喰聖の黙示録   作:グラシアS

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5話 英雄様だけじゃない

 

「とりあえずは、まとまっているみたい」

 

 理想郷イデアから少し離れた場所にある廃墟……そこでイリスと喰聖は、レイナ部隊の会話を盗み聞きしていた。

 喰聖としては、ひとまずは合格点……といった感じの現状だと分析していた。

 

「彼女が主人公なんだっけ?

 でも、ここまで意識するほどの価値があるようには、見えないけど?」

 

「今はそうだろう。

 だが、俺の知る未来の一つでは、奴はとんでもない化物に育つ。

 場合によっては、今の俺以上に強くなるだろう」

 

 イリスの眉間が僅かに動いた。

 おそらくは信じられないのだろう。

 

 だが、事実だ。

 悲劇と惨劇の果てに精神を摩耗しながら、奴は絶対的な戦闘能力で敵を薙ぎ倒す。

 最終的には、遺者の王である神化災(アルビテル)ですら、葬ることに成功するのだから。

 

「……この世界でも、その強さになるの?」

 

「いや、ならないだろう。

 悲しいかな……ツバキの実力は、彼女の負っている精神負荷に比例する」

 

 喰聖はこの世界が語られる物語を知っている。

 それは選択によって分岐し、様々な結末が用意されていた。

 共通しているのは、いずれも悲劇と惨劇の劇場だということ。

 

「強くはなり続けるが、それだけ。

 依然として彼女の周囲では、人が死に続けるし、場合によっては……

 彼女自身が仲間だった人間を殺すことになる」

 

「ああ、だから彼女を見張ってるんだ。

 彼女を中心に多くの人が死ぬ……要は、主人公という名の死神ってことなんだね」

 

「……違うな。

 彼女は死神などという大層なものではない。

 死神となるのは、周囲の大人が情けないからだ。

 だが、この世界では……俺も、お前も、シオンもいる」

 

「ふふっ、そうね。

 悲劇的に死ぬ人を減らす……私たちはそのために動いているのだから」

 

 イリスはそう呟いた。

 そうだ。俺たちはそのために動いている。

 ツバキは確かに悲劇が多いほどに強くなった。だが、絶対的な力を持って見える景色が、焼け野原など誰が認める? 誰が望む?

 そのような結末など、誰もが認めない。

 

「それにしても、女子のロッカールームを盗聴なんて、少しだけ背徳感があるね」

 

「……これは盗聴なんて小さなことではない。

 今後の世界を左右する情報収集だ。

 そのような甘い認識では何も成せん」

 

「かっこいいね……でも、まぁ当然か。

 キミは、私やシオンお姉ちゃんにメロメロだもんね」

 

「だから、そのような甘い認識では……」

 

 喰聖は、ため息を吐いて、否定することをやめた。

 自らの行いを盗聴と言われるのは、気分の良い話ではない。

 まるで矮小なことをしているのだと言われている気分になる。

 

 だが、これもイリスの特徴ではある。

 あらゆることを茶化し、面白がって楽しむ。

 彼女にとっては、今の行いですらも同じなのだろう。

 

「それにしても、レイナって隊長の立場はかなりおいしいね。

 彼女が居なかったら、この部隊は瓦解しそう」

 

「……ああ、それは正しい」

 

 喰聖が知っている物語では、あの部隊の隊長であるレイナは多くの場合、ツバキが初出動する任務で死亡していた……そうなっていた場合、あの部隊は途端に地獄となる。

 行き場を失った怒りは暴発し、合理性は感情に押しつぶされ、優しさは自己肯定を失って折れる。

 その果てに残るのは……ツバキ、ただ一人だけ。

 

「だから、彼女を生かすために介入したんだね。

 あとは今後の展開がどう変わるかだけかな?」

 

「ああ、そうだ。

 小型遺者を送り込んで、経験をさせつつ、今後どの程度の強さになるのかを観察する」

 

 喰聖が羽を広げると、目が虚ろになった小型遺者の大軍が姿を現す。

 これらに理想郷イデアを襲撃させれば、間違いなくレイナ部隊は迎撃にあたる。

 

「でも、この規模だと他の部隊も出てこない?」

 

「それも狙いの一つだ。

 俺の知っている物語では、部隊間での交流はなかった。

 だが、もし部隊間での交流ができたとすれば、それは安定した戦果に繋がる」

 

「そして、最終的には全ての力を総動員して、遺者の王である神化災(アルビテル)を討伐するつもりなの?」

 

「ああ、しかもただ討伐するだけでは足りない。

 俺が求めるのは完全勝利のみ!!

