時空改変型ゴーストライター   作:黒影時空

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第3話『私の名はアイノイツキ』

 ドアを開けた先、水色の髪を揺らすセーラー服の少女──藍野伊月は、静かな怒りを纏っていた。

 その細い腕に抱えられた原稿用紙の束。一番上に書かれた『手塚賞応募用』の文字と、拙いながらも力強い『ホワイトナイト』のタイトルロゴが、哲平の目を釘付けにする。

 

(この人がアイノイツキ!? ……というか、もしかしてまだ学生!?)

 

 10年後にジャンプの頂点に立つであろう天才は、今、目の前で殺意にも似た視線をこちらに向けていた。

 彼女がどうしてこのアパートまで辿り着いたのか、自ずと察しはつく。

 ジャンプ編集部に押し掛けたか、あるいは執念で新人賞の受賞履歴やネットの海から『佐々木哲平』の個人情報を洗い出したか。

 問題はそこではない……彼女が既に『ホワイトナイト』を描き上げていたという事実だ。

 

 どうするべきか。

「家の電子レンジがタイムマシンに変化して未来のジャンプが出てきて、それに載っていた君の漫画を描き写した」などと、どういった形で説明できるだろうか。

 2020年代の時点で精巧だった生成AIによるディープフェイクや高度な合成技術が当たり前になった昨今、突如現れた10年後のジャンプを見せたところで「精巧な偽造品」と一蹴されるのが関の山だ。

 何より、レンジからジャンプが吐き出される現象は今のところ不明であり、今すぐ見せられる保証はどこにもない。

 

 今の藍野からすれば、自分の頭の中にしかなかったはずの……あるいはたった今描き上げたばかりの未公開作品を、見ず知らずの他人が『上位互換』として世に放ったようにしか見えないのだ。

 

 考える猶予すら、彼女は与えてくれなかった。

 鋭い風切り音。藍野の右手に握られていた丸ペンが、ドアの隙間を縫って哲平の顔面めがけて突き出される。

 

「ひっ!?」

 

 間一髪、首を逸らして致命傷を避ける。

(発言間違えたら俺どうなるの!? このままじゃアイノイツキが漫画家より先に、傷害事件でサブカル週刊誌にデビューすることになってしまう!)

 

「お、落ち着いて! 一旦入って!」

 

 どうにか藍野を部屋の中に押し込み、哲平は背中に冷や汗をかきながら周囲を見渡した。

 先ほどまで散乱していた『未来のジャンプ』と、すでに描き上げていた7話分の原稿は、混乱の最中でも無意識の内にベッドの下や棚の奥へと隠し終えている。

 同居人の影生は、哲平と二人きりの時以外は極限まで気配を消す特技を持っており、今も部屋の隅の暗がりで完全に空化していた。藍野が彼に気づく様子はない。

 

 どこまでいっても、自分が『盗作』という罪を抱えている事実は揺るがない。

 だが、この修羅場を乗り切るには、目の前の少女に一つの落としどころを与えなくてはならない。

 

「ま……待ってくれ藍野さん。納得できないところもまだあるはずだが、まずは……何があったのか聞かせてくれないか」

 

 両手を前に出し、降伏のポーズを取りながら哲平は必死に声を絞り出した。

 しかし、藍野は握りしめた原稿を胸に押し当て、冷ややかな瞳で哲平を射抜く。

 

「なら最初から結論を教えてください……貴方、私の作品をどうやって盗んだんですか」

 

「盗んでいない……俺は、『君から』は盗んでいない」

 

 それは、佐々木哲平という男が捻り出した、ギリギリの詭弁だった。

 嘘ではない。今の時代の藍野伊月からは盗んでいない。10年後の未来から盗んだのだ。だが、そんな本音が通じるわけもない。

 ……嘘をつく時に解像度を上げるのは、『真実』を混ぜることだ、アイノイツキから盗んでいるが藍野伊月からは手を出していない。

 

「ふざけないで!!」

 

「うわああっ!!」

 

 藍野の声が、狭いアパートの部屋に響き渡った。

「私はこれに、私の全部を懸けたんです! ずっと考えて、ずっと構成を練って……やっと形になった。手塚賞に出して、これでデビューするんだって……!!」

 

 彼女の目から、大粒の涙が溢れ落ちる。

「それなのに……今日、本屋でジャンプを読んだら……私の『ホワイトナイト』が載ってた。私よりもずっと絵が上手くて、ずっとコマ割りが洗練されてて……私の中にある『完璧な形』そのもので!」

 

 藍野は震える手で、自身の原稿を哲平の胸に叩きつけた。

 

「パソコンへのハッキングですか!? それとも、私のネームノートをどこかで盗み見たんですか!? 答えてください!!」

 

(だ、駄目!! こんな状態でとてもタイムマシンのことを言っても信じてもらえない!)

