使命という名の試練は……ついに形を伴って佐々木哲平の前に姿を現した。
未来の藍野伊月を襲う『死の源流』を断ち切り、彼女を救うこと。それが、自分が『盗作』という取り返しのつかない罪の十字架を背負わされた本当の理由、未来人は恐らく哲平にそれを伝えたかったのか?
それを何故自分がなのかまでは分からないが……とてつもない大役を背負わされた。
しかし、覚悟を決めた哲平の足元を冥道影生が放った現実的な一言が容赦なく掬い取った。
「46話以降から、どうやって今の時代のホワイトナイトを続けるつもりなの?」
現在、2068年の世界で哲平が次にジャンプへ掲載するのは第7話。
未来のアイノイツキが生涯で描き上げた『ホワイトナイト』は全45話。
数字だけを見れば……まだ一年近くの猶予があるように思える。
だが、哲平の心臓を鷲掴みにしている焦燥感は、そんな悠長な計算を許さなかった。
もはやこの時代における『ホワイトナイト』は、一人の新人漫画家がコントロールできる範疇をとうに超えている、読切の時点で売れまくってただの責任では済まない事態になっていたが、連載が始まってからの影響力は留まることを知らない。
つい先日には公開はまだ先の話とはいえ、異例のスピードで正式にアニメ化の企画まで発表されたばかりだ(状況や売れ行きによっては1話の時点で話が回ってくるらしい)。
無数の大人たちが動き、莫大な金が動き、何百万人という読者が熱狂している。
その神輿の先頭に立っているのは、画力すら本来の作者であるアイノ版にどうしても及ばない、空っぽな自分なのだ。
そして……いつか、運命の第45話を終えて、誰も観たことのないホワイトナイトの続きへ辿り着いてしまった時。
そこから先は、自分自身の頭で、この途方もない熱狂に耐えうる『ホワイトナイト』の続きを紡ぎ出さなければならない。
「しかも実質最後の回……相当めんどうなところで死んでくれたなぁ」
散乱する未来のジャンプの中から、影生はアイノイツキ生涯最後となったエピソードを引っ張り出し、パラパラとページをめくった。
その視線は冷徹で、未来で亡くなった作者への感傷などは一切ない。ただ、作品の構成を1人の創作者の目で解剖しているだけだった。
──『第45話「覚醒」』
少し前からこの話にかけて、王都を壊滅させたゴーストの【時空の刑死者】との壮絶な戦いが繰り広げられていた。
瀕死の重傷を負い、絶体絶命の窮地に追い込まれた主人公のカズマ。
しかし、彼は死の間際でついに『覚醒』し、敵に起死回生の致命の一撃を与えた。
読者のボルテージが最高潮に達する瞬間。だが、見開きで描かれたその直後──致命傷を負ったはずの敵もまた覚醒し、禍々しい新たな能力を発現させて不敵に笑う。
次号へ続く、だ。
「俺はこういうのを『ライオン仮面状態』って呼んでるんだけど……ああ、多分これの元ネタも今の人は知らんか」
影生は呆れたように小さく息を吐いた。
「完全に後先の展開が思いつかなかった時に、何かしらインパクトの強い図を後ろの方に見せて、盛り上がりどころを強引に先送りにしてる。ネームに詰まった時の、ネタ切れのいつものやつなんだよね、振り返ってみるとこれが結構続いてること気付いてた?」
「アイノイツキでも、そんな事になるなんて……」
哲平は乾いた唇を舐めた。
あの圧倒的な構成力と筆力を持つ天才ですら、週刊連載の重圧に飲まれ、限界を迎えていたというのか。
「……余計に、俺が続きを考える時にどうすればいいんだよ。天才が行き詰まった先の展開なんて、俺に描けるわけが……」
「いや哲平くん。そこ、履き違えちゃいけないよ……まあ、君の場合は色々と今更感はあるけど」
影生は、未来のジャンプを机に放り投げた。
「俺からしたら、続きに手を付けるとか以前の問題だ。ここまで連載を続けたら、まずいことになるかもしれないって思ってるよ」
「まずいって……どういうことだ?」
「この45話を世に出したら、ホワイトナイトが纏っている『面白い』のメッキ……そのカラクリが、全部剥がれてしまうことに繋がるからさ、ホワイトナイトは普通じゃない」
影生の言葉に、哲平は息を呑んだ。
哲平には描きたいテーマも、譲れない自己表現もない。ただ「読者を喜ばせたい」という空っぽな器だった。
それでも、あるいはそれ故に、ホワイトナイトは人を突き放すようなエゴや毒が存在しない『無個性』でありながら、圧倒的な熱量を持つ神作として人気を沸騰させている。
その絶妙なバランス感こそが、この作品の異常な引力の正体だった。
「いいかい、哲平くん。ホワイトナイトの面白さは、読者に立ち止まって考えさせる隙を与えない『完璧なテンポ』と『計算し尽くされた王道展開』によって作られた、強烈な没入感だよ」