 人死にを最低限に減らした状態で勝利する!!!」

 

「やっぱりかっこいいね……

 なら、私もいいことを思いついたから、少し別行動を取るわ」

 

 喰聖の目が細まる。

 イリスは何をするつもりなのか……正直な話をするとまるで読めない。

 彼女について知っていることは、シオンの妹であること。

 そして、自分のことをヒーローと呼び、特別な感情を向けていること。

 付き合い自体は数年と短くないが、理解は追いついていない。

 

「大丈夫だよ。私もお姉ちゃんも、キミの理想に共感したから協力しているの。

 だから心配しないで、任せてくれると嬉しい……」

 

 喰聖は、原点を思い返す。

 イリス、そしてシオンと共に、実験施設を抜け出したときのことを。

 俺たちは理想を共有した同志……それを信じないでどうするのか。

 

「分かった。何をするかは知らんが、任せるぞ」

 

「大丈夫。単純な戦力強化のために、武器を取りに行くだけなんだから」

 

 

 理想郷イデアの外壁上部で、レイナ部隊は迫りくる遺者の群れを見ていた。

 

 外壁の先に広がっているのは、緑に呑まれた旧市街地の残骸。

 崩れた建物には蔦が絡み、割れた道路の隙間から草木が伸びている。

 かつて人が生きていた場所を、今は遺者の群れが埋め尽くそうとしていた。

 

「本当に来てるよ……

 遺者の相手は、基本的に私たちになるから……絶対に死守しましょう」

 

 レイナ隊長が、外壁の向こうを見据えながらそう告げた。

 基本的に外壁の防衛は、門の守備兵が担っている。

 だが、それは日常業務の範囲に限られる。

 こうして大規模な侵攻が観測されれば、黎明教会から応援部隊が出撃することになる。

 

「それにしても、初めての経験ね。

 理想郷イデアの外壁を守ることになるなんて」

 

「まぁ、基本的には掃討作戦ばっかりだしね」

 

 ここ数年においては、遺者による大規模な侵攻は確認されていない。

 数年前に起こった黒潮戦役(こくちょうせんえき)……理想郷イデアへ押し寄せた遺者の大群。その中心にいた王の眷族を、シオンが討伐したからだ。

 

 それ以降、遺者たちは以前のような大規模侵攻を仕掛けてきてはいなかった。

 だが、今日は違っていた。

 多くの守備兵が死の恐怖で震えている。

 

「あ、あの、し、シオンさんは?」

 

 ツバキは反射的に、エンリを含めた他のメンバーの顔色を伺う。

 守備兵にその意図はなかったのだろうけど、力不足だと言われているような気もする。

 案の定、エンリが目に見えて分かるほど感情的になっていた。

 

「あ? 

アタシたちじゃ力不足だと思ってんの!?」

 

「ひぃ、い、いえ、そういうわけでは……」

 

「どいつも、こいつも、シオン、シオン。

 黎明教会にいるのは、英雄様だけじゃないっての!!」

 

 エンリはそう言うと、思いっきりジャンプし遺者の群れがいる方向に飛び出した。

 まだ距離はかなりある。近接武器のエンリ先輩が今、飛び出していったところで……

 

 ツバキがそう思っていると、エンリが自らの聖遺装(せいそう)を開放した。

 それは巨大な鐘だった。

 エンリ先輩はそれを両手で振り上げ、そのまま地面へ叩きつける。

 

 ――ごぉん。

 

 腹の底を揺らすような重低音が、防衛線に響き渡った。

 途端に、遺者の動きが変わる。

 

「敵が、エンリ先輩に向けて突撃し始めた!?」

 

 そう、最前列の遺者たちが、エンリに向けて走りだしたのだ。

 おそらくは、鐘の音が影響を及ぼしているのだろうけど……。

 

「あれが、エンリちゃんの聖遺装(せいそう)……怒鳴鐘(どめいしょう)

 特殊な音を鳴らすことで、遺者の注意を惹きつけることができるの」

 

 レイナが、驚いているツバキに説明をした。

 それを聞いたツバキの胸が、少しずつ高鳴っていく。

 

 すごい……まるで飛んで火に入る夏の虫のよう。

 確かにこれは非常に有用だ。

 あとは、走る遺者たちを側面から叩くだけで、容易く潰せそうに見えた。

 

「レイナ隊長!!