 

 現在の藍野の状態ではまず突拍子もない話を聞いてもらうことすら出来ない、とはいえ哲平すら何の証拠も出せないので完全に藍野からシャットアウトしている影生の方に顔を向ける。

 

(影生くん俺には無理だ! 壁に紛れてないでちょっと俺を助けるための知恵を貸してくれ!)

 

 そんな哲平の想いが通じたのか分からないが、見えない所からメモ帳サイズのカンペが送られてきてすぐに開くと……なんとか突破口になりそうな内容が描かれてた、

 ……アリバイ、哲平は藍野の盗作に対して説明できることはないが、自分が今の藍野から漫画を盗むことは不可能であると証明することは可能だった。

 

「ま……まさか現実でこんな事を言うことになるとは思わなかったけど……俺は、君を陥れる為に盗作ということをしてしまったわけじゃない! 知らなかったんだアイノイツキが存在するなんて!」

 

「知らなかった……? ここまでそっくりに作った上で話を多少変えた上でですか! そんなの私のノートを見ない限りは……」

 

「お……俺自身にはアリバイがあるんだよ! 俺には藍野さんの話を盗む時間なんてなかった! それは本当なんだ!」

 

 タチが悪いところなのだが、咄嗟のごまかしでも出任せで言えることでも、影生のカンペでもなく佐々木哲平にはアリバイが成立する。

 哲平はホワイトナイトを公開するまでの前日、前々日とその時点でネームの持ち込みに行っており、別の日にはアルバイトもある、哲平のアパートから集英社まで電車を使わないと行けない距離にあることもあり、どこの誰とも分からないアマチュアの作品を追いかける余裕もない。

 

 そして哲平がホワイトナイトを知ったのは〆切後の掲載会議、あの日は哲平がやけっぱちで乗り込んでおり、その時初めてジャンプ編集部はホワイトナイトの存在を知ることになる。

 つまり哲平もほぼ当日のギリッギリにホワイトナイトを知った、ここまで本当に事実だから何とも言えない。

 そもそも〆切を守らずジャンプ編集部に突撃する方もする方だが。

 

「……本当だよ? もしホワイトナイトをそれより前から知ってたら、前の日の持ち込みの時点で提出してるよ、あんな面白い作品……編集者の人に聞けば本当だって分かるから」

 

(それが本当なこともある意味ダメなんじゃないのかな?)

 

 影生は遠くから心のなかでツッコミを入れる、藍野は当然信じられないようだが厄介なことにこの哲平が語るアリバイ、一切の間違いもなく全て事実である。

 何より編集部に哲平が突撃したことはネットで見られてそこそこ有名なので今は藍野も呑み込むしかなかった。

 ようやく楽になってきた哲平は畳み掛けるように弁解する。

 

「元々俺は……スランプ間近で、多くの人を喜ばせようと思って描いても全く実らなくて、そんなある時見たことない漫画が送られてきて……魔が差した! のかもしれなくて」

 

「……つまり、アマチュアだった貴方の弱みに付け込んで盗作という道に追い込んだ黒幕が別いる、貴方はそう言いたいんですか?」

 

「そ……そういうことになる……のかな」

 

 しかし本当の出来事を説明出来るのはここまで、藍野から直接盗ったわけではないにしても、どうやってホワイトナイトを手に入れたのか、そしてこのクオリティで完成させたのはどうしてなのかまでは説明がつかない。

 だが、下りていたGペンはゆっくりと離される。

 

「まだ納得いかないところがありますが……私とあなたは無関係だから誤魔化しようはあるのに、認めたんですね、そのホワイトナイトが私のものって、自分のものである自覚はないと」

 

「実際、後から見ればそういうことになったから……」

 

「それが尚更わかりません、私も漫画の勉強をする上で表には出さない形で既存の真似をすることはありますが……価値観が一致しない限りは正確なものは作れません」

 

「……ルームメイトも似たようなことを言われたな、俺としては……」

 

「分からないですが、貴方から答えが出てこないことぐらいは分かりました」

 

 ペンを離して原稿をしまい、住所らしきものが書かれたメモ、連絡先を残して社交辞令のような一礼をした後に扉を開ける。

 

 

「ここまで話してきて分かったことは貴方には悪意を感じるような人には見えませんが、とてもいい人でもないことを知りました、ホワイトナイトの連載頑張ってくださいね」

 

