニティを覗き込んだのだ。

 

 しかし、そこで哲平を待っていたのは、驚愕と底知れぬ違和感だった。

 

『今週のホワナイもヤバすぎ!! 脳汁ドバドバ出たわ!!』

『展開早すぎて意味わからんけど最高!!』

『主人公のあのセリフ、前と矛盾してね? まあ勢いで読めるからいいけどw』

『考察とかどうでもいい、早く次のページめくらせろ!』

 

 ただネットの掲示板を見ただけ。ホワイトナイトについて語り合っているところを見ただけなのだが……その全てが、自分の描いてきた内容と一致していないように見えた。

 キャラクターの心情、伏線、世界観の深み。哲平が(未来のジャンプを模写しながらも)必死に理解し、読者に伝えようとしていた「物語の芯」について語る者が極端に少ないのだ。

 ただ合っていないならともかく、殆ど、自分の見てきたものと別の作品を相手しているかのように感じた。彼らは物語を読んでいるのではなく、ただ「何かすごいもの」を浴びているだけのように見えた。

 

 混乱する哲平を見て、影生が淡々とした口調で続きを語り始める。

 

「2020年代後半、物語の楽しみ方に新しい方向性が浮き彫りになる……短い時間、わずかな手間で脳内物質が溢れ出すほどの快楽を脳に注ぎ込まれたキッズ達に、新たなスラング名称が定義づけられた」

 

 影生はそこで一度言葉を区切り、哲平の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「『ドパガキ』」

 

「……ドパガキ?」

 

「そう。中身や面白さじゃない。短い間に息づく暇もなく、見ているものに脳が刺激される感覚を止ませないほどの勢いと衝撃。この時期はショート動画や無料で遊べるゲームなどが豊富だったこともあり、そういったキッズ層が爆発的に増えていったんだ」

 

 影生の言葉が、哲平の脳内に冷たい水のように浸透していく。

 もちろん、それは当時から社会問題にもなっていた。脳に短期間に強烈な刺激を与え続けたことで、集中力が散漫になったり、極度の活字離れを引き起こしたり、さらには中毒症状に類似した状態になってしまうこともあるという。

 

「哲平くんでも分かるでしょ? どんな人でも読める無個性の作品。その実態は、勢いを留めず、絶えず続きを期待させる流れを操作して魅力を維持しているってこと」

 

 最近になって気付いてきた、ホワイトナイトの異常なまでの「技術」。

 息をつかせぬコマ割り、常にクリフハンガーで終わる見開き、複雑な思考を放棄させる圧倒的なテンポ。それが意味しているものを、哲平はついに理解してしまった。

 

「10年後のアイノイツキが意識したのか、天才ゆえに偶然作り出したのか……どちらにしてもこの作者は成功させた。中身を無個性にして全人類が喜ぶ秘訣は、人類の方を無個性にしてしまう」

 

 背筋に冷たい汗が伝う。

 2070年代に復活した、究極のドパガキ量産コンテンツ。それこそが『ホワイトナイト』の正体だったのだ。読者の心を豊かにする名作ではなく、読者の脳をハッキングする麻薬。

 

「そしてね、もう一つ。ドパガキと呼ばれるものに対する、僕ら創作者側の目線で見た最大の問題点がある」

 

 影生は窓の外へ視線を向けながら、冷酷な事実を告げる。

 

「それは、コンテンツを見る者は『脳内物質が刺激されること』を第一とするために、作品の内容が頭に入らないこと……さらに言えば、それを必要としていないことだ」

 

 だからネットの意見は噛み合っていなかったのだ。

 彼らはストーリーを追っているのではない。ホワイトナイトという名のジェットコースターに乗って、ただ絶叫して快楽を得ているだけ。そこに作者の込めたメッセージなど、最初から存在しなくてもいいのだと。

 

 自分が背負った「罪の十字架」は、単なる盗作という枠を超えて、読者の思考力すら奪う劇薬を世にばら撒くことだったのか。

 絶望に打ちひしがれそうになる哲平の肩を、影生がポンと叩いた。

 

「あまり病院に居すぎないほうがいいんじゃない? 期待を裏切りたくないならさ」

 

 影生の声は優しかったが、その内容は哲平を底なしの恐怖へ突き落とすものだった。

 

「中毒症状の負は、悪魔と『成る』よ?」

 