 私……行きます!!」

 

「え? ちょっとツバキちゃんっ!?」

 

 ツバキも聖遺装(せいそう)を開放し、自分の脚で駆け出した。

 狙いは、エンリ先輩に向かって走る遺者たち……それを側面から狙える場所に降り立つ。

 

「ドライブ!!

 紅爪烈波(こうそうれっぱ)ァ!!!」

 

 両腕を振るって、赤い力を地面伝いに波のように放つ。

 エンリ先輩に夢中な遺者たちは、この攻撃には対応できないっ……。

 奴らは赤い力に飲み込まれて消えていった。

 

「……はっ、新人のくせにやるわね。

 なら、敵を殺すのは任せたわ!!

 アタシは全体のヘイトを惹きつける!!」

 

「なら、私はエンリ先輩に引き寄せられる遺者たちを叩き続ける!!」

 

 ツバキは、エンリに向かって走る遺者たちに攻撃を加える。

 やっぱり――紅爪烈波(こうそうれっぱ)を受けても、死んでない個体がいる……。

 後のことを考えて、出力を抑えたのもあるが、やはりこの武器は、近接攻撃が真骨頂……。

 しっかりと貫いて殺す。

 

「新人!!

 出力は考えなさいよ!!」

 

「はいっ!!」

 

 前回の出撃では、調子に乗って出力を上げすぎた結果、レイナ隊長を殺しかけてしまった。

 今も生きているのは、あの意味不明な喰聖という奴の気まぐれに過ぎない。

 制御できる範囲で、かつ敵を一撃で殺す。

 

「敵の数が多いっ……」

 

 ここまで敵の数が多いと、出力を強引に上げてでも一掃したくなる。

 でも、それはダメだ……今はリスクを負う段階じゃない。

 

紅爪烈波(こうそうれっぱ)!!」

 

 範囲攻撃で削って、死ななかった個体を近接で潰す。

 少しでも効率的につぶさないと、間に合わないっ……。

 

 ツバキはそう考えながら、次々と遺者を切り裂いていく。

 赤い波で足を止め、接近して爪で貫いた。

 

 このままいける。

 そう思った瞬間……遠方で、何かが大きく蠢いた。

 

 ツバキの視線の先。

 遺者の群れの奥に、塔のように背を伸ばした個体がいた。

 他の遺者とは明らかに形が違う。

 細長い胴体。地面に根を張るような脚部。そして、上部に開いた不気味な穴。

 

 その穴の奥に、赤黒い光が集まっていく――あれはまずいっ……。

 ツバキは嫌な予感に従って、駆け出そうとする。

 しかし、遠くに気を取られた結果、近くへの注意が散漫だった。

 

「ガハッ……」

 

 気づいた時には、口の中に血の味が広がっていた。

 同時に浮遊感……蹴り飛ばされたのだと気づいたのは、後になってからだった。

 

「ちぃっ、新人!!」

 

 大きなダメージを負ったツバキに、遺者たちのヘイトが向いた。

 彼らは本能で弱った敵を感知する。

 

轟鐘墜(ごうしょうつい)!!」

 

 エンリが、ツバキを狙う遺者たちに、怒鳴鐘(どめいしょう)を叩きつける。

 物理的な衝撃と、鐘の音の相乗効果で、遺者たちは粉砕されていく。

 

「ま、まずい……」

 

 塔のような個体は、理想郷イデアの外壁に向けて黒いレーザーを放つ。

 あの攻撃が外壁に直撃すれば、ただでは済まない。

 だが、それを阻止する手段を、ツバキには持ち合わせていなかった。

 

 理想郷イデアの外壁に、黒いレーザーが迫る……その時、突如として壁が現れ、攻撃を遮った。

 

「え? あ、あれは……」

 

 ツバキは目を凝らした。

 すると黒いレーザーを遮ったのは、巨大な盾だと分かった。

 守備兵の三人が、盾をもって必死にレーザーを防いでいる。

 

 それは明らかに無謀だった。

 

「ダメぇ!!」

 

 ツバキが叫んだ瞬間、盾が粉々になり、三人の守備兵たちが吹き飛んだ。

 黒いレーザーは広範囲に広がり、外壁に当たって消える。

 外壁へのダメージは小さかった。だが、守備兵の三人はそういうわけにはいかない。

 三人ともが、小さくない傷を負って倒れている。

 当然、遺者にとっては、格好の的だ。

 

「やらせるかぁ!!」

 

 ツバキが、戦場を駆ける。

 一瞬で、守備兵を狙っていた遺者を葬っていく。

 

