「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「アタシの家、この近くだから。ちょっと来て」
コハルのお誘いに、俺は少々面食らった。
「あ、ああ。いいの?」
「トーマがよければ、ね」
コハルはいたずらっぽく流し目を送る。
誰の目も気にせず、腰を落ち着けて話せる場所があるのは正直ありがたい。
だが、同時に冷や汗も滲む。
土曜日の昼間である。
コハルの親御さんがいたら、俺は一体どういう顔で挨拶すればいいんだ?
それに、フユミやアキハ先輩が『俺がコハルの家に行った』と知ったら、どう思うだろうか。
考えただけで胃が重くなる。
俺の挙動不審に気づいたコハルは、呆れ半分にウィンクする。
「ナッちゃんとはもう話したよ。フユちゃんにもさっきLINEで伝えた。アキハ先輩は、まあ、多分もう察してるっしょ。あの人は超人だから」
俺の葛藤など、とっくにお見通しだったらしい。
コハルは気遣いが上手い。コミュ力と行動力は群を抜いている。アキハ先輩がシステマチックな根回しで調整するところを、コハルは義理と人情のケアマネジメントとしてやってくれる。
感謝している。
それでも、だからこそ。
「俺からも、ちゃんとアキハ先輩にLINEしておくよ。……心配かけたくないし」
「マジメ君だね〜」
きゃははっ。
コハルは無邪気な笑い声を上げた。
「ま、そゆトコ好きなんだけど」
さらりと落とされた愛の言葉。
俺はほんの少しだけ、心音のテンポを増した。
コハルは再び前を向き、機嫌よく歩き始める。
空は高く澄み渡っている。
間に乾いた熱風が、道草の合間を吹き抜ける。そのかすかな音が、やけに際立って聞こえた。
「あ、そろそろウチ着くよー」
住宅街の真ん中で、コハルが言った。
「あれ?」
俺は周囲の景色を見回し、首を傾げる。
「コハルの家って、もっと遠くじゃなかったっけ?」
「ん。ちょっと前に引っ越したんよね」
コハルは振り返り、あっけらかんと笑う。ネイルチップで飾り立てられた指先が、一軒家へ向けられる。
ちょっと広くて、ちょっとイイ感じの真新しい家だった。
門柱にはしっかりと『火伏』の表札が掲げられている。
「んふふ。持ち家だよん」
コハルは得意げにピースサインを作った。
「SNSの収益がケッコー入ったから、思い切って引っ越したんよね。妹たちも大きくなってきたし、前のアパートじゃチョイ狭かったからさ」
事もなげに言ってのけた。
お母様の収入もあるのだろうが、それにしても、高校生が一軒家を購入するほど稼ぐって……凄い話だ。
思えば美少女四天王は全員、高校生離れしている。
お嬢様で才色兼備、文武両道、家事万能のフユミ。
財閥総帥の愛娘、絶大な権力を持つアキハ先輩。
覆面小説家にしてヒットメーカーのナツキ。
そして、歌って踊れるインフルエンサーのコハル。
みんな凄い。凄すぎる。
「……コハルは凄いよ。そういや動画のチャンネル登録者数、最近120万人超えたもんなぁ」
俺がしみじみ言うと、コハルはさらに胸を張った。
「各SNSの総フォロワー数で言ったら、300万人超えてるからね! まあ、ベン図で言ったらほぼ重なってるだろうけど」
「ギャルの口から『ベン図』って単語が出るの、初めて聞いたわ」
「数学やってるギャルなんて、言うほど珍しくないでしょ」
コハルはケラケラと笑いながら、ドアの錠に鍵を差し込む。
ガチャッと開くと同時に、
「たっだいまー!」
元気な声を響かせた。
少しして、パタパタとスリッパの足音が響いた。
「……おねえ、声おっきいよ……」
パタパタとスリッパの音をさせて奥から出てきたのは、部屋着姿の女の子だった。妹さんだろうか?
ギリギリ中1くらいか。脱色したらしき茶髪には、寝癖があちこちについている。
眠たげに目をこすりながら玄関に現れたその子は、ふと視線を上げ──俺と目を合わせた。
瞳の焦点が、みるみるうちに合わされる。
「……え゙」
凍ったようにピタッと固まり、
「あっ、トーマさん!?」
一気に顔を真っ赤にして、わたわたと両手で自分の寝癖を直そうと奮闘し始める。
「す、すみませんっ!」
ペコリと勢いよく頭を下げると、どたどたと慌ただしい足音を立てて廊下の奥へ逃げていった。
「おかーさーん! おねえがカレシさん連れてきたよー!!」
家の中の奥深くから、女の子の叫び声が聞こえてくる。
嵐のような展開に、俺は呆気に取られる。コハルはくすくす笑っている。
「今の、妹のヒヨリ」
「おお、ウワサの」
コハルに『体育館裏のフェンスが抜け道だ』と教えた妹さんである。
「不良って感じには見えないけどな」
「中等部でイチバン遅刻が多いの。ねぼすけだから」
不良ってほどの不良ではないようだ。
まあ、コハルを姉に持ってるなら、悪いことなんてしないか。
コハルはくすくす笑った。
「あたしとは全然似てないっしょー?」
「いや、照れて慌てたときの表情そっくりだったよ」
靴を脱ごうとしていたコハルの動きが、ピタッと止まった。
「……あっそ」
コハルはすぃっと目を逸らし、ほんのりと頬を赤らめる。
コハルは可愛いなあ!
思わずニヤけてしまったところに、
「こんちわ〜、キミがトーマくん?」
ひょっこり廊下の奥の扉から現れたのは、コハルのお姉様、
……いや!
お母様だ!
「あ、はい!」
先ほどヒヨリちゃんが「おかーさーん!」と呼んで奥へ消えていったのだから、目の前に現れたのは間違いなくコハルのお母様のはず!
俺は反射的に姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「
コハルのお母様は、俺の中の『母親』という概念を根底から揺るがすほど衝撃的なビジュアルをしていた。
とにかくメチャクチャ若々しい。お顔の造りはコハルにそっくりだが、もっと派手でワイルドな雰囲気。
いわゆる『ヤンママ』というやつである。
お家の中だからか、カルバンクラインのトレーニングウェア姿である。
「まぁ、そんな固くなんないでよ。ウチのコハルがいつもお世話になってるねー」
コハルのお母様は、にこにこと笑っていた。