影生は、ホワイトナイトという作品の構造を解体するように淡々と語る。
「強烈なテーマや作家性がない代わりに、読者が欲しがるものを、欲しがる最高のタイミングで与え続けている。だから読者は、中身が『無』であることに気づかずに熱狂できるんだよ……」
影生は指を突き出し、机の上の45話を指し示した。
「でもこの45話の引きはまずい。明らかに勢いで進めていることが透けて見える、時間稼ぎのクリフハンガーだってことが見え見え。これ読者に見せたら、彼らは熱狂から覚めて、ふと立ち止まってしまい、簡単に気付くんだよ」
影生の目が、哲平を真っ直ぐに射抜いた。
「『あれ? この漫画、実は中身なんて何もないんじゃないか?』ってね。無個性な作品にとって、その魔法が解ける瞬間は、死を意味するんだよ」
「それって、どういう……」
「ホワイトナイトの面白いところって、結局ただの勢いが凄すぎるだけの一過性頼りなんだよ……『次はどうなるんだろう?』って読者に先を期待させるだけで、話単体としては没個性なのを感じさせないくらいに新幹線のように進んでいく、2020年代には似たようなので『100日後に死ぬワニ』ってのがあったかな」
つまり影生が言うにはホワイトナイトはとてつもなく面白いが、設定が先にどうなってどう物語が動くのかという『勢い』を利用したそれっぽく面白くてそれっぽく期待させる漫画、しかしここで無個性というちょうしょにして短所がある、もし疑問を気付かせるようなことがあれば……という瀬戸際なのに完全に止まってしまうタイミングがある。
そう、物語が完結してしまう時……この時ホワイトナイトは時代を代表する名作から『あの時何故かあの作品を面白く感じていた』の錯覚現象みたいになり、勢いだけで追っていた作品は……時にどんな内容だったかも記憶から薄れていき、なんとなくどんな作品かも知らないけど人気ってことは覚えてるぐらいのフワフワした作品になる。
「それはいくらなんでも読者をバカにしすぎじゃないのか影生くん! 藍野さんも俺も真剣に多くの人に喜んでもらいたくて……」
「哲平くんは何か勘違いしていない? 多くの人を喜ばせられる無個性の漫画のこと」
「特に伝えたいものがない『ホワイトナイト』で満足できるような読者は、ホワイトナイト以外に面白い物を自分で決められる人間なんだよ」
読者達にも嫌いなものがあると同時に、好きな話がある。
ホワイトナイトが好きな人たちにも、好きなテーマがあり、何か分からないけど好きなものより性癖などにピッタリハマる作品のほうが印象に残る。
「哲平くん、君の抱えてるものは重いよ? ホワイトナイトがこのまま1時の流行りの底が知れてる作品と露呈することになるか……そして、藍野伊月の運命も」
「待って……ちょっと待ってよ、重すぎる……俺にそこまで背負いきれないよ!?」
「じゃあ藍野伊月にバラす? 自分の作品を未来から盗作したことどころか、将来貴方がなんらかの理由で亡くなりますってことと、ホワイトナイト最後まで見たけど冷めてみると微妙だったって」
「俺でも怒るぞ影生くん! 俺は藍野さんを心から面白いと思って……倒錯してしまったことは許されないことだが、ホワイトナイトというものを尊敬して、皆だって感動して……」
「……」
影生は哲平の主張を一通り聞くが、哲平にとっては……どんな方法をとれば藍野を救うことに繋がるのかもわからない、それに関してもう少しメッセージを送ってくれれば良かったものを……しかし今は、第7話のネームを送りながら藍野の死の原因を調査しよう。
「俺はなんと言われようと……ホワイトナイトは類を見ない傑作だと思う、未来人の意思とは関係なく、藍野さんもホワイトナイトも……救ってみせる!」
哲平は決意したように作業に入り、残った影生はため息を吐きながらまた眠りにつく。
「はぁ〜、全く粋がっちゃって、哲平くんの中でアイデンティティを失うようなことがあったら困るだけだったりして、そりゃまあ……ホワイトナイトを本気で面白いと思えるくらいには、いい意味でおめでたい空っぽな人だもんな」
──
……そして、哲平の運命や感覚はここで一変した。
いつもの仕事場、いつもの漫画執筆……しかしただホワイトナイトを作るのではない、人々に届けるだけでなく藍野を救うという使命も掲げて名作をなぞっている。
しかしどうにも以前とは作業の空気が違う、自分が色んなことがありすきて気にしすぎてるだけかもしれないが……第7話に入ってから藍野は仕方ないとして他のアシスタント達も少々態度がそっけなくなったというか、ちょっと避けるような形に……?
