喰聖の黙示録   作:グラシアS

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6話 崩れゆく戦線

 

「え? ちょっとツバキちゃんっ!?」

 

 時間は少しだけ遡る。

 

 レイナは、遺者の群れに向かって突撃していったツバキへ手を伸ばす。

 しかし、一直線に前だけを見るツバキが、それに気づくことはなかった。

 こういう時こそ、冷静な判断が必要だというのにっ……。

 

「なるほど……あれは単細胞(エンリ)と同じ系統か……」

 

 アナリシスちゃんが、ツバキちゃんの性格を分析している。

 確かに、無鉄砲なところは似ているけど……今はそれを笑っている場合じゃない。

 早急にやるべきことがある。

 

「この数……援軍の要請を出します。

 守備兵の皆さんは、私たちと一緒に時間稼ぎに徹してください」

 

 部隊の隊長にだけ与えられた無線端末を取り出す。

 何かしらの問題が起きたとき、黎明教会の上層部に報告を行うためのものだ。

 

 正直なところ、あまり期待はできない。

 援軍を要請したところで、その余裕が他の部隊にあるかも分からないから。

 その上、他所の隊を援護できる実力をもつ部隊となると、数は限られる。

 

「でも、それはやらない理由にはならないっ!!」

 

 無線端末にて援軍を要請し、守備兵たちがそれぞれの持ち場へ散っていくのを確認すると、改めて戦場を確認する。

 やはりというべきか、遺者の進行は横に広がっていた。

 

「エンリちゃんに引き付けられていない奴を優先的に狙うよ」

 

 エンリちゃんの怒鳴鐘(どめいしょう)が放つ音には、遺者の感情を逆なでする効果がある……つまり、真っ先にエンリちゃんへ群がるようになる。

 けど、それは絶対的なものではない。一部の遺者は音を無視して、外壁へ直進している……絶対に阻止しなくては……

 

 遺者の群れに銃口を向ける。

 トリガーを引き絞った瞬間、回転する銃身が唸りを上げた。

 

聖弾散華(せいだんか)

 

 放たれた弾丸の雨が、遺者たちを押し返す。

 これは特殊効果が付与された弾丸で、遺者を弾く力がある。

 撃ち続けているかぎり、奴らは思うように前に進めない。

 

「気をつけて。

 こいつらは風穴が空いた程度じゃ止まらないっ!!」

 

 このタイプの遺者を殺すには、文字通りバラバラにする必要がある。

 生憎だけど、この聖遺装(せいそう)では何発も撃ちこまなければ倒せない……。

 だからこそ、敵の足止めを最優先で行う。

 

「っ、レイナ!!

 この配置は無謀だ。処理が追いつかない!!」

 

 いつになく感情的なアナリシスちゃんが声を荒げていた。

 確かにこのままでは、必ず処理限界を超えることになる。

 その前に迅速に敵の数を減らす必要があった。

 

 配置が無謀……流れでそうなったとはいえ、火力のあるツバキちゃんとエンリちゃんが近くにいるのは、たしかに良くない。

 このランクの遺者……ツバキちゃんとエンリちゃんなら砕ける。

 

「分かった。アナリシスちゃん、エンリちゃんを呼び戻してきて」

 

 アナリシスちゃんが指示に従って、エンリちゃんの元に飛んでいく。

 一時的にとはいえ、これで戦力が一人減ることになる。

 あまりよくはないけど、守りに徹して下がるしかない。

 

「ミズキちゃん……あまり得意な戦場じゃないだろうけど、頑張って」

 

 ミズキちゃんの聖遺装(せいそう)はライフル……遠距離攻撃が本領であって、数を相手にするのは分が悪い。

 けど、配置を組みなおすまでは耐えてもらわないと……。

 そんな不安を消し去るように、遺者の体が縦に貫かれた。

 一発じゃない……二発が縦に貫通し、直線上にいた遺者は塵と消える。

 これは……ミズキちゃん――

 

「頼りになるわ」

 

 思わず口角が緩む。本当に頼りになる仲間を持ったっ!!

