その戦いは、世界の崩壊と創造が同時に押し寄せるような、誰にも予測できない混沌の極みへと突入していた。
いつか迎えなくてはならない最終決戦……それは漫画の文脈にとっても、佐々木哲平という男の旅路にとっても、絶対に避けては通れない、課せられた「ノルマ」だった。
たとえ話が予想外の形に途切れても、どれほどこじれて遠回りしたとしても、必ず踏み越えなければならない停止線がここにある。
「……ッ、なんて、デタラメな強さだ……!」
哲平達が息を切らし、大剣を握る手に血をにじませる。
今、彼らの行く手を阻んでいるのは、文字通りの巨大な「壁」だった。戦場の調和を乱し、脈絡もなく、ただ突拍子もなく物語を終わらせるために現れた大いなる存在。
創作概念には、『デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)』と呼ばれるものがある。
古代ギリシャの時代、演劇が解決困難な状況、いわゆる「詰み」の局面に陥った際、神の役を演じる役者がクレーン(機械)によって吊り下げられて突如降臨し、すべてを強引に解決して物語を締めくくった演出技法が由来だ。
転じて、創作全般において「すべてを無に帰して強制終了させる絶対的な存在」を指す。
今まさに『ホワイトナイト』の物語に迫っている『スーパーアイノイツキX』は、彼にとってそのデウス・エクス・マキナそのものだった。
彼女は、本来アイノイツキが描いたかつての歴史と同じ、「第45話」という命が尽きたことで止まった話数でこの世界を強引に終わらせるために現れたのだ。
(これを……この壁を越えた先にしか、俺が積み上げてきた『ホワイトナイト』の、俺自身の46話は存在しないんだ!)
哲平はカズマと共に、持てる限りの想像力を解き放った。限界突破のイマジネーション。脳内で何万回とシミュレートし、この静止した空間で何十年、何百年とかけて磨き上げてきた46話へ繋がるストーリーの導線──。
だが、どれだけ力を試しても、どのような劇的な展開へ誘導しようとしても、スーパーアイノイツキXという概念の前に、それらすべてが虚しく跳ね除けられていく。
「無駄ですよ、佐々木先生」
スーパーアイノイツキX──いや、その姿を借りた世界の抑止力が、冷酷に告げる。
「一面的な友情、一人遊びの努力、そして自己満足の勝利……この場所でどんなに実績や経験を積もうと、過去の原稿を書きなぞって、どれほど新しい視野に目を向けようとも……」
彼女がその華奢な手をかざすと、哲平が紡いできた物語の残滓が、ガラス細工のようにパリパリと音を立てて割れていく。
持っている手段が、手札が、次々と失われていく。圧倒的な絶望感が哲平の五臓六腑を駆け巡った。
「辿る未来が決まっているなら、その先の先だけを断つ!」
超常現象的にすべてを簡単に解決してしまう概念的な存在。それに抗おうとすればするほど、哲平のイマジネーションは空回りし、底なしの悪循環へとハマっていく。
これこそが、本当の絶体絶命。
「……あ、あともう少しなのに……俺の、46話が……っ」
膝をつきかけた哲平の視界に、ふと、戦場に転がった一冊の「本」が映り込んだ。
それはかつてルームメイトであり、この無限の時間をくれた相棒・冥道影生から託された『やってほしいことリスト』。
激戦の衝撃でパラパラとページがめくれ、気付けばこの勝負の直前で、ついに**最後のページ**にまで到達していた。
そこには、影生の乱暴でありながら、確信に満ちた筆跡で、こう書き殴られていた。
『創作し続ける限り勝利が約束された存在にして神……それになれ!』
「……影生、くん……」
哲平の脳裏に、すべてのピースが繋がる衝撃が走る。
冥道影生は、もしかしたら最初から、ずっとこの瞬間が来ることだけを期待していたのではないか。
そのために彼は立場を変え、歴史を繰り返し、様々な役割となって……時にはルームメイトとして、時には未来の案内人として、現在ではこの哲平の前に現れたのではないだろうか。この「神」の領域へ哲平を押し上げるために。
しかし。
その創作者としての究極の覚醒を、絶対に止めなくてはならない存在がいた。
現実世界。白革県のホワイト・レボルシオンへ向かう道中、あるいは時空の狭間で、猛烈な意志を持って哲平を追いかけ続けてきた者──**藍野伊月**である。
彼女はまだ、許していない。
