喰聖の黙示録   作:グラシアS

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4話 中心にいる人

 

「え?

検査医師さんたちが、黎明教会の傘下に入るんですか!?」

 

 ツバキの声が、部隊のロッカールームに響き渡る。

 彼女たちは理想郷イデア付近に存在する遺者の掃討作戦のため、着替えているところだった。

 

「噂なんだけどね。

 でも、いいんじゃない?

 だって、私たちと検査医師って、ちょっと仲が悪かったじゃん」

 

 青い髪を後ろで束ね、少しおとなしめな印象を受ける女性……ミズキ先輩がそう口にする。

 その言葉でツバキも、これまでの検査を思い返してみる。

 

 普通に検査して、特に問題なし。

 検査医師たちもそれ以外に関わった覚えもない。すなわち、ただの仕事関係。

 たしかにドライではあるけれど、仲が悪いは言い過ぎな気がした。

 

「そうですかねぇ?

 私はあまりそういうの感じた事はないんだけどな」

 

「それは研修だからね……

 アタシなんて唐突に怒鳴られたことあるわよ」

 

「ど、怒鳴られた!?……」

 

 長い赤い髪をツインテールにしている活発そうな印象を受ける女性……エンリがそう口にする。

 

「ええ、あまりにも態度が悪いから、目くらい合わせろって言ったら……

 【お前らのせいで俺たちはここにいる羽目になってるんだろうが!!】

 って怒鳴られたわ……ほんと、嫌な思い出よ」

 

「え?

 でも、それだとますます仲が悪くなりませんか?」

 

 ツバキは疑問に思う。

 確かに同じ組織になれば、話す機会も増える。

 けれど、そもそも仲が悪いのなら、怒鳴りあいが増えるだけ。

 仲良くなどできるわけがない。

 

「はっ、力はあっても思考能力はその程度ってことね」 

 

 ツバキは顔を歪める。

 なんでいきなりバカにされたの?

 いや、そもそも知らないってだけで、バカにしてくるエンリ先輩の性格悪くないっ?

 

 そんな考えが頭に思い浮かぶ。

 だけど、相手は先輩……ツバキは、ぎこちなく口を閉ざした。

 

「えっとね。

 ツバキちゃんは、エンリちゃんが暴言を吐かれたのは、何でだと思う?」

 

 ミズキがツバキにそう問いかけた。

 

「え? なんでって……」

 

 なんで? と理由を問われたところで、ツバキが思い浮かぶ理由は一つだけ……すなわち単純に嫌われている。

 

「確かにそれもあると思う。

 でも一番の理由は、怒鳴ることを組織自体が黙認しているからだと思うの」

 

 ツバキは、ミズキの考えを聞いて、はっとした様子を見せた。

 確かに考えてみれば、普通は別組織でも……いや、別組織だからこそ、その関係性には気を遣うはず。

 少なくとも、私が権力者に失礼な口を聞いたら、レイナ隊長から指導される。

 

「今の不仲は予算の食い合いとかの、どうしようもないもんじゃない。

 単なるコミュニケーション不足の占める割合が大きい。

 それ以外に理由がないからな……」

 

 エンリがぶっきらぼうに呟いた。

 

「しばらくは不仲でしょうけど、シオンさんを含めた教会の上層部は不仲であることを許容はしないはず……だから、あとは時間が解決してくれるはず」

 

 ミズキがそう締める……ツバキも確かにそうなる可能性が高そうだと思うようになった。

 

「そんなことより……検査医師の組織を傘下に入れて、検査結果における信憑性担保はどうするつもりなのだろうか?

 同じ組織に入れて、権力者たちが納得するか?」

 

 長い緑色の髪を背中へ流し、眼鏡をくいっと押し上げた女性……アナリシスがそう口にする。

 

「け、検査結果の信憑性……ですか?」

 

「ああ、検査を行う検査医師が同じ組織で疑われないと思うか?」

 

 ツバキは顎に手を当てて考える。

 検査を受ける人と、検査をする人が同じ組織の人間……馬鹿でも改ざんを疑う。

 

「確かに疑いますね……

というか、そもそも侵食されていると、何が起きるんですか?」

 

 ツバキは疑問を口にする。

 彼女の知識は研修中に教わったことのみ。

 それも侵食されると危険であること、侵食は遺者との戦いが原因で起こること。

 この二つくらいしか知らないのだ。

 

「何もないわよ……私たちにとっては、もう克服した現実なの」

 

 ツバキの疑問に答えたのは、このタイミングで入って来た隊長のレイナであった。

 

「な、何もない?