 そんなことを考えながらも、弾丸の雨で遺者たちを押し返す。

 

 そんなとき、ふと一つの遺者が視界の端に見えた。

 塔のような遺者……距離は遠く、形状的に動き出しそうにない。

 もしあれが遺者なのだとしたら、その力は……遠距離攻撃?

 そうならミズキちゃんに任せるのが最善だけれど、今はそのリソースがない。

 

「……守備兵の皆さん。

 盾を用意して、遠方に見える塔のような遺者に細心の注意を払ってください。

 遠距離攻撃を撃ちこんでくる可能性があります」

 

 その直感は当たっていた。

 塔のような遺者は、黒いレーザーを放ってきたのだ。

 もし守備兵に指示を出すのが遅れていたら、外壁は破壊されていたかもしれない。

 

 けれど、代償は小さくなかった。

 黒いレーザーを防いだ影響で、守備兵たちは傷だらけの状態で戦場に放り出されている。

 あのままでは死ぬしかない。

 

「ま、まずい……」

 

 そこまで言いかけたときには、守備兵たちを狙っていた遺者が細切れになっていた。

 こんな芸当ができるのは一人しかいない……

 

 ツバキちゃん――!!

 新人とは思えない破壊力……本当に頼りになる。

 戦況の見極めもアナリシスちゃんがやってくれるはず。

 なら、まずは、じりじりと押されていたこっちの戦況を押し戻すっ!

 

轟鐘旋壊(ごうしょうせんかい)!!」

 

 いつの間にか合流していたエンリちゃんが、巨大な鐘を振り回す。

 音が周囲に響き、遺者たちの敵意が一斉にエンリちゃんへ向いた。

 次の瞬間、鐘の軌道上にいた遺者たちが、純粋な暴力で砕け散る。

 

 相変わらずの圧倒的な剛力……。

 安定した前衛がいる。ここで弾を殺傷力優先に切り替えれば――。

 

 瞬間、乾いた銃声が、戦場を裂いた。

 視界の端で、塔のような遺者の胴体に小さな穴が空く。

 次の瞬間、内側から赤黒い光が漏れ出し、塔型の遺者は膨れ上がるように霧散した。

 

 ミズキちゃんだ。

 あの一瞬の隙を、逃さなかった。

 

「よしっ、戦況は安定し始めている。

 このままなら凌ぎきれるっ!」

 

 そう思った時、無線端末から声がした……守備兵の一人からだった。

 

「ふざけるなよ……

 盾扱いしやがって……」

 

 血の混じった息が、通信越しに聞こえた。

 

「俺たちはお前らの仕事道具じゃ……ねぇ」

 

 ドクン……と心臓の音が大きく聞こえるようになる。

 あれは必要な命令だった……だから、謝罪はしない。

 せめて助かったとお礼を言わなければ……。

 

「……ありがとう。

 必ず助ける」

 

「必ず、だと……?」

 

 通信越しの声が、低く濁った。

 

「今すぐだっ!

 今すぐっ、最優先で助けろ!

 俺たちは外壁を守ったんだ!!

 今度はてめぇらが役に立て!!!」 

 

 無意識に息を呑む。

 心臓の音が、やけに大きく聞こえた。

 守備兵が助けを求めるのは、正しい。

 

 どうにかする必要がある。

 けれど、どうすればいいのか……分からない。

 

「うん、今すぐ誰かを向かわせる……」

 

 返事を待たずに、通信を切った。

 とにかく……守備兵を助けながら、目の前の敵に対処しなくちゃならない。

 

「ミズキちゃん……ここはいいから、守備兵の人たちを安全な場所に避難させて!!」

 

 彼らはもう戦える状況じゃない。

 だから逃がしてあげるのが最善――そのはずだった。

 けれど、ミズキちゃんは首を横に振った。

 

 拒否、された。

 

「……どうして?」

 

「守備兵よりも、レイナを優先する」

 

 息が詰まる。

 確かにこの周辺は三人になっても、割とぎりぎりの状態ではあった。

 よく考えれば戦力を分散などできない。

 けど……そんなことをすれば守備兵の人たちを見捨てたも同然……。

 

「レイナァ!」

 

 肩が跳ねた。

 まるで吹き飛ばされたように、思考がクリアになる。

 エンリちゃん……どうしたの?

