「え? ちょっとツバキちゃんっ!?」
時間は少しだけ遡る。
レイナは、遺者の群れに向かって突撃していったツバキへ手を伸ばす。
しかし、一直線に前だけを見るツバキが、それに気づくことはなかった。
こういう時こそ、冷静な判断が必要だというのにっ……。
「なるほど……あれは
アナリシスちゃんが、ツバキちゃんの性格を分析している。
確かに、無鉄砲なところは似ているけど……今はそれを笑っている場合じゃない。
早急にやるべきことがある。
「この数……援軍の要請を出します。
守備兵の皆さんは、私たちと一緒に時間稼ぎに徹してください」
部隊の隊長にだけ与えられた無線端末を取り出す。
何かしらの問題が起きたとき、黎明教会の上層部に報告を行うためのものだ。
正直なところ、あまり期待はできない。
援軍を要請したところで、その余裕が他の部隊にあるかも分からないから。
その上、他所の隊を援護できる実力をもつ部隊となると、数は限られる。
「でも、それはやらない理由にはならないっ!!」
無線端末にて援軍を要請し、守備兵たちがそれぞれの持ち場へ散っていくのを確認すると、改めて戦場を確認する。
やはりというべきか、遺者の進行は横に広がっていた。
「エンリちゃんに引き付けられていない奴を優先的に狙うよ」
エンリちゃんの
けど、それは絶対的なものではない。一部の遺者は音を無視して、外壁へ直進している……絶対に阻止しなくては……
遺者の群れに銃口を向ける。
トリガーを引き絞った瞬間、回転する銃身が唸りを上げた。
「
放たれた弾丸の雨が、遺者たちを押し返す。
これは特殊効果が付与された弾丸で、遺者を弾く力がある。
撃ち続けているかぎり、奴らは思うように前に進めない。
「気をつけて。
こいつらは風穴が空いた程度じゃ止まらないっ!!」
このタイプの遺者を殺すには、文字通りバラバラにする必要がある。
生憎だけど、この
だからこそ、敵の足止めを最優先で行う。
「っ、レイナ!!
この配置は無謀だ。処理が追いつかない!!」
いつになく感情的なアナリシスちゃんが声を荒げていた。
確かにこのままでは、必ず処理限界を超えることになる。
その前に迅速に敵の数を減らす必要があった。
配置が無謀……流れでそうなったとはいえ、火力のあるツバキちゃんとエンリちゃんが近くにいるのは、たしかに良くない。
このランクの遺者……ツバキちゃんとエンリちゃんなら砕ける。
「分かった。アナリシスちゃん、エンリちゃんを呼び戻してきて」
アナリシスちゃんが指示に従って、エンリちゃんの元に飛んでいく。
一時的にとはいえ、これで戦力が一人減ることになる。
あまりよくはないけど、守りに徹して下がるしかない。
「ミズキちゃん……あまり得意な戦場じゃないだろうけど、頑張って」
ミズキちゃんの
けど、配置を組みなおすまでは耐えてもらわないと……。
そんな不安を消し去るように、遺者の体が縦に貫かれた。
一発じゃない……二発が縦に貫通し、直線上にいた遺者は塵と消える。
これは……ミズキちゃん――
「頼りになるわ」
思わず口角が緩む。本当に頼りになる仲間を持ったっ!!
そんなことを考えながらも、弾丸の雨で遺者たちを押し返す。
そんなとき、ふと一つの遺者が視界の端に見えた。
塔のような遺者……距離は遠く、形状的に動き出しそうにない。
もしあれが遺者なのだとしたら、その力は……遠距離攻撃?
そうならミズキちゃんに任せるのが最善だけれど、今はそのリソースがない。
「……守備兵の皆さん。
盾を用意して、遠方に見える塔のような遺者に細心の注意を払ってください。
遠距離攻撃を撃ちこんでくる可能性があります」
その直感は当たっていた。
塔のような遺者は、黒いレーザーを放ってきたのだ。
もし守備兵に指示を出すのが遅れていたら、外壁は破壊されていたかもしれない。
けれど、代償は小さくなかった。
黒いレーザーを防いだ影響で、守備兵たちは傷だらけの状態で戦場に放り出されている。
あのままでは死ぬしかない。
「ま、まずい……」
そこまで言いかけたときには、守備兵たちを狙っていた遺者が細切れになっていた。
こんな芸当ができるのは一人しかいない……
ツバキちゃん――!!