 いや、何もないのにあれほどの検査をするわけないじゃないですか」

 

「だからいってるでしょうが……

 克服したって」

 

 エンリが呆れたようにつぶやいた。

 克服した……ということは、今は大丈夫だが、昔はやばかったということだろうか?

 

「遺者が出現した当初……

 黒い塵になって死亡したり、人間が遺者となるケースが頻出した。

 これは記録上からも明確な事実だ」

 

 アナリシスが、ツバキの疑問に答えた。

 しかし、やはり疑問はある。

 エンリ先輩やレイナ隊長は先ほど、克服したといっていた。

 つまり、今は問題ないのではないか?

 少なくとも、本人たちにとっては……。

 

「ええっと、克服したと言っても、症状が出ないだけで、

 従来の検査には引っかかっちゃうし、それを嫌がる人も多いの」

 

 ミズキが戸惑いながらも、ツバキに話した。

 その声はいつもより少しだけ硬い。

 彼女は何かを迷っている……ツバキには、そう見えた。

 

「簡単に言うと、悪い習慣が残っている……ってこと?」

 

 ツバキが目を見開いて、ミズキを問い詰める。

 そんなもの、ただの風評被害ではないか。

 

「そうよ。

 いつだって事実から目を背け、感情的な奴が足を引っ張る……いい迷惑よ!!」

 

 エンリが、怒鳴り声を上げながら、机に拳を叩きつける。

 鬼気迫るようなエンリの形相に、ツバキの心臓が跳ね上がった。

 

「はぁ、呆れたな。

 怒鳴っていれば、この問題が解決すると思うか?」

 

 アナリシスは、眼鏡越しにエンリを睨み付ける。

 その視線は、突き刺さりそうだと錯覚するほどに鋭い。

 

 あ、まずい……ツバキがそう思ったときには、もう遅かった。

 

「あ゛!?」

 

 おおよそ女性が出したものとは思えないほど低く、そしてドスの効いた声だった。

 ツバキの体は反射的に震える。

 どうしよう? 喧嘩は止めないと……そんな思考で一杯になったとき、横からちょんちょんとつつかれた。

 反射的に振り返るとそこにはミズキ先輩の姿があった。

 

「一旦、離れよう」

 

「え?

 でも、喧嘩は止めないと……」

 

「……いい子だね。

 でも、気にしないで……いつものこと

 ほら、ニワトリが鳴いてたって、黙らせたりはしないでしょ?」

 

 ツバキは、目をぱちりとまばたきを繰り返す。

 ミズキ先輩……いまこの二人を馬鹿にした?

 大人しそうな人で、暴言を吐くとは到底思えなかったのに……そんなことを思っていると、先ほどまで言い争っていた二人がじっと見てきていることに気づいた。

 

「ミズキ……アンタ、後輩に何を吹きこんでるのよ!?」

 

 ミズキに気づいた、エンリが突っかかる。

 それが開戦の合図だった。

 各々が自分の言葉で、ののしり合う始末……

 どう見ても険悪な雰囲気に、ツバキは慌てふためくことしかできない。

 

 そんな時、手が叩かれる音が響き渡った。

 まるで世界を切り裂いたかのように、静寂が訪れる。

 

「そこまで!!

 後輩が怖がっているよ」

 

 手を叩いて音を出したのは、レイナだった。

 

「うん、あなたたちが今後に不安を感じているのは分かるけど……

 ここで怒っても、ただ自分を傷つけるだけなんだから……やめよう?」

 

 レイナが悲しそうな顔で、三人を見つめている。

 純粋に心配されたからだろうか。

 ツバキには三人が先ほどよりも、おとなしくなっているように見えた。 

 

「そうね……たしかにここで揉めたところで、意味なんかないわね」

 

「ええ、ここにシオンさんはいない」

 

「う、うん、私も殺気立ってた……かも知れない」

 

 す、すごい。これが隊長の力……暴れ馬のごとき三人が、こうもおとなしくなるなんて。

 だが、効果がありすぎて、逆に落ち込んでいるように見える。

 これでは任務に支障が出てもおかしくない。

 

「でも、ありがとうね。

 エンリは、この部隊のために怒ってくれてたんだよね?