どれほどの過酷な運命があろうとも、10年後の未来から得たものだからといって、佐々木哲平が『ホワイトナイト』を盗作したというその罪の十字架を、うやむやにすることなど絶対に認めていなかった。
神の力を得て、自分だけの世界に閉じこもり、美しい物語として昇華して逃げ切ることなど、この藍野伊月が絶対に許さない。
世界が軋む。スーパーアイノイツキXの瞳の奥に、本物の藍野伊月の、魂の叫びが宿った。
「全部!!」
彼女の叫びが、静止した空間の全次元を震わせる。
「一人で!!」
カズマの姿が、大書庫の壁が、哲平の都合の良いイマジネーションのすべてが、内側から爆散していく。
「終わったことにするな──────!!!!!」
その怒号は、哲平が何百年かけて築き上げた美しい箱庭を木っ端微塵に打ち砕き、彼を本当の「
ここまでの世界線の中で藍野が変わったことは、自分が将来死ぬかもしれないとなって……それが食い止められそうなこと、多分過労死が原因だし。
もう一つは……ただ自分が作りたいモノも描けず模索して、誰でも面白いと思えるような作品、そこから透明な作品を追い求めて現在にいたり……気付けば藍野は名作や神のような体験を追っていくうちに、意外とそんなに透明をこだわらなくても面白い作品が作れるかもしれないこと、数々の体験は脳をフル活性させて様々な作品を作り出した……藍野も、哲平も。
しかし藍野は哲平を見て……大きな勘違いをしていた、それは哲平がこのまま自分が止めなければ同じ視野を見続けていたことも含めて。
──透明、それはただ単に、どんな人でも同じ物に見えるくらいに個性がなくて誰も避けない作品……そんな風に思っていたが、意味合いは1つだけではない。
透明な作品とは……個性がない、面白い要素が見えてこない、いや……そういった要素がないどころか、存在すらも視認できないほどに影が薄く、周りを見ずに自己解決している作品とも言えるのだと、哲平はそんな作品をこれから一生続けようとしている……それを止めるには見るしかない。
藍野が、スーパーアイノイツキXが現在自分の世界に居る佐々木哲平に対して認識し続けて、最後の別れかもしれないぐらいには思いを口にする。
「確かに私は最初から貴方の事を信じてなかったんですけど!! どうして私に信じさせる為に行動しなかったんですか!!」
「なんで何もかも一人で抱え込んで、自分一人で勝手に自己完結として、自分だけの問題にしないでくださいよ!!」
「いいですか!! 貴方は大層な志も使命感も何一つありません!! 描きたいものが何もない空っぽが……それが!! ホワイトナイトを偶然見つけて! 変な使命感で勝手にジャンプに載せて、ずっとその立場を維持し続けて、のらりくらりと餌をもらい続けて……ただ! ホワイトナイトの脛をかじり続けただけの、空っぽの瓶です!!」
「いい加減私に『第14話』を見せてくださいよ!! 私に対して伝えたいことがあるんじゃないんですか!? こんなところでダラダラとホワイトナイトごっこだけやってて、それだけの事で満足出来る人じゃなかったはずでしょう!?」
「謝ることはエゴでしかないとか自分がホワイトナイトを送り届けるとか自分の脳みそだけで話を進める暇があるなら私に対して何か思いでもぶつけてみてくださいよ!!」
「この漫画でも現実でも一歩踏み出すことも出来ない!! 実績が欲しいだけの適当野郎!! 本当に申し訳ないと思うのなら私のホワイトナイト返せよ!!」
こんな事を言ったところで今更、何の解決にもならない。
文句を言ったところでホワイトナイトは戻ってこない、影生も来ない。
哲平は多分……謝ってくるが、それで終わる。
『貴方には悪意を感じるような人には見えませんが、とてもいい人でもない』
それが最初に藍野が判断した哲平の評価であり……最終的にこのままだった、哲平はこの惨状を開き直れるほど性根が腐っていないが、優しい人、と呼ぶには疑問も残る良くも悪くも普通の倫理観の持ち主。
その普通から……ずっと変わっていない、いや……もしかしたらこう解釈することも出来る。
変わることさえさせてもらえなかった?
あの冥道影生という男が、そうなるように哲平を誘導したとしたら?
そんなまさか、彼はただのイマジナリーフレンドだ、そんなこと出来るわけが……。
だが考えてる余裕もなかった。
「これは……どうすればいいんだ」
「うっ……」
(嘘……佐々木先生、これでも私手加減していたんですよ? まさかそんな、嘘だ、これを事実として認めるしかない!)