新人とは思えない破壊力……本当に頼りになる。
戦況の見極めもアナリシスちゃんがやってくれるはず。
なら、まずは、じりじりと押されていたこっちの戦況を押し戻すっ!
「
いつの間にか合流していたエンリちゃんが、巨大な鐘を振り回す。
音が周囲に響き、遺者たちの敵意が一斉にエンリちゃんへ向いた。
次の瞬間、鐘の軌道上にいた遺者たちが、純粋な暴力で砕け散る。
相変わらずの圧倒的な剛力……。
安定した前衛がいる。ここで弾を殺傷力優先に切り替えれば――。
瞬間、乾いた銃声が、戦場を裂いた。
視界の端で、塔のような遺者の胴体に小さな穴が空く。
次の瞬間、内側から赤黒い光が漏れ出し、塔型の遺者は膨れ上がるように霧散した。
ミズキちゃんだ。
あの一瞬の隙を、逃さなかった。
「よしっ、戦況は安定し始めている。
このままなら凌ぎきれるっ!」
そう思った時、無線端末から声がした……守備兵の一人からだった。
「ふざけるなよ……
盾扱いしやがって……」
血の混じった息が、通信越しに聞こえた。
「俺たちはお前らの仕事道具じゃ……ねぇ」
ドクン……と心臓の音が大きく聞こえるようになる。
あれは必要な命令だった……だから、謝罪はしない。
せめて助かったとお礼を言わなければ……。
「……ありがとう。
必ず助ける」
「必ず、だと……?」
通信越しの声が、低く濁った。
「今すぐだっ!
今すぐっ、最優先で助けろ!
俺たちは外壁を守ったんだ!!
今度はてめぇらが役に立て!!!」
無意識に息を呑む。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
守備兵が助けを求めるのは、正しい。
どうにかする必要がある。
けれど、どうすればいいのか……分からない。
「うん、今すぐ誰かを向かわせる……」
返事を待たずに、通信を切った。
とにかく……守備兵を助けながら、目の前の敵に対処しなくちゃならない。
「ミズキちゃん……ここはいいから、守備兵の人たちを安全な場所に避難させて!!」
彼らはもう戦える状況じゃない。
だから逃がしてあげるのが最善――そのはずだった。
けれど、ミズキちゃんは首を横に振った。
拒否、された。
「……どうして?」
「守備兵よりも、レイナを優先する」
息が詰まる。
確かにこの周辺は三人になっても、割とぎりぎりの状態ではあった。
よく考えれば戦力を分散などできない。
けど……そんなことをすれば守備兵の人たちを見捨てたも同然……。
「レイナァ!」
肩が跳ねた。
まるで吹き飛ばされたように、思考がクリアになる。
エンリちゃん……どうしたの?
「レイナ……守備兵の救助には、アンタが行きなさい。
悩むだけ時間の無駄よ」
確かにそうだ。私に守備兵を見捨てる判断はできない。
なら、迷いを捨てて自分で助けに行くのが一番だ。
もう迷いは晴れた――
ごめん、二人とも……少し迷惑をかける。
「エンリちゃん、ミズキちゃん……
二人はここの戦線を、可能な限り持たせて」
そう言って駆け出そうとした時、ミズキちゃんに肩を掴まれる。
酷く焦っているように見えた。
「分かった!
わたしが行くから、レイナがここの戦線を抑えてっ!」
「え? でも行く気はなかったんじゃ……?」
「どっちか一人が行くなら、絶対にわたし」
そう言ってミズキちゃんは、迷いなく守備兵のいる方へ駆け出した。
ここからでは少し距離がある……到着までは、まだ時間がかかるだろう。
「ちっ……ったく、最初から素直に言っておけばいいんだ!!」
「す、すごい……」
エンリちゃんはいつになく気合が入っていた。
乱暴で、口も悪くて、考えるより先に体が動く子。
けれど、こういう時だけは迷わない。
「大丈夫よ……アタシたちはここで生き残る。そうでしょ?」
その時、ツバキちゃんたちのいる方角から大きな爆音が響き渡る。
何かがあったのかもしれない。
でも、今は信じるしかない……みんなで生き延びて、今日の夕食をみんなで食べる。
それが今日の目標だ。
*
吹き飛ばされたツバキは、どうにか蔦に覆われた旧市街地の一角に着地する。
そして、遺者を睨みつけた。
まるで弱みを見せまいとする野生動物のよう……。
「何をしに来た!?」
冷や汗が流れ落ちた……この遺者から意識を逸らせば、いつ殺されてもおかしくない。
本能が強い警鐘を鳴らしていた。
「何を……ね。
シラを切っているわけじゃなさそう。
なら正直、目的なんかないんだけど……」
目の前の遺者がそう言った瞬間、ワイヤーが襲い掛かる。
アナリシス先輩が、目の前の遺者に仕掛けたのだ。
動きを拘束できる……そう思った瞬間、奴の体が肥大化を始める。
何をしているのか……分からないけど、とにかく先手必勝!!