 それだけ言うと、藍野は扉を閉めて出ていった。

 藍野伊月は……ファーストコンタクトだけで佐々木哲平という男についてなんとなく理解した。

 きっと彼は、本当に自分を利用して成り上がることを狙っていたわけではない……それにしてはあまりにも迂闊だったから。

 

 だが藍野は諦めるはずがない、足音が聞こえなくなってからレンジがチンと鳴り、今更すぎるタイミングで第8話のホワイトナイトが届いたので魂が抜けるようにへたりこむ。

 もしこれが意図的な物だとしたら送ってくれる相手は相当趣味が悪い。

 ようやく存在感が戻ってきた影生が、レンジからジャンプを

 

「しかしこうして送ってくる分には哲平くんとして構わないが一体目的はなんなんだろうなぁ」

 

 このタイムマシンと化したレンジからジャンプが哲平に送られてくる理由が分からない、それを知らないことには藍野にはっきりとしたものは説明できない、今のところすべての始まりであるはずなのに……何もかも不明。

 

 なぜ未来が変わったあともジャンプが送られているのか、何故自分なのか、何をしてほしいのか?

 一体何故自分にジャンプを送り続けているのか分からないのに、一向にホワイトナイトの数だけ増え続けている。

 藍野にはまるで自分をそう仕向けた黒幕がいるみたいに話してしまった、結局実行したのは自分であることに変わりないのに。

 

「でも……影生くんはどう見る? ジャンプが送られ続けていること」

 

「さあね? 何にしてももう既に哲平くんはネーム送っちゃったんだから連載するつもりなんでしょ、『アイノイツキ』の作品そのままで、俺が懸念してるのは正直そこなんだよね……」

 

「またその話か……俺は信じてるんだ、アイノイツキの話は最後までつまらなくなることはないって」

 

「それはそれの問題としてね、君結局編集さんに言われた描きたいものがない事は解決してないでしょ? 一生藍野さんのネタに頼って寄生虫なってもらっても困るし、漫画家としてありもしない肩書きばかり伸びてもなぁ」

 

「それスッゴい何目線?」

 

 しかし影生の言う通りアイノイツキのストーリーをそのままなぞるだけでは、将来ホワイトナイトが完結するようなことがあったときに哲平はボツ続きのネームの頃のままでは一生自分の手で描けなくなる? もしかすれば自分に成長してもらうか、逆に陥れるかの目的かもしれないが、どちらにしても藍野の作品が足蹴にされているみたいで不快だ。

 

(どの口が?)

 

 しかし未来から過去へ後ろ側に流れてくるように進んでいく時の流れは止められない、もう既にホワイトナイト第1話を次のジャンプで掲載することを大々的に宣伝して、まだ載ってもいないのに世間はこの話題で持ちきり、ジャンプはここ最近になって類を見ない盛り上がりを見せている。

 

「というか哲平くん、写して描くとはいえ一人で描くのは無理でしょ、アシスタントとかどうするの金欠なのに」

 

「……え? 影生くんは手伝ってくれないの?」

 

「え、やだよ二次創作する時間がなくなるしさ、俺の専門って文字のほうだから役に立たないし」

 

 今の哲平の現実的な問題はアシスタントだ、読み切りの方も専門学校の同期に助けてもらい完成させたのだがずっとそれに頼ることなんて出来ない、ここらで何人かアシスタントを雇わなくては連載が進まないことは承知の上だ。

 しかし……哲平は家賃すらアルバイトをこつこつ稼いでこの少し古いアパートの分を払うのが精一杯なのにアシスタント代をどうやって出す? 契約費だけで1ヶ月分くらいにはならないか?

 哲平自身もアシスタントで生計を立ててたこともあるので相場は多少理解しているが、1冊手伝ってもらうだけでも何万もザラにかかることになる。

 

「どうやってお金をやりくりすればいいんだっ!!」

 

 哲平が現実的な問題に直面したところで……電話が鳴る、アシスタントを編集者が用意してくれるということで数日後に作業デスクに来てくれという。

 いよいよ後が無くなったので……お金についてはまた編集者と相談することにしたが……影生は普通に部屋から動かない。

 

「ついてきてくれないの!?」

 

「大の大人が付き添いを求めるんじゃないの、腹くくりなさい」

 

 

 ──そして約束の日。

 

「いやぁ、あのホワイトナイトを連載するっていうから、アシスタントも本格的に用意しなくちゃなってことで大々的に募集したんだ、そしたら見込みのある人が三人も!」

 

「は……はぁ、それは良かったです、三人かあ……僕に養いきれますかね……」

 

「大丈夫だから! あんな面白い作品を世に公開さえすればアシスタント代三人なんて余裕でおつりくるレベルなんだよ、お金の事なんて気にしなくていいから」

 