 もし休載すれば。

 もし、この強烈な刺激の供給をストップしてしまえば。

 快楽に飢え、禁断症状に陥った数百万の読者たちは、どのような牙を剥いて作者に襲いかかってくるのだろうか。

 哲平は震える手でスマートフォンを握りしめながら、自分が引き返せない地獄のど真ん中にいることを、改めて悟るのだった。

 

 哲平はこれからどうすればいいかをベッドの上で考える、ホワイトナイトを書かない文寿命が延びるものかと思っていたが、読者の抑えきれない欲求は本当に暴力性に変わる。

 影生が言っていた、ホワイトナイトを描いていた際にアイノイツキが殺されてしまうというのも案外ありえなくもない話になってきた……。

 

 そんな時、また病室に来たのは……藍野、扉をまたいだすぐ後ろでシエルが情報を集めようとしていることには気づかず……。

 哲平は自分のせいで漫画家としての道が折れかけた藍野に対して思うところもあり……何も言えずいると。

 

 

「私、漫画全然諦める気ありませんから! アシスタントだって意地でも続けますよ! 左手で!」

 

 藍野はそれを見兼ねて話した、白革県に行って腕を切り落とそうとしたことから……哲平に漫画を送ってきたとされる黒幕について未来のジャンプを見たことだけは明かさなかった、まだこれはシエルの作戦のうちなので漫画の内容を悟られるわけにはいかない。

 

「その人物は佐々木先生の人生にも大きく関わって来てまで目的を変えようとしてると……シエルさん……大総統が言ってました、それだけ私や貴方が巻き込まれたことはとんでもないことなんです」

 

「そうは言われても……確かに俺もただごとじゃないことは理解してきたけど、俺そもそも知り合いに心当たりないな……まず菊瀬さんだろ? 師匠だろう、君達アシスタントに、専門学校での同期に……あと、影生くん?」

 

「影生……?」

 

「ああ、そういえば藍野さんは一度俺のアパート来たけど存在感凄く無かったなら気付かなかったっけ? 冥道影生っていう、新人時代から俺のアパートに一緒に住んでるルームメイトがいるんだけど……」

 

「ルームメイト……なるほど、ありがとうございます」

 

「ま……まだ待って!」

 

 藍野はようやく良さそうな情報を掴めた、菊瀬といいい哲平からしたら聞くだけ聞いて帰るのもアレな気がして……影生が話していたことを話す、藍野がこれから先死ぬかもしれないということ、黒幕の目的はそれを止めること……ホワイトナイトが読者の脳を溶かすような作品かもしれないこと。

 

「とんでもない作品だと知るころには手遅れになってしまっていた、透明な作品どころか読者の頭を透明にしてしまうなんて……全人類を喜ばせる物を作りたかったが、思想を変えるつもりなんてとてもなかったんだ……」

 

 

「……」

 

 

(今言う?)

 

 

(しかもちょっと、そのネタを考えた10年後の私のせいにしてない?)

 

 まるでどこかの軍人みたいなツッコミを脳内でしてしまったが、まあつまりは……ようやく先が見えてきたのであとはそこを狙うだけ。

 シエルのところに戻り、次は……冥道影生について調べるだけだ。

 

「人の痕跡がしたような感じはしましたが、まさかルームメイトなんて」

 

「…………ルームメイトか、しかし影から聞いていたが強力な快楽を幸福と捉えるような人間は何時の時代にもいるものだな」

 

「シエルさんも覚えが?」

 

「ああ、少し前にな……」

 

 ──

 

 数日後、元々身体は万全だったこともあり哲平はすぐに復帰して、前もって用意していた分のホワイトナイトを投稿してジャンプはほんのわずかな休載だけで済みホワイトナイト熱は留まることを知らない、しかし哲平も藍野も何の進展もないどころか、未来を変えられる方向性すら見えてこない。

 

 過去に哲平は後戻りできないポイントについて考えていたことはあったが、まさかそれを何度も見過ごしてしまったとでもいうのか? その結果がこれなのか?

 アパートに帰ると何か違和感も感じる、もしかしてこの中に誰か入っている……?

