「悪くはねぇ。オレの体を傷つける力に、死を見切る目……
さらには互いの隙を埋める連携力。とても優秀だった。
だが、それでもオレには及ばない!!」
化物は両手を広げて、天を仰ぎながら叫んだ。
彼の目は限界まで見開かれ、全身から伝わる僅かな痛みをかみしめる。
そんな彼の前には、意識を失い倒れている幾人かの女性の姿があった。
これは彼がこの戦場を制した証……その事実を認識するたびに、体の震えは大きくなる。
「くそが……遺者風情が、さっさと死ねよ」
朦朧とする意識の中、ひとりの女性が声を上げる。
手に持つ武器は壊れ、腕からは血がしたたり落ちた。
その上、化物である遺者に腕を掴まれて宙刷り状態。
もはやどうにもならないが、それでもなお殺意を滾らせる。
「お前はいいな」
遺者の口角が吊り上がると同時に、女性の腕を離した。
そして、落下する彼女の脚を上から踏みつける。
聞こえてくる悲鳴が楽しい……いっそいつまでも聞いていたいと思うほど。
周囲に響く艶のある悲鳴に、遺者は興奮を抑えられない。
「はぁ、はぁ、ふっ、ははっ、この程度か?」
女性は遺者を挑発する。
強い痛みに耐え、必死に息を整えながらも、彼女の思うことはたったひとつ。
少しでも時間を稼ぐ……ただそれだけ。
狙い通り、遺者の関心は彼女に釘付けだった。
「威勢の良い隊長様だな!!
確か名前はレイナだったか? いい女は惜しいなぁ!!」
「貴様のような身勝手な化物に良い女扱いされたところで、不名誉にしかならん。
屑は屑らしくさっさと死ね」
「ははぁ、威勢と状況があってねぇな。
お前が死ぬんだよぉ!!!」
ああ、終わった……部隊長であるレイナの脳裏にこれまでのこと。そしてつい最近入って来たばかりの新人の顔が思い浮かぶ。
薄暗い部隊の中に突如として現れた太陽のように明るい少女。底抜けに単純で、それでいてひたむきで真っすぐだった。
本当に申し訳が無かった。自分がもっと優秀であったのなら、初任務でこうはならなかった。最後にして、最大の失態。それが心残りだった。
「はぁ、せめて仲間を救える人間に……なりたかったな」
彼女が死を覚悟した直後、遺者の脚が吹っ飛んだ。
「……え?」
遺者の脚は綺麗に切断されている。何が起こったのか? いや、脚が斬られたのは分かる。だが、どうやって?
その瞬間、全身から汗が噴き出る。傷の痛みではない。近くにとてつもない存在がいる。それを察知したことで、彼女の本能が悲鳴を上げた。
「なんだ?……お前は何者だ?」
遺者の目の前には、一体の化物が鎮座している。
一見すると同族に見えたが、感覚的には違っていて判断ができない。
どう動くべきか、そう考えた瞬間に遺者の顔が歪む。
次の瞬間には、口から数多の弾丸を化物に向かって吐き出していた。
化物が何者であれ、自らに歯向かってきた愚か者を逃がすつもりはない。
圧倒的な力でひねりつぶすのみ――だが、
「……ば、馬鹿な!! 傷一つも碌につかんだと!?」
化物にはダメージにすらならない。むしろ心なしか、殺意が強まっているようにすら見える。
「人をゴミのように扱う愚図どもが……
貴様らの全てを、俺が奪ってやる」
「な、なんだ……これは?」
遺者は空間ごと何かの力に押しつぶされる。
必死に力を入れても体が沈む……遺者もこれが結解の力であることは理解できるが、対応手段を実行することも、考えることもできない。
まさかまさかまさか……目の前の化物は、自らを大きく突き放す高次元の存在なのか? そんなこと許せるはずもない。認めたくもない。
「お、俺を殺すのか?」
「貴様程度……わざわざ俺が直接手を下すまでもない」
化物は遺者から倒れている女性たちに、視線を向ける。
求めるのは、絶対の勝利……その執念が翼から赤い液体となって、女性たちに付きまとう。
「な、なんだ?
傷が……治った?」
レイナは強く困惑する。この状況でどうして自分の傷を治したのか……どう見ても人間ではないが、組織の新兵器だったらあり得るかも知れない……そんな期待が脳裏に浮かぶ。
しかし、そんな期待も即座に吹き飛ぶ。
「なんだ? 体が勝手に動く?」
レイナは気づいた時には引き金を引いていた。それだけではない。遺者からの反撃を軽快に回避し、的確に反撃をぶち込み続ける。その全てが彼女の意志とは無関係に行われていた。
「……そうか。傷を治したのは、部隊を乗っ取るため……か?」
レイナは一瞬だけ納得しかける。だが、冷静に考えればそんなことをする理由がどこにあるというのか。それだけの力があるのなら、敵の体を直接ねじり切れば手っ取り早い。
何が目的なのか? その絶対的な力と理解不能な思考を前に強い恐怖を感じる。
「くそっ、なんだこの化物はァ!!!」
遺者は最初、楽観的にとらえていた。
操られているとはいえ、一度は下した相手……隠している力も含めれば苦戦する要素などないはずだ。そう思ってもまるで攻略法を知られていたかのような的確な対処で、全ての攻撃をそらされる。これは一体……何なのか?