 けれど、少しだけ遅い。

 僅か一体だけが、守備兵に迫ったその時、

 遺者がワイヤーで縛り上げられ、バラバラになった。

 

「アナリシス先輩っ?」

 

 遺者を縛り上げたのは、跳んできたアナリシスだった。

 そんな彼女は、エンリを一直線にみている。

 

「おい、単細胞(エンリ)……君はレイナの援護に向かえ」

 

「は? どういうつもり?」

 

「残念だが、レイナと僕の火力は低い。

 高い火力が出る君は、レイナと一緒にいた方がいい。

 合理的な判断だ」

 

 この部隊でもっとも火力が高いのは、ツバキである。

 だが、その次点はエンリになる。

 

 つまり、今の配置では火力が偏っていた。

 レイナの制圧射撃は戦線を支え、アナリシスのワイヤーは敵の動きを縛る。

 だが、それはあくまで敵を止め、流れを整えるための力だ。

 硬い敵を正面から砕くには、決定打が足りない。

 

 だからこそ、エンリをレイナの元へ向かわせる。

 それが、この場で最も合理的な配置だった。

 

「で、でも、アナリシス先輩っ!

 あの砲台がっ……」

 

「大丈夫……

 少しでも余裕が生まれれば、根暗(ミズキ)が対応できる」

 

「そうね……分かったわ」

 

 エンリは、アナリシスの言葉に従い、レイナの元へと向かう。

 必然的にアナリシスとツバキの二人だけが、この場に残った。

 

「さて、新人……サポートは僕がする。

 目の前の敵だけを見るな。周囲を見て、適切に叩け」

 

「分かりました!!」

 

 ツバキは自らの役目を自覚する。

 アナリシスは、ワイヤーの聖遺装(せいそう)を使う。

 応用性に富んだ武器であり、広範囲の敵にダメージを与え、しかも動きを鈍らせる。

 だが、火力という面では、頼りない。

 だから、ツバキの火力が重要となるのだ。

 

傷拘糸(しょうこうし)!!」

 

 展開されたワイヤーが、遺者たちに突き刺さり、ダメージを与えると同時に機動力を奪う。

 そこに止めを刺すのが、ツバキの役目だった。

 

紅爪烈波(こうそうれっぱ)!!」

 

 ワイヤーはほどけ、捕らえられていた遺者たちは全滅する。

 さて、遠くの塔みたいな遺者をどうするか……

 ツバキがそう思考を向けたとき、乾いた銃声がした。

 

 塔型の遺者の胴体に、小さな穴が空く。

 次の瞬間、その内側から赤黒い光が漏れ出し――膨れ上がるようにして霧散した。

 

「ほらね。

 あの根暗(ミズキ)もやる時はやる奴だ」

 

 このままなら行けるっ!!

 ツバキがそう思った時、それは上空から落ちてきた。

 

「……これは、どういうことだ?」

 

 上空から落ちてきた存在は、遺者の群れを見渡して呟いた。

 

「私は、まだ動かしていない。

 なのに、なぜこいつらがこんなところにいる?」

 

 その視線が、ツバキたちへ向く。

 

「お前らか?

 私の群れを、ここまで引きずり出したのは」

 

 全身から寒気がする。

 目の前に現れたのは、遺者と人間を混ぜ合わせたような存在……

 外見だけで分かる……こいつは危険だ――

 

「オーバードライブ!!

 紅爪閃牙(こうそうせんが)ァ!!!」

 

 強引に出力を上げて、遺者に突っ込んだ。

 

「お前……イノシシか?

 なら、その牙に良い肉をくれてやる」

 

 その瞬間、アナリシスがツバキの前に引っ張られた。

 このまま行けば、ツバキの攻撃がアナリシスを直撃する。

 だが――

 

「そんなことは想定内だっての!!」

 

 ツバキは即座に推進力を調整し、器用にアナリシスだけを避けて、遺者に突撃する。

 前回の反省を生かし、突撃の軌道を強引に変える術を編みだしていた。

 素直に突撃するよりは威力は落ちるが、その安定性は段違い。

 そのままツバキの攻撃は、遺者へと迫った。

 

 殺せる……ツバキがそう思った瞬間、遺者は激昂した。

 

 咆哮。

 

 ただの叫びではなかった。

 空気そのものが叩きつけられ、ツバキの聖遺装(せいそう)が軋む。

 

 強大な力のぶつかり合いの果て――ツバキは、弾き飛ばされてしまった。

 

「いずれにせよ……

 私の群れを削った落とし前はつけてもらう」

 

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