冥道影生……いや、これまで幾度となく世界に影響を及ぼしてきた『黒幕』は実際は大きな目標通りに念入りに行動していたのだ。
それは邪魔になるものをちょっとずつ排除していくこと……『主人公』と呼ばれる存在を堕落、悪化、弱体化させていく形で物語を作り替えてしまうこと。
そう言い切れるのはもう一つ理由があった。
……能登蓮、藍野のアシスタント仲間の彼、彼は能登來暇の息子。
伝説のサークル『白卓』とその主である來暇は……全く別の漫画のヒロインだった、自分たちと同様に……何か物語を由来としていた、彼女もまた影生のようなものと遭遇した経験まである。
つまり影生はこれまで……いや、下手したらこれから、自分が亡くなった後にもずっと何かの物語を描き続ける。
そうやって生き続けた結果がシエルでもあるのだろう。
そして、これまでの過去の彼らと違い……完全に凡才程度の才能しかなかった哲平は、自分が思っていた以上に深刻……?
だが、それ以上のことは考えられない……スーパーアイノイツキXと連結していたように思いを発していた藍野の意識が薄れる……タイムリミットの5時間が、訪れてしまった。
しかし藍野が来た場所は……現実じゃない、それは過去に哲平が幾度となく誘われた、未来人と邂逅していたあの空間……そこに藍野は座らされていた。
そして、藍野伊月にとっては初めて哲平の言葉ではなくはっきりと姿が見える。
「冥道、影生……!」
断言できたのは……どう見ても目の前の男が、ふてぶてしく今回の光景を眺めているからだ。
「そう! 俺が本当の『主人公』だ……どう? キルバーンによく似てたろ? この言い回し……君もジャンプマニアならよく知ってるはずだ」
「貴方は佐々木先生を陥れるような事をして何がしたかったんですか」
「何がしたかったんですかと言われてもねえ……俺だって俺が思っていた以上に哲平くんが何もやろうとしなかったんだから……全部とは言い切れない形なんだよねぇ、俺も」
現在の……『物語』における冥道影生がどんな立場なのか? 未来人? 哲平の友人? 何にしても彼は哲平やホワイトナイトを利用して、ここまで歴史に深い爪痕を残した。
「しかし、物語の筋書き通りとはいえジャンプ売りの爺さんがそのまんまコンテンツショックで消えた漫画全部持ってたってことになるなんてなぁ……まあ、多分それも消えるよ」
元はと言えば20年ほど前、コンテンツショックが起きたのは自分が物語を作る手伝いの為に同胞を作ろうとしたが……それも不可能と悟りその時代から消えた時に全て持ち帰ったこと、まさかそれが現実から概念丸ごと消えてなくなってしまうことは想定外だったが……つまり、この時代から冥道影生が撤退するときにまた持ち帰れば、藍野が持っている『過去のジャンプ』はまた消滅してしまう。
「まあそんな面倒なことをしなくても、中身を適当に書き換えるだけでも万事解決するんだけど」
「そんないい加減な……私たちの歴史を、物語を、貴方はなんだと思っているんですか!」
「君等が崇高に思うほど立派なものではないと思っている」
前者に関しては……そもそもこの歴史を作ったのは自分ではない、やり直された物に自分が割り込んでいる、自分はただ壊して作り直された一つの歴史に混ざっているだけだ、この『作品』が繋がって一つの歴史表として狂いなく進行していくための一本道に。
後者に関してはそもそも彼女達に対する理念が違う、持ち出した漫画のストーリーをなぞっていたとして、同じ人間だとして影生はそれが本人とは思っていない。
精々、顔と名前と初期設定が同じだけの赤の他人、皆一人ひとり本物じゃないのだから。
そして彼は、まだまだ楽しむ余韻がある。
「面白いことを教えてあげるよ、今アニメってネット配信で観測できるだけで7804作品もある、アニメだけでこの数値……そこに含まれない漫画、特撮、ゲームを含めたら本当に現実離れした桁にまでなるんだ」
この世界はまだ『5作品分』しか進んでいない、この世に存在する全ての作品が一つの世界に繋がっていく。
……その場合、自分は邪魔なのではないか?