 編集から見ればまだ新人が突然生活水準が変わることになり軽い不安を感じているように見えるのかもしれない、しかし哲平の脳内からすればそれ以上に重く苦しい空気がのしかかる。

 そうやってアシスタントに支払われる代金でさえも自分の力ではない、しかし責任という物は金と強く結び付きがあり、そういったしがらみのない無責任でいたいから二次創作を描き続けていると影生も言っていた。

 

 しかし一体どんな人が来たのか……不安の中、新しい仕事場、新しい同胞にして巻き込まれる存在たちと挨拶を交わしていくことに。

 最初に会ったのは高校生ぐらいの男性……あの藍野を思い出してしまいちょっとモヤっとするが、独特な形で一部分が白く染まっている黒髪が個性的だ。

 

「えっと……こういう時確か強く見せるようにって母さんが言ってたな、能登蓮だ! デザインとかだったら出来るから何か凄いことだったら任せてくれ!」

 

「は……ははは、ありがとう、君がやるの多分背景の細かいところとかだけど……」

 

「あっ、もしかして一人目の自己紹介が終わったところかな? うーん……まあ遅刻はしてないよね?」

 

「うわっ!?」

 

 話している途中でぬるりと現れた2人目のアシスタント……なんというか、かなりの美貌、男か女かも分からない中性的な雰囲気をしておりモデル並みの高身長、何故こんなアシスタントなんてしたのかと疑問に思う、更には、顔にめっっっちゃカレーがついてるか顔面の良さで全く台無しにならないゴリ押しのような綺麗さ。

 

「僕は……うーん、そうだな、安田桜あやめ、気軽にダザクと呼んでくれて構わないよ」

 

「は……はぁ、なんというかすごい独創的な人ばかり集まって……あれ?」

 

 あと一人まだ来ていない、ここにいるダザクすら遅刻してきたような振る舞いなのに……三人アシスタントを雇ったという、バックレも珍しいことでもないのか? と哲平はそのまま連載作業を始めようとしたその時のことだった。

 

「……ここに来れば、あなたに会えると思いましたよ? 佐々木先生」

 

「……あっ、う、あっ……」

 

 声を聞いただけで心臓が強く鼓動して呼吸が止まりそうになる、文字通り心臓を掴まれた……影生が例に挙げたように、諦めることなんてないし手段はいくらでもある。

 そしていつでも首根っこを掴めるように監視することだって……。

 

 藍野伊月はホワイトナイトを描く、しかしこの世界線では10年後の連載ではなく……佐々木哲平の3人目のアシスタントとして。

 

「はじめまして……じゃないですよね? 藍野伊月です」

 

 哲平はどこまで行っても後がないということを……思い知らされることになる。

 

 ──

 

 こうして顔合わせも済んで……もうこの日の段階までにホワイトナイト第1話の原稿を描くことになった哲平と3人のアシスタント達。

 とは言っても読み切り版を少しアレンジして連載に合わせるように……哲平からすれば、元のアイノイツキ版のストーリーをなぞればいいだけ。

 前もって哲平がキャラなどの大部分描いてアシスタントに描いてもらう、そうすれば元のホワイトナイトの魅力もそこまで薄れないだろうと判断した。

 

 しかし哲平にしか分からない課題があり、絶対に誰にも明かせない悩みがあった。

 

(違う! 皆に公開するべきホワイトナイトはこんな出来じゃない! あの作品はもっと……!)

 

 改めて連載にして比較する際に、アイノイツキ版ホワイトナイトのクオリティがあまりにも高いもので、それを模倣する側の佐々木哲平版ホワイトナイトがどう描いても彼女を下回るように見えてしまう。

 絵も気迫も当然違う、何をしたらここまでの作品になるのか、作りたいものが心にないが劣っていることはすぐに理解できる哲平にとって悩みであった。

 

 そんな様子に蓮は心配そうに眺める。

 

「大丈夫です佐々木先生、ページの進みが……思ってたよりも遅く感じてしまって」

 

「えっ、僕詳しく知らないんだけどこれって遅いの?」

 

「あのなぁダザクさん、佐々木先生は連載に入るまでたった1日で48ページの読み切りを描いて、ネームだって読み切り掲載から間もないのに異常なペースで3話分も投稿したとんでもない速筆にして天才なんだぞ!」

 

「はは……前者の頃は普通にボツくらったけどね」

 

 愛想笑いをしながら……こうして、本格的に始まってしまう。

 佐々木哲平によるホワイトナイトの、誰も知らない盗作が。

 藍野伊月がどんな手段を取るか、刻一刻と迫る魔の手に怯えながらの制作環境が。

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