考えられるものとしては、藍野にとっては盗作の謎の疑いは晴れていない……まさか、アシスタント達にも話したのか? だとしたら今はちょっと都合が悪いことになっている……せっかく目標が見えてきたのに余計に藍野には伝え辛い状況で、そこから死に繋がらないように気遣わないといけない。
(蓮くん辺りに少し打ち明けたら、力を貸してくれたりしないかな……いや、その前に盗作ってことも言うことになるから、藍野さんにも届くことになるか、どうにか二人きりになれないかな)
あれもやるこれもやると頭がいっぱいになりそうだが、幸いにも漫画を作る方にそこまで頭のリソースを使わないとはいえ……この作業の間に何か考えておかなくては。
「じゃあ佐々木先生、時間なので自分達上がります」
「うん、今日もお疲れ」
しかし最近はアシスタント達も一緒になって仲良く帰っている……ここまでのことも杞憂の可能性だってある。
……そうだ、アシスタントと仲良くしておくことも、何かいい未来に繋がる可能性があるかもしれない。
哲平は決めた、今度予定を空けてアシスタント達と何かイベントや労いでもしよう、ホワイトナイトを手伝ってくれたことに対して感謝しきれない存在だ。
哲平は全部一人で自己解決したり悩んだりしながら、未来に向けて行動をする……漫画のことを考える裏で、藍野を救うために……。
そして……蓮達はというと、今度は多く人が立ち寄らなさそうな隠れ家的な喫茶店に足を運ぶ。
今回の出来事は……盗作騒ぎが事実かもわからないが怪しいところが多すぎる、慎重になるためにも人に見られない場所で冷静に話をしなくてはならない。
ファミレスで声をかけてきた男性は名刺を三人に見せる、それは……ジャンプ編集部の物だ、名前は『菊瀬』。
「聞いてない? ホワイトナイトが決まるまでの間佐々木くんのネームを担当してた編集者って僕だったんだけど……」
「ああ……佐々木先生からちょっとだけ聞いたような、ホワイトナイトの読切の時に降ろされたっていう」
「まあこっちも色々あってね……今は別の人がやってるけど順調みたいだねホワイトナイト、僕が彼のことを理解してなかったのかもしれないが……」
喫煙者なのか、菊瀬はタバコを持っていたがすぐ近くには未成年もいたので吸わないように大事そうにしまう、菊瀬は4年間哲平が持ってきた持ち込みを全てボツにしてきた、それは仕事として哲平の用意したネームが何もかも中身がなくてしっかり読んでも面白さが見えてこないから、そしてあの日編集部に突撃して見せてきたのが、あのホワイトナイトだ。
「あの……菊瀬さんから見て佐々木先生の作品ってどうだったんですか?」
「うん、遠慮なしに言うとあまり進歩もなく全然面白いと思わなかったね、僕もそういう仕事だからダメ出しだけせずに色々アドバイスもしたけど響かなかったのかな……彼はまあ、特別酷いわけでもないのよ、なんだかんだ新人賞取れるくらいには『ただの落書き』から何歩化先を行くけどそこでずーっと足踏みしてる、特別読みたいと思うような感じではない」
菊瀬は忌憚のない意見で哲平の以前の作品の評価を行う、何かしら光るところもないからこそ平坦でいつでも見れるような面白さが見えてこない、そんな人が突然ホワイトナイトを持ってきたとなれば……。
「じゃあ菊瀬さんは佐々木先生を怪しみます?」
「僕から言えば3日連続、それもその日は〆切ガン無視で乗り込んできてるからね、ゲームクリエイターの君らしく例えるならスライムが毎日のように小突いてたら急に魔王が乗り込んでくるくらいの理不尽だよ」
幸いにも下ろされたことで菊瀬には時間があった、哲平に対する逆恨みと思われようが仕事として見てきたから分かる、佐々木哲平が突然あんなクオリティの作品を描けるわけがない。
……特に彼は編集者としての技術があるため、影生が哲平に言ったような問題点をすぐに見抜いていた、無個性故にその場のインパクトで読者に凄いと熱中させるものを、気付かせないようにジャブのように浴びせていくのだ、藍野は元々この作品を描こうとしていたものとして聞き入ってしまう。
