時空改変型ゴーストライター   作:黒影時空

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第8話『藍野と影生とホワイトナイト』

 深夜の静寂が包むアパートの一室。佐々木哲平は、デスクの上に広げたタブレット端末と睨めっこしていた。

 画面に映し出されているのは、海や山、温泉街などの観光地の特集記事や、宿泊施設の料金表だ。

 

(藍野さんたちアシスタントの皆には、本当に助けられてるからな……。ここらで少し長めの休みを取って、慰安旅行にでも連れて行ってあげたいんだけど)

 

 最近、少しギクシャクしているような空気も感じていた哲平にとって、作業場から離れて親睦を深める機会は喉から手が出るほど欲しかった。これも、藍野伊月を死の運命から遠ざけ、救うためのアプローチの一つになるかもしれない、自分から交流していかなければ何も変わる気がしない。

 

 しかし、いざ計画を立てようとすると、どこが良いのか皆目見当がつかない。頭を悩ませていると、背後から不意に声が掛かった。

 

「哲平くん。どこの誰とも分からない未来人から、またメッセージが届いてる……というか、変わった?」

 

 振り返ると、影生がいつもの無表情のまま、一枚の紙をヒラヒラとさせていた。

 哲平はギョッとして立ち上がり、その紙を受け取る。

 

「変わったって……えっ、これが?」

 

 以前、哲平の元に届いた『藍野伊月を救え』というメッセージは、不気味な現象によって現れた。

 今回もその異常性は健在だった……紙の上に記された黒い文字の連なりを指先でそっと撫でてみると、インクではなく、ザラザラとした感触がある。

 

 それは、微細な砂鉄が磁力か何かで固まって文字の形を成しているようだった。落雷事故の際にショートして粉末状になった家電の残骸が、未知の電力によって形を変えているのだと影生は分析していたが、にわかには信じがたい光景だ、しかし前に来たメッセージもこれによって作られたものらしい。

 

 しかし、何よりも哲平を困惑させたのは、その内容だった。

 今回は気の利いた文章や不吉な警告でもない。ただ短く、意味不明な数字の羅列が並んでいるだけだったのだ。

 

「暗号……か? 何かの座標とか、日付とか……?」

 

「いや、違うね」

 

 あっさりと哲平の推測を切り捨てた影生は、その数字の桁数と並び方を指差した。

 

「これ、宝くじの当選番号じゃない?」

 

「た……宝くじ!?」

 

 予想外すぎる単語に、哲平は素っ頓狂な声を上げた。

 いわゆる、次に発売される宝くじで確実に大当たりを引ける番号。確かに桁数とハイフンの位置などは、それっぽく見えなくもない。

 だが、なぜだ?

 

 未来のジャンプを送ってきて漫画を描かせるのは、百歩譲って未来人の目的(アイノイツキの救済や歴史の修正など)に沿っていると仮定できる。(まあ描き始めたのは関係なく哲平の意思だが) 

 しかし、宝くじの番号を送ってきて、哲平に何を期待しているというのか。あまりにも至れり尽くせりすぎて、逆に気味が悪い。

 

「助け舟……なのかな。でも、俺に大金を持たせてどうするつもりだ?」

 

 現在、哲平は『ホワイトナイト』の大ヒットにより、莫大な印税と原稿料を手に入れている。しかし、彼はそのお金のアシスタント代や画材費などの必要経費以外には、一切手をつけていなかった。

 この作品の本当の作者は藍野伊月であり、得られた対価はすべて彼女に還元すべきだと固く決意しているからだ。

 

 そのため、哲平自身の生活水準はネームを持ち込んでいた底辺時代から全く変わっておらず、貯蓄も雀の涙ほどしかなかった。

 

「それに、いくら宝くじの番号っぽいからって、どんなくじの番号か分からないじゃないか。ロトなのか、ジャンボなのか……そもそも影生くんがそう考察しているだけで、本当に宝くじの番号かどうかも……」

 

 躊躇する哲平を見かねて、影生は携帯を取り出して番号をメモしながら色んなサイトに飛んでいく。

 

「哲平くんが買う気ないなら、俺がこの番号で全部の種類の宝くじ買うけど」

 

「影生くん!? いくらなんでも、そんな抜け穴的に大金をもらおうとするのはまずいんじゃ……それに第一、影生くんはそういうお金はいらないって前に言ってなかったか!?」

 

「宝くじの3枚や5枚買ったところで、大した出費にならないでしょ。俺は個人的にはタダで貰えるものだったら積極的に貰っておきたいよ、たとえその中身が特別なグレーゾーンでもね」

 

