「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第14話 決意の朝に(後編)

 前回までのあらすじ!

 

 すべての記憶を取り戻した俺。

 フユミが体を張って叱咤激励してくれたおかげで、決意を固めた俺。

 

 四人全員を幸せにしてみせると誓った俺。

 アキハ先輩の使用人筆頭・タカさんから『あなたは木南秋葉に並び立つのだから』との言葉を頂き、若旦那として承認を受けた俺。

 

 ナツキやコハルと話すために、学園へ向かっている俺。

 

 タカさんの運転する黒塗り高級車の中、アキハ先輩と一緒にいる俺。

 

 そんな俺は今、

 

「髪を手で梳くの、気持ちいいです」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 アキハ先輩に膝枕をしつつ、彼女を撫でていた。

 

「もっと、喉元も撫でてください」

 

「はいっ」

 

 白磁の首筋に、そっと指を這わせる。

 

「んん……」

 

 悩ましげな吐息を漏らすアキハ先輩。

 濡烏色の長髪の滑らかなことと言ったら、アロマオイルか何かを弄んでいるような感触だった。

 

 目を閉じたアキハ先輩は、まるで日向ぼっこをする猫のように、俺に身を委ねていた。

 すっと通った鼻筋、微かに上向いた薄薔薇色の唇、閉じられたまぶた、上向きの睫毛は細く、長く、美々しく……。

 

 そして時々、

 

「ふふっ」

 

 くすぐったそうに小さく笑い、身をよじる。そのたびにダマスクローズの甘く上品な香りがふうわり広がる。

 

 無邪気な笑顔は、普段の完璧な微笑とは違う。

 今いるのは、ただ無防備にくつろぐ、一人の女の子だった。

 

 ……しかし、こうして見ると、アキハ先輩は猫みたいだ。

 そういえば、フユミもアキハ先輩のことを『この泥棒猫』と呼んでいたっけ。いや、それはちょっと違うか。

 猫は猫でも、ただの猫じゃない。こんなに美しくて、しなやかで、圧倒的な存在感を持つ、おっきな黒猫……。

 

 そう、黒豹だ。

 一見すると華奢なアキハ先輩の身体は、実は驚くほど引き締まっている。あの夜、俺に見せてくれた彼女の引き締まった腹筋のライン、みなぎる背中の立体感……それこそ女豹のポーズまで取ってもらって、

 

 ヤバイはっきり思い出しちゃった。

 

 俺の心臓が警鐘を打ち鳴らし、血が熱を帯び腰の下へ集う。

 

 鎮まれ俺、鎮まれ!

 今はそういう時間じゃない!

 これから戦地(がっこう)へ向かうってときに!

 

 素数を数えろ!

 2、3、5、7、11、13……くそっダメだ、煩悩の数が多すぎて全然追いつかない!

 

「あら」

 

 不意に、アキハ先輩が薄く目を開けた。

 黒曜石から切り出したような鋭い瞳が、妖しい煌めきを湛えて俺を見上げる。

 

「やにわに()の質が変わりましたね。ふふふ、またぞろ何か思い出しましたか?」

 

 蠱惑的(こわくてき)にからかう声。

 

「う……返す言葉もございません」

 

 図星を突かれた俺は、右へ左へ視線を逃がす。

 

 しかし、運転席のルームミラー越しに──タカさんと、バッチリ目が合ってしまった。

 

 ツルなしメガネの奥から放たれる、猛禽類のような鋭い眼光。

 

 終わった。

 お嬢様を膝枕した挙句、よからぬことを思い出して興奮しているのがバレた。今度こそ首を圧し折られる。それか頭を殴り砕かれる。南無三!

 

 俺は絶望に目をギュッとつむろうとした。

 

 しかし。

 

 タカさんは表情一つ変えず、一瞬だけ片目をつむり、すぐに道順へと視線を戻した。

 

 ……え?

 いまの、ウィンクだったのか?

 あの(いわお)のようなタカさんが?

 

 まさか、『若いっていいですね』的な?