「勢い任せって言うと無計画にそれっぽく話を進めているように見えるけどね、僕もジャンプを確認する辺り相当な理論派作品だよ、来週どころか下手すれば1ヶ月先まで厳密に読者が目を覚まさないようにカラクリが仕込まれている、まるでプログラムのコードのように慎重に精密に作られたガラス細工のように繊細な美しい芸術品……」
「そんなキッチリ計画性もって作られたものを、昨日今日待ちきれないで〆切も守らず突撃する人なんかに作れると思う?」
「……やっぱり菊瀬さん、ちょっと恨み辛みありません?」
「まあ無いと言えば嘘になるからね、鬱憤だけならタダよタダ……しかし、君が危惧している通り盗作疑惑となるとそうも言えなくなる、下手したら逆に君たちが名誉毀損だ」
この哲平の盗作疑惑が真実かどうか、ジャンプの未来のためにも菊瀬が調べていた。
何かしらの漫画はもちろん電子専用サイト、ジャンプルーキーなどのアマチュア用のサイトからマイナー雑誌まで……しかしアレほどの大作を盗作しているなら、そもそも元ネタも簡単に分かるし、存在してない作品ならそれをその人が公開してないのも妙だということ……。
タチが悪いのはコンテンツショック前の名作を利用した場合、この例は新しいジャンプ発行時に結構あり、漫画の存在は消えても記憶には残っているので悪用してパクった作品はすぐにつまみ出せたが、そうやって消えた作品は何千何百……いや、余裕で何万もある、取りこぼしだってあり得るしもしも……。
だが、藍野がここで菊瀬に鼻で笑われることを覚悟で……自分が描いていた手塚賞用のホワイトナイトのプロトタイプを見せた 、つまりまだ設計段階のホワイトナイトを更に良くして盗作した……なんて意味不明な状況。
「なるほど……君が悩ませるのも納得だ、これ解決したとしても相当複雑になるな……」
しかし、ここまで話を聞いていたダザクがコーヒーをわんこそば感覚で飲みまくりながらぽつりとつぶやく、クリエイターとかにあまり縁のない彼……? だからこそあっさりと言えてしまう無計画なモノだったが。
「それってつまり、佐々木先生はパクらないと作れないってことじゃない? それだったらさ……普通にあるんじゃないの? パクリ元」
「う……いえ、私もそれは考えたんですけど、私は私で佐々木先生のアパート突撃したことあるのでもう二度は……」
「だが確かに下手に捨てるよりは手元に置いているだろう、何度も何度も確認してなぞるためには……それにほら、佐々木先生って俺達が時間になって上がる際にも作業はしてるけど、それもすっごい遅くまで居るって聞くんだ」
「彼というやつは……なんというか何にしても不用心な……」
「ということでね、僕もちょっと細工をしてみました、君達が気がかりなことがあって作業に集中できないとあっては困るだろうて、大人として張り切っちゃいました」
ダザクがタブレット端末を弄ると……あの仕事場の様子が映し出される、つまりこれは隠しカメラ? ずっと作業するか食べるか寝るかしかしていないはずのダザクがいつの間にかこんなものを仕込んでいたことに蓮は驚く。
「というか、なんでダザクさんそんなもの持って……」
「僕の事よりほら、佐々木先生映ってるよ」
画面越しに哲平が新しい話を描いている姿が映っている、原稿の下書きを黙々と描いている漫画家としての当たり前の姿が映るのみ……ただし、通常と違うところがある。
書き写している……? いや、参考にしているだけか? 時々手を止めて、漫画を開いてしきりに何かを確認している……それは、少年ジャンプだ。
だがしばらく見ていた菊瀬は目の動きが止まり、タブレットを貸すように手招きする。
「どうしたんだい?」
「この映像……画像にして僕に送れる?」
「ああうん、スクショ機能も余裕であるから……はい、送ったよ」
ダザクはちょっとタブレットを弄り画像にして菊瀬に送る、菊瀬は画像を調節して拡大化し……ぼやけているが、藍野達にもちょっと見えるように映る。
ジャンプの表紙だ。
「これ……見たことないぞ、今度発売される物のリークでもない、派生雑誌でもない、なんだこのジャンプは……?」
こうして少しずつだが、哲平の罪も周囲の下に晒されていくことになる……?