 あくまで哲平ではなく自分が受け取るという名目で、影生は悪びれもせずに言い放つ。

 もし本当に当たれば大金が転がり込み、少なくとも当面の家賃や生活費は全く気にしなくてよくなる。

 呆れる哲平をよそに、影生はデスクの上に広げられたままのタブレット端末を覗き込んだ。そこに表示されている慰安旅行のスケジュールと料金表を見て、彼は呆れたように首を振る。

 

「哲平くん、漫画のネタ探ししてる割には、周囲の解像度が全然足りてないんだよ。まさかと思うけど君……山にしても海にしても、費用がそんなにかからないなんて甘い想定してないでしょうね!」

 

「えっ……」

 

「高いよ、結構! ハイキングに行くにも装備や移動費がかかるし、バカンスなんて言わずもがな! アシスタント全員分の旅費と宿泊費を、君の今のそのスッカラカンのスライムみたいな個人貯金から出せると思ってるの!?」

 

 痛いところを突かれ、哲平は言葉に詰まった。

『ホワイトナイト』の口座からお金を引き出せば一発で解決するが、それは彼自身の矜持が許さない。自腹で全員を労うつもりでいたが、現実問題として資金が圧倒的に足りていなかった。

 

「……っ」

 

 慰安旅行に連れて行くことで、アシスタントたち……特に藍野との関係を良好に保ち、彼女の死の要因となるストレスやトラブルを少しでも排除できるかもしれない。これもまた、彼女を救う道に繋がるはずだ。

 そのためには、資金が必要だ。

 

「……分かった。買おう、宝くじ」

 

 影生の現実的な言葉に背中を押される形で、哲平は砂鉄の文字が記された紙を力強く握りしめた。

 もちろん、この謎の番号が本当に宝くじの当たり番号なのか、そして本当に当たるのかどうかなど、今の二人には誰にも分からないのだが……。

 哲平を丸め込んだ後、また漫画制作に乗り出すだろう……しかし、そこから更に後にレンジから電気を発して砂鉄がまた組み替えられていく。

 

『邪魔をするな お前は何者だ』

 

 メッセージが最後まで出ることもなく影生はレンジを蹴り、砂鉄が埃のように周りに飛び散る。

 力強く蹴りを入れたが、もう既に壊れかけにも関わらず冷蔵庫も傷が入った様子すらない。

 

「今は俺と哲平くんの物語だ、ちゃんと使命を全うしなよフューチャーサンダー……おっと、これで壊れるかと思ったら案外頑丈だなこいつ、それとも……今回の『俺の役割』的にはそんなものなのかな?」

 

 

 影生は今回の結果に期待するようにして哲平のホワイトナイトを見ていた……。

 

 ── 

 

 佐々木哲平の仕事場でアシスタントとして働きながらも、藍野伊月の歩みは止まっていなかった。

『ホワイトナイト』という自分の中にあった構想と酷似した作品、そして佐々木哲平という男の抱える底知れない謎、それが気にならないと言えば嘘になる。

 しかし、その謎にかまけて自分自身の『多くの人を喜ばせる漫画家になる』という夢をおろそかにするような真似は、藍野の矜持が許さなかった。

 

 彼女はアシスタントの合間を縫って、自身の新作づくりを同時進行で進めていた。

 その並外れた才能と努力は既に実を結び始めており、なんと『ホワイトナイト』の連載が続く中で、彼女は既に手塚賞を受賞するという快挙を成し遂げていた。 

 残るは時期を見て読み切りのネームを投稿し、本誌という同じ土俵に立つところまで来ている。

 

 だが、少なくとも連載枠を貰うのは、今彼女の頭を悩ませているこの大きな疑問を解決してからだ、と心に決めていた。

 

 その日も、限られた時間の中で自分の作品の作業を進めていると、藍野のスマートフォンが短く震えた。

 画面を見ると、あの菊瀬からのメールだった。そこには短く『例の件で話がある。集英社まで来れるか?』と記されている。

 

 藍野は「少し野暮用が」と哲平たちに断りを入れ、一足先に仕事場を抜け出した……向かった先は、集英社内にある打ち合わせ用の個室ブースだ。

 喫茶店やファミレスなどの隠れた場所に行くよりも、いっそこの場所の方が都合が良い。

 漫画家志望の学生と編集者が二人で真剣に話していたところで、周囲から見ればごくありふれた日常の光景であり、何の違和感もないからだ。

 

 個室の扉を開けると、既に菊瀬が険しい顔をして待っていた。机の上には、タブレット端末が置かれている。

 

「……忙しい中来てくれてありがとう藍野さん、事情を見るに真っ先に伝えるべきなのは君と判断してね」

 