 

 俺は予想外すぎるリアクションに脳の処理が追いつかず、処理落ちで固まったまま。

 

 ただ呆然と、膝の上の黒豹を見つめ直すしかない。

 

 当のアキハ先輩はと言うと、

 

「到着まで、まだ少し時間がありますね」

 

 そう呟くやいなや、

 

 ころん。

 寝返りを打ち、うつぶせになった。

 

 なんとも危ういポジショニング!!

 

「ちょっ」

 

「すぅうううう──!」

 

「嗅がんでください!」

 

「すぅうううう──!」

 

 アキハ先輩は俺をガン無視し、鼻から空気を吸い込み続ける。超人的肺活量である。

 

「フユミさんの香りがしますね」

 

 超人的嗅覚である。俺の背中に悪寒が走る。

 

「ずいぶんと入れ込んだようで」

 

 ダブルミーニング。超人的な下ネタである。

 

「やは」

 

 俺は愛想笑いで媚びを売ることしかできない。

 

「ん〜……」

 

 アキハ先輩は、ぐりぐりと頭を押しつける。ちょっとほんとに色々ヤバいのだが、猫みたいで愛らしくて抵抗できない。

 

「あら、こんなとこに歯型が。いやはや、フユミさんも相変わらず、独占欲が強いというか、なんというか……」

 

 ふうん。

 ははあ。

 

 アキハ先輩はうつぶせのまま吐息を放つ。どこと言わんが俺のそこを生暖かい風が吹き抜ける。

 

「な、なんでわかるんです?」

 

 服の上から歯型がわかるなんて、アキハ先輩はナニモノなんだ?

 

「匂いと反応です。ほんのり血の香りがしたのと、押したときに少し痛そうだったので」

 

 どういう洞察力してるんだよ、このお嬢様は……。

 

「次の機会に()()()いたしますので、そのつもりで」

 

 アキハ先輩の低声が俺の恥骨に響く。いろいろな意味でゾクゾクする。

 

「ときに、トーマさん」

 

 言いながら、アキハ先輩が寝返りを打ち、仰向けになる。

 

「伊藤博文はいくつか『日本初』を果たしています。内閣総理大臣、枢密院議長、兵庫県知事、韓国総監、ほかにもあるのですが、ご存じですね?」

 

「えぇ、まぁ……」

 

 俺は動揺を隠せない。

 伊藤博文は、当時珍しかった自動車の中で、芸者とコトに及んでいたらしい。

 

 つまり、日本初のカー◯ッ◯◯をした人である。

 つまり、とどのつまりは、今のアキハ先輩の発言は、()()()()お誘いで……

 

 アキハ先輩は、じーっと俺を見つめている。

 いつもの鋭い目つきではない。猫や赤子が人を見るときのような、無垢な眼差し。

 

 不思議な感覚だ。

 アキハ先輩を見下ろしているのに、アキハ先輩に見下されているように感じる。

 

 黒曜の瞳に吸い込まれていくように感じる。

 視界の端に映る窓の外、車や通行人は見えない。人けのない道を進んでいるようだ。

 

 アキハ先輩はただ俺を見つめている。

 俺の視界から、次第に、アキハ先輩以外の全てが消え失せていく。

 

 アキハ先輩の手が、俺の顔を撫でた。

 

 そして、

 

「美形とは言えませんよね、お世辞にも……」

 

「急に何です」

 

 か、と問う間もなく。

 アキハ先輩は俺のうなじを抱えて引き寄せ、唇を重ねた。 

 

 数秒間の永遠の後、

 

「もう着きましたかね」

 

 アキハ先輩はそう呟いた。

 俺がフロントガラスへ視線を送ると、学園が見えてきたところだった。

 

「って、そうじゃなくて!」

 

 物言いをつけようとした俺の口元へ、ハンカチが添えられる。アキハ先輩は、丁寧な手つきで湿り気を拭ってくれる。シルクの優しく滑らかな感触。

 

「失礼しました」

 

 白々しく透き通った声。

 アキハ先輩は俺を見つめながら、

 

「あんまり愛しかったので、つい溢れてしまって」

 

 そう言って笑った。

 

 

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