 だが考えていても仕方ない、久しぶりの元の部屋で……ホワイトナイトを見る。

 

 影生曰くドパガキと呼ばれる刺激を欲する低年齢層向けとして最高峰扱いのホワイトナイト、哲平自身が読んだ時すごく面白いと感じたが特に中毒性はない。

 しかし考えてみると編集者もそれくらいの反応をしているのでわりと手遅れかもしれない……こういう時は師匠に連絡をしてみるかと哲平は七篠先生に電話しようとするが……冷蔵庫に目を奪われる。

 

「冷蔵庫に何かある?」

 

 電子レンジを乗せていた冷蔵庫も落雷事故に巻き込まれて故障してからは全く使い物にならなくなっていたが……閉まったまま開かなかった冷蔵庫が開いた。

 しかもその中は……吸い込まれそうなほどのブラックホール。

 明らかに何かある……そう考える間もなく、哲平は渦を見て間もなくその中に、呑み込まれてアパートは静寂に包まれる。

 

 ──

 

 渦の中で哲平は、気がつくと見知らぬ空間に迷い込んでいた。

 

 圧倒的な闇の中、2つの街灯だけが哲平の周囲のみを淡く照らし出している。視線を落とし足元をよく見れば、そこは巨大な本を開いた2つのページのようになっていた。

 

 そして、それぞれのページの中心部分には椅子が立てられており、向かい合うように座っている者がいる。街灯の光が届かず、その顔はよく見えない。

 

 だが……これまでの状況を考えれば、自ずとその正体は見えてくる。ここにいるのは、間違いなく。

 

「まさか……俺にホワイトナイトを送ってきた、未来の人間……?」

 

 哲平の震える声が、静寂の空間に吸い込まれていく。

 向かいの椅子に座る影は、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺は未来の問題を根絶させて、過去に帰る途中……」

 

 重々しいトーンで語られたその言葉に、哲平が息を呑んだ直後、影はふっと肩を揺らして笑った。

 

「冗談だ、好きなSF作家のエピソードでな……原始人のような未来人を突破した文明を持った過去の人間が回収する、『星』には夢がある。俺は単なる忘れ形見を捨てきれないだけの、少し先に生まれただけの人間だ」

 

 言い回しがひどく複雑だ。あの未来人……未来のジャンプと『ホワイトナイト』を哲平の元へ持ち出した存在は、この人物であることは間違いないのかもしれない。だが、どこかまだ怪しい、チグハグな印象を受ける。

 さらに問い詰めようと哲平が目を凝らすと、彼の手に一冊の本が握られていることに気がついた。しかし、それは小説や漫画の単行本ではなく……形状的に、どう見ても『台本』に見える。

 

「もしかして貴方、何か頼まれて代わりに来ているんじゃ……」

 

 哲平が直感のままに告げると、影はパチンと指を鳴らした。

 

「おっ、鋭いな……。本当ならここでもっと特別な奴が来る予定だったが、それだとそっちは納得できないような話ばかりするからな……」

 

 曰く、本来接触してくるはずだった『その未来人』の代わりに、彼が哲平に会う役割を担っているのだという。

 では、代役として現れたこの人物は一体何者なのか?

 

「佐々木哲平が生きるこの時代や、俺を介して見える未来というのは少し現実離れしていて……そうだな、とある作家によって生み出された物語に必要なキャラクター、って言えばいいのか?」

 

 彼は自身を、例えるなら『宿敵役』だと語った。

『主人公』と相手することが存在意義であり、言うならば主人公が望んでいる筋書きを破壊する為に生まれているのだと。

 その言葉に従えば、哲平の元にホワイトナイトを送り込んだこと、そして藍野伊月が死ぬ原因を消し去ること……この2つの事象を哲平に送り込んできたことにも、彼らなりの「宿敵としての」ちゃんとした意味があったのだ。

 

 しかし、哲平にはどうしても解せないことがあった。

 この人物の役割が『宿敵』なら、何故藍野を助けるような真似をしたのか?

 宿敵というからには、むしろ主人公の破滅的願望を望んで、彼女を見殺しにしても良かったように感じるが……。

 

「何も進んでないって不安そうにしてたからな」

 

 影は台本をパラパラと捲りながら、事も無げに言った。

 

「俺が代わりに来る前に、あいつは144ルート通りのアプローチを通したらしいが、いずれも藍野伊月は死亡している。だからわざわざ、お前に『大丈夫』って伝えないといけなくなったんだよ」

 

「何故そんなに心身に……? 宿敵が、主人公を助けるようなことはあるかもしれなくても……」

 

 哲平の混乱は深まるばかりだ。本来対立するはずの存在が、なぜ144回もの失敗を経てまで、わざわざ安心させるようなメッセージを伝えに来るのか。

 