過去のジャンプを通して自分達が生きている世界が過去に存在した物語を沿っていると、第四の壁のような物に触れてしまった藍野は……。
過去のジャンプを通して自分達が生きている世界が過去に存在した物語を沿っていると、第四の壁のような物に触れてしまった藍野は……その残酷な真実に直面し、足元から世界が崩れ落ちていくような感覚に襲われていた。
「私が……私たちが必死に生きてきたこの現実は、ただの誰かが描いた『お話』の一部に過ぎない……私だけじゃない、シエルさんや能登さんの家族まで、いやもしかしたらそれより昔から……」
震える声で紡がれた藍野の問いに、冥道影生は悪びれる様子もなく、口角を歪めて嗤った。
「そういうこと。君がどれだけ佐々木哲平に怒りをぶつけようが、盗作された『ホワイトナイト』に対する情熱を燃やそうが、それはあらかじめ設定された『キャラクターの感情』に過ぎないんだよ。君たちは、無限にあるコンテンツという名の巨大な歯車の一つでしかない……それがまた、面白いんだけどね」
「ああそうそう、哲平くんもちょっとは知ってるんだよ? あいつ……ネタバラシすると雪吹か、あいつが『宿敵』として色々語ってくれたからね」
影生の冷酷な宣告が、藍野の心臓を鷲掴みにする。
彼女がこれまで信じてきた努力も、挫折も、佐々木哲平という男に向けた複雑な感情すらも、すべてが台本通りの「お約束」を改造したものだと言うのか。自分が何者かに操られただけの、実体のない存在だと突きつけられたのだ。
「……ふざけないでください」
藍野は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、先ほどの絶望を焼き尽くすような強い怒りの光が宿っていた。
「仮にこの世界が、貴方の言う通り誰かの作った物語の寄せ集めだったとしても……私が今ここで感じている怒りも、佐々木先生にぶつけた言葉も、決して偽物なんかじゃありません!」
「それはその通り、何度も言ったが、君等はあれらの作品に出ているものと設定が同じなだけで全く別の生き物だからね、品種が同じ犬を育ててるぐらいのものさ!」
彼女の脳裏に、時が止まった空間で一人、『ホワイトナイト』の世界に閉じこもっている佐々木哲平の姿が過る。彼は今、藍野の姿を模して具現化した幻影『スーパーアイノイツキX』と戦っているのだ。彼もまた、自分自身の弱さとプレッシャーに向き合い、彼なりの解釈でもがき苦しんでいるかとしれない。
「佐々木先生は……確かに空っぽで、不器用で、逃げてばかりの人かもしれません。でも、彼は彼なりに、あの止まった時間の中で必死に足掻いてきた! 貴方のおもちゃとして、ただ消費されて終わるような人じゃありません!」
「このセリフ素晴らしいね、そのヒロインムーブ! まさに王道だ……でもまあ、もう24話だしなぁ」
影生はパチパチと大げさな拍手を送る。
「でもさ、現実は残酷だよ。哲平くんは今、俺の書いた『神……それになれ!』というメッセージ通り、見事に俺の用意した箱庭で創作者としての究極の覚醒を果たそうとしている。彼が君の幻影を打ち倒し、自分だけの46話を完成させた時……この世界はどうなると思う? 複数の物語が重なり合い、限界を超えた時、更なる『作品』がこの世界を飲み込みに来るんだよ……次はどうなる? そろそろ異世界の話もしたくてファンタジー世界の歴史が出来るように哲平くんを誘導したが」
影生は両手を広げ、彼らがいる虚無の空間を見渡した。
「たった5作品でこれだ。これから先、何千、何万という物語がこの世界に顕現する。君という存在が、その濁流の中でいつまで『自分』を保っていられるかな?」
「……保ってみせます。私は、私の物語の主人公ですから」
藍野伊月は、決して折れなかった。
第四の壁という絶対的な境界線を前にしても、彼女の魂は実体を伴って熱く燃えている。
このふざけた「読者」気取りの黒幕を引きずり下ろし、自分だけの世界に逃げ込んだ佐々木哲平を本当の「現実」へと連れ戻すために──藍野の本当の戦いが、今ここから始まろうとしていた。
いや、始まらない。
「ところがそうはいかない……26話、26話で物語は区切りをつけていくからだ」
「何……?」
全26話……絶対にここから1話も伸びず、減ることもない。
どれくらいの量かというとアニメ2クール分だ、12話とかだとあまりにも短くてつまらない、かといって長くやりすぎると新しい作品に向かえなくなってしまう。
なんとなくだがこれくらいがちょうどいい、そこそこ話を続けて寄り道もちょっとだけ出来て、何かしら倒せば終わる辺りに。
「君が言ったんだろ? ラスボスになるって……この話は次で25話になる、もう終わりが近いよ?」
そうして、藍野の意識はまた途切れていく……。
「雪吹はもう既に行ったから、俺もそろそろやることやってくれた哲平くんを見送って帰るとするか」
「ま……待ちなさい!!」
「哲平くんの時間停止を解除する」