 菊瀬は挨拶もそこそこに、本題を切り出した。その声色は、いつもの皮肉めいた余裕が消え、ひどく張り詰めていた。

 

「安田桜さんから送ってもらった画像を解析した結果が出た。正直、僕も何度も目を疑ったし、何らかのミスやエラーであることを第一の可能性として、何度も形を変えて検証したんだ」

 

 菊瀬はタブレットを操作し、一枚の画像を大写しにした。それは、ダザクが隠しカメラで捉えた、哲平が原稿に向かいながら傍らに置いている『見たことのない少年ジャンプ』の表紙だ。

 

「前もって言っておくが……これから見せるのは、極めて現実離れした結果だ。だが、一旦疑わずに聞いてほしい」

 

 菊瀬の指が画面をスライドし、ジャンプの表紙の隅、ごく小さな文字が印字されている部分を極限まで拡大した。

 画質は荒いが、特殊なソフトで補正されたその文字列は、確かに数字の形を成していた。

 発行年月日を示すその箇所。

 そこに記されていたのは──。

 

「『2078年』……」

 

 藍野の口から、呆然とした呟きが漏れた。

 

「現在が2068年だ。つまりこの謎のジャンプは……今から10年先の未来、2078年に発行されるもの、ということを指している」

 

 菊瀬の言葉が、狭い個室に重く響いた。

 確かに現実離れしている。未来から来た作品を元にして、漫画を描いている?

 それは、様々な荒唐無稽な表現を漫画としてその目で見続けてきた編集者という立場の人間でさえ、大真面目に「はいそうですか」と受け入れられる答えではない。 

 しかし、藍野はそれを一笑に付して切り捨てることはできなかった。

 

「試したんですか? 何度も間違いと思って……」

 

 すがるように問う藍野に、菊瀬は重々しく頷いた。

 

「当然だ。こんなことが『正解』だということになったら、君や僕は、タイムマシンやそれに類する超常的な手段がこの世に存在することを想定した上で、それを佐々木くんの周りから大真面目に探さなくてはならなくなる。ここまで大掛かりな仕掛けを使って彼がやっていることが、未来からの盗作だなんて……」

 

 菊瀬は頭を抱えるようにして息を吐いた。人として正確な答えを探そうとする彼の思考が、このバグのような事実を処理しきれずに悲鳴を上げているようだった。

 

 だが、藍野の頭の中では、菊瀬とは違う感情が渦巻いていた。

 一概に間違いだとは思えなかったのだ。

 とても常人では思いつかないSF映画のような発想。

 だが、この『未来からの盗作』という異常な方向性で仮定を組み立てると……これまで感じていた全ての違和感が、パズルのピースのようにカチリと音を立てて噛み合っていく。

 

(なぜ、佐々木先生が突然……あんな傑作をジャンプに送り出せたのか)

 

 菊瀬が言っていた。彼は何年も、中身のない平坦なネームばかりを持ち込んでいたと。そんな男が一夜にして、一躍有名になるほどの完成された作品を生み出せるはずがない、実際初めてホワイトナイトを見たときも本当に哲平が描いたのか真っ先に疑問に思ったという。

 

(私と接点もないのに、どうして私が描こうとしていた『ホワイトナイト』を……それも、私の頭の中にあったものより洗練された形で作れたのか?)

 

 藍野が手塚賞用に考えていたプロトタイプ。それを超えるクオリティのものが、なぜ佐々木哲平の手によって世に出たのか。

 もしそれが、未来の自分が完成させた『ホワイトナイト』だったとしたら?

 

(そして……連載する内容を、頑なに変えようとしないのは)

 

 周囲の意見や連載の反響によって展開を微調整するのが普通だが、哲平は何かをなぞるように、決まったレールの上を走るように執筆を続けている。

 謎に満ちていた数々の疑問が、この『未来からの盗作』という仮定を通せば、全て論理的に納得できてしまうのだ。

 

「……」

 

 沈黙する藍野の瞳には、これまで見えなかったおぞましい真実の輪郭が、はっきりと映り始めていた。

 少しずつ、だが確実に。

 藍野伊月は、佐々木哲平が隠し続ける罪の十字架の真実に近づきつつあった。

 

「……佐々木先生は送られてきて魔が差した、と言っていました、だから私は佐々木先生を盗作という道が仕向けた黒幕がいることも考えましたけど……」

 

「僕もタイムマシンよりはその黒幕がネタを盗んだと考える方が現実的だが、そっちより未来人のほうが気になるということは……原作者ならではの観点ということか」

 