 

「レイナ……守備兵の救助には、アンタが行きなさい。

 悩むだけ時間の無駄よ」

 

 確かにそうだ。私に守備兵を見捨てる判断はできない。

 なら、迷いを捨てて自分で助けに行くのが一番だ。

 もう迷いは晴れた――

 

 ごめん、二人とも……少し迷惑をかける。

 

「エンリちゃん、ミズキちゃん……

 二人はここの戦線を、可能な限り持たせて」

 

 そう言って駆け出そうとした時、ミズキちゃんに肩を掴まれる。

 酷く焦っているように見えた。

 

「分かった!

 わたしが行くから、レイナがここの戦線を抑えてっ!」

 

「え? でも行く気はなかったんじゃ……?」

 

「どっちか一人が行くなら、絶対にわたし」

 

 そう言ってミズキちゃんは、迷いなく守備兵のいる方へ駆け出した。

 ここからでは少し距離がある……到着までは、まだ時間がかかるだろう。

 

「ちっ……ったく、最初から素直に言っておけばいいんだ!!」

 

「す、すごい……」

 

 エンリちゃんはいつになく気合が入っていた。

 乱暴で、口も悪くて、考えるより先に体が動く子。

 

 けれど、こういう時だけは迷わない。

 怒鳴鐘(どめいしょう)から繰り出される一撃が、いつもより重く見えた。

 

「大丈夫よ……アタシたちはここで生き残る。そうでしょ?」

 

 その時、ツバキちゃんたちのいる方角から大きな爆音が響き渡る。

 何かがあったのかもしれない。

 でも、今は信じるしかない……みんなで生き延びて、今日の夕食をみんなで食べる。

 それが今日の目標だ。

 

 

 吹き飛ばされたツバキは、どうにか蔦に覆われた旧市街地の一角に着地する。

 そして、遺者を睨みつけた。

 まるで弱みを見せまいとする野生動物のよう……。

 

「何をしに来た!?」

 

 冷や汗が流れ落ちた……この遺者から意識を逸らせば、いつ殺されてもおかしくない。

 本能が強い警鐘を鳴らしていた。

 

「何を……ね。

 シラを切っているわけじゃなさそう。

 なら正直、目的なんかないんだけど……」

 

 目の前の遺者がそう言った瞬間、ワイヤーが襲い掛かる。

 アナリシス先輩が、目の前の遺者に仕掛けたのだ。

 動きを拘束できる……そう思った瞬間、奴の体が肥大化を始める。

 何をしているのか……分からないけど、とにかく先手必勝!!

 

紅爪烈波(こうそうれっぱ)ァ!!!」

 

 安定している……オーバードライブを使ってはいるけれど、体への負担は以前ほどじゃない。

 これならずっと戦える。

 

 赤い力の波が奴の肉体にぶつかる。

 少しでも大きなダメージを……。

 そう思っていた次の瞬間、全身から冷や汗が湧き出た……この感覚はっ!?

 

「せっかくだし……遊んでいくことにするわぁ!!!」

 

 瞬間、私はその場を飛びのいた。

 昆虫の脚のようなものが、頬を僅かに傷つけている。

 もし、飛びのくのが遅れていたら、頭を貫かれていただろう。

 

 次の瞬間、赤い力も、アナリシス先輩の糸も、あっさりと吹き飛ばされる。

 その先に見えるのは、人の形を残した蜘蛛だった。

 白く整った顔に、長い髪……そして奇妙な形をした黒い外殻。

 

 先ほどまでの姿とはまるで違う。

 美しいというには不気味で、不気味というには人に近い。

 奇妙な不協和音を奏でている。

 

「さぁ、喚きなさい」

 

 奴がそう言った瞬間、黒い瘴気が放出される。

 その瘴気は遺者の体を覆い隠すように蠢いた。

 

 瘴気に触れた蔦が、黒く染まって崩れていく。

 葉が縮み、草が腐り、割れた道路の隙間に残っていた緑が音もなく死んでいった。

 

 だが、そんなことは関係ない。

 目の前のやばい敵を倒す……それ以上にやることなんかないっ!