 影は台本を閉じ、見えない顔の奥から、哲平の認識を根本から覆すような鋭い視線を向けた。

 

「ああ、まず今後のストーリーに向けて認識を改める必要がある。いいか?」

 

 その声は、冷たく、そして残酷なほどに響き渡った。

 

「この場合の主人公というのは……藍野伊月ではないな」

 

「藍野さんじゃない……? えっと、じゃあ『ヒロイン』?」

 

「うーん、当たらずしも遠からず? しかしまあ、救済対象として見ればそれもそうか……助けたいという意思はある、ややこしい事にならないように俺が来たんだ、全部説明しよう……このストーリーは同じ人間が主人公で、様々な形で物語が変わる」

 

『主人公』は形によって様々だが、ずっと同じ人が同じ歴史の中で生きている、それに対して宿敵は形を変えて名前を変え、度々物語を破壊しようと立ち塞がることになる……そして、その鍵となるのが哲平達らしい。

 

「物語を直接ぶっ壊すのは俺じゃない、お前らみたいに向上心があり自由気ままに、時に強い意志で生きてドラマを生む存在だ……ってはっきり言えばいいのになぁ」

 

「それで……その、藍野伊月をなぜ救いたかったんですか? ホワイトナイトを続けたかったから、それとも藍野さんが大事だったから?」

 

「うーん……そうだな、答えを言うとするならむしろ、君なら物語を相当めちゃくちゃにしてくれるって期待していたから? 藍野がどうなっても俺や未来には影響はないよ、ただ……お話が変化するだけ」

 

 かなり言い切ってしまった言い方だが、本当にホワイトナイトも藍野もどうでもいいのだろう、あくまで彼にとってはそれだけ……佐々木哲平に納得のいく答えがいくように、自分の持っていた台本を広げて見せるとメッセージが描かれていた。

 

『俺のせいで一度あいつが死んだ』

 

 この言葉を受けて、一度哲平はこの未来人を信用する事にしたが……未来人はまだ何かを警戒しているように見える。

 ここに連れてきたことの意味もまだ聞いてない。

 

「お前って、ゲームとかやるか? そういった仕様的な奴で前もってイベントを組んであって……すまん、ややこしい言い方をするのはやめる、来る予定だった奴はお前の為に色々予定していたんだ、それを読み上げる」

 

 未来人が持っていた台本は『哲平がホワイトナイトを盗作した先の世界線』で起きる予定だった出来事が記されている、藍野が順当に手塚賞などを受賞して連載を掴み取る、しかしこの時代で藍野は過労死してしまいこの空間に訪れる……とあるが、今も藍野は生きているし連載の話はない、コテージで右腕を負傷したからだろうか……? と考えたが全然違うらしい。

 

「俺が独断で予定を早めた、ホワイトナイトを送る頻度も増やして時間をずらしたんだ、この台本のペースだと一年半くらいかかるし、この場合連載で藍野に勝つ必要があるけど無理だろうしな……」

 

「連載に勝つ? それって未来を変えるために……でも俺はこのホワイトナイトがあるから……」

 

「無理! 無理無理無理超無理! 大体君ずっとスキルも育たず名作をなぞっただけだろ? このルートの場合それを一年もやって、お前が焦ってるストックゼロでオリジナルで話を考える所からダイヤモンドの原石に挑むってんだ、俺でもやる前から結果が見えてるのだ台本」

 

「……その台本に書いてあるなら、多分俺が否定しきれないんだろう、そして多分ここに来て……その後どうなる予定だった?」

 

「藍野伊月が死ぬ直前の日にちまで巻き戻った後……時間が停止するって書いてあるな、そこで切れてる」

 

 哲平も台本を貰うと本当にそこで途切れている、物理的にも未来人が哲平に対して手助けを出来るのはここまでという事が表現されているのだろう。

 ……待て、ということはこれから哲平はどうなる? まさかとは思うがここまでの話からして流れ的に……。

 

「ああうん、この後世界の時が止まる、元々藍野伊月の心にも響く作品作るから猶予をいくらでもくれてやるぞーって手段の為だけど……俺がズラしたからな、そこは責任もってカバーさせておく……あ、このセリフ忘れてた」

 

 

『すまないがこれ以上話すには時間が少々足りない』

 

「足りてたよね!? 責任とか説明とか面倒になって適当に切り出す時の言い回しだよね!?」

 

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