「く、クソが!!」
遺者はその場から飛び立つ。
無理をしてまでこの部隊や、化物を殺す必要はない。ストレスのかかる状態が長続きするようなら、一度手放すのが定石。ここが今の辞め時……そう思った瞬間、胸に鋭い痛みが走る。
「俺の胸に穴がぁ?」
化物から攻撃を受けたのか? そう思って化物を見るも、何かをした様子は無い。なら何が?
そう思った瞬間、遺者の視界に一人の少女の姿がうつりこみ……そこで遺者の意識は完全に途絶えた。
「ツバキ……ここでお前が来るか。
なるほど……隊長を失わずとも覚醒する……流石は主人公といったところか」
「赤白仮面!! 先輩たちを離せぇ!!!」
遺者を殺したのは化物ではない。短く艶のある黒髪をなびかせ、屈託のない笑顔で笑う少女……彼女が遺者を滅ぼした張本人であった。
ツバキ……彼女は遺者と戦っていた者たちの中では、もっとも新米であった。だが……同時にもっとも強い素質を有している。既に彼女は少し前に遺者に敗北を喫した人物とは、完全に別物なのだ。
「……脆いな
しかも手綱の握れていない」
小さく化物が呟いた。彼はツバキが何をしたのかを知っている。
”覚醒”……それは武器とのシンクロ率を強制的に上げることで、爆発的に火力を上げる諸刃の刃。それによって化物の操りも強引に解除した。
のだが、今も肉体にはかなりの負荷がかかっている。そして……彼女はそれを扱い切れてはいない。
「だからなに?
今はお前を潰せば万々歳でしょうがぁ!!」
化物にツバキ……互いに遠距離攻撃を飛ばしあう。
一定距離が離れているがゆえに、互いにダメージを当たられない膠着状態に陥る。
「ツバキ、なんて素質だ。だが、このままでは……」
レイナは冷静に分析する。互いにダメージの無いこの状況が続けば、先に崩れるのは無茶をしているほう……なら、外部から突破口を開かなければならない。
「……ツバキに夢中で、私たちに意識を向けれないの?
いや、どっちにしろ、出来なければ死ぬだけ……か」
レイナとしては、体の自由を奪われた僅かな時間……あれだけが気になるが、やらないという選択肢はない。
「カルマ……痛いだろうけど、もう一度頑張ってくれ。
先輩として……後輩を守るためだ」
レイナは静かに自らの武器であるガトリング銃と繋ぐ。
”覚醒”……新人にできて、先輩である自分。そう鼓舞して強引に神経を深くまで繋げようとした。その瞬間、本能が理解する。強引に進めれば、自分の腕は使い物にならなくなると。
「――それがどうしたぁぁぁ!!」
ガトリング銃から数多の銃弾が発射され、化物から放たれていた遠隔攻撃が全て撃ち落された――瞬間、音が消える。
周囲にまき散らされていた力が、ツバキの腕一点に集中する。
「死ね」
ツバキの限界まで見開かれた目が、化物を捉えている。
見つめるはただ一つ……化物の中心にある赤い宝石。
意識を限界まで研ぎ澄ませ、一直線にそこに向かって飛び込んだ。
この攻撃によって、化物の中心にある宝石を砕く……そのつもりだった。
しかし、次の瞬間に彼女の瞳がとらえたのは、レイナの姿。
直後、強い力で体が引っ張られる。視界が点滅しながら、体は地面を転がった。
「何が起きて……」
一体、何が起きたのか……ツバキが顔を上げると全身から血の気が引くような感覚がする。
嫌な汗が流れおち、呼吸が乱れて落ち着かない。
彼女の前にあったもの……それはレイナだった肉片だ。
「全てを賭けた攻撃……随分な勘違いだ。
未来を見ない者の攻撃が、どうして先に繋がる?
破滅を受け入れた者の末路は――破滅のみだ」
「……れ、レイナ……先輩?」
ツバキは目を見開いて、叫び声をあげる。悲鳴のような、絶叫のような声……それはまさに絶望だった。
「絶望しているな。未来を描けない者の末路などそんなものだ。
だが、現実がこの程度で終わると思うか?」
化物が翼を広げると、先ほどと同じように赤い液体が、レイナの体に纏わりついてその肉体を補修する。
「が、ガハッ」
肉体を強引に再生させられたレイナは強くせき込む。わずかな間とはいえ、肉体が消し飛んでいた影響だった。
「侵食完了……
先輩を殺した貴様が、今度は先輩に殺される。
それがお前の末路だ」
「アハハ……」
ツバキは呆然とする。
何をしたいのか、何をすべきなのか。
思考さえもまとまらず、体を動かすこともできない。
終わった……そう思われた瞬間、レイナの体が崩れ落ちた。
何が起きたのか……ツバキが反射的に顔を上げると、そこには彼女が憧れた姿があった。
「し、シオンさん……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔に、絶対的な失敗……憧れの人に見せるには、なんて情けない姿なのだろうか。悔しさと安堵が入り混じって、何も口に出ない。
「大丈夫よ……あなたはよくやった。
結果が芳しくなくても、それだけで誰よりも優秀で優しい人間なのよ」
シオンはツバキを優しく寝かせると、化物の方を見る。
「そこまで……
我らの聖なる希望を食らう
これ以上はやらせないわ」
「
ふむ、今日はここまでとしようか」
化物……
そして、ツバキを睨みつけた。
「刺し違えの先に、本当の勝利などない。
努々、忘れぬことだ。否が応でも、貴様を中心に世界は回るのだからな」
不定期更新