 その一直線なところにはいつも救われる」

 

「……と、当然ね」

 

 エンリは僅かな困惑を見せるも、レイナの誉め言葉に胸を張っている。

 かわいい……反射的にそう思いかけるも、気づいてしまった。

 彼女が、他の二人に対して、得意げになっていることを……。

 他の二人がそれを見て、若干不機嫌になっていることを……。

 

 そして、レイナ隊長はそのことに気づいていないようだった。

 

「次にアナリシス……あなたは現状の懸念点を挙げてくれたのね。

 そういう豊富な知見は、とっても頼りになっているわ」

 

 レイナ隊長が、今度はアナリシス先輩を褒める。

 ツバキがゆっくりと三人の様子を見ると、非常に分かりやすい光景があった。

 今度は褒められたアナリシス先輩が、他の二人に対して得意げになっている。

 まるで自分の優位を誇るように……。

 

「……ふふっ、ええ、必ずやレイナさんのお役に立ちますよ」

 

 アナリシス先輩は眼鏡をくいっと上げる。

 

「次はミズキさんですか? 

 一直線という考えようによっては、褒められる個性があるエンリとは違って、

 ミズキさんは褒められるところがないように思いますが?」

 

 アナリシス先輩がそういう。

 もしかして、仲が悪いのではないか? そんな疑いが増す。

 

「そんなことはないよ。ミズキちゃんにもちゃんといいところがある。

 彼女はさりげないフォローが上手なんだよ。

 さっきも、後輩のツバキちゃんを喧嘩から避難させていたよね?」

 

「……ありがとう。

その言葉だけで、ニワトリからの鳴き声なんて気にならないよ」

 

 この部隊は、レイナさんを中心に回っている。

 それは分かる。

 けれど、もしその中心がなくなったらどうなるのか。

 ツバキは、なぜかそれを想像してしまい、背筋が冷えた。

 

「あと、さっきの話……もしも検査結果が信用されず、理想郷イデアに入れなくなったら……

 皆で一緒に、新天地を目指そうね?」

 

 ツバキには、目の前の光景が若干怖かった。

 隊長であるレイナちゃんは、これを狙ってやっているのだろうか?

 そう思うと、ただ優しいだけの人が別物にさえ見えてくる。

 

「ごめんね? 驚いたでしょ?」

 

 レイナがツバキに対して、頭を下げる。

 確かに驚きましたが、たぶん隊長が思っている驚きとはちょっと違うと思う。

 ツバキは、曖昧に笑ってごまかした。

 

「でも、嫌いにならないで欲しいな。

 ちょっと我は強いけど、一人一人強みがあるし……

 行動自体には、優しさがあるから」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 ちょっと我が強い……ちょっとでは済まない気もした。

 だが、ここで突っ込めるほど、ツバキはこの部隊に慣れていない。

 面倒ごとになる未来しか見えなかった。

 

「ツバキちゃんも、先の戦いではすごかったね。

 普段の雰囲気とは違った凝縮された殺意……すごく頼りになるよ」

 

 レイナは笑顔でそう言い切った。

 ツバキは直観する。これは計算ではない。

 彼女が、単純に褒めることが好きなだけの話。

 

 それはそれで、隊長と隊員の間に痛烈な温度差を感じるが……。

 

 その時、警報が響き渡り、赤いランプが部屋を照らした。

 こ、これは――。

 

”緊急警報発令 緊急警報発令”

”遺者の大軍がこちらにむかっているとの情報アリ”

”レイナ部隊は直ちに現場に向かえ”

 

「じゃあ、行きましょうか。

 今日も生き残りましょう」

 

 レイナの号令と共に、五人全員が遺者討伐へと向かった。

 

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