「そうですね、だってその黒幕がすぐ近くにいる人間なら……ノートに記さず頭に入れて思いついたばかりの設定なんて参考に出来ません」

 

「う、ううん……し、しかしそうなると君は探さなくてはならないよ? タイムマシンという非現実的な……いや、まさか、アレなら」

 

 タイムマシンなんてものは本来ならありえない、しかしこの日本……2068年では前にもこんなありえないことがあったではないか。

 今から言うことは、より奇怪な出来事だが現実に起きたことなのは真実だ。

 

「……2061年、君は確か17才だからまだ10才の頃だね、この時期に『ゴクレンジャー』という特撮ドラマがあったことを覚えているかい」

 

「あっ、私も漫画を描く時参考にしたくてちょっと観たことがあります……それが何か?」

 

「いや……あのめちゃくちゃな今回の件を見て思い出したんだ、『桃の園事件』をね」

 

 コンテンツショックで消失した作品を復活させる活動はジャンプが復活する少し前からあった、それがゴクレンジャーという戦隊と呼ばれるシリーズの後継者であり、怪人とゴクレンジャーという戦いがリアルに再現されたものだ、しかしなんと……怪人が現実に存在して一つの街を襲った、東京ではドラマと思っていた出来事が、実際に現実に起きていたのだ。

 

 そしてそのゴクレンジャーでも一悶着あった、怪人という存在を巡り最後にはヒーローに憧れる者と現役の殺し合いという血みどろなことが起きていた。

 

「それが空想じゃなくて現実で起きていたと、なんか……私たちの日本って大変だったんですね」

 

「本当にそうだ、僕も別の新人さんからその時期をネタにして描いたマンガを観るまで絵空事と思ったが事実だった……で、問題はその後の後始末だ、いわゆるヒーローを育てる学校みたいな場所が日本から独立した」

 

 実は2068年の日本には48番目の都道府県がある……『白革県』。

 東日本の一部分、例の騒動の現場となった場所で事件の生き残りが国家保安部隊を掲げて一つの組織を作り……それが、それが大っぴらには囁かれてないが日本で一番影響力を持つ存在であり、かつて事件の被害者だった人物は手段を選ばず国を支配する『大総統』と呼ばれる存在にまで……というところで、さすがの藍野も止める。

 

「……それ、どこまでが現実なんですか」

 

「僕も言ってて頭痛くなってきたぐらいには殆どが現実だ……でも実際、例の白革県が最近怪しいというのは一般的な目線から見てもあるよ」

 

 実はホワイトナイト連載の少し前に変な事件が起きた、マンホールの中から女の子が飛び出してきたり、地下に全く見たことない動物が存在すると言われたり……昨日にはそのマンホールの先から汚れて怯えた少女が保護されたなど、現実離れしたニュースには事欠かないのがあの場所だ。

 

 だからまさか本当に……作ってしまえるのではないか? タイムマシンが。

 現実離れが多いのもあり、更には哲平の協力者が何をしたいのか全く分からないのもあり……真実は近づきながらも勘違いが広がる、何より……。

 

「君の思うこともわかる、本当に仮にタイムマシンみたいなものがあったり、白革市の仕業だったりしたところで、結局のところなんで佐々木くんで、君のホワイトナイトっていう関連性が見えない」

 

「私じゃないと何かダメなことが? いや、それは考えすぎか……」

 

 しばらく話していると哲平からメールが入り、菊瀬も時計を見てちょっと話すつもりがかなり経ってしまっていたようだ。

 

「ひとまず、今回の話は保留にして……一応、未来説を軸にして佐々木先生を調べてみます」

 

「ああ……とはいえ僕もあまり暇じゃないし、下手に詮索しすぎるといよいよ逆恨み扱いでクビにされそうだ、暇そうな奴……ああそうだ」

 

 菊瀬は何か閃いたようにスマホを開き、連絡先を一つ藍野に教える……その番号は名前が振ってあったので少なくとも菊瀬にとって怪しい人物ではないらしい。

 

「新しく入ってきた新人編集者を君のネーム担当として頼んでくる、あの佐々木哲平の弟子ともいえるアシスタントで見込みがあるとなれば喉が手になるほどの逸材、引き受けてくれるといいが……」

 

「何から何まですみません」

 

「僕は佐々木くんのこともあるけど、何よりせっかく蘇ったジャンプがまた潰れるような事は癪だからね、じゃあお互い幸運と安全に気をつけて……ああ、最後に一つだけ、これは編集者として一つアドバイスだけど」

 

 

「生命よりも大事な夢なんて存在しないよ、妥協出来ないことがあっても、許せないことがあっても『生きること』のほうがよっぽど大事だ……それだけ」

 

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