「
安定している……オーバードライブを使ってはいるけれど、体への負担は以前ほどじゃない。
これならずっと戦える。
赤い力の波が奴の肉体にぶつかる。
少しでも大きなダメージを……。
そう思っていた次の瞬間、全身から冷や汗が湧き出た……この感覚はっ!?
「せっかくだし……遊んでいくことにするわぁ!!!」
瞬間、私はその場を飛びのいた。
昆虫の脚のようなものが、頬を僅かに傷つけている。
もし、飛びのくのが遅れていたら、頭を貫かれていただろう。
次の瞬間、赤い力も、アナリシス先輩の糸も、あっさりと吹き飛ばされる。
その先に見えるのは、人の形を残した蜘蛛だった。
白く整った顔に、長い髪……そして奇妙な形をした黒い外殻。
先ほどまでの姿とはまるで違う。
美しいというには不気味で、不気味というには人に近い。
奇妙な不協和音を奏でている。
「さぁ、喚きなさい」
奴がそう言った瞬間、黒い瘴気が放出される。
その瘴気は遺者の体を覆い隠すように蠢いた。
瘴気に触れた蔦が、黒く染まって崩れていく。
葉が縮み、草が腐り、割れた道路の隙間に残っていた緑が音もなく死んでいった。
だが、そんなことは関係ない。
目の前のやばい敵を倒す……それ以上にやることなんかないっ!
そう思って力を貯めようとするも、次の瞬間には謎の浮遊感……
ワイヤーで引っ張られているのだと気づいたのは、後になってからだった。
「アナリシス先輩っ!?」
「あれの相手は、いくら君でも無理。
ここは即座に撤退して、シオン導師を頼るしかない」
自然と目を見開いた。
アナリシス先輩が、英雄に頼るしかないと判断するほどの事態。
でも、ダメだ……
ここで撤退するということは、遺者を放置することに等しい。
それに――
「逃げの一手……実力差を理解しているようで、してないわね。
どうして、逃げなければならない存在を相手にして、逃げられるなんて夢を見るのやら」
そうだ。
実力差があるのなら、逃げられるわけがない。
目の前に、遺者の脚が迫っていた。
あと僅かでも反応が遅れていれば、もう死んでいる。
私は
「アナリシス先輩……ごめん。
かなり無茶をするから、先輩だけでもレイナ隊長の元に行って」
「新人、君は――」
先日のことを思い返す。
力を制御できずに、レイナ隊長を傷つけてしまったことを。
なら、話は簡単だ。
一人で戦えばいい。
無茶も、無謀も、強引も……今は、今だけは必要な場面。
「その殺意……かわいいわ。
思わぬ収穫ね」
遺者が笑う。
黒い瘴気の奥で、赤紫の光が毒々しく揺れた。
「ぜひとも、欲しいわぁ。
ここで全てを出し切る。
目の前のこいつを、倒す。
*
理想郷イデアを守る戦いが繰り広げられている中、戦場から少し離れた上空に喰聖がいた。
彼はそこから戦場を見ている。
多くの人が傷つき、それでも足掻いている様子を――
「……悪くはないか」
必死の抵抗……それは抵抗できている証に他ならない。
英雄であるシオンが居なくとも、この程度の襲撃を前に戦線を維持するだけの力はあった。
だが、消耗も大きい。
このままでは、遺者の王である
ゆえにこの程度の試練は乗り越えてもらう必要がある。
「ふん、試験官を気取り、試練として害獣を差し向けた俺は……
奴らにとっては悪魔に他ならないだろうな」
だが、その悪魔も必要なのだ。
この世界で多くの人が生きて明日を迎えるためには……な。
「あれが
あれは文字通りの害虫……他の
だが、接触してしまった以上、少しだけ様子をみるのもありだろう。
ツバキが、俺の知っている未来とは違った成長を遂げる可能性もある。
「吉と出るか、凶と出るか。
いずれにせよ、本来の英雄よ……お前が死ぬことは、未来永劫あり得ない。
何故なら――
そのために……俺がいる……」