 

 そう思って力を貯めようとするも、次の瞬間には謎の浮遊感……

 ワイヤーで引っ張られているのだと気づいたのは、後になってからだった。

 

「アナリシス先輩っ!?」

 

「あれの相手は、いくら君でも無理。

 ここは即座に撤退して、シオン導師を頼るしかない」

 

 自然と目を見開いた。

 

 アナリシス先輩が、英雄に頼るしかないと判断するほどの事態。

 でも、ダメだ……

 ここで撤退するということは、遺者を放置することに等しい。

 

 それに――

 

「逃げの一手……実力差を理解しているようで、してないわね。

 どうして、逃げなければならない存在を相手にして、逃げられるなんて夢を見るのやら」

 

 そうだ。

 実力差があるのなら、逃げられるわけがない。

 

 目の前に、遺者の脚が迫っていた。

 あと僅かでも反応が遅れていれば、もう死んでいる。

 

 私は聖遺装(せいそう)でそれを弾き、同時に体に絡んだアナリシス先輩のワイヤーを切断する。

 

「アナリシス先輩……ごめん。

 かなり無茶をするから、先輩だけでもレイナ隊長の元に行って」

 

「新人、君は――」

 

 先日のことを思い返す。

 力を制御できずに、レイナ隊長を傷つけてしまったことを。

 

 なら、話は簡単だ。

 一人で戦えばいい。

 

 無茶も、無謀も、強引も……今は、今だけは必要な場面。

 

「その殺意……かわいいわ。

 思わぬ収穫ね」

 

 遺者が笑う。

 黒い瘴気の奥で、赤紫の光が毒々しく揺れた。

 

「ぜひとも、欲しいわぁ。

 王眷(おうけん)侵命災(ヴァイロア)が、全てをもらい受けましょう」

 

 ここで全てを出し切る。

 目の前のこいつを、倒す。

 

 

 理想郷イデアを守る戦いが繰り広げられている中、戦場から少し離れた上空に喰聖がいた。

 彼はそこから戦場を見ている。

 多くの人が傷つき、それでも足掻いている様子を――

 

「……悪くはないか」

 

 必死の抵抗……それは抵抗できている証に他ならない。

 英雄であるシオンが居なくとも、この程度の襲撃を前に戦線を維持するだけの力はあった。

 だが、消耗も大きい。

 このままでは、遺者の王である神化災(アルビテル)には勝てない。

 ゆえにこの程度の試練は乗り越えてもらう必要がある。

 

「ふん、試験官を気取り、試練として害獣を差し向けた俺は……

 奴らにとっては悪魔に他ならないだろうな」 

 

 だが、その悪魔も必要なのだ。

 この世界で多くの人が生きて明日を迎えるためには……な。

 

「あれが王眷(おうけん)侵命災(ヴァイロア)か」

 

 侵命災(ヴァイロア)をツバキと接触させるつもりではなかった。

 あれは文字通りの害虫……他の王眷(おうけん)どもは試練になるが、あれだけは極大の害でしかない。

 だが、接触してしまった以上、少しだけ様子をみるのもありだろう。

 ツバキが、俺の知っている未来とは違った成長を遂げる可能性もある。

 

「吉と出るか、凶と出るか。

 いずれにせよ、本来の英雄よ……お前が死ぬことは、未来永劫あり得ない。

 何故なら――

 

 

 

 そのために……俺がいる……」

 

 

 

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